第二十五章 欺く者そして、魔王誕生
毎日が平和ボケするくらい何事もなくただ悪戯に時間が過ぎていく。
人間界では毎日どこかで戦争が起きている。実に愚かだ。
まあ人間とはそういう生き物であり、それを創造した神も見て見ぬふりをしているのだから同等だろう。
ルシフェルの自由人気取りはそういった不条理からきてるのかもしれない。
天界にエルハザードと呼ばれる天使の軍隊がある。これはあくまで自衛の目的であり、敵対する悪魔への武力行使が目的ではない。
悪魔達も天界を侵略しようなど思ってもいない。
互いに戦争になれば大きな犠牲を払う事を知っているのだ。
そんな事をするのであれば、互いの世界に介入しない事での共存関係を続けていくほうが無難だと考えているのかもしれない。
ミカエルが昨日俺が言った事を信じてくれていれば………何も変わらなかったはず…。
この日を境に天界は変わっいった。ミカエル一人の野心の為に………。
「ルシフェル!!」
昨日に続き血相を変えて飛んで来たミカエルに堪えられず吹き出してしまう。
「ははは。今日は何の用だ?」
息を切らし言葉の出ないミカエルに茶化すように問う。
「はぁ…はぁ……た、助けてくれ……」
何を言うかと思えば意外な言葉が飛び出てくる。
「何だよ薮から棒に………」
真剣なミカエルの顔に尋常ではない何かがあったと臭わせる。
「し……神界に………悪魔達が………」
「神界に悪魔ぁ?」
「ああ、悪魔達が大群で攻めて来た……」
「おいおい、神界へは天界を通らなきゃ行けないだろう?そんな大群が来たならとっくに大騒ぎになってるぞ?」
「それは………私にもわからん。どういうルートで来たのかは知らんがとにかく神界に悪魔達が………!手を貸してくれ!ルシフェル!」
「待て待て、落ち着け。エルハザード軍を出せばいいだろう?わざわざ俺に頼まなくても………」
「も…もちろんエルハザード軍も準備はしているが、もっと兵がいる!お前の仲間達なら数こそ少なくともエルハザード軍に匹敵する力はあるはずだ!」
「そんなに………なのか?」
ルシフェルの両肩ををわしづかみして懇願する姿に徐々に現実味が増してくる。
「………………わかった。サンダルフォン達に頼んでみよう。」
ルシフェルは気が付かなかったがこの時ミカエルはほくそ笑んだ。
「時間はどのくらいかかる?」
「まあ急いではみるが………三時間………いや二時間で行く。」
「わかった。それまで何とか持ちこたえてみる。サンダルフォン達は大丈夫だろうか?」
「大丈夫さ。そこは任せておけ。」
黙ってミカエルが頷く。
「それと………この事は他の天使達には内密にしてくれ。余計な混乱を避けたい。」
「了解。」
翼を広げ仲間の元へ急ごうとする。
「ミカエル!」
少し飛んだ先から振り返りミカエルを呼ぶ。
「なんだ?」
「俺が行くまで死ぬなよ!」
ミカエルが心配するなと言わんばかりに握り拳を突き出す。
それを確認してルシフェルが『希望の日』を離れる。
−バカめ!!私は死なん!死ぬのは………ルシフェル、貴様だ!!−
まんまと策にハマったルシフェルを笑わずにはいられなかった。
場所は変わり神界。
「間もなくだな……」
「エルハザード軍は挟み討ちさせるため、まだ天界にて待機しております。」
「うむ。しかし………本当にこれでよいのだな?」
「不本意ではあります。しかし向こうがその気である以上は………」
「そうだな。お前も不運な男よ、ミカエル。エルハザード軍隊長就任早々に自分の弟を討たねばならんとは。」
「メタトロン様、私はむしろ兄である私の手で弟を討てるのなら…………」
「皆まで言うな。この件が片付いたら、お前をエルハザード軍隊長と共に大天使長に就任してもらおうと思っているのだが?」
