第二十八章 GROWTH
エアナイトの能力を持っているとわかったばかりではあるが、その実力は目を見張るものがある。
まだ戦い慣れていないのを差し引いてもここまで戦力になるとは正直レジェンダも思ってはいなかった。
空気の流れを読む。エアナイトの基本的な能力である。
その流れは急激に変える事は不可能である。エアナイトはそこから先の流れも読む事が出来る為、大袈裟に言えば少し先の未来を見る事が可能なのだ。
あかねはずっと昔からそれが出来たと言う。羽竜がベルフェゴールやサマエルと戦った時も先を読んで次の攻撃を伝えていた。
以前も述べたが、あかね自体正確に読める未来はコンマ数秒程度。普通の人間にはわからない世界である。しかしあかねに限らず、羽竜や蕾斗が戦う相手はそのコンマ数秒で命のやり取りをしているし、能力の活かし方次第では絶対的な力となる。
「キャアッ!!こっち来ないで!!」
一発目はイメージするのに多少時間を要したが、ネフュテュスが標的をあかねに変え襲い掛かって来た途端イメージしてるのかしてないのかわからないほど目茶苦茶に何発も光球を撃っている。
「あかね!右から来るぞ!」
レジェンダがネフュテュスの攻撃を読みあかねに伝える。
「わかってる!!!」
でたらめに攻撃をしているように見えるのだが本人はちゃんとエアナイトの能力を使って戦っているようだ。
光球は確実にネフュテュスにヒットしている。しかし、決定的ダメージは与えられていない。
「ねえ、レジェンダ!!どうしたらいいの!?このままじゃ勝てないよ!!」
「剣だ!!剣をイメージしてネフュテュスに突き刺せ!!」
「け………剣…?」
ネフュテュスが体勢を整えてあかねに攻撃してくる。
−迷ってる暇はないわ。…剣って……トランスミグレーションみたいなのよね……?……イメージ…………−
握った拳にトランスミグレーションを頼りに剣をイメージする。
ネフュテュスは槍を具現化しあかねを突き刺すつもりでいる。
「あかね!!来るぞ!!」
間に合わないかもしれないとレジェンダが魔法攻撃を仕掛けようとする。
「トランスミグレーションを…………イメージ………」
あかねの拳が少し隙間を作る。それは何か手に持つような感じで。
「くたばれ!!!」
レジェンダが魔法を放つがあっさりとネフュテュスにかわされてしまう。
「しまった………!!」
「………大丈夫よレジェンダ。イメージ……完了。」
あかねが閉じていた瞳をすっと開ける。
拳からうっすらと剣が延びている。はっきりとは見えないが、空間が歪みその形を浮かばせている。
「お願い!!私の剣!!ネフュテュスを消し去って!!!!」
「!!!!!!!」
襲ってくるネフュテュスを確認。
次の………0,X秒の未来を読む。
ネフュテュスは槍と共に体当たりする気でいる。そしてそれはあかねに見えている。
「見えた!!」
剣の使い方なんてあかねにわかるわけがない。ただ見よう見真似、そう羽竜の戦う姿を真似て…………実体の無い剣を……刺す!
ネフュテュスの槍をかい潜り心臓に狙いを定めた剣は見事その役目を果たす。
「!!!!!!!!」
「やった………!」
生命体なのかは疑問だが、間違いなくその活動を停止して塵となって消えていった。
「くっっっらえぇ−−−っフレイムスター!!!」
蕾斗が放った炎の塊がアヌビスに命中するものの怯む事なく手に持つ鞭を振り回してくる。
「何で効かないんだよ!」
鞭は一直線に蕾斗を襲う。
「これなら!!」
アヌビスの攻撃を防ぐ為に魔導の壁を出現させる。
魔導の壁に弾かれた鞭はまるで蛇のような動きで再び蕾斗を襲う。
魔導の壁を回り込み蕾斗の後ろでターンして頭を狙う。
「くっ!!」
身体を床に伏せて身を守る。
鞭はアヌビスの元に帰り次の指示を待っている。
「まいったな………結構自信あったんだけどな、フレイムスター。」
蕾斗的にはカッコイイ名前までつけた魔法が効かないので困惑している…………わけではないようだ。
「まあいいや、魔法は一つじゃないからね。よし次だ!フリージングストーン!!」
名前の通りの氷のつぶてがアヌビスに飛んでいく。
テンポよく後ろに跳ねながらかわす。
「まだまだッ!!サンダーズライナー!!!」
間髪入れず雷魔法を放つ。
微妙な角度でジグザグを描き空間を縫うように標的に食らいつく。
アヌビスの全身を雷の脈が駆け巡る。
「………やったか?」
倒れたアヌビスが起き上がらない事を祈る。
………その期待は呆気なく裏切られてしまう。
「…………まあ、そんなに上手くはいかないか。」
