第十七章 千明奪還戦線 プロジェクト・デビル
一面に花畑が広がり物音がしない。とても静かで幻想的な世界が目の前に広がる。
赤い月が見るものの心を照らすように存在している。
ここは天界。地上のように排気ガスで汚れた空気もなくただ息をしているだけで幸せまで感じてしまう。
「やっぱ気持ち良いよね〜。こんなに空気が美味しいなんて。」
はるかが大きく背伸びをしてみせる。とてもこれから戦いに挑む姿勢には見えない。
「余裕かましてると怪我するわよ。」
那奈が子供を叱り付けるように言う。
「まあまあ那奈さん、緊張ばかりしていても身体が硬くなってかえって悪いですよ。」
はるかに習って翔子も同じように背伸びをする。
「あんた達は少しは緊張した方がいいんじゃない?」
悪態を突くのはローサ・フレイアルだ。
「ローサちゃんは少しくらい余裕持った方がいいんじゃないの?」
翔子が突かれた悪態を突き返す。
「やめなさい二人共。いい加減天使達も私達の気配に気付いてるはず、戦闘体勢に入りなさい。」
「了解。」
睨み合ってたローサと翔子がぷいと顔を背けて返事をする。
那奈が細い銀色の羽根が八枚開く。その手に具現されたのはロボットアニメに出てくるような大きいビーム砲だ。
次にローサが悪魔アシュタロトへと姿を変える。漆黒の鎧よりも存在感抜群の全長五メートルの真っ黒い翼を羽ばたかせ宙に浮く。具現化するのは鍔のない背丈ほどもある大剣。
翔子もローサに続いて悪魔ティアマトへ変身する。まるで戦国武将の甲冑をもっと立体的にした感じの鎧を纏う。背中には赤黒い神話の龍を思わせる翼がある。
具現化するロストソウルはバズーカを二機。
そしてはるかもまたアスモデウスへ。両肩にあるシールドが特徴的で、顔面を覆う兜が一際存在感を示している。翼は背中に縦に大きく一枚あるだけで一見翼には見えない。
その手に握られているのは纏っている鎧には似合わない細身の剣。
「相変わらずドでかいビーム砲ですね。アルティメットバスターでしたっけ?」
アスモデウスがアドラメレクのロストソウルに感心する。
「私的には貴女のオメガロードの方が好みだけど?」
「あんたの波動砲もデカイよね。」
ティアマトの持つロストソウルは波動砲と言うらしい。彼女達はあまりまじまじと互いのロストソウルを見たことがないらしく、興味が溢れている。
「アシュタロトの神息もまあ迫力満天ね〜。」
ティアマトが自分の扱うロストソウルとタイプの違うロストソウルを舐めるように見定める。
「それよりアドラメレク様、作戦はあるのですか?他のメンバーが加勢に来るまでの時間は定かではありません。それまで持ちこたえなければ………」
アスモデウスの心配ももっともだった。既に遠くに下級天使の軍勢が見える。数はざっと見て二万から三万はいる。
いかに下級天使が相手とはいえ数が数である。
千年前も圧倒的な天使の数に成す術がなかった。
その記憶が彼女達を不安にさせる。
「流石に四人ではキツイか………」
アシュタロトがロストソウルを構える。
「千年前もこのメンバーじゃなかった?」
ティアマトもロストソウルを両肩に構える。
「みんな、今回も千年前と同じとは限らないわ。私達は強くなったはず。悪魔の力を継承して更に鍛え上げて考えられないほど強くなったわ。総帥も私達なら大丈夫だと信頼してここを任せたのよ、なら私達はその期待に応えましょう。あのお方に恥をかかせるわけにはいかないでしょう?」
アドラメレクが三人を勇気づける。
「そうですね。この戦いは物語の始まりを知らせるチャイムみたいなもの。負けるわけにはいかない!!」
アシュタロトが構えたロストソウルを一度振り下ろし気合いを入れる。
「いい?よく聞いて。アスモデウスとアシュタロトで敵の中に突っ込んで天使達の注意を引いてほしいの。」
「ア……アドラメレク様?それ……本気で言ってます?」
「本気よアシュタロト。そして貴女達の周りに纏わり付いた天使達を私とティアマトで撃ち落とすわ。」
名参謀であるアドラメレクにしてはあまりにも原始的な作戦なので三人共面食らってしまう。
「それだけ………ですか…?」
「そうよ。」
アスモデウスの質問も「そうよ」の一言で片付けてしまう。極上のスマイルも添えて。
「ほら!すぐそこまで敵が来たわ!いってらっしゃい、成功したら総帥にキッスのプレゼントを頼んであげるから!」
