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第二十九章 そこに愛はあるか

神殿をかなり奥まで行くと二つに別れた階段があった。そこをジャッジメンテス・仲矢由利は右へ、ベルゼブブ・神藤愛子は左へとそれぞれ進んでいく。

階段を上りきると長い廊下が続いている。

人の気配などまるでない。

鎧の上から更にマントのような鎧を纏い、マスクは口を囲むように存在している。頬と顎の部分に牙のような突起がある。

背中にはバツの字を描くように羽根があり、鎧の胸には海賊の旗にあるような髑髏どくろのモチーフがある。

神藤愛子…ベルゼブブの記憶と力を継承する者である。


「変ねえ……誰もいないのかしら?」


突き当たりの部屋に入り中を見渡す。部屋とはいえかなり広い。

 セリフだけなら近所の家に用事に来たように思うが一応緊迫した状況にはある。


「誰もいないならこのまま総帥に合流しようかしら?」


ベルゼブブは部屋の中央で立ち止まり、硝子張りの天井越しに赤い月を見上げる。


「綺麗………」


「お気に召したようね。」


「エーリエル……」


「髑髏のモチーフ。貴女、ベルゼブブね。」


緑色の短い髪が鮮やかなエーリエルがベルゼブブに近寄って来る。


「誰もいないのかと思ったわ。よかった、私だけ何もしないではいられないもの。」


「フン。随分と余裕なのね。私はそんなに甘くはないわよ、蝿女さん。」


エーリエルが大剣を抜く。


「そんなので私を倒せるかしら?」


ベルゼブブがロストソウルを具現化する。


「ベルゼブブ貴女こそ、そんなのこぎりみたいな剣で私を倒せると思って?」


具現化されたロストソウルは大剣の形をしていて、その両脇がギザギザの刃がでている。


「この剣はね、ダモクレスの剣って言うのよ。覚えておきなさい、おバカさん。」


くすくすとエーリエルを笑う。


「面白いわ。来なさいよ。」


華奢な腕に大剣。まったく不釣り合いな二つも、エーリエルには関係ない。

来なさいと言われベルゼブブはもちろんそれに応じる。

ダモクレスの剣をブンブン振り回す彼女の腕もまた女性のそれであり、剣と鎧の厳つさがなければエーリエルよりも不釣り合いに見える。


「ただブン回すだけのロストソウルなんて恐くないわね。それとも使い方がわからないのかしら?」


「アハハ。ほんとにおバカさんだったのね、こういうシチュエーションではまず遊ぶのが基本でしょう?ここまで来るのに、準備運動になる相手すらいなかったわ。」


ベルゼブブもかなりの人数の天使を倒しては来たが、満足するほどの運動量は得られていないらしい。


「気に入らないわね、蝿女に言われる筋合いはないけど?」


二人は笑顔を見せあってはいるものの、視線がぶつかり合って火花が飛び散る。


「あ!そうか!蝿だからブンブンうるさいのね!」


ガンッ!!!!


耳が痛くなるような音がした。

見るとベルゼブブがダモクレスの剣を床に突き立てた音だった。

衝撃で数メートルに渡り床に亀裂が走る。


「怒ったの?」


ニヤニヤしながら剣を担ぐ。


「さっきから蝿女蝿女ってうるせぇんだよ!」


言葉遣いががらりと変わる。

流石にエーリエルもびっくりしてベルゼブブを見る。

そこにはおっとりとした顔立ちをしていたベルゼブブはいない。目つきがきつくなり、瞳が青く光る。外人の瞳の青さとは違う。例えるなら瞳からレーザーが放たれているような光である。


「ただでさえ私を満足させてくれる奴がいなくてイライラしてんだよ。」


「な、何を言うかと思えば。くだらない!」


「くだらない?だったらお前が満足させてくれんのかよ?」


ベルゼブブの変わり様に躊躇する。


「下品な言葉遣いね。まあ、悪魔と人間の合体なんて所詮そんなもので…………」


ガンッ!!!!!


