第二十二章 欺瞞の天使ミカエル
轟音が鳴り響き大地が震え、大気さえ震わす。
真っ赤な光の柱は天界を二分するかのように聳えていた。
「くうぅ〜〜眩しい〜〜」
ティアマトの陽気な声が今は心地よく感じられる。
「あれって…………もしかして………?」
サタンが神殿から立ち上がる赤い光を見ていたベルフェゴールの横に立つ。
「ええ……間違いないわ。」
敵ながら親しみを感じる少年達を想い頷く。
「やれやれ………トランスミグレーションの力最大ってとこかしら?」
アシュタロトが傷ついた身体を庇いながらニヤつく。
「強敵出現って感じね。」
バルムングは仰向けになってトランスミグレーションと同じ光を放っている赤い月を眺めている。
「なんでもいいよ、身体中痛くてそれどころじゃありません!」
無謀な作戦を立てたアドラメレクに皮肉を言っているのはアスモデウス。
「まあまあ。上手くいったんだし、約束通り総帥にご褒美お願いしとくから。」
皮肉を言われご機嫌をとるアドラメレク。
「なあに?ご褒美って?」
サタンが興味深そうにアドラメレクを見る。
「なんでもないのよ!ははは………」
アドラメレクの愛想笑いが怪しく思えたのはアスモデウスだけでなくアシュタロトも感じていた。
アドラメレク達はたった四人で約三万の兵を退治したが、あの後同じくらいの援軍が来て体力を使い果たしたアドラメレク達は一度は諦めて死を覚悟した。
しかしすぐに千明を救出したリリス達が駆け付け、なんとか全ての下級天使を倒せた。
その功績を称える花火のように赤い光が現れた。
「うかうかしてられないわよ………あのくらいの歳の男の子は成長が早いんだから。」
リリスが若い部下達を諭す。
「悪魔の力………早くものにしなきゃね……」
アドラメレクが握った拳を見つめる。
「でも今はゆっくり疲れを癒しましょう。あ〜〜あ、お腹減ったぁ〜〜」
ベルフェゴールが大の字に倒れてぼやく。
「帰ったらパァッとやりましょう!ヴァルゼ・アーク様もOKしてくれましたし!」
お祭り女の異名を持つティアマトがキラキラ目を輝かせている。
「みんなで温泉でも行く?」
ティアマトに乗じてサタンも騒ぎ始めた。
「目黒君…………」
ナヘマーは同級生であり敵でもある羽竜達を今日だけは案じていた……。
爆撃を受けたような振動にヴァルゼ・アークは足を止めた。
「フッ………輪廻転生………か……」
神殿の振動の原因を知っていた。予想していたのだろうか?差ほど驚きを見せない。
−それでいい……もっと強くなれ、目黒羽竜よ……−
止めていた足を再び動かし先へ急いだ。
しばらくトランスミグレーションから放たれた強い光は消える事はなかった。
その間ただ目を閉じているしかなかった。
瞼を突き抜けていた眩しさが次第に弱くなる。
「羽竜君………」
あかねがゆっくり瞼を開ける。
「どうなった?」
蕾斗も瞼を開きまだ少し眩む視界の中で羽竜を探す。
羽竜が振り抜いていたトランスミグレーションを下ろす。
その下にポタッポタッと赤い雫が音を起てて垂れている。
「!!」
蕾斗とあかねが視界に確認したのは羽竜と額から血を流すサマエルだった。
「サマエル………!!」
蕾斗が微動だにしないサマエルを警戒する。
「死んでる…の……」
あかねも警戒をする。
「羽竜………貴様………!」
額を左手で抑えながらサマエルは羽竜を睨む。指の間を抜けて流れ出す血が傷の深さを物語っている。
「そんな…………あの衝撃波を喰らって生きてるなんて……!」
誰もが倒したと思っていた。……はずのサマエルが深い傷を負ってるとはいえ生きている。
「いや、喰らってはいない。」
