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第二章 来訪者

6月も終わり夏がすぐそこまで来ていてもおかしくない季節だというのに、今だ梅雨が明けない。

とはいえ日本全土に毎日雨が降ってるわけじゃない。


「暑いよなあ…。なんでこの街はこんなに暑いんだ…。」


 目黒羽竜は私立の進学校に通う高校2年生。とはいえ成績はあまりいいとは言えないごく普通の16歳。

歩き慣れた通学路とはいえ朝からじめじめする暑さに迎えられるとどうも気が滅入ってしまう。


「そんなこと言ってもしょうがないじゃん。羽竜君は大袈裟なんだよ、この時期はどこでも暑いよ。最も毎日雨ばかり降られるよりいいと思うけど。」


前向きにも羽竜を諭すように話すのは従兄弟の蕾斗らいとである。蕾斗も羽竜と同じ進学校に通う一つ下の後輩だ。

幼い頃から常に一緒にいる二人にとって先輩後輩的な関係は微塵もない。


「んなことわかってるよ。」


ただでさえ暑くてイライラするのに蕾斗の正論攻撃に余計イライラしてしまう。

それを察したかのように蕾斗が少し羽竜に合わせる。


「でもやっぱり暑いよねぇ。まだ梅雨なんだから少しくらい雨降ってもいいのに。」


この辺はどちらかと言えば一人っ子で育った羽竜より妹のいる蕾斗のほうが大人なのだ。


「テレビだと今日、傘のマークだったよ。宛にはならないけどね。」


朝の天気予報では今日の午後からは雨の『予定』らしいが果たして期待通りの雨が降ってくれるかどうかは誰にもわからない。


「そういえば蕾斗、お前科学部に入ったらしいな。入学してからずっと帰宅部キメてたのにどうしたんだよ?」


羽竜は蕾斗が同じ高校に入学してくると聞いてボクシング部に誘うつもりだったのだが塾に通うからと言われスカされていた。それが急に科学部なんて怪しげな部に入部したもんだから面白くない。


「うん。科学部で宇宙の勉強したくてさ。塾に行くより自分のしたいことやりなさいって父さんが。」

「なんだよ。男ならスポーツだろ?そんな怪しいとこより楽しいと思うけどな。」

「無理言わないでよ。そもそもスポーツって言ったって羽竜君はボクシング部でしょ?僕がそういうの苦手なの知ってるじゃない。」


科学部に入部したことを知れば当然羽竜に嫌味の一つも言われるのは覚悟の上だったが、実際に言われるとこちらもやっぱり面白くない。


「何言ってんだよ。俺が鍛えてやるよ!今からでも遅くはない!ボクシング部にこい!な?」

「嫌だよ。羽竜君みたいに運動得意じゃないし、それに将来は宇宙開発の仕事に就きたいと思ってるから。」


羽竜としては蕾斗が可愛くて誘っているのだから悪気はない。ただ本人がその気にならないのだから話はイタチごっこになってしまう。

蕾斗は普段は気が弱いくせにたまにものすごく頑固になってしまう。こうなると羽竜が何を言おうが頑として考えを変えない。羽竜からすればあまりしつこくしすぎて怒らせるのも面倒だ。


「わかったわかった。そうツンツンすんなよ。もう言わないからさ。」

「別にツンツンなんてしてないよ。」


じめじめした空気に追い討ちをかけるように二人の間を気まずい雰囲気が流れた。


「おはよう羽竜君!」


突然爽やかな声が後ろからした。声のするほうを二人揃って後ろを振り返る。


「蕾斗君もおはよう。」

「あっ…おはようございます。吉澤先輩。」


さっきまでの空気を入れ換えるかのように羽竜と蕾斗を見る少し垂れ目のかわいらしい瞳があった。


「よう吉澤。朝から元気だなお前は。」


吉澤と呼ばれたのは羽竜と同じクラスの女子で吉澤あかねである。

今時珍しい清楚可憐な女の子だ。


「朝から元気出さなきゃいつ出すの?」


ニコニコとした笑顔がとても印象的だ。


「羽竜君は部活の時だけだもんねぇ。元気出すの。」

「ハハハ。言えてる。」

「蕾斗てめぇ!」


蕾斗の頭にゲンコツが炸裂したのを見てまたあかねが笑う。


「まあまあ。そんなに怒らないの。…それよりさ、見てほしい物があるの!」


そう言うとあかねはブラウスの胸ポケットから不思議な物体を取り出して二人に見せた。


「なんだこれ?石?なんか光ってるけど………。」

「ね?不思議でしょ?夕べ公園をお散歩してたら拾ったの。ずっとピンクに光り続けてるんだよ!最初は玩具か何かだと思ったんだけど電池入るような大きさでもないし……どう見ても石……だよね?」


