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第七章 君の心

「新井さん。」


転校して来てまだ日が浅い新井結衣は部活動に入っていない。本人ももっぱら入る気はないのだ。

それでも前例のない編入試験を全て満点でクリアしたとなれば運動部以外から声がかかることもある。それが美少女ともなれば誘われる確率は100%は免れない。

実際、この学校の全ての部活動から誘いがきた。中にはただいてくれればいい。なんてお姫様待遇を用意してくれたところもあった。

だから、今度も部活動への誘いだと思った。


「新井…結衣さんでしょ?」


振り返ると少し茶髪のロングヘアの女子生徒がいた。


「はい。そうですけど…。」


−今度は何部かしら?毎日毎日断るのも疲れるんだけどなぁ−


「ちょっと顔、貸してもらいたいんだけど。」


「顔?ですか?」


この場合、『本当』の顔を貸してもらいたいわけではない。要するに話があるからついて来いと言っているのだ。

もちろん結衣もそのくらいは知っている。だがこの言い回しを使ってくる者は相手に対して好意は持っていない。


「話があるのよ、大丈夫すぐ終わるから。」


「あ、でも私用事があるんで明日とかにしていただきたいんですけど……。」


何の話かは察しがつく。すぐに終わる?嘘ばっかり。


「あんたナメてんの?」


茶髪の女子生徒は単純にも本性を出してしまった。この程度で怒りを見せるくらいなのだから下っ端なのだろう。おおかたどこかの勘違いをしてる人間のパシリでしかないのは容易にわかる。


