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第四章 悪魔黙示録(前編)

 いつもなら放課後は多少グラウンドが濡れていても野球部やらサッカー部なんかは活動しているものなのだが、今日に限っては誰もいない。今朝の豪雨でもはやグラウンドとは呼ぶに値しないほど一面水浸しなのである。今にも地図に載りそうな気もするかな…と思いながら吉澤が羽竜を気にかける


「ケガ大丈夫?羽竜君…。」


授業も一通り終わり羽竜のクラスに蕾斗も来て今朝の事を話していた。とてもじゃないが部活をする気にはなれない。

あれから羽竜達三人は学校に遅刻はしたものの無事に着いた。羽竜のケガも思ったほど酷くはなく、保健室で消毒をしてガーゼをあて包帯を巻いてもらった。包帯というのがパッと見大袈裟に見えてしまうのだが。


「ああたいしたことないよ。痛みも今は治まってるみたいだし。」

「よかったね。……それにしても朝のあいつらなんだったんだろ?」


蕾斗が天井を見上げ二人に聞いた。


「さあな…。でもあの青い髪の男はまた来るようなこと言ってたな。」

「この光る石……確かフラグメントって呼んでた。これを欲しがってたみたいだけど……なんなんだろ……これ……。」


あかねがフラグメントを机の上に置いた。羽竜と蕾斗が一様にフラグメントを見る。


「なんだかわからないけど警察に行ったほうがよくない?」


蕾斗が不安げに聞く。


「どうかな……。」

「どうかなって……吉澤さん恐くないの?あの人本気で剣で襲ってきたんだよ?次は殺されちゃうかもしれないよ。」

「でも……。」

「絶対ヤバイよあいつら!そのフラグメントとかいう石も怪しいし、警察に行こうよ。」

「やめろよ蕾斗。」


次第に興奮してきた蕾斗を窘める様に羽竜が言う。


「お前も見ただろ。あの青頭俺達の前から消えていきやがった。あれは錯覚じゃない。あのレジェンダってのも………。」


言いかけて羽竜は今朝の出来事を思い返した。

レジェンダの剣を持つ手が…………無かった。彼は自分を霊的存在だと言っていた。本当に幽霊なのだろうか?発していた言葉は確実に聞き取れてた。そしてあのフードも……明らかに被る気で被っていたものだ。

