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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

陽気なクラスの異世界トリップ

作者: るむるむる

「暇だ」

 昼休みに中田京介は唐突にそう言いだした。

 昼ご飯を食べ終わりあとは午後の授業を待つだけである。机に突っ伏しながらぼそりと誰に聞かせるでもなくそうつぶやいたのだ。

 髪を短くしさっぱりとしたさわやかな少年なはずなのだが現在の格好を見ると明らかに無気力感が漂っているダメな雰囲気である。


「だなあ……やることねー」

 その呟きに反応するように熊坂健二は同じようにだるそうに同意する。

 健二はそこそこ背丈はあり、がたいもそれなりにあるが目つきの悪さから一見して不良だと思われがちだが彼自身はそういったこととは全く無縁の高校生だ。

 

「お前らなあ俺ら一応高校生だぜ? もちっと元気出せよ」

 読んでいた本から目を外さずに木下明は二人をたしなめる。この三人の中で最も高校生らしい雰囲気を持っているのだ誰かと問われれば間違いなく彼に軍配が上がるだろう。

 短すぎなくかといって長くもない髪。背丈もそこそこであり顔つきもまさに少年といった顔つきだ。

 ほんの少し釣り目だがその辺はご愛嬌というところだろう。


 そんな明に向かって突如、京介が明の読んでいた本を叩き落とす。


「なに上から目線で説教かましてくれてんじゃこらー! あん? 何? なんなの? 何ちゃっかり本なんか読んでいるの? しかも歴史小説とか! 難しい本読んでいる俺かっこいいとか思っちゃってんの!?」

「いきなりテンション上げてんじゃねーよ! なんだよその無駄な元気! さっきまでの無気力さはどこ行ったんだよ!」


 はたき落された本を拾い上げながら明は京介に対抗する。


「そうか……それは伝説の魔導書。ようやく貴様も目覚めたというわけか」


 今度は健二がいきなり語りだす。


「なんだよ伝説の魔導書って!? これただの小説だからね? 池波さんだからね!?」

「その本を手に入れたものの善悪によって魔王になるか勇者になるか明は今その道に立たされている」


 京介が健二の作った設定に合わせていきなり即興の芝居を始める。口調も心なしか太くなり顔つきすら変わり始めた。


「いきなりどうしたおい! その設定どっから持ってきたんだよ!」

「AKIRAよお前はどっちを選ぶんだ? この伝説アドバイザーKENNJIにその道を示すがよい」

「なんで名前がローマ字!? 意味わかんねえ! ああもう勇者でいいよ勇者で」

「テロテロテロリーン。テンテケテンテケテケテケテーン」


 京介がいきなり曲を口ずさむ。そして一瞬沈黙する。

 明は何事かと一応次の展開を待つ。

 そして京介から一言。

「AKIRAはダーク勇者になった」


「なんでダークがつくんだよ! 普通の勇者にしろよ!」

「よーし行くぞ。ダク勇! この世界を魔王から救うんだ!」


 いきなり健二が教室の出入り口に向かって走り出す。京介もその後に続き遅れながら明も一緒に走り出した。

「お、おいどこ行くんだよ。もう授業が始まるぞ。つかダク勇ってなんだよ! 略すなよ」


 その時ちょうど担任の間中沙織と健二がぶつかった。間中沙織は今年で25.学校では常にジャージ姿で色気などほとんどなくものぐさな教師として有名である。が、生徒たちからはそれなりの人気を誇っている教師である。