二人が背中を押され否応なしに急かされる。
「どうする……?」
アシュタロトがアスモデウスの顔を除く。
「どうするって………行くしかないっしょ……」
除くだけ無駄だったようだ。アスモデウスは顔を引き攣らせていた。どうやら覚悟を決めたらしい。
後ろではアドラメレクが行けと手を振っている。
「はぁ…。総帥のキッスを貰う前に死んだらどうすんのよ……」
「嘆くなアシュタロト。生きて帰ってきましょう。」
首を振りながら未だ覚悟を決めれないアシュタロトを促す。
「わかったわよ。覚悟決めるわ。……じゃあ、行くわよ!」
「オッケー!」
二人が天使の軍勢の中に飛び込んで行く。
「大丈夫でしょうか?あの二人……」
「大丈夫なように私達がしてあげるのよ、ティアマト。」
悪戯っ子のように微笑むアドラメレクが少し怖い。
「責任重大ってわけですね……」
赤い月がこれから流れるであろう互いの血の色に見えていた。
「来たか………」
男は送り出したおよそ三万の兵を眺めながらさっきから感じる気配に緊張感をあらわにしていた。
いつもは静かな神殿の中も今日は騒々しい。
たった十四人の悪魔………正確にはその力を手に入れた人間の襲撃に物々しい空気が漂っている。
「ミカエル様、奴等は分散して行動しているようです。この神殿にも何人か入り込んだようですけど……」
リスティが恐る恐るミカエルに現状を報告する。
「手際の良さはヴァルゼ・アークの指示ではないな……ジャッジメンテスか……」
「ジャッジメンテスといいますと………確か審判を司る神ではありませんでしたか?」
「フン……神の座を捨ててまで悪魔に成り下がるような輩の事等知るに足らん。」
「お言葉でございますが悪魔に成り下がったとは入れた言え元は神。ヴァルゼ・アークに関しては魔界を支配する魔帝……即ちこちらも神。厄介ではすみませんぞ?」
リスティは不安で仕方ないらしくそわそわ落ち着きがない。
それもそのはずで彼は悪魔と渡り合うほどの実力は持っていない。
僅かに魔法を使える程度だ。ミカエルとて庇ってくれる気などないのはわかっている。
「面白い。ヴァルゼ・アークだろうがジャッジメンテスだろうが返り討ちにしてやろうではないか。」
強気な姿勢を見せるが、内心はそうではなかった。
ルシファーの存在。悪魔の力と記憶、これをたかだか人間が手に入れ継承した。それは事実上死んだはずの悪魔達の復活である。
魔界の神・魔帝ヴァルゼ・アーク
審判の神・調律神ジャッジメンテス
魔王サタン
魔王ルシファー
魔王アドラメレク
邪神リリス
闇王ベルゼブブ
竜神ティアマト
創造神バルムング
戒律王アシュタロト
破壊神アスモデウス
魔人ナヘマー
魔人シュミハザ
暗黒王ベルフェゴール
悪魔と一言で言っても彼等の中には『神』と名の付く者もいる。
どの悪魔も一筋縄でいく相手ではない。
特にルシファーはミカエルの双子の弟でもあり、ミカエルにとってはその存在は決して楽観視できないのだ。
「リスティ、サマエル達を呼べ。」
「ははっ!」
ミカエルにもわかっていた。この戦いが悪魔との最後の戦いだと。
「ルシフェル………お前だけはこの手で始末してやる。お前だけはな………………」
真っ白な神殿に天使の残骸が山になっている。その山から流れる赤い血液がレッドカーペットをイメージさせる。
「ナヘマー、張り切り過ぎると後が辛くなるわよ?」
おなじみの漆黒の鎧を纏い透き通る真っ赤な羽根を背にバルムングとなった虹原絵里がナヘマー結衣を心配する。
「大丈夫です!」
途切れる事のない天使達の攻撃を華麗にかわしながら答える。
「若さねぇ……」
手にしてる大鎌はロストソウルだろう。真紅の刃は血の色と見分けのつかないほど鮮やかだ。
リリスの鎧には翼や羽根のようなものがない。ただ肩のアーマーが大きく、スマートな全身の鎧とは不釣り合いの姿が特徴的である。
リリスの継承者は九藤美咲である。
「副指令だってまだまだ若いですよ!」
振り下ろされた剣を受け止め、そのままの体勢でリリスに言う。サタンの継承者、宮野葵。
「お世辞でも嬉しいわ。」
振るう大鎌の軌道に天使達の亡きがらが舞う。
「しかし次から次へとよくもまあこんなに大勢いるもんだわ。」
半ば苛立ってるバルムングが両方の手の甲から伸びる長い爪で敵を裂きながら愚痴る。