あかねの手の平でその存在感を示すようにゆっくりと強く光ったり弱く光ったりを繰り返しいる。


「隕石のかけらかもしれないですよ!」


蕾斗が持ち主のあかねよりも興奮してみせた。


「またそれかよ。んなわけないだろ。なんか仕掛けがあんだよ。」

「そうかなぁ…………?だってこんなに小さいんだよ?一円玉くらいなんだよ?」

「ばあか。今時の科学に大きさの常識なんて通用しないんだよ。なあ蕾斗?」

「何それ!」


ぷくっと頬を膨らませてそっぽ向いて見せるその姿がまたかわいらしい。あかねのすねた顔を見るのは羽竜は嫌いではないらしい。


「ごめんごめん。ちょっとからかっただけだって。」


申し訳なさそう……かどうかはわからないがとりあえず悪いとは思ったらしく謝ってみる。

そのやり取りを無視して蕾斗が口を開く


「なんか生きてるみたいな感じがするなあ。空にかざしたら飛んで行くかもしれませんよ?」

「まさかぁ!」


そう言いながらも蕾斗に乗せられて光る石を空にかざしてみる。


「飛んでくわけねーだろ。それより早くしないと遅刻しちまうぜ。」


道の真ん中で立ち止まって空を見上げてる姿はUFOでも呼んでるようにもみえなくもない。

そんな蕾斗とあかねを背に一人歩き出す。

………………………その時突如雷が鳴り、大粒の雨が降って来た。


「嘘だろ?!傘持ってきてねーよ!」

「ね?ね?この石のせいかな?」


まるで奇跡でも起こしたかのようにあかねが羽竜に詰め寄り問い掛ける。


「いいから二人共早く走れ!」

「雷のおまけ付きなんてすごい石だよ!これ!」


蕾斗もすっかりその気になったらしくずぶ濡れになりながらも目を輝かせている。


「蕾斗君もそう思うでしょ!?」


三人はバッグを傘変わりにして走り出した。

学校まではそう距離はない。ただこの土砂降りでは濡れた服が肌に張り付いて思うようには走れない。

 一瞬目が眩むほどのフラッシュと共に轟音が鳴り響く。


「キャッ!!!」


音と同時くらいにあかねがしゃがみこんでしまった


「おい大丈夫か?」


先頭を走ってた羽竜が後ろを振り返りあかねに駆け寄る。


「ご…ごめんなさい。びっくりしちゃって…。」

「ほら立てよ。」


そう言うとあかねに右手を差し出す。その手をあかねが恥ずかしそうに握って立ち上がる。


「ありがとう……。」

「お、おう。」


お互い照れながら顔を背ける。

同時にまた激しく轟音が鳴り響く。


「い、行こうぜ。このままじゃ風邪ひいちまうよ。

「う、うん。そうだね。早く学校に行ってジャージに着替えないと。」


二人は気を取り直して再び走り出そうとしてバッグを頭に乗せて前方にいる蕾斗に声をかけた。


「蕾斗君、ごめんね。もう大丈夫だから早く行こ?」


あかねは雷が大の苦手だったが勇気を振り絞って満面の笑みを蕾斗に向ける。だが蕾斗は反応もなくただ前を見ている。


「おい!どうした?ボケっとしてる場合じゃないぜ?蕾斗?」


羽竜も声をかけるが蕾斗はただ一点を見続けている。

羽竜とあかねは顔を見合わせて蕾斗の顔を除き込む。

すると蕾斗は人差し指を前に出して自分が見ている方を指差す。


「は…羽竜君…あ……あれ…。」


何事かと思い二人は蕾斗が指差す方に目をやる。

そこには青い髪に銀の鎧を纏った男が立っていた。その手には剣が握られている。


「な…!なんだお前!?」


羽竜が驚いて声をあげる。


−おいおい、なんだって刃物なんか持ってるんだよこいつ!−


あかねは男の持つ剣に怯えて羽竜の後ろへ隠れる。


「………せ。」

「?何言ってんだ?」


激しく降っていた雨がより勢いを増して降り注ぐ。雨が地面を打ち付ける音と空を割く音で男が何を言ってるか聞き取れない。


「おい!あんた!そんなもん持って警察に捕まるぜ!」


羽竜はボクシングで全国大会で去年、準優勝をしている。例え相手が刃物を持っていてもやり過ごす自信はある。だが今は状況が違う。蕾斗は目の前の男に理解を示せず相変わらず立ちすくんだままだ。あかねも羽竜の背中にくっつき……怯えているのかそれとも雨に濡れて寒いのか……?震えている。こんな状況では逃げ出そうにも逃げ出せない。