「こらこら、子供じゃないんだから教室で走り回るな」

 ぶつかった健二に対して教師としてまた大人として軽くたしなめる沙織。ぶつかった衝撃はあまりないようだ。


「ふ、ようやく現れたか魔王! よしいけAKIRA! いまこそ勇者の力を示す時だ!」


 どうやら健二は沙織を魔王と認定したようだ。沙織は何の事だか一瞬きょとんとするが、この三人の性格を把握しそういう事かと納得する。


「いやいや、魔王が出てくるの早すぎじゃね?」

「いいんだ。ダーク勇者AKIRAよ。その魔王は呪いにかかっているんだ! 妖怪嫁にいけないという妖怪に取りつかれて」


 京介の言葉が途中で途切れる。なぜなら沙織が容赦なく京介の頭にアイアンクローを仕掛けたからだ。ミシミシと音を立てる京介の頭。


「いだだだだ! ちょ先生ギブギブ!」

「いい度胸だな中田。ならばその呪いに取りつかれた魔王の力をその身に刻むがよい」

「スイマセン! マジすいません!」

 必死に京介は魔王……もとい教師である沙織に許しを請う。

 だが魔王の怒りは収まらないようだ。


 そこでチャイムが鳴る。昼休み終了の合図だ。京介はアイアンクローから解放され床に両ひざをつきぜーぜーと息を荒げている。

「し、死ぬかと思った」

「さすが妖怪嫁にいけないだけあるな」

「妖怪なのか魔王なのかどっちかにしろよ!」


 昼休みが終了したという事もあり、クラスの生徒たちはそれぞれ席に着く。

 今の時間の担当教師はちょうどこのクラスの担任である沙織だ。授業を始めようとチョークを持った時に突如教室の扉が開かれ、生徒一同がそちらに目を向ける。


「た、大変だ!」


 教室の扉を開いた人物が開口一番そういった。


「おいおい、どうしたんだ? 幸重君? お前が遅刻したのが大変な事なら確かに大変だな。沙織ちゃんのアイアンクローをお前も味わえ」


 幸重の言葉にいの一番に反応した京介が若干憐みの視線を向けながら相手に向かって言葉を放つ。


「中田? 一応私は教師だぞ? ちゃんづけするとはずいぶんといい度胸だな?」

「いやいや! せ、先生! すごむ相手違いません? 遅刻したのはあっちですって!」

「だから! そんなことしている場合じゃないんだよ! 窓の外みてみろ!」


 幸重が必死になるさまを見て何事かと目を向けるとそこにはまるで見覚えのない景色が広がっていた。あたり一面荒野が広がり赤茶色の土がむき出しになっている。ところどころには木々が生えていて日本ではまずありえない光景だ。


「おいおいおい、なんだよこれ?」


 明が呆然としながら誰に問うでもなく独り言のようにつぶやく。


「さて、幸重君。説明してもらおうか?」

 健二ががたりと椅子から立ち上がり、幸重に詰め寄る。


「お、俺だってわけわかんねえんだよ! さっき違うクラスの奴らと話していたらそいつらいきなり消えて……おまけにここに来る途中他の生徒たち誰一人として会わなかったし。お前らがいてくれて助かったよ」


「訳が分からないわねー。なーにこれ? 問題起こさないでよ。ただでさえ最近の教師は色々と槍玉にあげられてるんだからさ」


 沙織がめんどくさそーにそういうが、すでにその範囲を超えていることには触れないようだ。


「ふむ……つまりはあれか? 俺ら全員が異世界トリップしたという奴か?」

 健二がそういうと生徒全員が「あーそういうことか」と納得した表情を見せる。


「ちょっと待ってよ! なんでいきなり納得してんの? もっとこうなんかあるだろ? 大騒ぎするとかさ! 帰れないんだよ!? 親に会えなくなるんだよ? しかも異世界とかおかしいでしょ!?」


 明が必死になってごく当たり前の反応をし声を上げる。


「うるせー!」


 だが、その声を上げた途端京介の強烈な一撃が明の腹を襲う。


「痛い! なんで殴るんだよ!」

「お前が夢のないことを言うからだろーが! それでもダーク勇者か!」

「まだその設定続いてんの!?」

「ククク、よもや伝説の異世界トリップをこの身で味わうとは一体なにが起きるか今からワクテカが止まらないぜ」

「ちょっと健二? 伝説の異世界トリップって何? なんでも伝説にすりゃいいってもんじゃないよね? つーか伝説の意味お前わかってんの?」

「DAMARE! このハンチクやろーが!」


 今度は明の脳天に健二のチョップが叩き落とされる。


「だからなんで殴るんだよ! まず帰ることを考えよーよ!」

「これだからゴミは困るぜ!」

 健二が明を文字通りゴミを見るような目つきで見下す。


「ゴミっていった! 今こいつ友達をゴミ扱いした!」

「いいか? 明よ。異世界トリップってのは大抵元の世界に帰れる設定なんだよ。だから俺達はその日まで楽しめるんだ! ったく歴史小説読んでいるくせにそんなこともわからんとはな」

「あのな京介。歴史小説に異世界トリップなんて出てこないからね!? どこをどうやったらその発想にたどり着けるの?」


「ともかくだ……俺達はこうして異世界の地に降り立ったのだ。そこに待ち受ける凶悪なドルァグォン! 世界の裏で暗躍する強大なまどーうし(魔導師)! 権力を握ろうと画策し国を破滅に追いやるどわいじん(大臣)! そしてそれらの苦難を乗り越えた果てに俺らはそれぞれ絶世の美少女と結婚し、そして涙ながらに元の世界に帰るのであった。どうだ明?」


