第一章 天魔降臨
「風がでてきたわね…。」
「はい。でも多少風が吹いてるほうが涼しくて気持ちいいのです。」
廃ビルの窓から夜の街を見下ろして時計をみる。
時刻は午前2時。
「眠らない街とはよく言ったものね、昼間と変わらないくらい明るいじゃない。そう思わない?景子。」
少し皮肉を込めて街を眺める
黒く長い髪がふわりと風に相槌を打つ。
その時、千明の脳を揺さぶる小さな感覚が刺激する
「来るわ……!」
千明がそう言うと二人の身体が光に包まれ一瞬にして変わった。
千明は大きな蝶のような青い翼を生やし黒い宝石の様な鎧を纏う。
景子も黒い鎧を纏いその背には大きな金色に輝く円形の羽根が現れた。
「準備はいいわね?シュミハザ。」
「はいなのです。ベルフェゴール。」
互いの呼び名を変えて確認をとる。
そして高さ30mはあろう廃ビルから一気に飛び降りる。
すると……二人の真下の空間が歪みその中から銀色の鎧を着た女達が五人現れた。
彼女達もまた、その背に白鳥のように白い大きな翼を広げている。
「ふん。待ち伏せをしてたかレリウーリアめ!」
両者共その手に武器を具現化し、ぶつかり合いそのまま上空へ上がる。
「久しぶりねぇ…ウリエル。」
「ベルフェゴール!いつもいつも邪魔ばかりして!余りいい趣味とは言えないわよ!シュミハザ……貴女もよ!」
「邪魔ばかりしてるのは貴女達でしょう?」
ベルフェゴールは軽く笑い飛ばすとその手に握る青い剣を構える。
咄嗟にウリエルの後ろで四人の部下が臨戦体制に入る。
「黙れ!悪魔ごときにあれを渡すわけにはいかんのだ!」
ウリエルがそう叫ぶとそれが合図であったかのように四人の部下がベルフェゴールに飛び掛かる。
「甘いわねぇ…。」
ニヤリと微笑むと青い翼を大きく広げ直し、間髪入れず青く輝く剣で一文字を切る!
血液が飛び散るよりも早く、四人の身体がすうっと消えた。
「くっ…!」
ウリエルの背に冷たい汗が浮き出る。
「………相変わらず強いじゃない…?」
「そう?貴女達が弱すぎるのよ。」
(くそ…!悪魔めらが!よりによって今夜出くわすとは!タイミングが悪すぎる!)
「あら?ウリエル、貴女その剣、イグジストじゃないわよね?」
「生憎今日はお前達の相手をしてる暇はないのよ。だからイグジストも必要ないわ。」
イグジストを持って来なかったのはウリエルにとって致命的だった。
ベルフェゴールやシュミハザのような上級悪魔相手に通常の武器では役に立たない。
「ふうん。余裕かましてくれるじゃない。まあいいわ。今夜が貴女の命日になるのよ!観念なさい!」
声高にウリエルを見下ろし死刑宣告する。
その瞬間ウリエルの身体を貫く物体があった。
「え……………?」
「あらあらダメじゃないシュミハザ。私が殺ろうと思ってたのに。くす…。」
シュミハザの持っていた鎖がウリエルを囲むように後ろへ周り一気に貫いたのだ。
「ウリエル…千年前の屈辱をこの世界で返させていただくのです。」
目の前で冷ややかにシュミハザが死刑を執行する。
「くそ……こ…こんなところで…………。ぐわぁぁぁ!」
顔を歪ませて失墜する…地面に落ちる瞬間、ウリエルの身体もまた小さな光の粒となり消えた。
何事もなかったかのようにベルフェゴールとシュミハザは元の姿に戻りそのまま廃ビルの路地裏へと降り立った。
その先で桃色の微かな光を放つ石があった。
「あったわ。」
千明がその石を手に取る。
「千年かかってようやく二つか……。」
「それでも念願の二つ目ですしウリエルも倒したのです、総帥もきっとお喜びになられるのです。早々に引き上げた方がいいのです。」
「そうね、上級天使を一人倒せたのはラッキーだったわ。最も彼女はフラグメントを取りにきただけなのでしょうけど、イグジストを持ってこないなんて私達も舐められたものね。」
(今夜、私達がここに来ることを知らなかったとは言え、イグジストは私達を倒せる唯一の武器。それを持ってこないなんて)
「千明様?どうかなされましたか?」
怪訝な顔をして千明を見る。
「ねぇ、どうしてウリエルはイグジストを持たずにフラグメントを取りに来たのかしら?」
ベルフェゴールはじっと桃色に光ってる小さな石を見つめながらシュミハザに聞いた。
「さあ………わからないのです。興味が湧かないのです。」
「クールねぇ………でも、どうせ闘うなら万全の相手じゃなきゃ面白くないわ。」
「気持ちは同じなのです。しかし私達の目的は………」
シュミハザの言葉を遮るようにベルフェゴールが言った。
「皆まで言わなくても大丈夫よ。ちゃんとわかってるわ。私達の目的はあくまでもフラグメントを集めて『鍵』を完成させ、そして封印を解きオノリウスの魔導書を手に入れること。
……でしょ?」
シュミハザはこくりと頷く。
「先は長いわね。さぁてと…。」
ベルフェゴールは大きく背伸びをしてみせると、
「帰りましょうか。総帥も待ってるでしょうし。」
シュミハザがまたこくりと頷くと二人の身体が足元から消えていった。
眠らない街に僅かな静寂が訪れる。これから烈しさを増していくだろう闘いにつかの間の休息を与えるように…。