耳が痛くなる音がまたする。

衝撃で亀裂を通り越して床が歪む。

鼓膜が破れそうな音にエーリエルが耳を塞いでいる。


「殺るの!?殺ないの!?」


完全に目がイってしまっている。


「殺るに決まってるじゃないの!」


「それでいいのよ。私を満足させなさい。」


微笑する。


「蝿女が!」


エーリエルが我慢しきれずベルゼブブに切り掛かる。

ダモクレスの剣を床から抜きエーリエルの攻撃をさばく。

 エーリエルの大剣はイグジストではない。中途半端な傷を負わせてもすぐに回復されてしまう。

細かくても無数に傷を負わせるか、深い一撃を与えベルゼブブが回復する速さを上回る傷を負わせてしまうしかない。

エーリエルにその実力はある。だが彼女はロストソウルを警戒し過ぎて集中力が散漫となっていた。


「そんなんで私は満足しないわよ?」


「くっ!!うるさいッ!!!」


挑発され次第に感情が剥き出しになる。


「お前も口ばっかりか………」


痺れを切らしたというより愛想を尽かしたベルゼブブがダモクレスの剣の刃を歪んだ床に叩きつける。

その衝撃が一気に膨れ上がりエーリエルを吹き飛ばす。


「うわあぁぁぁぁぁ!!」


硝子張りの天井が耐え切れず粉々に割れ、その破片が赤い月に反射して花びらが舞ってるように見える。


「弱い!弱すぎる!何故私達は千年前生命と引き換えにこいつらを封印する事しか出来なかったのか!」


叩きつけられ身体が痛む。苦痛に顔を歪ませながら立ち上がろうとするが、ベルゼブブに背中に足を乗せられてまた床に平伏す。

目線をベルゼブブに向ける。

赤い月を背にしたベルゼブブがキッと睨んでいる。


「おのれベルゼブブ……!!このような侮辱を受けて黙っていると思うな!」


「よく吠える犬だ…」


「なんだとっ!」


「この状況でまだ吠えるのだから、見世物としてはまあまあだな。」


不敵な笑みが青く光る瞳と相成って彼女が紛れも無い悪魔である事を再認識させられる。


「許さん!見世物と言ったな!ベルゼブブ、許さんぞ!」


もう冷静さなど微塵もない。


「はぁ………これだからバカは嫌いなのよ………。今言ったばかりでしょ?自分の状況考えろよ!!」


エーリエルを踏み付けていた足を離してまた強く踏み付ける。


「ぐわっ!」


「一つ聞くけど、フラグメント持ってる?」


「フラグメント?あいにく私は持ってない。ハンっ!興味も………!」


「そ、なら消えな!!」


踏み付けてたエーリエルにダモクレスの剣を突き刺す。

有無を言わさず。

最後の叫びも無いままエーリエルは浄化された。


「愚者が……!」


赤い月が雄々しくベルゼブブを照らす。


「流石ベルゼブブ。エーリエルを物ともせぬか。」


「誰だ?」


自分が入って来た扉から誰かこちらに向かって来る。


「見かけは人間でもベルゼブブは健在か。」


「アナフィエル………」


白い髪を掻き上げベルゼブブに近寄る。


「随分かわいらしい姿になったじゃないか。ベルゼブブ。」


「皮肉のつもりか?売れ残り女。」


アナフィエルの額に青筋が浮き出る。


「売れ残りとは聞き捨てならんな。」


「本当の事でしょ?歳増。」


「なるほど、私と会話する気はないという事か。」


「会話?私はただ戦いたいだけだ。血が騒ぐような戦いをな。」


ベルゼブブの態度に問答無用だと知り、背中の斧を取る。


「血が騒ぐ前に終わらせてやろう。」


「これ以上がっかりさせないでよ?」


左手の人差し指と中指を並べて挑発する仕種をする。来い……と。


「覚悟しな!ベルゼブブ!」


持っていた斧をいきなり投げ付ける。

予想外の攻撃に避けるだけで精一杯。

投げられた斧は回転して天井付近まで飛び、そのまま帰ってくる。

姿勢を崩していたベルゼブブは避けきれず浅手だが目元を切る。

斧はアナフィエルの手に戻る。


「どうした?さっきの意気込みは無くなったか?」


「フフフ…………やっぱりお前もバカ女だ。たかが少し傷を負わせた程度で。もう天下を統った気でいやがる。」


うっすらついた傷は瞬く間に塞がっていく。


「ぬかせ!」


今度は斧を投げず手に持ったままベルゼブブに攻撃してくる。

ダモクレスの剣を両手に持ちアナフィエルの攻撃を回避する。

リーチの短い攻撃は大きいダモクレスの剣にとっては厄介な武器だ。

後ろに下がりながら自分の距離を保とうとする。


「面倒くさい武器使いやがって………」