「それにしても、おかしいわね………結構隈なく神殿の中探索したのに地下牢に行く階段が見当たらないわ。」
リリスが立ち止まり辺りを見渡す。
「ん〜〜確かに。ずっと走りながらこいつらの相手するのもそろそろ疲れてきましたし……ここいらで見つけたいんですけど……」
亡きがらにされたあげくこいつら呼ばわりされ更に横たわる頭をサタンに蹴られる。
「ダメですよサタン姉さん。バチが当たりますよ。」
ナヘマーの意見に賛成するかのようにバルムングもコクッと頷く。
「なあに?バルムングもナヘマーみたいにバチとかなんとか言うんじゃないないでしょうね?」
「まさか。私達は悪魔よ?憎まれ役だもの、今更バチの一つや二つ……でも死体に蹴りはちょっとねぇ……」
半分は間違いなくサタンを茶化してるだけ。
「二人共その辺になさい。」
リリスの一声にサタンとバルムングが舌を出す。
「副指令……もしかして地下なんてないんじゃないんですか?」
何気なく言ったナヘマーの一言にリリスがハッとなる。
「リリス様?」
左手を顎に当てて何かを考えている。サタンの呼びかけにも応じない。
「ナヘマーの言う通りね。私達間違ってたわ。」
「間違っ……てた?」
バルムングにもリリスが何を言っているのかわからない。
「何を間違ってるんですか?私達…………」
意識しないで言った事にここまで食いつかれると逆に不安になってしまう。
ナヘマーが胸に手を当て自分の心臓音を確認する。
−私何か変な事言ったかな?−
一体何が間違っているというのか?
「千明………ベルフェゴールって監禁されてると思ってその場所をてっきり牢屋だと思ってたわ………それに天界にはこの神殿くらいしかその手の建物がないから地下に牢屋があるんだと決め込んでいたのよ。それが間違いなのよ!」
どこぞの推理ドラマのトリックを暴く瞬間を見ているようだ。
リリスがポンッと手を打ちうろうろと歩き出す。
「元々この神殿に地下牢なんて存在しないのよ!これだけの建物だから地下へ続く階段とか扉もそれとわかる物だと思ってたけど…………あるわけないわよ。ベルフェゴールは意外と誰からもわかる場所に監禁されてるのよ!」
なるほど……と三人が感心する。言われてみれば囚われていると聞いてからずっと牢屋にでも監禁されているのだと疑わなかった。それも地下限定の。
「中々の推理、お見事。」
パチパチと一人、拍手をしながら男が現れる。
「ルキフグス!!」
「君達が悪魔の力と記憶を継承した人間達か………なるほど、私の名前も知ってるわけだ。姿は人間、ベースも人間。されど悪魔そのものというのは不可解な現象だな。私の知っている悪魔達はもっと異形であったり、人の形であっても君達ほどか弱くはなかったのだがな。」
ルキフグスが武器を具現化する。
「……!!それはウリエルのイグジスト?」
長い槍を隣に立てる。
「お互い苦労するね……上級天使、上級悪魔は傷ついた肉体を驚異的な速さで回復させてしまう。地道に攻撃を繰り返せば倒せない事もないが、面倒だからね。イグジストでやらせてもらう。」
「随分お喋りになったんじゃないの?昔の貴方はもう少し口数少なかったと思ったけど?」
リリスが皮肉を言う。
「確かウリエルはベルフェゴールと戦った時イグジストを持ってなかったって言ってた。まさか貴方が取り上げたの?」
サタンが本来の持ち主でないルキフグスに疑いの眼差しを向ける。
「おいおい、止めてくれ。まあ訳あって私が預かってるだけだよ。それより、ベルフェゴールの居場所だが………察しの通り地下牢なんてものは存在しない。彼女なら聖堂にいる。助けに行くならこの先の中庭にある建物に行くといい。もっとも……………私を倒してからな。」
ルキフグスが口笛で合図をするとあれほど倒した下級天使達がまたうんざりするほど沸き出してきた。
「なんなのよ…………マジでむかつく。」
口先を尖らせバルムングが壁を殴る。大きく壁に丸い穴が轟音と共に開く。
「やれやれ………」
サタンがロストソウルを構える。
「ナヘマー、バルムング、サタン、貴女達は雑魚を頼むわ。ルキフグスは私が相手をするわ。」
「私の相手はリリス……お前か。いいだろう、不足はない!」
大きな槍を軽々と振り回す。
「さあ、みんな!さっさと片付けて千明を助けに行くわよ!」
四人が背をくっつけて互いを確認し合う。
彼女達は今、千明奪還戦線の真っ只中にいた……