フードの中は見えなかったけど…。そこに肉体と呼べるものは無かった気がする。


「信じたくないし信じられないけど、警察に行ったところで解決するような問題じゃないんじゃないか?」

「うん。私もそう思う。まだ混乱してるけど間違いなく人間じゃなかった。蕾斗君もそう思うでしょ?」

「そりゃまあ……そうだけど……。」


質問というよりは確認を迫られている事をわかっていた。

二人も結論を出せないでいるのだろう。不可思議な体験をしてどう解釈したらいいか決め兼ねている。そんな感じだ。


「なあ吉澤、今度、青頭の野郎現れたらそのフラグメントってのおとなしく渡したらいいんじゃないか?」

「ちょ……ちょっと待ってよ!それまで私が持ってるの?嫌!絶対嫌!怖いもん!」


うっすら涙を浮かべて羽竜を見る。まさか泣くとは思わなかったので羽竜も蕾斗も慌てる。


「ば…馬鹿!なんで泣くんだよ!」

「だって……。」

「わかった!わかったから!フラグメントは俺か蕾斗が持ってるよ!」

「ええ−っ!!嫌だよ!僕だって怖いもん!捨てればいいじゃん!!そうだよ!吉澤さんそうしなよ!捨てちゃいなよ!」

「そんなことしたらあの人怒らない?すごく大切なものみたいだし…。捨てたなんて言ったらそれこそ殺されちゃうような気がする…。」


三人はしばらく沈黙を保っていた。

警察はさっきも言った通り役には立たない気がする。捨てればあの青頭が黙ってないだろう。

何かに使うのは間違いないが一体何に使うのか。

 答えが定まらずただ悪戯に時間が過ぎる…。


「あああーーっ!わっかんねー!何なんだよマジで!」


いきなり獣のような声が轟いたものだからあかねも蕾斗も後ろへひっくり返ってしまった。


「イテテテ…。勘弁してよ羽竜君。」


蕾斗が頭を撫でながら立ち上がる。


「ハハハ。わりぃわりぃ。いやさ、考えたところでどうにもなんねーし部活やる気分じゃねーし、今日はもう帰ろうぜ。」

「か、帰るって…。どうするの?これ…。」


あかねは羽竜があまりにも軽く言うので余計に不安になってしまう。


「これは俺が預かるよ。吉澤も蕾斗も怖くて所有権を拒否したんだから俺が持ってるしかないだろ?心配すんなよ、今朝の奴らが来たらおとなしく返すよ。まだ死にたくないし、あのレジェンダって幽霊にも祟れたくないしな。先に出て来たほうに渡して後はそっちでどうぞ〜って言ってやるよ。まあ、正直青頭の野郎はむかつくけどな。」


そう言うと鞄を持ち席を立つ


「ほら帰ろうぜ!」

「ほ、ほんとにいいの?またあの恐い人来るよ!そしたら羽竜君……。」

「だあかあらあ!心配すんなって!大丈夫!吉澤は心配しすぎるんだよ!任せとけ!」


こういう暗い雰囲気を羽竜はいつも吹き飛ばしてくれる。

何かに不安な時も頼りになる存在なのだ。あかねも蕾斗も羽竜を兄のように慕っている理由でもある。とにかく彼が大丈夫だと言えば大丈夫のような気がしてくる。こうなれば今までの空気は羽竜の色に染まってしまう。

もう何も言う事はなかった。


「わかった。羽竜君がそう言うなら任せるよ。でも何かあったらすぐに電話でもメールでもちょうだい。僕も吉澤さんも助けに行くから!ね?吉澤さん!」

「うん!絶対助ける!」

「何言ってんだよ!二人ともビビって何も出来なかったじゃんか!」

「んもう!!!また意地悪する!」

「そうだよ!酷いよ!」


さっきまでの暗雲はもうない。幼い頃から羽竜は周囲を安心させるのが得意だった。

というよりは羽竜は大切な友人の困った顔なんか見たくないだけ。かと言って気の利いた事は言えない。ただ力強く大丈夫だと言ってやるのが彼なりの優しさなのだ。

話がまとまる(?)と下駄箱まで一直線で走り、湖と化したグラウンドを避けて校門を出る。

 その姿を校舎の上から見つめるものがいた。




 教室を出てからどれくらい走りっぱなしだろう?体力のないあかねと蕾斗は前を走る羽竜にブーイングをする。


「疲れたよ〜。少し休もうよ。これじゃ家に着く前に倒れちゃうよ。」

「なんだなんだ。蕾斗、そんなんじゃ女にモテないぞ。」

(自分はどうなんだよ…)


ボソッと蕾斗が呟く。


「てんめぇ〜!聞こえたぞ!なんていいやがった!」


羽竜が蕾斗の頭をヘッドロックして拳でぐりぐりとやる。


「痛いってば!羽竜君聞こえたって言ったじゃんか!」


二人のやり取りを見てあかねが腹を抱えて笑い出す。

まるでコントでもしてるような動きが妙に似合うからきっと誰が見ても面白いに違いない。

 そう思ってた矢先羽竜のポケットからフラグメントが落ちた。

三人は固まった。気がつけば今朝の場所だった。

ほんの僅かでも嫌な事を忘れ、腹の底から笑えたのは幸運だったのかもしれない。

すると不意にあかねが言う。


「ごめんね…。私がこんなもの拾わなかったら…。」

「よせよ。吉澤のせいじゃないよ。」

「そ…そうだよ!吉澤さんじゃなくたって僕だってきっと拾ってたよ!」

「羽竜君……蕾斗君……。」


あかねは必死で涙を堪え精一杯の笑顔を見せた。


「ごめんなさい…。」


また謝りやがった。そう思って羽竜があかねを見た。しかしあかねが首を横に振り自分でないことをアピールする。

蕾斗の方も見るものの同じく首を横に振る。三人が顔を見合わせ怪訝な表情をする。


「ちょっといいかしら?」


三人が周りを見渡すとそこにはいつのまにかストレートの長い黒髪が印象的な綺麗な女性がいた。


「ごめんなさいね、いきなり声をかけて。驚かせちゃったかしら?」


申し訳なさそうな事を言っているが笑みを浮かべている。とは言え、決して嫌みな感じはしない。むしろ品があり安堵をもたらす印象を受ける。


「あっ……!!」


おもむろにあかねが声をあげた。


「ああっ!!」


続けて蕾斗まで声をあげたが羽竜はわけがわからずキョトンとしいる。


「私の顔に何かついてるのかしら?あまり見つめられると恥ずかしいわ。」


あかねと蕾斗がじっと見つめているが黒髪の女性は満更でもないらしい。


(おい!誰だよ!知ってんのかよお前ら?)