ミカエルは耳を疑う。
いずれは大天使長の座を我が物にしようと思っていた。そのために邪魔な危険分子を取り除く策を練った。その結果、こんなにも早くそのチャンスが巡って来た。
「どうした?」
「い、いえ。何でもありません。そのお話お受け致します。」
表情が崩れるのを必死に堪えた。
「では私は早速作戦を開始しますので失礼します。」
正念場。この作戦が失敗に終われば全て失う。
ルシフェルと彼を慕う仲間達はエルハザード軍に退けを取らない強さの持ち主達。念には念を入れ神界の兵まで持ち出した。
−最終的に私が残ればそれでよい−
ミカエルは神界の入口でルシフェル達を待っていた。
「来たな。」
数にしたらたったの五百弱くらいだろう。普通ならこの数で反乱などとは信じない。普通なら。
ルシフェル、それに続くサンダルフォン達は神さえ一目置く上級天使達。十分な数だ。
今まで味わった事のない緊張感がミカエルを襲う。
そして、短剣を抜き………
「ぐっ………!!!!」
左の肩に刺す。自分で。
「………………くっ!!ふ……ふははは。これでいい。」
肩から全身に激痛が走る。
「ミカエル!!!」
その時ルシフェル達がミカエルの元へ来た。
「来てくれたか。」
「大丈夫か!?ミカエル!」
心配そうにルシフェルが駆け寄る。
「大丈夫だ。心配いらない。それよりみんな、よく来てくれた。礼を言う。」
肩を押さえながら頭を下げる。
「やめてくれ。エルハザード軍隊長に頭を下げられたんじゃやりにくいぜ。」
サンダルフォンが頭を掻きむしりながら言う。
「そんな事よりも戦況は?」
「最悪だ。」
ルシフェルの問いに現状を一言で説明した。
「神界の天使兵は悪魔達にその身体を操られてしまっている。」
「それって………俺達神界の天使を倒さなきゃならないって事か?」
何も言わないミカエルにそうせざるを得ない状況だと知る。
「責任は私が取る。お前達は悪魔達を一人残らず倒してくれ。それしか手はない。」
「エルハザード軍は?」
「一度天界に引き返し待機中だ。お前達の後に続かせる。」
ミカエルの作戦に納得したのかルシフェルが剣を抜く。
「みんな聞いてくれ!敵は神界の天使の身体に乗り移っている!!不本意ではあるがそのまま倒すしかない!!」
「オオオオッッ!!!!!!!」
ルシフェルの声に仲間達が呼応する。
「我々の後からエルハザード軍も合流する!彼等は悪魔ではないから攻撃はするな!!」
ルシフェルがミカエルの右肩に手をのせる。
「ミカエル、お前に万が一の事があってはならん。エルハザード軍の指揮を採ったら最後尾で休んでろ。なあに、すぐに片付ける。」
「わかった。」
ミカエルの返事を聞き微笑む。
そして全員が武器を手に取り夕暮れの空へ飛び立っていく。
−くくく。ルシフェル…………絶望に呑まれ死ぬがいい………−
短剣を肩から抜き刃についた自分の血液を舐める。
ルシフェル達は知らない。戦うべき相手などいない事を。
ミカエルが短剣をかざし光を放つ。
それが合図となり神界の天使兵が戦闘態勢に入る。
そして天界て神界を繋ぐとても大きな扉からエルハザード軍が現れた。
「行けっ!!!反逆者共を討ち捕れ!!」
ミカエルの指揮にエルハザード軍がルシフェル達を追う。
神界、天界を巻き込んだ戦いが始まった。
目の前に広がる神界の天使兵を悪魔だと思い込みルシフェル達が攻撃を開始する。
反逆者だと思い込みルシフェル達を向かえ討つ。
数では相手にならないが全魔力を注ぎ決死の覚悟で突っ込んでいく。
「おのれ悪魔め!!!!」
ルシフェルが次々『悪魔』を倒していく。
「ルシフェル様!!!」
「何だ!?」
ルシフェルの軍団の一人が血相を変えてルシフェルの元へ飛んで来た。
