第十四章 Embarrassment
「そうなんだ……水城さんいなくなっちゃったんだ…」
病院のベッドから外を眺める。あかねの瞳が涙に濡れるのがわかる。
「吉澤さん……」
昨日一日の出来事で今日は休校になってあかねの見舞いに来て、昨夜の事を蕾斗があかねに説明していた。
本当は話す事を躊躇っていたのだが、いつまでもごまかせるものではないとレジェンダに言われ羽竜に変わり伝えに来たのだ。
「ごめん……僕何も出来なかった。羽竜君も一生懸命やってくれたんだけど……」
「ううん。蕾斗君も羽竜君も悪くないよ。悪いのは水城さんにあんな魔法をかけた奴だよ。」
涙を拭きながら笑顔を見せる。
蕾斗が病室に入って来てから元気がない。そして羽竜とレジェンダの姿が見えない事から、昨夜ヴァルゼ・アーク達との間にも何かあった事を感じ取らせる。
あかねにはわかっている。羽竜がここに来ないのはあさみの事が原因でないと。
でも気になってしまう。羽竜に好意を寄せているからこそ、辛い時は自分のところに来てほしい。
でも羽竜は来ない。ホントに辛い時、彼は一人になる事のほうが多い。それは羽竜なりの気の使い方なのだが。
「そうだ!蕾斗君魔法使えるんだって?レジェンダが言ってた。すごいよ!羨ましいな。」
「いや、魔法って言ってもまだ全然戦闘になったら役には立たないよ……。テレポートもなんとか出来るようにはなったけど……なかなか難しくて……」
「テレポート?テレポーテーションの事?おもいっきりすごいじゃない!」
あかねのテンションに気を良くしたのか照れ笑いを浮かべる。
「まあ行った事のあるところしかテレポート出来ないけどね。それに僕が持ってる力は魔導なんだって。」
「魔導?魔法とは違うの?」
「うん。魔法の上のランクで人間ではオノリウスしか使ってる人いなかったって。それで、魔法ってのは自然界に存在する現象を魔力使って故意に起こす事なんだってさ。で、魔導ってのは本来宿る事のない力を宿らせる事によって武器だとか防具だとかエトセトラ………。難しくて僕も正直よくわかんない。」
蕾斗がそう言うと二人でケラケラと笑い出した。
「何がそんなにおかしいのだ?」
「わあっ!!」
「きゃああっ!!」
窓を擦り抜けてレジェンダが現れた。
「「レジェンダ!!」」
二人が声を揃える。レジェンダがいきなり現れるのは定番化しつつある。
「ここ最近お前達の笑い顔なぞ見てなかったな。あかね、お前達の友人の事は残念だった……。だが羽竜や蕾斗を責めないでやってくれ。」
「大丈夫よ。責めたりなんてしないから。それより羽竜君は?」
「羽竜は一人になりたいとか言ってどこかに出掛けた。」
「……落ち込んでるんだね、大分。」
予想はしていたがやはり辛い時に来てくれない羽竜にもどかしさを隠しきれない。
「私に全ての責任はある。トランスミグレーションを授けたはいいが剣の腕ばかり鍛えて肝心の『闘い』というものを教えていなかった。」
「そんな…」
今更何を言うのかと言い出しそうなあかねの視線が痛い。あかねの胸の内を察したのか、蕾斗が制す。
「レジェンダ、きっかけはなんにしろ闘いの道を選んだのは僕達だ。レジェンダだけが責任を感じる必要はないよ。僕も羽竜君も人にはない能力があることを知って嬉しかった。漫画で見るような世界が現実になっていって、ヒーロー気分に浸りきっていたんだよ。世界を救うって………気持ちだけじゃダメなんだって気付いた。羽竜君だってきっと同じ事思ってるよ。なんてったってトランスミグレーションの使い手なんだから。僕だってこのオノリウスの指輪を嵌めてる以上、もっと強くならなきゃ。」
右手の中指で異形を気取る指輪がその存在をアピールしている。
「オノリウスの指輪?なあにそれ?」
蕾斗のには似つかわしくない指輪だとあかねは感じた。