「そいつは悪いねぇ……でも手加減は無しだ!」


壁に追い詰められないように空間を把握しながら動く。


「なんだかんだ言ってあんたが私を満足させられないんじゃない?」


アナフィエルが勝ち誇った口調で言う。


「ところで貴女、ヴァルゼ・アークなんかに従ってないで今からでも私達と手を組まない?」


「何?」


耳を疑う。天使からこういう言葉が出てくるとは思っていなかった。


「仲間に成れって事?」


「よく考えなさいよ、ヴァルゼ・アークがどんなに強くても神に勝てると思う?」


「それは神の意思……なのかしら?」


様子を伺うベルゼブブに手応えを感じるアナフィエルはさらに続ける。


「そうよ。もし貴女が了承してくれるのなら、神として迎えてもいいそうよ。」


「……神……私が?」


−業の深い蝿め!こんなに簡単に引っ掛かるなんて−


「悪い話じゃないでしょ?元は神の位にいた貴女なら当然受けるんでしょ?」


アナフィエルの言ってる事は決して嘘ではない。

ベルゼブブを神位まで戻しても構わないという口添えはある。

しかしアナフィエルの心中は隙を作りベルゼブブを亡き者にしようと企んでいた。


「さあ、行きましょう。ヴァルゼ・アークを倒すのよ。」


「………フフ………フフフ……ハハハッ!!!」


「な、何がおかしい!?」


堪え切れない笑いがベルゼブブから溢れ出る。


「あ〜、おかしい。なんか典型的な策略ね。貴女最高ね。」


笑い過ぎて涙が零れる。


「策略とは失敬な!これは本当の………」


「丁重にお断りします。興味無いわ、今更神位なんて。」


「バカか!!神に戻れるチャンスを棒に振るのか!?」


「ウザったいわねぇ……興味ねぇっつってんだろ!!」


怒号にアナフィエルが身体をびくっとさせる。


「私はヴァルゼ・アーク様を愛してるのよ。私だけじゃないわ、レリウーリアのみんなヴァルゼ・アーク様を崇拝して愛して……あの方の為なら心も肉体も要らない。貴女達みたいに権力に縋り付きたいと思わないの。わからないでしょうね、臆病者のバカ天使さんには。」


「臆病者?私達が?」


「そうよ。だって神に死ねって言われて貴女素直に死ねる?無理よね、所詮権力が怖いだけ、私達は自分の意思であの方に従い、身も心も捧げてるんだもの。恐怖で従ってるわけじゃないわ。違うのよ根本的に、貴女達と私達とは。」


言いたい事を言ってくれる。アナフィエルはそう思ったが、言い返す事が出来なかった。

思い当たる節があるからだ。

神に逆らうなどまして愛するなどありえない。

しかし悪魔の口から愛が飛び出すとは思わなかった。


「それはベルゼブブとしての意思か?それとも……」


「両方よ。」


「フン……そんなわけないだろう?ベルゼブブは愛なんて口にするような奴じゃなかったよ。ベルゼブブが誰かを愛するなんて……」


「無駄な答弁ね。わかろうともしない生き物なんでしょうね、天使って。言っとくけど愛が全てだなんてこれっぽっちも思ってないわよ。ただ気持ちを代弁するのに都合がいい言葉なのよ。」


「ならあんたの愛はあんたの何を代弁してるんだい?」


アナフィエルの質問には答えなかった。

いや、答える必要もなかった。

何も言わずダモクレスの剣を構え戦闘の意思表示をする。

アナフィエルも斧を構え応える。

しばし睨み合った後、二人共同時に上空へ飛ぶ。

破壊された床の上で戦うよりは断然このほうがいいと読んだ。

激しくぶつかり合う。

ダモクレスの剣がアナフィエルの鼻先をかすめる。


「チッ…」


身体の自由が利く空中での戦いはベルゼブブのダモクレスの剣が上をいく。

制限されない動きに本領発揮といったところだろう。

アナフィエルが斧を投げ付けるが、あっさりかわされる。

壁を蹴り付け身体を回転させながらベルゼブブが突っ込んでくる。

アナフィエルの前で回転を止めると同時にダモクレスの剣を振る。

斧に当たりその勢いで柱に斧が刺さる。


「残念だったわね、終わりよ。」


「……愛………そんなに偉大だと言うのか?」


ニコッと微笑みダモクレスの剣をアナフィエルに刺す。

何か言いたそうな顔して、そして消えていく。粒子となって…。


「……愛は語るものじゃないわ、感じるものよ。」


何度見ても見惚れてしまう赤く輝く月が恨めしい。


「結局……満足出来なかったか………」


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