蕾斗に耳打ちをする。あまりに二人が驚くものだからさぞ有名人なのだろうが羽竜には見当もつかない。


「誰って…知らないの?最近ドラマによく出てる女優さんだよ!」

「女優!?」


女優と言われても疑う余地もない美しさだが、羽竜はドラマなんか見ないから名前まではわからない。


「あら、嬉しいわ。知ってるのね、私の事。くす。」


くす。っと笑う仕草がなんとも言えず色っぽい。

同性のあかねでさえ見とれてしまう。


「あ、あの、妃山千明…さんですよね?」

「ええ、そうよ。光栄だわ名前を覚えてもらって。」


羽竜はしばらく首を傾げていたが、


「あああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!思い出した!!化粧品のCMにも出てる人だ!!」


全く間のズレた驚きっぷりに一堂が一斉に笑う。


「あはは。面白い子ねぇ…。キミ、名前なんて言うのかしら?是非教えて欲しいわ。」


羽竜の顔をまじまじと見つめる。もちろん羽竜の顔はペンキでも塗ったように赤くなっている。女優に名前を聞かれるなんて事は普通に暮らしてたら皆無だろう。まして大人の女性に免疫がまるでない羽竜には見つめられるだけで上がってしまう。

彼の周りにいる大人の女性と言えば、母親、蕾斗の母親でもある叔母、とにかく20代30代の女性とは縁がない。


「あ、俺、いや僕は目黒羽竜といいます!」

「羽竜君……いい名前ね、ハー君でいいかしら?だってキミかわいいんですもの。」


くすくすと笑い髪をかきあげる。

デレデレと鼻の下を伸ばしてる羽竜にあかねが肘鉄を喰らわせた。蕾斗と妃山千明はア然としたが、千明はその意味を理解したらしく初々しくその光景を眺めている。


「な、何すんだよ!」


お腹を抱えてあかねに食ってかかるが……あかねの目に睨まれ黙ってしまった。本人は何が何やらわからない。こんな目をするあかねは今まであったろうか?