「え〜と……魔力を引き出す指輪………だっけか?」
「正確には強大過ぎる魔力や眠っている魔力のバランスを取るものらしい。私もオノリウス様からの受け売りだからよくはわからん。」
「よくはわからない物を蕾斗君にあげたの?」
冷ややかな目線がレジェンダに注がれる。
「そういう意味ではない。」
「じゃあどういう意味?」
羽竜へのもどかしい気持ちが軽い怒りとなってレジェンダが一身に受ける羽目になった。
「その指輪は元はオノリウス様が感情が高ぶった時に魔導の力が制御出来なくなる事を恐れてご自身でお造りになられたのだ。指輪を渡したのは、蕾斗の中に眠っている魔導の力をある一定の値まで引き出し、常に最低ラインを保てるようにする為だ。魔導の力を持っても制御出来なければ脅威でしかないからな。」
「なんか難しい事言ってはぐらかしてない?」
「まあまあ吉澤さん、なんにしても今の僕には必要なものだから。」
蕾斗がそう言うのならと、あかねが納得せざるをえない。
「それよりレジェンダ、これからどうするの?ただこうしていても何も始まらない気がするんだけど……。」
「それについては羽竜も同じ思いだったようだ。羽竜は残りのフラグメントを探す事を提案していた。もちろんフラグメントの探し方は我々にはわからないから、ナヘマー……確か新井とか言ったか彼女に聞き出すつもりでいたみたいだが……。」
「聞き出すって………そんなこと教えてくれるわけないじゃない。新井さんはレリウーリアの一人なのよ?無理だと思うな。」
「羽竜が言うには、今まで受け身でいた我々が動き出したとなれば、直にフラグメントを探し出せなくても間接的にはわかるんじゃないかという事らしい。要するに相手方の我々に対する見方を変えてやれば、こちらの情報を見えなく出来るという事だ。そうすれば向こうからの接触が多くなるだろうと予測出来る。それを利用するのだ。」
「まあ、言ってる事はわかるけど……上手くいくかなあ……。」
のんびりした蕾斗の言葉が三人を包んで緊張を和らげる。
「上手くいくも何も手段は選べるほどはないのだからやるしかあるまい。後は羽竜次第だが………。」
レジェンダも羽竜に関してはとても気にかけている。付き合いこそ浅いものの、いつの間にか弟子でもあり弟でもありまた息子のような感覚さえ芽生えていた。
だから今、羽竜が傷心しているのに何もしてやれない事が悔しくもある。
「羽竜君なら大丈夫、きっと立ち直ってまたいつも通りの元気な羽竜君に戻るよ。」
あかねがこの街のどこかで一人苦しんでいるだろう羽竜を想う。
「だね、羽竜君は強いから。信じて待とう。」
「ふ……羨ましい限りだな。こんなにも信じてくれる友人がいるのだから。」
戦乱を生き抜き、死ぬことも許されぬ身体となったレジェンダは信頼出来る友人などいなかった。千年………その長い時間を歴史を傍観してきた。たった一人で……。唯一レジェンダが望んだもの、それが『友』だった。
「何言ってんのさ、レジェンダも友達だよ。みんなそう思ってるよ。」
「そうよ。私達友達じゃない。」
「蕾斗…………あかね………」
こんな気持ちはいつ以来か。肉体こそ失ってしまったが、胸が詰まるような感情がとても気持ちいい。
「もしレジェンダに身体があったら、きっと泣いてるよね!」
悪戯に蕾斗が笑う。
「何をぬかすか……。」
わかったような気がする。まだ人間らしい感情が魂として存在していると。
「あっ!そういえば千明さんなんだけど…………」
今この時を、この時代で知り合った友人と呼べる者達と千年前に出会えていたのなら………もっと違う形で運命と向き合えただろうか?
敵である千明の事を真剣に心配し語り合う二人を見て、少しだけ過去を振り返る。
誰にも見えるはずのない涙が零れていく気がした……。