私も考えて、
ぼぅっと、私は窓を見ていた。蓮斗が部屋に閉じこもってから今に至るまで、思考がハッキリとしない。まともな思考が出来ない訳ではない。ただただ、ぼぅっとしてしまうのだ。
「蓮香さん? 聞いてますか? 胸揉みますよ。ないですけ――だぁぁっ!? 痛いッ!!」
「あはは、ごめんね。アンタは本気で、骨の一本か二本折るね」
「ごめんなさいッ!! ダメだって!! 今学期はこれ以上休んだら出席日数足りなくなるし!」
「なら来学期だね」
「ダメだ! この人マジで俺のこと殺る気だッ!!」
「大丈夫。半分だけだから」
「半殺しじゃないですか!」
そんなくだらない――力尽くの――会話をしながらも、やはりぼぅっとしてしまう。
「蓮香さん、今日は本当に様子おかしいですよ? 何かあったんですか? あっ、もしかして有紀君の有紀君が――」
「ショタコンは許容するけど、うちの有紀になんかしたら七代先まで呪うよ? 妄想も禁止」
「私が末代なんで、子孫に迷惑を掛けることはありませんし、大丈夫です。――なので、襲っていいですかね!?」
「ダメに決まってるでしょ」
「ちぇー、残念です」
「本気で落ち込まないでよ。――あ、そうだ、二人とも。二人から見て、蓮斗と有紀はどんな風に見えた?」
ふと、思い出して、そんなことを尋ねる。この二人は有紀の対人恐怖克服ついでのボランティアで何度か顔を合わせている。
私のように、有紀や蓮斗と深く関わってはいない。あくまでボランティアの人、という関係性だけだ。
やはり漠然とぼぅっとしたまま、そういう別の視点を加えた方がいいような気がした。
「蓮斗君は蓮香に似てるなぁって思いましたね。顔も性格も胸も――最後のは撤回します。有紀君は、蓮香とそれ以外で態度が違う感じがしました」
「二人でイチャイチャしてるところは眼福で――もとい、二人とも似てる箇所があるように思えましたね」
私と蓮斗が似ていて、有紀は私とそれ以外の人間で態度を変えている。そして、蓮斗と有紀も似ている。
蓮斗と有紀が似ているというのは私も幾度となく思ったが、私と蓮斗の性格に似ているなんてことは思わなかった。
「じゃあ、私と有紀も似てるってこと?」
「んな数学の方程式みたいに、綺麗に行く訳がないじゃないですか。部分部分が似てるんですよ。逆に言えば、全体的には全く似てないです」
「……? どういうこと?」
「蓮香さんって、そういうところありますよね。色んなことに察しがいいですし、物事をちゃんと見てるのに、こういう普通のことが分からないっていうか」
「なっ!? ショタコンに言われるとは……」
「今、ショタコン関係ないですよね!?」
「――まぁ、そっか、そうだね。似てるけど似てない。似てないけど似てる。なんてことも有り得るね」
「急にそんなこと聞いて、どうしたんですか?」
「あー、うん。なんかね、蓮斗の様子がおかしいんだ」
あまり深くは言わなかった。言えなかった。多分、思い出したくなかった。
「おかしい、ってことは現在進行形ですか?」
「うん。なんか、蓮斗らしくなくなかったというか、本当の蓮斗が出てきた、みたいな……?」
私を突き飛ばす前後の、一瞬だけ見えた蓮斗の表情。それは、今までに想像していた蓮斗の表情とは全く違う、だけど違和感のない表情だった。自然体の表情だった。
「よく分かんないですけど、キャラが崩れた、みたいな感じですか?」
「キャラ崩壊……、うん、そんな感じ」
確かにそうだ。今までの純粋キャラが崩れた、そんな感じだ。
「なら、大丈夫なんじゃないですか?」
「私もそう思いますよ」
「どうして?」
「そんなものは、誰にでもあるからですよ。蓮香さんは分からないでしょうけど、俺も中学校の頃は根暗で、今の性格はただのキャラですし」
「高校デビューって奴? じゃあ、あんたのショタコンも……?」
「あー、私はこっちが素です。でも、高校では清純系文学少女キャラです」
「高校デビューって、みんなするの? なんか、そういう儀式とか行事とか、そんな類のものなの?」
「あー、いえ。大抵の高校デビューは、中学校の頃の嫌な思い出を再体験しないように、今の自分と違うキャラを作るんです。だから、中学校の勝ち組とかは変わらないですね」
「大抵、そういう高校デビューって中学校時代の勝ち組をモデルにしてキャラ作りします。まぁ、不器用な人は面倒臭い人になるだけですけど……」
「あー、それで、高校生とかって、なんか量産機みたいなのばっかりなんだ」
「どっかの専門学校が、そうなるなって言ってましたね」
「それで、今の蓮斗の、キャラ崩壊の状態はどうすれば解決出来るの?」
「時間が解決してくれるとしか言いようがないですね。崩れたキャラが安定するまで待つしか、ないですし、それは本人だけ――蓮斗君だけしか、干渉できません」
「そっか」
などと蓮斗について、話が逸れたり戻ったりを繰り返すという、珍しく私が相談する側になって話を進んでいった。途中からは、蓮斗の話ではなくなっていた気がする。
昼過ぎになって、ボランティアの終わりを明さんが告げてくれた。今日に限っては、つい話が盛り上がって時間を忘れてしまった。
一体いつぶりだろうか、誰かと話して、時間を忘れてしまうなんてことは。
「今日は早く帰らなくていいのか?」
病院に併設されている喫茶店で昼食を注文し、
「……あ、はい。今日はお昼、作っておきましたから」
「お前、なんか最近変わったな」
「そうですか?」
「いつもなら用事が終わったら、すぐに蓮斗のところに帰ってたのに、今はそうじゃない。精神的な余裕が生まれて来てるってことだろ?」
「はぁ……」
何を言いたいのか、よく分からない。とりあえず聞き流して、やっと運ばれてきたラーメンでも啜ろう。そう思って、割り箸を割った所で明さんが言葉を紡いだ。
「これは全面的に俺の勘だが、お前、何か決めたよな」
「あはは、バレてましたか」
「やっぱりか。で、何を決めてたんだ?」
「実は――」
私の小さな計画。今までの私なら絶対に考えなかったような、その計画を語ると、明さんは少し驚いたような表情をした。
「本当に変わったな。一体何がお前をそこまで変えたんだ?」
「有紀ですよ。有紀は多分、特別な力があるんだと思います」
「特別な力、ね。確かに、あるかもしれないな」
明さんが言っているのは、有紀が時たま見せる、実際に見えているかのような言動のことなのだろう。正直整理整頓されていると言えない私の家の中を有紀は走り回っていたり、私や蓮斗の小さな呟きを正確に聞き取り、正しく声の方向へと向くのだ。
日を増す毎にその方向は正しさを増し、今となってはごく普通に会話している感覚になっているのだ。
「ああ、いえ、超能力とかそういうものじゃないです。才能っていうか、性質っていうか。ただ、そこにいるだけで人を変えちゃうんですよ、あの子は」
「有紀のこと、よく分かってんだな」
ぼそっと、明さんが呟く。この人は一体何を言っているのだろうか。もともとは、明さんが押し付けたくせに。
「私は、有紀のお母さんですから」
「やっぱり、変わったな、蓮香」