次の一手を考える。スタンダードな魔法、炎、氷、雷は決定打にはならなかった。
とはいえ今の蕾斗にその他の魔法は使えない。
−魔導の壁、なんかに変化出来ないかな?−
魔力に魔力を注ぐ事によって生じる魔導の壁。
その進化型を想像してみるものの、やはり思いつかない。
アヌビスの方もそこそこの思考回路を有しているらしく、蕾斗の魔法攻撃を警戒して出方を伺っている。
「せいぜい吹き飛ばす程度のダメージしか与えられないんじゃ、魔法使いとしては失格だよね…………」
数メートルの間合いを保ちながら必死で考える。ただひたすらに。
−………!!そうだ!いい事思い付いた!−
ニヤリと笑い呪文を唱える。その雰囲気からただならぬ気配を感じ取りアヌビスが戦闘モードに入る。
「三つまとめて喰らえ〜〜〜〜〜ッ!!!!」
蕾斗の叫びと同時にアヌビスも鞭で攻撃をしてくる。
蕾斗のいい考えとは炎、氷、雷をまとめて放つ事。
放たれた三つの魔法は空中で融合をしながらアヌビスを目掛ける。
果てしない威力を秘めたままアヌビスの鞭を焼き消す。
回避を試みるが、時既に遅し。
融合した三つの魔法はアヌビスを飲み込みそのまま壁に衝突する。
激しく神殿が揺れる。
その衝撃が蕾斗の勝利だと羽竜が知る。
「蕾斗の奴……やるじゃねーか。」
下を見れば蕾斗が羽竜を見ながらブイサインを出している。
「俺も負けてられない。水城の仇とれないなら…死んでもいい!」
トランスミグレーションを握る手に力が入る。
「死んでもいい?なら死んでもらおうじゃないか!」
腰に下げていた剣を抜く。
もちろんイグジストではない。
トランスミグレーションほどの重厚感はないが、使い慣れているのだろう雰囲気が違う。
じりじりと間合いを詰める。
−サマエルの時みたいな力が出せればいいんだけど……−
一度は覚醒した力とはいえ、まだ自分の意思でどうにか出来る段階までは成長していない。
トランスミグレーションは使い手の心の強さで威力が変化するという。
威力とはトランスミグレーションの持つ性能の事。
その性能を引き出すには羽竜次第となる。
「来いよ、少年。」
トランスミグレーションを警戒してか自分からの攻撃を拒否。
羽竜に流れを任せる。
当然羽竜もサキエルに主導権を渡す気なんてさらさらない。
おそらくは戦いに慣れてるだろうサキエル。
流れに乗せれば間違いなく不利になる。
「後悔するなよ………サキエル!」
トランスミグレーションを引きずる恰好で走り出した。
重さの感じない剣。トランスミグレーションは何故か?gの重さも感じない。
剣を振る行動が風になる錯覚さえ与える。
羽竜の剣さばきに対応するサキエル。思っていたよりも素早い剣さばきに苦労はするものの、戦いに不慣れな動きを見逃さない。
仇をとるために冷静さを装ってはいるが早期にケリをつけたい気持ちのムラが見え隠れする。
−まだまだ未熟だね………−
時間が経つ程、羽竜の攻撃パターンが手に取るようにわかってくる。
後はタイミングを合わせるだけ…………リズムを刻む。
サキエルと羽竜の違い。羽竜は一撃、二撃…………を意識している。逆にサキエルは確実な一撃を狙う。
ただでさえ『経験』に差がある二人。この意識の差はあまりに大きかった。
「うおおおおっ!!!!」
羽竜の雄叫びが轟く。
「今だっ!!」
狙う一撃が華麗に決まる。
「羽竜君!左胸!!」
「!!!!」
あかねの声に反応し身体をよじるが、かわしきれず血が噴き出す。
「羽竜っ!!」
レジェンダが羽竜に近寄ろうとするのをサキエルが衝撃波で邪魔をする。
「邪魔はしないで下さいよ、レジェンダ。これは僕と彼との戦いなんですから。」
左胸を押さえながら立ち上がろうとする羽竜。
致命傷は免れたようだが場所が場所だけに微細な動きにも痛みが反応する。
「ぐっ……………く…………くそ………」
「羽竜君!!」
あかねが我慢出来ず羽竜の元へ行こうとするのを蕾斗が止める。
「ダメだ!吉澤さん!飛び出したらサキエルにやられる!」
「何言ってるの!?羽竜君死んじゃう!!」
必死に自分の肩を掴む蕾斗の手を振りほどこうとするが、思ったよりも力が強く振りほどけない。
「さあ、どうします少年?その身体でまだ戦いますか?それとも諦めて死を選びますか?」
「…………せぇよ………」
「ん?なんだって?」
「…………るせー…………」
「聞こえないよ。ちゃんと声にしなきゃわかりませんよ。」
「………うるせぇって………………言ってんだよ!!!!!!」
杖変わりにしていたトランスミグレーションを振り回す。
「おっと。まだ戦うつもりですか………」
