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だけども違うくて、

「そういえば、何だかんだでこの部屋に来るの久しぶりなんじゃない?」

「そうだね! えっと……、一週間ぶり、ぐらい? お母さんの匂いばっかりで、ここすっごく落ち着く。なんかそういうお薬みたい……」

「その言葉と意味、どこで知ったの?」

「蓮斗がテレビ見ながら言ってた! そんなことより、今日は何をして遊ぶの?」

「んー、そうだな。お話でもしよっか。ちょっと変わった女の子の話」

 もっと詳しく言うならば、ちょっと捻くれた、どうしようもない女の子の話だ。

「やった! 楽しみ!」

「みんなから嘘吐きって言われて弟以外に心を閉ざしていた女の子は、ある日自分をお母さんだと思い込んだ男の子と――」

「――お母さん! 他の話聞きたいな!」

 言葉を遮るように、有紀は声を張り上げる。必死で、全力で、話を止めに掛る。

 やっぱり、と私は思う。

 思考にもならない程度にあり得た一つの可能性。

 私が一番、滑稽な道化になってしまう可能性。

「ダメだよ。だって、これは大事なお話だからね」

 とても重要な――私達の話。

「……っ」

 気付いている。有紀は気付いているのだ

「その男の子はとても賢くて真っ直ぐです。真っ直ぐで、正しい。女の子が苦しくなるぐらいに正しくて、女の子はとっても悩みます」

 とても悩んだ。馬鹿みたいに悩んだ。

「お母さんの振りをするか、お母さんじゃないって言うか、女の子はとっても悩みました。結局女の子は、男の子がとても傷付いていることを知って、お母さんになることを決意します」

 有紀の傷が癒えて、誰かを信用できるようになればちゃんと本当のことを言おうと決意した。

「男の子は、女の子とその弟を大きく変えていきました。嘘吐きな弟と、その嘘に甘えていた女の子は、本当の姉弟になることが出来ました。だけど、笑い合う姉弟の中にその男の子はいませんでした。一人で悲しそうに自分のふりをして笑っていました。だから、女の子はもう一度決意しました。――男の子に全部話そう、と。全部話して、本当の男の子に笑ってもらおう、と」