−面倒だなあ。私ほんとに明日だったら付き合ってあげるのに−


「わかりました。」


結衣がため息混じりに返答する。


「最初から素直にそう言えばいいのよ!」


覚悟を決め茶髪の女子生徒と屋上に上った。

サビて塗装の禿げたドアを開けると想像通りの光景が準備されていた。


−やれやれ………。−


十人はいるだろう女子生徒達が結衣を睨んでくる。きっと彼女達には結衣が泣いて謝る姿が見えているようだった。


しかし、彼女達の想像は脆く崩れ去り後悔する事になる。








アラエルとの対決から一週間が過ぎていた。羽竜の傷も癒え、あの激痛もどこかへ去って行ったみたいだった。


「気にしすぎじゃないのか?」


「でも………。」


気にしているのは新井結衣の事だ。

あの戦いの後、レジェンダが結衣に対して警戒心を持つように言ってきた。

あかねは個人的には結衣を嫌っているわけではなかった。ただ、何か事あるごとに羽竜に近づいてくるのが腑に落ちない。


「だってレジェンダを見ても何も言ってこないんだよ?普通びっくりするでしょ?それなのに何の反応もないなんて絶対おかしいと思う。」


「そりゃそうだけど、あいつ天然ぽいとこあるからなぁ。」


全くもって鈍感な羽竜ではあるが、そんなところが愛しく思える時もある。けど今だけは腹立だしい。


この一週間で羽竜はメキメキと腕をあげた。素質があると言っていたレジェンダでさえ驚きを隠せないでいた。

常日頃から強さを追求してきた羽竜にとって、今の自分にしか興味がないのだ。

蕾斗が不思議な力を使った事すら日常の一つくらいにしか思っていない。


「なあ吉澤。」


「な、なあに?」


ぶつけたい気持ちはあるのだがこんなに毎日機嫌のいい羽竜を見たことがない。だから羽竜の問いかけに笑顔で応える。


「例え新井が何者であっても心配すんなよ。俺が守ってやるからよ!」


「羽竜君………。」


照れながらも自信満々に胸を張る羽竜に何故か少し、ほんとに少しだけ寂しさを感じる。


「あ!いけね!飯前の訓練の時間だ!レジェンダってなんか時間とか礼儀とかにうるせーからな。それじゃまた明日な、吉澤!」


軽く手を振ると元気よく自宅へと走り出した。

その背中にかつての幼なじみの姿を感じてはいなかった。







「あかね〜!こんな時間にどこ行くの〜?」


「ちょっと散歩!」


「早く帰って来なさいよ!」


「はぁ〜い!」


年頃の女の子が外へ出るには夜の10時というのは遅い時間であるのは承知の上だった。

それでもあかねは、家にいてくつろぐ気にはなれない。

自分を取り巻く環境に非日常が顔を覗かせ、幼なじみ達が急激に変わっていく。

女であるあかねにそれは理解に苦しむ充分な理由になる。

蕾斗もあれ以来レジェンダについて何かの特訓をしている。


−私だけ…………何もない…………。−


フラグメントを拾ったのはほんの十日前。そう、たった十日。

その僅かな時間が歩みを共にしてた仲間達を走らせてしまった。

でも事の発端は千年も昔に起きた。あかね達には僅か十日でも、天使、悪魔、そしてレジェンダにとっては千年から続く物語の句読点にしかすぎないのかもしれない。

ちくりちくりと小さな胸が痛む。


−私が女だから?私が男だったら一緒に戦えるの?−


考えれば考えるほど深海にはまる。

いつもの散歩コースを延長し、地元では有名な神社へ来た。

賽銭を放り、手を合わせる。


「こんな夜遅く、何をお祈りしてるのかしら?」


一人しかいないはずの境内に自分の知らない声がする。


「こんばんは。」


「ち、千明さん!」


仕事帰りなのだろうか?少し大きいバッグを肩にかけてあかねの後ろに立っている。


「え〜と、お名前なんだったかしら?」


もしかしたら聞いたかもしれないと思い顔色を伺いながら聞いてみる。


「よ、吉澤…あかねです。」


こんな暗闇で見ても相変わらず美人なのがわかる。

むしろ、闇が彼女を引き立たせているのだろう。


「あかねちゃん。いい名前ねぇ。貴女にお似合いよ。」


「そ、それはありがとうございます…。」


有名な女優に声をかけてもらえた事を喜ぶべきなのだろうが、一皮剥けばこの人は悪魔なのだ。正確には悪魔の力を受け継いでる人間だけど。


「? 元気ないわねぇ…。心配しなくても捕って食べようなんて思ってないわよ。」


指先で軽くあかねの額を突く。

あまりに屈託のない笑顔に安心したのか、涙を零す。


「あ、あら?痛かった?ご、ごめんなさい!」


しくしくと泣くあかねにあたふたとしてしまう。


「まいったなぁ………。」


千明が頭をポリポリと掻きながら困惑する。







「お茶でよかったかしら?」


近くの自動販売機でお茶を二つ買って来てあかねに差し出す。


「あ、すいません。」


境内に置いてあるベンチに腰を下ろしているあかねの隣に千明も腰を下ろす。

明日も暑くなることを満天の星空が予告している。


「で、泣いた理由は何かしら?」


痴漢にでも会って怖い思いでもしたのかと気にしていたのだが、すぐに泣き止み落ち着いたところを見ると理由は他にあるらしかった。


「いえ、別になんでもないんです。ただ、千明さんの顔を見たらなんだかほっとしちゃって……。」


「それはうれしいわ。だったら尚更話してほしいわ、こう見えてもお姉さん聞き上手なのよ?」


「……………………。」


「まあ、無理には聞かないけど、遠慮しなくてもいいのよ?歳は少し離れてるけど、女同士じゃない?」


「女……同士?」


意外な言葉に反応したのでやっぱり痴漢にでも会ったのかと心配になる。


「そうよ。女にはいろいろあるでしょう?特にあかねちゃんの年頃は男には言えない事もたくさんあるものね。私もそうだったから……だからほっとけないのよ。」


星空を眺めほんの少し前の自分を思い出しているようだ。


「千明…さんもですか?」


「そうよ。まあ悩みの種類は様々でしょうけど、女にしかわからない事もあるから。」


心の中を見透かされているような言い方に親近感が湧く。

誰にも頼れないと思っていたのに意外な相手が頼れる存在となる。


「……でも……。」


話してしまってもいいのだろうか?

あかねは考える。この人は多分私達の敵。その人に羽竜と蕾斗の事を相談とはいえ話してしまうのは不利にならないか?

自分の心をそんな簡単に開いて大丈夫なのだろうか?


「ハー君の事?」


この人はどうしてこんなにも人の心を見透かすのか?