小さい頃からの付き合いではあるが羽竜の記憶にはない。

蕾斗は二人のことなど無視して千明に話かける。


「あの…僕達に何か用があるみたいですけど……。」

「え?ああそうだわ!貴方達が持ってるその綺麗な石、たまたまそこを通り掛かったら興味を惹かれてね。それ……宝石なのかしら?」


千明が蕾斗の手の平を覗き込む。一向に消える気配がなく、多分あかねが拾った時と変わらない光を発していることを思わせる。


「あ、これですか?宝石なんて代物じゃないですよ。なんかよくはわからないんですけどフラグメントって言うらしいです。」


千明の目つきが変わった。特に睨むような目つきではないが何か獲物を見つけたようなそんな目つきをしている。

蕾斗は一瞬ぞくっとした。


「フラグメント?ふぅん。ねぇ……よかったら見せてもらえないかしら?えっと…。」

蕾斗らいとです。いいですよ。」


そう言うと千明にフラグメントを差し出す。


「まあ!なんてステキな石なの!」


まるで少女のように目をキラキラさせて右手の親指と人差し指でつまんで空に透かしてみている。

その姿にあかねは何故か疑問を感じた。


−あれ?なんだろ……なんか違和感がする……何?この感じ……−


さっきまで本物の女優に胸を弾ませていたはずなのに何故か今は疑心が芽生えている。

羽竜への嫉妬?違う。第六感があかねに警告を促し始める。


「ねぇ……これ、私にくれないかしら?」

「え…?」

「ね?お願い!ライちゃん!」


悪戯に微笑む千明に胸が破裂しそうになる。


「いや……それは……。」


蕾斗にこのまま千明にフラグメントを渡してしまえば命を狙われなくて済むのではと頭をよぎる。


−馬鹿な!僕はなんてことを考えてるんだ!−


自己嫌悪に陥り頭をブンブンと振る。


「ダメ……なの?」


さすが女優。はしゃいでいたと思えば今度は一転悲しそうな表情をする。

蕾斗の心は美人女優の虜になっり、渡してしまってもいいのでは?なんて声が頭に囁く。


「ダメです!それは呪われてるんですよ!」


呪われてると羽竜が断言したことに千明が目を丸くして聞き返した。


「呪われてる?どういう事かしら?」

「ん〜、説明しづらいんですけどそれを持ってると命を狙われるんです。残念ながら理由はわかりませんが……。」

「命を狙われる?まぁ…それは大変ねぇ…。誰に命を狙われるのかしら?」


千明の髪が風になびく。夕日を背にした彼女はとても絵になっている。


「誰にって言われても……なあ?」


蕾斗とあかねに同意を求めるがもちろん誰もわかるわけがない。


「あっ!わかった!ほんとはあげたくないからそんな嘘言ってるんだ!やだなあハー君、意地悪ねぇ……。」


もはや千明のペースだ。羽竜も蕾斗も骨抜きにされ頼りにならない。


−これだから男子は!!−


あかねは千明に対する不信感が拭えない。

つのる疑心が拭えない。


「すいません。それ以外のものでしたら……。」

「じゃあこれで…。」


羽竜の言葉を遮り肩に掛けていたブランド物のバッグから何か取り出した。


「そのフラグメント……でよかったかしら?三百万で『買う』わ。」


そう、千明が取り出したのは札束だった。しわのない長方形が姿を現したのだ。三人は頭が真っ白になり千明が何を言ったのかわからないでいる。


「一人百万!どう?悪くないと思うけど?百万円て言ったら大人でも大金よ?その石を私に売れば大金持ちよ。」


百万で大金持ちと言うのならそれを三つも出した彼女は一体……。

羽竜は言葉を飲んで二人を見る。それはそうだろう。千明の言う通り百万円は大人にとっても大金に違いない。それを高校生にくれてやると言ってるのだ。

正確には石ころが光ってるだけなのに三百万円で買うと言ってるのだ。

心が揺れないわけがない。

年頃の彼等には欲しいものが沢山あるし、行きたい場所も数えきれないほどあるだろう。

だが、あかねだけは込み上げてくる欲望をぐっと抑えきっぱりと千明に言った。


「せっかくですがお断りします。」


全く予測していなかった。

額が少な過ぎた?いえ違うわ。この子……。


「あら不満?ならもう少し上乗せしましょうか?」


ムッとしてあかねに問い掛ける。


「いえ。結構です。お金の問題じゃありません。」


毅然とした態度に思わず口調が強くなる。


「ならどういう問題なのかしら?ハー君もライちゃんも納得してくれたみたいだけど?貴女は何が不満だっていうの!」


冷ややかな視線があかねの身体を突き抜ける。

人間てこんなにも冷たい目をできるものなの?


「言っとくけどフラグメントは今、私が持ってるわ。このまま逃げても構わないのよ?お嬢ちゃん。でもそれじゃハー君とライちゃんが損をしてしまうわ。可哀相じゃない。」


刺々しい言葉をあかねに向ける。あかねはお嬢ちゃんと呼ばれたのが気に入らないらしく、千明に対抗する。


「千明さん…貴女さっきから胡散臭いのよ!。」

「胡散臭い?」


何を言い出すのかとあかねの様子を伺う。


「ええ。私さっきから違和感を感じてたんですけど、ようやくわかりました。」

「違和感?私に?へぇ……どんな違和感かしら?」

「千明さん、貴女フラグメントを『石』って呼びましたよね?」

「……呼んだわよ。だって石じゃないのこれ。」

「私もそう思います。」

「何が言いたいの?!はっきり言いなさい!クソガキが!」


羽竜と蕾斗は耳を疑った。いや耳どころか目まで疑わざるを得なかった。優しい言葉ですごく品がある素振りをしていた女優が、今は険しい顔つきで自分より若い未成年の女子に対して汚い言葉を放っている。

ただ呆然とするしかなかった。


「たまたま通り掛かってそれが目に入ったからって、『石』だなんて思わないと思います。近くで見てもまず『石』だとは思わないわ!そんな、光ったり消えたりする『石』なんてあるわけないですからね!」