羽竜は再度男を見る。


「……こせ…。早く…。」


今度は少し聞き取れた。なんだか知らないが『早く』と言っている。


「よ…よく聞き取れないんだけど!何が早くなんだ!?」


まともな奴じゃないことは一目瞭然、羽竜は男を逆なでしないようにした……つもりだった。


「そのフラグメントを早くよこせ!!!」


男は大声で叫ぶと手に握っていた剣をいきなり振り上げた!


「蕾斗!!」


すかさず蕾斗に体当たりをかまし、男が振り下ろす剣から庇った。


「うわっ!」


蕾斗は土砂降りでもはや水溜まりと呼べるところもないアスファルトへ倒れ込む。


「羽竜君!」


倒れたショックで我に返った蕾斗が羽竜を見る。


「くっ………!」


羽竜のワイシャツの右肩部分が赤く滲む。

思わず顔歪め右肩を押さえる。

だが羽竜の目は男から反らされていない。頬を伝い落ちる汗も雨に混じり区別がつかない。

三度雷が鳴る。


「大丈夫…。かすっただけだよ。それより蕾斗、吉澤を連れて逃げろ!こいつ……やばいぞ…。」

「人間め…。それは貴様等には過ぎた代物だ。早くよこさないか!」


さっきと打って変わった口調で言葉をかけてくるが目つきは変わっていない。


「女…そのフラグメントを渡すんだ。死にたくなければ言うことを聞け。人間の血で我がイグジストの刃を汚させるな。」

「フ…フラグメント?……ってこの光る石のこと?」

「そうだ。さあ…早く。」


そう言うと男はあかねに近寄る。


「吉澤!!」


羽竜は立ち上がりあかねに近づく男の肩を掴む。


「なんの真似だ。」


男は羽竜に背を向けたまま問い掛ける。


「お前がなんの真似だよ!え!?いきなり剣なんか振り下ろしやがって!フラグメントとかなんとか言ってたけどあれは吉澤が拾ったもんなんだよ!お前にはやらねーよ!」

「フ…。さっきも言ったがフラグメントは貴様等人間には過ぎた代物だ。使い方も知らんのだろう?おとなしく渡せば命まではとらん。」

「はん!どうだかな?こっちは危うく殺されるとこだったんだからな!」

「………………。どうやら交渉は決裂らしいな。」

「交渉?いつ誰が交渉なんかしたんだよ?!」

「だ…ダメよ羽竜君!この石が欲しいならあげるから!だから止めてください!」


あかねはフラグメントと呼ばれる石を取り出して男に渡そうとするが


「渡す必要なんかねーよ…。もうブチ切れた。ぶっ飛ばしてやる!!」


そう叫ぶとファイティングポーズをとる。


「羽竜君ダメ!!」

「エラソーに上から物言いやがって!刃物見せたらみんながみんなビビると思うなよ!」

「………我に歯向かう気か…。身の程知らずが…なら望み通り殺してやろう!!!!!」


身体を翻すと同時に剣を羽竜へ真横に切り付ける。


キーン!!


鼓膜鋭い金属音が響く。誰もが何が起きたかわからなかった。

切っ先が羽竜を引き裂いたにしては余りにもありきたりな金属音が響いた……。

羽竜もあかねも蕾斗もただ呆然としていたが、男だけは何が起きたか理解した。


「!!!…き、貴様!!??」


横に振った剣を縦に、同じく剣で受け止める者がいた。その者は灰色のフードに身を包みその素顔は見えないが、身長は150前後と小さい身体をしている。男はそのフードをかぶった者を知ってるらしく顔を引き攣らせている。


「ほう…。顔も見ずに私だと気付いたのか……サマエル。」


低い声で男の名を呼ぶ。その声から男であると想像がついた。


「気付くも何も、忘れるわけがない貴様から感じるそのオーラ。しかしまさか貴様生きていたのか……?千年もの間……人間でありながら………。」


 今日一番の轟音が鳴り響いた。今だ振り続く雨と共に満ちていく不穏な空気が羽竜達の運命を飲み込み始めていた………。




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