あかねは敵わないなと笑みを落とす。


「千明さんは、孤独とかって感じたことありますか?」


予想を裏切る質問に一瞬眉を潜める。


「また難しい事を悩んでるのね?そうねぇ………今あかねちゃんはいくつ?」


「16……今年17ですけど……。」


何が関係あるのかと千明の言葉を待つ。


「16かあ……。私ね、今23なんだけど、この歳になるまではずっと孤独だったわ。それもつい最近まで。」


「え?そうなんですか?」


女優なんて仕事をしてるのだから孤独とは無縁の人種だと思っていた。いや決め込んでいたのかもしれない。それも最近までずっと孤独だったと確かに言った。


「くすくす。女優なのに?って顔ね。」


これも悪魔の能力なのかと思うくらい考えてる事が筒抜けになる。

彼女とお付き合いする男の人は浮気なんて絶対出来ないんだろうなとちょっと可笑しくなる。


「違うんですか?千明さんて昔モデルもやってましたよね?人気者だし孤独なんて………。」


「孤独になるのに人気者は関係ないわ。好きで女優やってるし、モデルもやったけど、誰も私の事なんてわかってくれなかった。早くから今の仕事してるから友達もいなかったのよ。学校に行ってもいつも一人、仕事場に行けばライバルだらけ。親には心配かけたくなくて強がってた。」


「悩みとかはどうしてたんですか?」


「誰にも言わなかったわ。仕事の悩みはマネージャーとかに相談出来たけど、心の中にある闇を開放出来る人は一人もいなかったの。今の仲間に会うまでは……。」


初めて見せる千明の寂し気な横顔に引き込まれてしまう。


「今の仲間……って……。」


「そうよ。レリウーリアの仲間よ。彼女達と出会ってから孤独なんて怖くなくなったし、なんていうのかしら……自分が楽になったっていうか……。」


「自分が………楽…にですか?」


「簡単に言えば信頼できる仲間が出来たことによって妃山千明本来の姿でいられるようになったのよ。」


「レリウーリアの仲間って女性ばかりなんですか?」


「………………一人だけ男性がいるわ。」


あかねは千明の目がその男性を思い浮かべているのを見る。


「その人って、もしかして千明さん達が総帥って呼んでる人でしょうか?」


「ええ…。私の憧れの人よ。」


女の顔になった千明を見てあかねの胸がドキドキしている。


「憧れ……ですか?千明さんみたいな綺麗で女優さんまでやってる人にそこまで言わすなんて、どんなセレブな人なんですか?」


「セレブ?くす…。普通の人よ、総帥は。セレブとは程遠い生活をしてる人よ。」


「え…。」


女優が憧れる人なんてきっとすごいお金持ちで高級スポーツカーをスーツで乗り回す人なんだと想像したのだが、あっさりと期待を裏切られた。


「でもね、人間的にはすごく魅力のある人よ。」


「でも、悪魔の力を持ってるんですよね?」


さっきから質問ばっかりだな。と思うのだがそれでもまた質問してしまう。


「ふふ…そうよ。私達にはとても敵わない偉大な人なの。孤独でいつも震えていた私を彼が優しく包んでくれたわ。そして仲間としてみんな私を迎えいれてくれた…。女優だからとかそういう俗世界な意識からじゃなくて、私を私として接してくれる。信頼出来る人達がいるってわかったら、孤独なんてどこかに行ってしまったわ。」