「エ………エルハザード軍が、我々に攻撃を仕掛けて来ました!!!」
「何だと!?」
驚きのあまり固まってしまった。
「どういう事でしょうか!?まさか彼等まで悪魔に……?!」
−バ………バカな………有り得ん。ミカエルは正気だった……間違いなく……。一体何がどうなって………−
「ルシフェル!!どうなってんだ!?エルハザード軍が……!!」
サンダルフォンも状況を把握出来ない。援軍が自分達に攻撃してくる。
正面には神界の天使兵が未だ数万、後方にはエルハザード軍も数万。
話とは違う展開にルシフェル達の軍団は混乱に陥り、あっという間に追い込まれてしまった。
「ハメられた…………」
「何?!」
ルシフェルが何を言っているのかサンダルフォンはわからずにいる。
もはや絶望の渦に呑まれていた。
「ミカエルの奴…………最初からこれが目的だったのか………」
「何の事だ!?」
こうしてる間にも仲間が撃ち落とされていく。
五百弱の軍勢は瞬く間にその数を減らす。
「すまない……サンダルフォン。」
「?」
「もっとよく考えるべきだった。神界に悪魔が大群で侵略するなど有り得ない。少し考えればわかった事だ。全てミカエルの嘘だと………」
「嘘……?」
「ははははははっ。不様だなルシフェル!!」
エルハザード軍の先頭にミカエルが現れる。
「ミカエルッ!!」
「ルシフェル、貴様は神に反旗を翻した反逆者だ!よってエルハザードの名の元に貴様を裁く!!」
「何だとっ!!ミカエル、貴様あっ!謀ったな!!」
サンダルフォンがようやく状況を飲み込む。
「謀っただと?フン……何を世迷い言を。構わん!殺れ!!」
ミカエルの命令にエルハザード軍がルシフェル達に襲い掛かる。
神界の天使兵もそれに続く。
僅か数名となったルシフェル達が必死に抵抗する。
「くそっ!!何故だ!!何故だミカエルッ!!」
たまらずルシフェルが叫ぶ。
その問いにミカエルは答えない。
「ルシフェル!!どうするんだ!!このままじゃ…………」
サンダルフォンの問いにルシフェルは答えられない。
もって数分。訪れる未来は『死』だけだった。
「………ッ!!」
絶え間無く降り注がれる攻撃をくぐり抜け、ルシフェルがミカエルに飛び掛かる。
しかしエルハザードの兵が槍をクロスさせルシフェルを捕らえる。
「ミカエル!!」
「ルシフェル、観念しろ。」
不気味に笑うミカエルに腹綿が煮え繰り返る。
「そうか…………大天使長の座か……。情けない……欲に目が眩み自分を見失ったか……」
「何をわけのわからん事を。さあ、殺れ!」
ルシフェルに槍が突き刺さる。
「げほぉ……」
血が逆流して吐く。
「く…………ミ……ミカエル……」
遠退く意識の中上空に強い意思を感じとった。
「ミカエル様………あれは………」
見ると上空に黒い穴が開き渦を巻いている。
それは勢いを増し天使達を飲み込み始めた。
「総員退避!!」
ミカエルがただならぬ気配を感じ退避命令を出す。
黒い渦は次にルシフェルとサンダルフォン、そして残った数名の彼等の仲間を飲み込み消えていった。
「ミカエル様………あれは一体……」
「……………わからん。だが何か凄まじい気配を感じた………」
一瞬の出来事に呆然となる。……が、
−フフ……まあいい。何だかよくわからんがルシフェルのあの傷では助かるまい。−
「勝った…………私は勝ったのだ!!」
勝利の雄叫びが起こる。
この後、ミカエルは念願の大天使長の座を手に入れる。
インフィニティ・ドライブを巡る戦いが始まるのはもう少し後の話だった。
「………………………」
「目が覚めたか?」
目を開くとそこはどこかの城のようだった。
「フッ………実の兄に裏切られるとは………不運な男よ。」
まだ意識は朦朧としている。