「「え?」」
全て見えていたレジェンダには何が起こったかわかっていた。
蕾斗とあかねが顔を見合わせる。
「貴様……わざと外したな……」
「さっきのお返しだよ。首を飛ばさなかっただろ?」
「情けをかける気か?」
「真剣勝負だ、対等じゃなきゃ面白くないだろ?さ〜て、本番と行こうか!」
余裕の笑みで答える。
「フッ…………フフ………フハハハハハハハハハハハハハハッッ!!!」
突然馬鹿でかい声でサマエルが笑い出した。
「!?」
一同の視線はサマエルに釘づけになった。
「フフ………まさか人間の小僧がここまでやるとは。完敗だ。」
「……え?」
聞き間違えたのかと羽竜が眉を潜める。
もちろんレジェンダ達も。
「完敗だと言ったのだ。」
イグジストを鞘に納める。
「行くがいい。」
「サマエル?」
肩を透かされ羽竜が面食らう。
「お前は戦うべきだ。その強さならミカエル達とも渡り合えるだろう。」
「どういう意味だ?」
「フラグメントを探しに来たのだろう?フラグメントはミカエルが持っている。ただし、奴は手加減などしてくれんぞ。」
「あんたの仲間だろ?いいのかよ?」
「俺には仲間など無縁のものだ。」
沈黙に空気が包まれる。
羽竜達にはサマエルの事など何もわからない。
ただ、仲間など無縁だと言った気持ちに淋しさがあった事はわかることが出来た。
「レジェンダ、お前の選んだ男に間違いはなかったな。トランスミグレーションは戦う事を望んでいる。今のでわかったはずだ。」
「サマエル………」
「さあ何をしてる!早く行け!!」
羽竜達は互いの意志を確かめ合い、戦う事を確認する。
サマエルの横を無言で駆け抜けて行った。
「死ぬなよ………」
誰もいなくなった部屋で独り言を口にする。それはサマエルの戦士として死地に向かう幼い戦士達に向けた言葉だった。
「サマエルめ!裏切ったか!」
サマエルの戦うオーラが消えたのを感じミカエルは怒りを燃やしていた。
「相変わらず怒りっぽいのね。」
我に返り台座の間の入口を見る。
「……………何者だ……女……?」
サラサラとした長い栗色の髪をなびかせてこちらに向かって来る。
その黒い鎧から悪魔である事を悟った。
「何者って事はないんじゃない?久々の再会でしょ?ミカエル。」
鎧からは判断出来ないが、徐々に感じる気配から特定する。
「………ルシフェルか?」
「ご推察の通り、貴方の双子の弟のルシフェル、いえ………ルシファーよ。」
「何が弟か!小娘が!所詮ルシフェルの記憶を頼りに話してるだけであろう!」
「そう思うならご自由に。記憶があるってことはそこに芽生える感情も持っている事になるわ。この身体に人間としての私と悪魔ルシファーとしての私が存在してるの。どちらも私なのよ……」
具現化されたロストソウル………グングニルを立てて支えにする。
「観念したら?もう勝負はついてると思うけど?」
「小娘……口を慎め!私を誰だと思っておる!」
「あら……知ってるわよ。嘘偽りの大天使ミカエル様でしょ?」
キッとミカエルを睨み付ける。
ミカエルは女の言った事を肌で感じ取った。
−この眼は……間違いないルシフェルだ……−
ルシファーの黄色く光る瞳がミカエルに恐怖を煽る。
「自分の弟を陥れてまで掴んだ大天使長の座はどう?堪能出来た?」
意味ありげに笑う仕種が余計に不気味だ。
「ふっ……陥れただと?事実はあくまで聖書の歴史だ。お前は神になるため神に戦いを挑み、そして敗れたのだ。それが事実であり全てだ。」
「神になりたいのは貴方でしょう?」
図星を突かれ冷や汗が額から流れ落ちる。
隠された歴史が今、明かされようとしている。