「信頼出来る人………かあ……。」


「………ケンカでもした?ハー君達と。」


あかねは首を横に振る。


「羽竜君も蕾斗君も一人前になる為に毎日頑張ってます。」


「ははぁん……なるほどねぇ……。」


意味深に横目であかねを見る。


「いつも一緒にいたのに急に自分だけ置いてけぼりくらったから寂しいんでしょう?」


「ビンゴです。」


二人が顔合わせて思わず笑ってしまう。


「男ってそういうもんよ。自分達の世界が在ってそこに入り込んだら周りなんて気にしなくなっちゃうのよ。」


「わかってるつもりなんですけど……。」


「…………大丈夫よ、そんな事に孤独を感じてるならあかねちゃんにはあかねちゃんの出来る精一杯をするほうが合理的だと思うけど?」


「私に出来る……事……?」


「きっと何かあるはずよ。慌てずに探してみるといいわ。仲間ってそういうものよ。私も最近わかった事だけど。」


くすっと目を細めて笑う。


「さあ、もう遅いから帰りましょう。送って行くわ。変な人に会ったら大変ですものね。」


そう言って境内を後にする。途中いろんな話をした。ファッションの事とか芸能界の事。すごく楽しい時間で貴重な時間にもなった。


「あ、ここで結構です。すぐそこですから。」


「遠慮しなくていいのよ?ちゃんと見届けないと何かあったらハー君に怒られちゃうわ。くす…。」


「もう!そんなんじゃないですってば!」


ムキになって否定する姿がとてもかわいらしい。

 あかねは最初、たったの十日で羽竜達が変わったと思っていた。でもそれは大きな間違いだった。一時間も話していないのにこんなにも打ち解ける事が出来るのだ。


「それじゃ気をつけてね。」


「はい!今日はありがとうございました!」


深々と頭を下げる。


「おやすみなさい。今日の事は二人だけの秘密よ。」


ウインクであかねに同意を求め、あかねもまた慣れない不器用なウインクで応えた。

千明が背を向けて歩きだした。それをあかねが呼び止める。


「あの……!」


足を止め、笑顔で振り返る。


「なあに?何か言い忘れたの?」


「は、はい。あの…ま、また相談とかのってもらってもいいですか?」


頼りになるお姉さんがいる。それはあかねの心を強くした。しかし千明の言葉は現実を16歳の少女に突き付ける。


「……残念だけどそれは出来ないわ…。」


「え……?」


「私はレリウーリアの一員として与えられた任務をこなさなければならない。例えそれが貴女の心を裏切る事だとしても、私は迷わず任務を遂行するでしょう。それならば余計な感情はお互いに持たないほうがいいんじゃないかしら?」


「千明さん………。」


「勘違いしないでほしいの、貴女の事は好きよ。素直だしすごくいい子だなって今日話しててほんとに好きになったのよ。貴女を見かけた時、声をかけようか悩んだけど思い切って声をかけてよかったとおもってるわ。私が貴女と同じ歳ならきっといいお友達になれたはずよ。あの頃私にはなかった大切なもの……貴女がいてくれたら私の孤独はもっと早く消えてたかもしれない。」


「……………。」


「だからこそ、貴女とお友達でいられるのは今日、この瞬間までよ。次に会う時はベルフェゴールの力を宿す一人の戦士として、敵として会いに来るわ。それが運命なのよ、悲しいけれど……。」


言葉が見つからない…。あかねが俯き涙を堪える。


「でも私は後悔しないわ。この力を受け継いだ時からこの身もこの心もあの人に捧げたのよ……。あの人の理想を叶える為にね。だから貴女も貴女の心に素直に生きることね。覚えておきなさい…迷いは誰にでも生じるものただ、それを嘆いて歩みを止めるのか、それとももがいてでもそこから抜ける術を探すのか……私に見せてよ、貴女の心を………貴女の生き方を……。」


強い視線であかねを見るが、決して威圧するような視線ではない。彼女にとっては『友』として別の道を歩まざるをえない運命に負けぬようにエールを送っているのだ。

あかねも充分理解できた。だから『友』として言う。


「私……負けませんから。千明さんにも!運命にも!弱い自分にも!見てて下さい!」


力強く千明に自分の決意を叫ぶ。それを見て千明がうれしそうに笑みを浮かべる。


「ええ……見ててあげるわ。」


そう言うとあかねにまた背を向け止めていた足を動かし始めた。

次に会う時は敵………あかねは千明の背中を見つめていた。

 今日の夕暮れに羽竜の背中を見て寂しさを感じた。でもそれは羽竜が成長し始めたということ、そして今の千明の背中には感謝の念を感じている。

それは彼女と過ごした僅かな時間に自分が成長し始めたということ。

あかねは星空を見上げ両手の拳を強く握ると自宅へ向かって駆け出した。






無機質な電子音が鳴る。

着信を確認してから通話ボタンを押す。


「もしもし。…………ええ、わかったわ。今行くわ。」


−いよいよ本格的に戦いが始まるのね……−


携帯を仕舞い、軽く深呼吸する。

 瞳が緑色に変化すると闇の中に在ってもその存在を主張するように輝く黒い鎧を纏う。


「この恰好にこのバッグって………。」


自分で変身しといて自分にツッコミを入れる。


「テレポートより夜の空を散歩でもしていこうかしら……。」


大きな羽根を広げ千明は夜の空へ消えていった………。


一晩限りの友情を胸に……。


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