「さっきからですますですますうるせぇんだよ!!!!ですます女に会わなくてよかったと思ってたら今日はてめぇかよ!!」
どうやら南川景子……シュミハザの事を言っているらしい。
「くしゅん……!!」
「大丈夫?風邪?」
小さなくしゃみをするシュミハザをルシファーが気遣う。
「いえ。大丈夫です。鼻が疼いただけですから。」
鼻を擦りながらルシファーに心配かけまいと振る舞う。
「誰か噂でもしてるのかもしれません。」
珍しく冗談を口にするシュミハザが可愛くて頭を撫でる。
「そうね。もしかしたらトランスミグレーションの彼かもね!恋の噂だったりして!」
「な、違います!!私はあんな奴に噂すらしてほしくありません!!」
駆けていくルシファーの後を追い掛け、先を急いだ。
左胸の傷が痛々しい。流石の羽竜も立っているのがやっとだ。
「その身体で何をするつもりですか?」
「へっ…………これは罰だ。」
「罰?」
「魂さえ救ってやれなかった水城への俺の償いだ。」
「これはこれは。なんともほほえましいですね。いや、逞しいというべきでしょうか?」
勝利を確信したように笑みを浮かべる。
「テメェだけは倒す!言ったはずだ!」
その意志に反応してトランスミグレーションが光り出す。
「なんと……!トランスミグレーションが光を……興味深いですね。」
サキエルの探究心に火をつけるのには十分な材料だった。しかしサキエルは知らない。
力を解放したトランスミグレーションを手にした羽竜は強いという事を。
「その興味深さに自分の無能さを知るんだな!!」
「何?」
弱っていた羽竜のオーラが回復していく。
傷の痛みが消える。
トランスミグレーションを頭の横に構える。
「終わりだ、サキエル。水城の仇……取らせてもらう!!」
駆け出す羽竜。サキエルには巨大な力の塊にしか見えない。
迎え撃つにもどう対応したらいいのか思い付かない。
赤い刃の剣が自分を狙っている。
サキエルの探究心は既に恐怖へと姿を変えた。
「くたばれーーーっ!!サキエルーーーーッッ!!!!!!!」
「うおっ……おおおわあぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!」
無防備なサキエルの身体をトランスミグレーションが走り抜ける。
「仇………取ったぜ、水城……」
サキエルの肉体が消滅していく。
「まさか………死ぬのか?僕が?いやだ…………いやだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
走馬灯を見る間も無かっただろう。もはやそこにサキエルの姿は無かった。
「やったあ!!!さっすが羽竜君!!」
蕾斗とあかねが手を取り合って喜ぶ。
「よくやった。羽竜。」
レジェンダも喜んでくれているようだ。
「はは………でも流石に痛ぇよ……」
よろける羽竜を慌てて蕾斗とあかねが駆け寄り、支える。
「やっぱり最後はキメてくれるね、羽竜君!」
軽くウインクを噛ます蕾斗に安堵する。
「おまえもやるじゃないか。吉澤もな。」
「わ、わ、私!?ぐぐぐ、偶然だよ!」
褒められてまんざらでもないのだろうが反射的に否定する。
「さあて………先急ぎますか。」
「おいおい蕾斗、少し休ませてくれよ。」
そう言って座り込む。
「そういえば羽竜君、さっきのですます女って誰の事?」
「え……?」
あかねがいきなり変な事を言うものだから一瞬返答に困る。
特に隠す話でもないのだが、あかねが笑顔とは裏腹な雰囲気を醸し出してくるので何故か挙動不審になってしまう。
「ねぇ………誰の事?」
「いや、ほら、レリウーリアの………あの小さくてツンとしてるけど可愛くて………」
「ツンとして可愛くてってツンデレって事?羽竜君ツンデレがタイプなんだ!」
蕾斗が余計な一言を言う。
−このバカ!余計な事言いやがって……−
「ツンデレ………………」
蕾斗も状況を悟る。
……………が、知らん顔をするしかない。
変わりに羽竜が言い訳をする。
「ち、違うぞ!なんか勘違いしてないか!?別に好きとかじゃないし、ツンデレはまあ悪くないけど……ってそうじゃない!俺は………」
バスッ!!
あかねの拳が容赦なく羽竜の頬に入る。
言わんこっちゃないとばかりに蕾斗も顔を背ける。
−不思議な奴等だ……こいつらとなら永く続くこの物語も終わらせる事が出来るかもしれん…−
レジェンダの目にはきっとこの三人が頼もしく見えたに違いない。
しかし、レジェンダもまた知らなかった。
魔導書を巡る戦いは、もはや止める事が出来ない程の渦となっていた事を………。