第三十章 明鏡止水
仲矢由利の容姿はレリウーリアの他のメンバーとはかなり違った。
他のメンバーは鎧を纏う形で悪魔としての存在をアピールしてるように見える。
だが仲矢由利は、確かに鎧は纏ってはいるが……違う。
纏っているというよりも肉体の一部になっている。
顔もマスクと同化している……と言った方が早いかもしれない。
朱色の仮面に黄色の模様が入った『顔』に変わり、本来耳のある部分からは小さく黒い翼がある。
余談ではあるが悪魔達の鎧、ロストソウル、イグジストは質量を持たないバリオン物質で出来ている。具現化する事でその実態を現すが、本来は実態すらない。ロストソウルやイグジスト、悪魔達が纏う鎧は彼女達の深層意識からその形を成す。従って破損しても時間が経てばまた元の形で具現化可能なのだ。
どんなに大きな武具も重さを感じる事はない。
「……………出てきなさい、いるのはわかっているのよ。」
神殿の最新部まで来ていた。
「別に隠れてるつもりはありませんのよ。」
白い翼を広げて上から降りて来る。
「他の悪魔とはちょっと違う感じがしますね。」
「権天使アルヒエー………」
「まあ!私の名前をご存知ですの?光栄ですわ!」
手を合わせて過剰な反応を示す。
「貴女のお名前はなんていうのかしら?教えて下さらない?」
「………………あえて名乗るつもりはないわ。」
「あら、残念ですわ。せっかくお知り合いになれましたのに」
「お喋りはもういいかしら?お嬢さん。」
ブロンドの長い髪を軽く払いジャッジメンテスを睨む。お嬢さんと言われたのがカンに障ったらしい。
「降参してくれると助かるわ。もう貴女以外の上級天使は浄化されたか投降したか、いずれにしても貴女しかいないと思うけど………どうする?」
「それは困りましたわ。でもミカエル様はそんな簡単には殺られたりしませんことよ。」
「そうかしら?ルシファーが相手ならミカエルに勝機はないでしょう。実力が違うわ。」
「ミカエル様を侮辱するのは許しません!!!その生命をもって償っていただきます!!」
両腰からレイピアを抜き、戦闘モードをONにする。
ジャッジメンテスも槍のロストソウル、シャムガルを具現化して構える。
「………いらっしゃい、遊んであげるわ。」
「なら思いきり遊んでもらいましょうか!」
二本のレイピアを目にも留まらぬ速さで突き出す。
それを華麗な身のこなしでかわしていく。
ジャッジメンテスの動きを追い攻撃の手を休めない。
両手を広げジャッジメンテスの上をムーンサルトで越えて後ろを取る。
すかさずレイピアをハサミの要領でジャッジメンテスの首を跳ねようと試みるが、下に屈んだジャッジメンテスの足払いに姿勢を崩す。
床に背中が着くもすぐに後ろに跳び起き距離をとる。
「ただのお嬢様ではないようね。」
「伊達に権天使を勤めてはいませんわ。」
今度は急かすようにジャッジメンテスから仕掛ける。
アルヒエーの目前でシャムガルを突き立て、それを軸にして身体を回転させて蹴りを入れる。
咄嗟に腕で防ぐがかなりの威力に反対側の壁まで飛ばされる。
立ち上がって攻撃しようとするものの、すぐ目の前にジャッジメンテスが来ていてシャムガルで左肩を殴られる。
「ぐっ……!」
衝撃が拳まで走りレイピアを落としてしまう。
だがそれを取る暇もない。
レイピアを持ったまま右拳を床に立て逆立ちをしてジャッジメンテスの首に足を掛ける。
「!!」
全体重を乗せジャッジメンテスを倒そうとする。
勢いで横に倒れ転がるが落ちていたアルヒエーのレイピアを拾い、投げる。
飛んでくるレイピアを首を傾けてかわす。
アルヒエーの頬を赤い血が流れる。
「やりますわね。悪魔にしておくのは勿体ないですわ。」
「悪魔も案外いいものよ。」
流れる血を指で拭いペロリと舐める。
「貴女の目………私と同じだわ。」
「…………………。」
「恋をしているのね?悪魔が恋なんておかしいけど貴女は間違いなく恋をしているわ。」
「………だから?」
「ふふふ。あまりツンツンしないで。気に障ったのなら謝りますわ。でも気になって………どんな殿方に恋をなさってるのか………」
