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仲の良いことが、仲の良いことだとは限らない。

 すぅすぅ、と落ち着いた寝息を立てる有紀を、私は特に理由もなく眺めていた。

 私の片手を、有紀が両手で掴んでいるせいで、身動きが出来ないのだ。

「……いつもより、強い」

 私と一緒にいる時、有紀はやたらと手を握りたがる。その時はそっと触れるように握るのだが、今は逃げないように捕まえているような強さだ。

「こっちが、本当なのかな」

 空いている方の手で、有紀の頭を撫でる。有紀は少しぐずるが、払いのけたりはしなかった。

 両手が塞がっていることもあるが、有紀は周囲からの刺激に怯えなくなったということなのだろう。周囲の環境が安全なものだと、眠っている間も――つまりは無意識レベルで理解し、安心し切っている証拠だ。

 触れられても有紀が動じないのは、とてつもなく良い兆候なのだ。でも、だからこそ、有紀が今も尚、私の手を握っている理由が分からない。

 何かに怯えているような有紀の姿は、とてつもなく痛ましい。痛ましくて痛々しくて、いたずらに私の心を傷付ける。

 有紀が何に怯えているのか分からない。だけど、私には分からない何かに、有紀は怯えているのだ。私は、母親としてそれを何とかしなければならない。そういう役目なのだ。

「……姉さん、大丈夫? 伝染ったりしない?」

 ひょこっと、知らない間に扉を開けて蓮斗は心配そうに尋ねる。私の心配もあるが有紀のことも、蓮斗は十分に心配しているのだ。

「風邪じゃないから大丈夫」

「そっか。えっと、その、姉さん……、あの」

「何?」

 蓮斗はどこか答えにくそうに視線を逸らす。

 唇を噛んだり、拳を握り締めたり、自分自身を戒めるような仕草は軽く演技がかかっている。

 やはり三年間の習性はすぐには抜けないらしい。

 演技っぽさがあるからこそ、蓮斗が言わんとすることが分かった。

「……あのね。有紀ね、何かちょっと変なの。僕みたいに、嘘を吐いている」

 自分と同じように有紀は嘘を吐いている。自分も嘘を吐いていて、それと同じ嘘を有紀も吐いている。だから、自分にそんな資格はなく、自分が告げるのはおかしい。

 自覚的にしろ、無自覚的にしろ、蓮斗は自責の念に支配されているのだ。

 だけど、蓮斗がそんなものに支配される必要はない。

「大丈夫。知ってるよ」

 ちゃんと知っている。――正確には、つい最近気付いた。

 私に見せている有紀は私に好かれる為の大宮有紀だ。純粋で、綺麗で、だから私を傷付ける。

 そういう大宮有紀を、有紀は演じているのだ。

「……え?」

「蓮斗が部屋に引き篭った時に有紀は少しだけ綺麗に笑ったんだ。いつもはぎこちなく不器用に笑ってるのにね」

 だから、ぎこちなく笑うのも、私と私以外の人との態度の差も、全部演技なのだと気付いた。

「有紀は多分、私よりも頭がいいよ。頭がよくて、だから単純なんだろうね」

「頭がいいから単純? 頭がいいなら複雑になるんじゃないの?」

「頭がいいから優先順位がハッキリと付いてるの。有紀は、必ずどちらかを選べるの」

 明さんとそれ以外の人なら明さんを選ぶ。蓮斗と明さんなら蓮斗を選ぶ。私と蓮斗なら私を選ぶ。優先順位が決まっているから、悩むことも困ることもなく、有紀は選択する。

「……だけど、そんなの」

「うん。それには限界がある」

 単純な選択をするには限りがある。何を選び、何を捨てるのか、その選択肢が多過ぎてしまえば、それだけで選択は難しくなる。

 いくら頭がよくて、それは無限という訳ではない。他よりも幾らか優れているだけなのだ。

 それに、今までの有紀は父親によって異常なまでに狭い世界を生きていた。その狭い世界が私達と出会ってからの一ヶ月ほどで、一気に広まった。それと同じだけ、収集出来る情報量も多くなる。

 一つ一つを処理するのではなく、一気に大量の情報を処理する。人間は機械ではない。当然、コンピュータでもない。処理したものをどこか別の場所に移動させることは出来ない。処理済みの情報と未処理の情報が脳の中に混在して存在する。

 それでも尚、情報は増え続ける。それが一ヶ月も続いたのだ。

「多分、有紀の中にも限界が来てるんだと思う。有紀が倒れたのは、そういうのもあるんだと思うよ」

「姉さんの時みたいに?」

「そういうこと」

 苦笑いで驚きを隠して目を逸らす。蓮斗が演技から抜け出せないように、私は本当の蓮斗にまだ適応出来ていない。

 そんな皮肉を言うのか、と正直に驚く。演技だと理解はしていても、三年もそのままであれば私自身にも固定観念が生まれてしまうのだ。

「…………」

「…………」

 無言のまま、有紀を見つめる。私は動けず、蓮斗は動かない。

 静かで無動だけど嫌な空気ではない。

「蓮斗も一緒に寝る?」

「……うん」

「そこは変わらないんだね」

「姉さんのこと大好きだからね」

「シスコン」

「ブラコン」

 楽しい。純粋に思った。喧嘩でもなければ、無駄話でもない。軽口の言い合い。

 お互いが同じ立場で話すというのが、こんなにも楽しくて面白いだなんて。

 これから途方もない時間を、共に過ごしていくというのに、私も蓮斗も会話を楽しんでいた。

 蓮斗は会話しながら、せっせと私の隣に布団を敷いて眠る準備を進めていく。とても楽しそうに、とても嬉しそうに。

「そういえば、蓮斗と一緒に寝るなんていつぶりだっけ?」

「んっと……、この家に引っ越して来た時だから、三年ぶりかな」

「よく覚えてるね」

「うん、ノートに書いて――もとい、この三年間のことは覚えてるから」

 何やら不穏な言葉が聞こえた気がする。隙を見て蓮斗の部屋に突撃してみよう。

 などと画策していると、蓮斗は布団を敷く準備を終え、私のもう片方の手を両手で軽く握って、そのまま眠り始めた。本当にあっという間に蓮斗は眠ってしまった。

 安心し切った表情で眠る蓮斗と、表情は穏やかだがどこか焦燥感のある有紀。

 有紀の思惑通りにことが運んだなら、正反対の状態になっていたのだろう。

「ごめんね、有紀。私は有紀も蓮斗も両方大切なの」

 そう呟くと、心なしか有紀の握る力が少し強くなったような気がした。

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