終章
あれから二週間経った。
天界にあったあの赤い月……確かエデンとか言ってた。そのエデンを悪魔達は重力レンズなるものを作って天界に落とし、そして崩壊させた。
まだ生きていたサマエルもおそらく生きてはいないだろう。
それから、あのリスティとかいうジジイ。俺達が神界へ行った後、ルシファーが崖の上に吊したとか言ってたのに俺達がここへ帰る時遠くの方で「ジョルジュ〜!ジョルジュ〜!」って叫んでたっけ。
そんでレリウーリアの人達から「友達も連れてってあげたら?」とかレジェンダがからかわれてたけど、至って真面目に「あいつを助ける気は毛頭ない!」とか言って結局置いて来た。
人間界に戻って来てからはヴァルゼ・アーク達とも別れ、それからは会ってない。
あ、ただワイドショーでは行方不明になってた千明さんが姿を現したのでなんやかんやと大騒ぎだ。
まあ、女優だからしかたないけど。
もう夏も本場を迎える。
なんかいろんな事がありすぎてとても一言では伝えきれない。
でもただ一つ言えるのは、魔導書を巡る戦いは、まだ終わってはいないという事。
だから、俺も蕾斗もそして吉澤もレジェンダに毎日扱かれている。
「よう、少年!」
「ヴァルゼ・アーク!!」
「こんなところで一人でどうしたんだ?恋の悩みか?それならうちにはベテランがいっぱいいるぞ?まあ、あんまり宛にはならないけどな!」
髪の黒いいつものヴァルゼ・アークが現れて、一人で笑っている。
「別にそんなんじゃねぇよ!」
「ハハハ……まあそう怒るな。共に戦場を駆け抜けた仲じゃないか!」
魔帝の威厳などさらさらない。
「何か用かよ?」
「ん?ああ、これからの事を少し話そうかと思ってな。蕾斗に聞いたら多分公園じゃないかって言うからさ。」
このクソ暑いのに皮パンを履いてるは理解に苦しむ。
「これからの事って?」
「………お前達、フラグメントを集めるのか?」
「あんた達にフラグメントが渡ったら何するかわからないからな。まあ集め方わからないからとりあえずはこの一個を守るしかないけど…………」
取り出したフラグメントは、あの日と変わらず桃色に輝いている。
「そんなにすんなり敵の前で出していいのか?」
「フン!今は取る気もないんだろ?気配でわかるよ。」
「ハハハ。なるほど、成長はまんざらでもないようだな。」
この悪戯っ子みたいな笑顔はなんとかならないだろうか?
レリウーリアのメンバーは全員が彼を愛してるとか言ってたけど、どこがいいのかわからない。見た目は確かにカッコイイとは同じ男としても思う。
けど…………
「羽竜、フラグメント…………いや、魔導書を狙うのは天使や俺達だけじゃない。」
「え?」
「覚えておけ、天界や神界があったように他にもまだいろんな世界が存在する。それはこの宇宙に時空を隔てて点在しているんだ。」
「なんだって………!」
「その中にはインフィニティ・ドライブの事を知ってる世界もある。そして、この世にトランスミグレーションが生まれた事で戦いの歯車はもう止まる事が出来なくなっている。」
なんだかスケールのでかい話になってきた……。
でも考えてみれば何もない日常からここまでの変化自体が、既にスケールのでかい話なのかもしれない。
「じゃあやっぱりまだ戦いは続くと?」
「誰かがフラグメントを集め、魔導書の封印を解き、インフィニティ・ドライブを手に入れるまで続くだろう。」
「そんな…………」
「従って、お前達も戦いを終わらせたいのなら最終的にはインフィニティ・ドライブを目指さねばならん。……ということだ。」
「俺達も……インフィニティ・ドライブを………?」
全く考えた事がないわけじゃない。ただ唐突過ぎる運命についていけてない。
「お前達がどうするかはお前達が決めればいい。だが忘れるな、俺もお前も魔導書を巡る運命に囚われてしまったのだ。そう……言わば運命の牢獄に。」
「運命の………牢獄………」
「抜け出すには牢獄の中で神となるか、あるいは消えてしまうしかない。」
「消えてしまうって、死ぬしかないって事か?」
何も答えず黙って空を見るヴァルゼ・アークの横顔がいつになく悲愴に溢れている。
「ま、お互い頑張ろう。俺は誰にも負ける気はない。お前にも、宇宙にも…………」
ヴァルゼ・アークは何かを知っている。俺達には知らない何かを………
「解空時刻………」
「え?」
「解空時刻という非常に便利なアイテムがある。」
「解空時刻?それがどうかしたのか?」
「時空の狭間に生息するミドガルズオルムが、一万年に一度脱皮する時に不死鳥を呼びその身を焼く。その時に流すミドガルズオルムの涙。それが解空時刻だ。それはこの世界にはたった二つしかない。一つは我々が持っている。もう一つは美術館の倉庫にある。」
背を向けたまま何かを伝えようとしているがさっぱりわからない。
「それがあれば残る三つのフラグメントを探し出せるだろう。」
「マジかよ………!」
「那奈には俺から言っておく。
その気があるなら取りに行くといい。」
「なんでそんな事を俺に?」
「使い方は那奈に聞けばいい。」
ヴァルゼ・アークはそう言い残して去ろうとする。
「待てよ!答えてくれよ!あんたの言葉には何かを隠しているような感じもする。何か知ってるんだろ?だから俺に………」
背を向けて歩き出したヴァルゼ・アークが立ち止まる。
「俺の言葉にどんな意味があろうと、真実はお前自身だ。」
「俺が……真実………?」
「言ったはず、お前が戦い続ける道を選ぶのならいつかその疑問も解けるかもしれないと。」
周りでは蝉の鳴き声が二人の会話を邪魔するようにひしめき合っている。
「死ぬなよ。」
背を向けたまま右手を軽く上げまた歩き出す。
「ヴァルゼ・アーク…………」
この時は自分が何処へ向かって歩いているのかまだわからないでいた。
ただ一つ言えるのは、いつからか魔帝を名乗る彼の背中を追っていたという事実だけ。
十七歳の夏の始まりだった………
〜第一部 完 〜