「答える義務はないわ。」
「予想はついてますのよ?きっとヴァルゼ・アークでしょう?先程神界への扉へ駆けて行くのを見ました。初めて見ましたけど、なかなかの男前ではございませんか。ミカエル様には負けますけど。」
「ミカエルよりも男らしく、気高く、崇高な人よ。比べるまでもないわ。」
互いに愛する者を立て、けなすのを許さない。
「お互い愛する人の為……苦労しますわね。」
「……………無駄話に付き合う気はないの。悪いけどね。」
「つれない人。まあいいわ。私も早く貴女を倒してミカエル様の元に急がなくちゃなりませんもの。」
二人の間をどこからか吹いて来た風が擦り抜ける。
アルヒエーの髪がなびく。
そして………
「やあああああっっ!!!!」
床を激しく蹴り上げアルヒエーが駆ける。
実に鮮やかでしなやかさを印象づけるレイピアさばきでジャッジメンテスに迫る。
「やっ!はっ!」
見た目の美しさからは想像出来ない動きは彼女が位の高い天使の象徴でもあろう。
無論、ジャッジメンテスも勝るとも劣らない。残像を残す程の速さで避けたり、後方宙返りで回避する。
「まだまだですわ!!」
翼を全開にして猛烈なスピードで突進して攻撃力を増す作戦に出る。
ジャッジメンテスはシャムガルをくるくると回してあしらう。
どんなに防がれ回避されても決して怯まない。
ジャッジメンテスに勝つにはひたすら攻撃し続けなければイグジストを持たない彼女に勝ち目はない。
息が絶え絶えになっても攻撃を辞めない。
「ハァ……ハァ……まだ……」
自分自身に言い聞かせるようにレイピアを振るう。
大きく振りかぶった一撃をシャムガルに払われレイピアが宙を舞って、アルヒエーから離れた場所に突き刺さる。
「し……しまった………!」
焦りが出る。レイピアを拾いに走ろうとするがジャッジメンテスに遮られてしまう。
「よくやったわ、貴女。でももう限界のようね。」
「まだ負けてはいませんわ……私には魔法が……」
右手から炎の魔法を出し投げる。
「愚かな………」
左の手の平でアルヒエーの放った魔法を消し去る。
「……!!」
「アルヒエー、貴女のミカエルを想う気持ちに応えて私の必殺技をもって楽にしてあげるわ。」
大きく後ろに飛ぶ。
「思い残す事なく浄化されなさい!……明鏡止水!!!!」
シャムガルを高々と翳し必殺技を繰り出す。
辺りを穏やかで澄み切ったオーラが漂う。
オーラが徐々に光り出し、鏡のような輝きを放ちアルヒエーが映る。
時が止まったような空間がアルヒエーの心を奪い次の瞬間………
鏡となったオーラにひびが入り大きな音と共に割れる。
………全てが終わった。
「あ……あ………」
割れた鏡に傷つけられた肉体が痛々しい。
白い肌を赤い血液が這う。
「…………殺さないでおいてあげるわ。」
「…………な…何故……?」
虚ろな瞳でジャッジメンテスを見る。
「どうせ天界は崩壊させるつもりだから。わざわざ留め刺す必要も無いわ。」
「くっ………ううっ……」
アルヒエーが涙を流す。
「私は………負けられない……ミカエル様の為にも……」
「………その気持ち、わかるわ。」
「私はあの人を悪魔に変えてしまった………だから償わなくては……」
必死に立ち上がろうとする度に傷口から血が舞う。
「ルシファーとの事を言ってるの?」
「……あの人がルシフェル様に嫉妬心を抱いていたのを私は知っていた………なのに……あの日、私が余計な事を口にしてしまったばかりに……ううっ……」
「アルヒエー………知っていたのね、貴女。何もかも。」
「あの人は苦しんでた……あの日からずっと……だから……だから私は………」
腰に隠していた短剣を抜き力を振り絞ってジャッジメンテスに向かう。
「バカな女……」
向かって来るアルヒエーの首を掴み床に叩きつける。
「うっ……どうして………どうして殺してくれないの!!?」
声を出して泣き崩れる。
「最後くらい愛する人の元へ行きなさい。」
そう言って泣き崩れるアルヒエーを背に部屋を出て行く。
………ただの一度も振り返らずに。