千明が一瞬たじろいだのをあかねは見逃さなかった。


「貴女は私達が『石』と言う前に既にそのフラグメントを『石』と呼んだわ!私しっかり聞きました!」


刑事が犯人を追い詰めるように、逃げ場を塞いでいく。

しかしこれは裏目に出た。


「もういいわ。あんた、名前は?」


投げやりな態度をとる。人に名前を聞く態度ではない。


「吉澤……吉澤あかね……。」

「吉澤あかね……。アンタウザイ。」


三人に悪寒が走る。その瞬間、周りの景色が凍りついた。


「な…!なんだよ一体!」

「そんな…僕達以外みんな凍ってる……!!道路も!電柱も!」

「ハー君、ライちゃん、悪いけどアンタ達にも死んでもらうわ。」


千明の身体が光に包まれ黒く光る鎧を纏う。

大きな蝶のような羽根を広げ宙に浮いている。


「うぉっ………嘘だろ?」

「どうすんのさ羽竜君!」


見慣れないシチュエーションに戸惑う事しか出来ずにいる。


「このまま帰ってもいいんだけど、その女気に入らなくてねぇ…。三人仲良くあの世に送ってあげるわ。」


千明の右手からブルーに輝く剣が現れる。


「シネッ!!!」


三人目掛けて千明の剣が飛んでいく。


「うわぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

「きゃぁぁぁぁぁぁっ!!!!

「誰かぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


三人が同時に叫び迫る恐怖に目を閉じる。







−…………私、もう死んだの………かな……?−


どのくらい時間がたったのだろう?青く光る剣があかねに向かって飛んできた。そしてその剣は近づくにつれ光る球体となっていた。

恐らく、爆発みたいな現象であかね達を殺すつもりだったのだろう。

だとしたら痛みはないのかもしれない。

けれど、あかねには死んだ…という感覚はなかった。

 そっと……瞼を開いた。

そこには羽竜と蕾斗の背中があった。周りを見渡すが、何にも変わりはない。この言い方はいささか語弊もある。

あかねが見ている景色は普通の景色ではない。どういうトリックかはわからないが千明が凍らせた町の景色を見ているのだ。

だから死んではいないのだと悟った。


「バカな!」


少し上空にあかね達を見下ろしている千明の姿が確認できた。

千明とあかね達三人の間にはあの青い剣が空中に浮いた状態で静止している。


「おい!二人ともあれ見ろよ!」


羽竜が指差した先で空間が歪んでいる。


「……………………………。」


千明が歪んだ空間を睨みつける。ちょうど剣の刃先のあたりだ。


「誰?姿を現しなさいよ。」


宙に浮いていた剣を引き寄せ再び手に握る。


「そのフラグメント……お主にくれてやるわけにはいかん。」


声がした途端、空間の歪みは形を成していく。

現れたのは灰色のフードを被ったあの幽霊だった。


「レジェンダ!」


蕾斗がその名を口にすると千明の表情が曇った。


「レジェンダだと?まさか……生きていたのか……?」


どうやら千明もレジェンダを知っているらしい。サマエル同様、生きている事に驚いているようだ。


「その羽根……そのロストソウル……ベルフェゴールか?」

「ベルフェゴール?何言ってんだ?」

「ベルフェゴール………って悪魔の名前だよ、羽竜君。」


蕾斗が千明を見ながら答える。


「そうよ。久しぶりねぇ、レジェンダ。千年ぶりの再開じゃない?くすくす。最も私自身は初めてお会いするけど?」


矛盾する言葉でレジェンダを歓迎する。


「ここ一ヶ月、天使共と貴様等悪魔共の気配は強く感じてはいたがまさか人間の姿をしているとは……。」

「うふふ。意外……かしら?でも厳密に言えば人間の姿をしているんじゃなくて人間なのよ。私。もちろん他の悪魔さん達も人間よ。天使さんはそのまんま天使さんですけどね」


くすくすと笑うのはどうやら人間、妃山千明としての癖らしい。

どこか小バカにしたような笑いなのだが千明がやると色気が漂ってくる。

スーッと地面に降りて髪をいじり始めた。

鎧とはいえ隙間が多くそこから見える白い肌が眩しい。


「まだ謎は解けないかしら?レジェンダさん。」


羽竜達に剣を投げ付けてきた時の険しい顔は消えていた。


「不可解だ。悪魔は全滅したはず。しかも生身の人間なのに………悪魔だと?ふっ…面白い事もあるものだな。」

「でしょう?私はあなたと会うのは初めて。なのにあなたを知っていてあなたも私を知っている。ふふ。楽しいわねぇ……。でも驚いたわ。私の張った結界に入って来れるなんて。 空間を凍らせて時間を止める魔法…………啖氷空界くうひょうくうかいを破る術もオノリウス様に教わったの?くす。」