 有紀にそんな意図はないとしても、それで私と蓮斗は救われた。なのに、有紀は今も尚、苦しんでいる。

 だから、今度は私達の――私の番なのだ。

「……分かんない。分かんないよ。お母さん、何を言っているの?」

 今も尚、お母さんに甘える有紀に、本当のことを言わないといけない。

「有紀、もう無理だよ。もう、遅いよ。どんだけ頑張っても、有紀が知ってること分かってるんだから」

「何を、言っているの? 分かんない。分かんない。分かんない。お母さんは、何を言っているの?」

「有紀はちゃんと分かってるよ。私がお母さんじゃないって、――最初からちゃんと分かってるよね」

「違うッ!! お母さんはお母さんなの!」

 初めて、有紀の叫び声を聞いた。全力の否定。有紀は、私が有紀の母親だとそう信じ込もうとしている。

 有紀は信じ込もうとしているのだ。私が母親だと。自分すらも騙して。

 私にとってだけではなく、有紀にとっても、私は有紀の母親役だったのだ。

 私が有紀の母親役を演じるように、有紀も私のことを母親だと思っている大宮有紀を演じていた。私が本当の母親だと、自分自身すら騙してその役を演じていた。

 どうして、気が付かなかったのか、と思う。

 一体、何回、明さんは有紀の前で私の名前を告げた。一体何回、明さんは有紀が母親だと思っている相手を、母親の名前と違う名前で呼んだ。

 どうして、それに有紀が疑問を持たなかった。

 どうして――。

「――じゃあ、どうしてさっき、お話を止めようとしたの? 私に、私が母親じゃないって言わせない為なんじゃないの?」

「……っ」

 私は有紀のように、賢く真っ直ぐじゃない。小賢しく、捻くれている。

 だから、こんな鎌を掛けるようなことしか出来ない。

 だけど、真っ直ぐな有紀には、一番有効な方法だ。

 真っ直ぐで正しい人間は、この世界で生きるにはあまりにも弱い。

 理不尽な正義と無慈悲な真実が喜々として、集団で潰しにかかるのだから。

「…………」

「…………」

 無言。気まずく、居心地が悪く、ただただ苦しい。

 後は、有紀次第だ。有紀が、受け入れてくれれば、それで全部解決する。だけど。

「……分かんない。ボクには分かんない。何にも分かんないッ!! お母さんはお母さんだし、お母さんは生きてる! お母さんはボクを裏切ったりしないし、お母さんはボクに嘘を吐いたりなんてしない。ちゃんと、ちゃんと――帰って来るって、約束してくれたッ!!」

 語るに落ちている。否定すればするだけ、有紀がどこまで知っているのかさらけ出してしまっている。

 有紀は知っているのだ。私が母親ではなく、母親は既に死んでおり、だから約束は守られず、裏切られたことも分かっているのだ。

「それが有紀にとって一番大事なものなんだね」

 分かりきっていたことだった。

 有紀の中の優先順位は、母親が一番上だ。何が起きても、何が起きなくても、常に永遠に永久に、母親が一番なのだ。

「……っ。お母、さん」

 だから母親を肯定しようしている。私が母親である、と肯定する。

「違う」

 私はそれを否定する。私は母親でない、と否定する。

「なんで。――なんで、お母さんの振りをし続けれくれなかったの!」

 その有紀の叫び声で、私は気付いた。この選択も早計で浅はかだったと。――軽薄な判断だったと。

 どうして、もっと考えなかった。

「ボクが、お母さんじゃないって分かっていて、お母さんだって信じようとしてるなら、それでよかったじゃんかッ!!」

 私の軽薄な判断は、最終的に私が苦しむ。これまでも、今も、それは変わらない。

 だけど、それだけじゃないのだ。

 最終的に私が苦しむまでの、その過程の中で、誰かが必ず苦しんでいるのだ。

 三年前で言うならば蓮斗が、自分のせいだと傷付き苦しむ。

 今で言うならば有紀が、母親が死んでいることを受け入れられず苦しむ。

 何もかも私だけではないのだ。

 有紀が私が本当の母親でないと分かった上で、私を母親の代わりにしようとしていた。

 だから有紀は、都合の悪い情報は全て聞かなかったことにしていた。

 ちゃんとした真実を告げなければ、有紀は全てを都合よく組み替える。

 頭のいい有紀のことだ。そのぐらい、いとも簡単にやってのけるだろう。

 ――だから、別に本当のことなんて告げなくても、有紀は永遠に勘違いしていることにしてくれるのだ。

「……もういい」

 ポツリと有紀は呟いた。

「もういい。放っといて。――放っといてよ」

 有紀にとって母親は、最優先で最重要な存在だった。逆に言えば、それ以外はどうでもいい存在だった。それを全部否定したのは、有紀を苦しめたのは、私だ。有紀が望んだ未来を、可能だった未来を、潰したのは私だ。

 しかも、私がスッキリするから、なんて言うくだらない理由で。

 私は今も尚、私本位で自己中心的なのだ。

「……ごめん、有紀」

 それしか言えなかった。

「…………」

 有紀は、何も答えてくれなかった。初めて、有紀が私を無視した。

 沈黙に耐え切れず、私は逃げ出すようにその部屋を出た。

 ゆっくりと扉を閉める。

 混乱し過ぎて、落ち着いている。頭が真っ白で、だけど冷静で。気付くと、私は蓮斗の前にいた。

「蓮斗、助けて」

 時間を掛けて、ようやく絞り出せたのは、そんな情けのない言葉だった。

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