「傷は治しておいた。なあに、礼には及ばん。」
言われて腹を探る。着ていた鎧は脱がされ、槍を刺されたはずの腹には傷痕がない。
男の言う通り治癒したのだろう。
「いらぬ者まで吸い込んでしまったが、まあよかろう。ケルベロスの餌にでもしてやる。」
何を言ってるのかわからない。
「こ……ここは……」
なんとか口を開く。
「魔界だ。」
その言葉を聞き台座に座る男を見る。
「誰だ…?」
漆黒の鎧を纏い、耳の後ろからこれもまた漆黒の立派な角が生えて真っ赤な髪を飾っている。
「魔帝様だ。」
聞き慣れた声に後ろを見ると、一緒に吸い込まれたのだろう、サンダルフォンと数名の仲間がいる。
「サンダルフォン………魔帝だと?」
「そうだ。あの状況から俺達を救って下さったお方だ。」
そう言われ魔帝と呼ばれた男を見る。
素顔を伺い知る事は出来ないが、神にも似た『気』を感じる。
「俺達を………助けた?」
「お前達ほどの男を見殺しにするには惜しい。」
それが助けた理由なら何か裏がある。直感が走る。
「俺達に何を望む?」
傷が癒えたとはいえ痛みはまだ少し残っている。
身体を庇いながら魔帝に聞く。
「察視がいいな。さすがは聖天使ルシフェル。」
皮肉を言われ魔帝に飛び掛かろうとするが身体を強い何かが押さえ付ける。
「早まるな。お前の敵は余ではないはずだ。」
「…………………」
「どうせ天界には帰れまい。余はお前達を魔界の王としてエリア毎に統治してもらいたいと思っておる。」
「魔界の……王?」
「インフィニティ・ドライブを知っているか?」
「インフィニティ…………ドライブ?」
聞いたことがない。何の名前だろうか?
「なんでもそれを手にした者は無限を操れるらしい。即ち宇宙を支配出来るというのだ。」
何とも夢のような話だ。神でさえ宇宙の真理までは知らない。
それが宇宙を支配出来るだと?
ルシフェルは半信半疑になる。
「それと魔界の王とどう関係があるんだ?」
「余は今までこの魔界を統治するなど考えた事がなかった。それはあまりに余が強すぎる為に余の命令にはどの悪魔も従うからだ。だから好き勝手にさせておいたのだが………最近目に余る無法振りでな。」
「それで俺達を?」
「そうだ。インフィニティ・ドライブの在りかはまだわからんが、いずれ天界や神界とも戦争になるだろう。そうなれば今の魔界では統率感がなさすぎて勝負にならん。そこでお前達のような知力、武術に長けた者を探していたのだ。」
「………………………」
「断る理由はないだろう?ルシフェル……」
「サンダルフォン…………」
「魔界の王だぜ?俺達はここで生きていくか、でなれば死ぬしかない。わかっているはずだ。」
「わかりました。貴方に従いましょう。魔帝………」
「フフフ。そう言うと思った。では今日よりルシフェル、お前はルシファーと名乗るがよい。そしてサンダルフォン、お前はサタンと名乗れ。」
「ルシファー………」
「サタン………」
台座に頬杖をつき満足そうに二人を見る。
「既に魔界から一人、アドラメレクと言う男が東のエリアを統治している。ルシファーには北を、サタンには南を任せる。西はベルゼブブと言う荒くれ者を説得している最中でな、そいつに任せるつもりだ。」
「アドラメレク!」
「ベルゼブブ………!」
ルシファーもサタンも二人の名は聞いた事があった。どちらもただ者ではない。
「貴方様のお名前はもしや…………」
アドラメレクとベルゼブブまでも手下につけようとする男など、宇宙広しと言えどもたった一人だけだろう。ルシファーは目の前の魔帝に震えが止まらなくなる。
そう、彼こそ神が最も恐れる者…………
「我が名はヴァルゼ・アーク。魔界の神………魔帝ヴァルゼ・アークだ。」
これが魔帝ヴァルゼ・アーク様との出会いだった。