 ドヤ顔を明に見せつけてくる京介。非常に殴りたくなる顔である。


「だからその設定どっから持ってきたんだよ! なんで若干巻き舌なんだ! ものの見事にテンプレだなおい!」


「つーことはだ……あれか? 白馬に乗ったイケメンショタの王子様とかいるのか?」

「もっちろんだぜ! 沙織ちゃん! ついでにここは日本ではない! 倫理観なぞにとらわれる必要なんてないんだ!」

「おおーそいつはいいな。財産根こそぎ奪ってやるか」

「おいこら聖職者! 自重しようよ! あんたさっき教師はどうたらとかいってたよね!? 何やる気だしてんの?」


「ふふふ、あたしこの日のためにいろんなラノベ読んできたのよね。いい女子の皆。この世界でいい男をゲットするためには欲望を前面に押し出しちゃだめよ! むしろあたしモテないわー。あたし権力とか興味ないわー的な感じでいけばあっちから寄ってくるからね! これが異世界における女子の処世術だから」


 この言葉を言ったのは三島海晴≪みはる≫である。そこそこ明るく、オタ女子の割には交友関係が広くクラスでもそれなりの地位についているいわば女子代表の一人だ。そしてこの状況にしり込みすることなくむしろ生き生きと目を輝かせている。


「おいおい三島。お前まで何言ってんの!? ふつう女ならここは引くよね!? むしろ泣き出す人もいるよね!?」

「はん! いつの時代の女性像を語っているの? 童貞ごときに女子がどうたらとか語られたくないわね。だからあんたは塵芥なのよ木下」

「ゴミの次は塵芥ってひどくね!? おまけに童貞とかって……本気でへこむんだけど」


 そんな明に健二が優しく肩をぽんと叩く。


「心配するなよ。いいかここは異世界だ。永遠のロリ美少女。スタイルボンッキュッボンのエロフの姉さん。冷たい目線がたまらないツンツンデレデレの男勝りな女性騎士。選びたい放題だ!」

 

 もうなんか殴りたい。まちがいなくこの男を力いっぱい殴りつけたい。明は心の底からそう思う。


「もうどうでもいいけどさ……飯とかどーすんの? 金とか通用しないんでしょ?」

 

 なんかもう自分一人が大騒ぎするのがバカらしくなり明は若干疲れ始めてきた。心なしか声にも力が入ってない。

 そんな明の心情を看破し、どこまでも察しが悪い奴だと京介は小ばかにするが、まあ大事な友達の一人でもあるのだからと優しく説明を始める。


「いいか? ゴミカス塵芥。異世界トリップってことは大抵俺達には何らかのチートが与えられているはずだ。そいつを使えば飯なんて略奪し放題なんだよ」

「お前。この世界の人間を襲うつもりかよ!」


 思わずまた突っ込んでしまう。とその時教室の隅で震えている男子を発見した。そうこれが普通の反応である。明は思わずほっとしてしまった。ごく当たり前の反応をしてくれることがどれだけ嬉しかったか。

 思わず駆け寄りその男子に声をかける。


「久光。そうだよな怖いよな。そうこれが普通なんだよ」


 同じクラスの仲間に明は優しく声をかける。


「明……俺、俺」

「うんうん。わかってるよ」

「董卓≪とうたく≫にあこがれていたんだ!」

「は?」

 今こいつなんて言った? 思わず一瞬前の相手の言い放った言葉を思い出す。

 董卓とは三国志という中国の歴史において酒池肉林を体現した暴虐の悪役として歴史に名を残した最悪の人物である。

 簡単に説明すると彼とそして彼の部下がやったことは気に入らない者を殺し、美女、あるいは美少女を見つけては犯し、誘拐し、金を奪い、飽きたら寝る。それを国単位で行った人物の事だ。

 歴史が好きな明にとってはどんな人物かすぐに把握できる。


「酒池肉林! 暴虐の限りをつくし親の目の前で娘をさらい、娘の前で親を殺す! もう最高じゃないか!」

「お前もカー! 何する気なの! 最低限の倫理観は持とうよ! 危なすぎるだろ!」


 なんかもう色々とやばい目つきをした友人を必死になって説得するが、そこに油を注ぐ人物がいた。


「つまりラスボスはお前という事でいいんだな久光君?」


 京介である。なにやら芝居がかった口調で腕を組み目をきらりと光らせる。


「そうだよ。京介君。この俺を倒せるのは伝説の武将のみ。まずは飛将軍の称号を得ることだな」

「よかろう! ならば貴様は俺達と今、道を違えたのだ!」

「こうして魔王久光を倒すためにダーク勇者明の旅が今始まるのであった」

 最後に健二のナレーションで締めくくられる。


「後付け設定出てきすぎだろ! そのへんもっとしっかりしようよ! あと伝説出すぎだからね!」


 やいのやいのといつもと異世界に来ても変わらない日常。なんだかんだいってこのクラスの連中は逞しいのかもしれない。こうして明をはじめとした陽気なクラスの連中の異世界道中記が始まるのであった。

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