「ベルフェゴール、貴様には聞きたい事が山ほどあるがその前に……フラグメントを返してもらう。」


レジェンダの影から今朝羽竜達を守ってくれた剣が出て来た。


「まだ持ってたの?そんな物騒な物………。」


千明……いやベルフェゴールから笑みが無くなった。


「残念だが私の肉体は既に朽ちている。」

「みたいねぇ…。どうせそのマントの中は何もないんでしょう?感じるわ……霊的なパワー。でも………。」

「その通りだ。霊的力だけではこの剣は使いこなせまい。肉体のない私では………。」

「私では………?他にお仲間がいるの?」

「仲間ではないが、いるではないか。」


そう言うと背中を見せていたレジェンダが振り向く。

そして剣を羽竜の前に浮かばせた。


「な……なんの真似だよ?」

「剣を取れ。」

「じょ…冗談だろ?レジェンダ、あんた俺に人殺ししろってのか!」


突然の依頼に羽竜が青ざめる。


「彼女は生体的には人間だが、どういう訳か魂は悪魔だ。彼女を倒さなければ永遠に啖氷空界から出られんぞ。」

「だったらあんたが戦えよ!相手は女だし、手なんか出せねーよ!大体剣なんか使った事ねーし!」


精一杯否定してみせるがレジェンダはただ羽竜を見ている。


「肉体のない私ではこの剣は使えない。それと、彼女は悪魔だと言ったはずだ。お前はただ剣を持っていればいい。後は私の言う通りに動けば問題ない。」

「だってさ、ハー君。どうするの?お姉さんと激しくやり合う?くすくす。」


最初から手玉に取られている羽竜には千明に剣を向けるなんて行動はとれるわけがない。

悪魔だと言われたところで見た目は人間。しかも刺激が強い格好をしている。これでは話にならない。


「無理だよ……俺には……。」


いつになく弱気な姿勢をみせる。


「弱虫!!」


急に怒鳴られて後ろを向く。


「吉澤……。」

「羽竜君の弱虫!!今ここで戦えるのは羽竜君だけなんだよ!!私達羽竜君に頼るしかないんだよ!!いつもの力強い羽竜君はどこにいったの!」

「羽竜君!!僕が盾になるから安心して!!」

「蕾斗……。」


普段弱虫な蕾斗が両手を広げ羽竜達とベルフェゴールの間に入る。これを見て羽竜に熱い何かが込み上げるてくる。


「…………わ……わかったよ。お前等にそこまで言われたら黙ってるわけにはいかねぇよなぁ。」


羽竜の手がレジェンダの出した剣を取る。


「ほんとにあんたに任せていいんだな?」


羽竜がレジェンダを見る。


「心配いらん。」

「わかったよ。やってみる。」

「その剣は、トランスミグレーションという。使い手の精神力をエネルギーとする魔剣だ。お前の気持ちの強さが強ければ強いほどその威力も増す。覚えておくといい。」

「トランスミグレーション………よし!やってやる!殺さない程度にだけどな!」


やっぱり人は殺せないと一応言葉に残し蕾斗をどけ、ベルフェゴールの前に立つ。


「あらあら、ヤる気満々じゃない。いいわねぇ若い……って。でも大丈夫?私…………強いわよ?」


左手を腰に宛て武器を持つ右手で羽竜を挑発する。

どんな仕草をしても見事なまでにさまになってしまう。

本人も意識はしていないのだろうが。

相変わらず色気を無くさない千明に気持ちを奪われないよう、トランスミグレーションを両手で持ち授業で習った剣道の構えで間合いをとる。

凍らされた空間の冷気が視界を遮る。

かなりの大きさの剣なのに不思議と重さを感じない。

羽竜の頬を伝う汗が地面に落ちる。それが合図かのようにベルフェゴールが羽竜へ突進してきた。

あかねと蕾斗の勇気を胸に羽竜は戦いに身を投じた。


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