豊穣なる六畳間
椅子の上であぐらをかいて外界を濡らす雨の音に耳を研ぎ澄ます。
「聞こえる、般若心経だ。昔誰かが『雨は天使のオシッコだ』と言っていたが、真実それは釈迦如来のものであったか……」
男は六畳一間の隅にまで澄み渡るような静謐な声でそう漏らした。ついでに股座から聖水も漏らした。椅子の上であぐらをかいていたのは、何も悟りを開くためではない。御不浄を我慢するためだったのだ。
「もうすぐ四十を迎えようという男が、トイレに行く、という解決法を見出せず下半身を濡らす……何と愚かしい……」
男はあぐらを解き、湿った椅子から立ち上がる。
「湯気が立っている……」
男が立ち上がった後、確かに椅子からは湯気が立ち上っていた。もちろん湯気はただ立ち上るだけではなく、男の鼻翼をくすぐり、アンモニア特有の刺激臭をそこに残していく。
「恥らう気持ちがないわけではない……しかしそれ以上に、強烈な生を感じる。そうだ。私は生きているのだ」
男は濡れたズボンとパンツを脱ぎ捨てると、玄関の扉を開け、雨降り注ぐ外界へとフルチンのまま駆け出していった。
南無三。
チーン。