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第十三章 罪と罰

人間は常に欲望をその胸に秘めている。だがそれをあらわにする者はそうはいない。

欲望に支配され自我を失えば、人としての姿を留めておくのは難しい。


「アドラメレク!啖氷空界で結界を張れ!」


「了解しました!啖氷空界!」


ヴァルゼ・アークの指示ですぐに啖氷空界を創る。

魔力のこもった氷ならばいかに犠牲の柩の従者といえど傷を付けるのは不可能。


「ダレ?ジャマ ヲ スルノハ?」


あさみがヴァルゼ・アークに気付いて攻撃を仕掛ける。

それをシュミハザとアシュタロトが防ぎ、その隙にナヘマーがあさみに蹴りを入れる。

……が、見えない壁に塞がれて弾かれてしまう。


「………ユイ……?」


「まだ意識は残ってるのね…。」


「ウワアアアアアアアアアッ!!!!」


突然あさみが頭を抱え苦しみ出す。


「あさみ………?」


「危ない!!!」


背中の龍がナヘマーに攻撃を仕掛けてくる。あさみに気を取られていたナヘマーはもろにその攻撃を喰らってしまう。

助けに入ろうとした羽竜にぶつかり二人とも地面に転がる。


「イテテ……大丈夫かよ新井?」


「ええ……。何かバリアみたいなもので守られているみたいね。」


「よし!今度は俺がいく!」


体勢を整えトランスミグレーションを構える。


「ユイッ!!ワタシ ハ オマエ ヲ コロス!!」


あさみが手の平に光る球を作り出す。


「おい、あれ……!」


「ナヘマー!」


アドラメレク達があさみの後ろから声をかけてくる。


「シネェッ!!」


あさみの目がナヘマーを睨みつけ、手の平の光る球を地面を這わせるように投げ付ける。


「どけ!」


ナヘマーを押しのけ羽竜が光る球を迎え撃つ。


「うおおおおっ!!」


トランスミグレーションを右手に持ち構えたまま走り出す。

光る球をあさみに打ち返すようにトランスミグレーションをぶつける。

強い振動が身体を駆け抜ける。

トランスミグレーションの刃が光る球に食い込み、そこからまるで血液でも飛び散らすように火花を飛ばす。


「くそっ………負けてたまるか……よーっ!!」


トランスミグレーションが光る球を二つに裂く。上下に別れた光る球が力のバランスを失い爆発する。


「やるじゃないか、目黒羽竜。少しは剣の使い方を覚えたか。」


羽竜の横にヴァルゼ・アークが立つ。


「ヴァルゼ・アーク………。」


「まずは彼女の守っているバリアだ。」


「わかってるよ。でもどうやって……。」


「目黒羽竜、ほんとに彼女を撃つ覚悟はあるんだろうな?」


「………それしか方法ないんだろ?だったら俺が水城を苦しみから解放してやる。」


「なら俺がバリアを破る。そしてアドラメレク達に彼女の背中の龍を抑えさせるからその隙にトランスミグレーションで彼女を倒せ。」


「わかった。でもあのバリア破るなんてできんのかよ?」


今までは見えなかったバリアが波を打つのがわかる。


「心配するな。俺なら一撃だ。だが、お前がしくじればまた面倒な事に成り兼ねん。準備は…?」


「オーケー……。」


あさみが再び光る球を手の平に作り出す。

今度は一回り大きくなっている。


「行くぞ!!」


反対側にいるアドラメレク達にも聞こえるようにヴァルゼ・アークが叫びあさみに向かっていく。


「!!……早い!!」


ヴァルゼ・アークの俊敏さに羽竜が感嘆の声をあげる。


「グオオオオオッ!!!」


ヴァルゼ・アーク目掛けて光る球を投げ付ける。

衝突を避ける気はないらしく、ヴァルゼ・アークのスピードが増していく。


「目黒羽竜!来い!」


前を向いたまま羽竜に声をかける。


「よし!!」


自分に言い聞かせるように相槌を打ちヴァルゼ・アークの後に続く。

 あさみの放った光る球がヴァルゼ・アークに襲い掛かる。


「ふん……その程度の攻撃、我がロストソウル……絶対支配の前では錆にもならん!!」


ヴァルゼ・アークはその勢いを弱める事なく光る球を蹴散らす。

絶対支配が左下から右上へと軌道を描く。

斜めに切れた光る球がその威力に押され元の軌道から外れて爆発する。

薄暗い啖氷空界の中を明るく照らし出す。その眩しさにあさみが目を眩ませる。


「シュミハザ!ナヘマー!アシュタロト!今よ!彼女の背中の龍を抑えて!」


「「了解!!」」


三人がアドラメレクの指示に口を揃えて応答する。

アドラメレクは細く長い六枚の翼を広げて左上の龍を力ずくで、シュミハザはその下の龍に鎖のロストソウルで、ナヘマーは右上の龍に二本のダガーのロストソウルを突き刺して、アシュタロトは鐔のない大剣のロストソウルを右下の龍に回してそれぞれ押さえ込みにかかる。

動きを可動範囲を奪われあさみがたじろぐ。


「総帥!」


アシュタロトがあさみを押さえ込んだ事を知らせる。

ヴァルゼ・アークがあさみに向かって絶対支配で突く。もちろんその攻撃はバリアで塞がれてしまう。


「ガガガガガガガァァァァァァァッッ!!!!!」


「欲望の壁ってのは頑丈で困るよ………!」


動き奪われながらヴァルゼ・アークに抵抗する。

絶対支配とバリアの間で起こる放電現象。放電現象が激しさを増す度にバリアに亀裂が生じる。

それを確認して羽竜が走りながらトランスミグレーションを頭の脇で持ち突きの構えをとる。


−水城…………もうすぐだ………もうすぐ楽にしてやるからな……−


「行くぞ!ヴァルゼ・アーク!!」


二人の交わした作戦の実行までのカウントダウン。

ヴァルゼ・アークがオーラを発散させバリアを破る。ガラスが砕けたようにバリアが細かい破片となり飛散する。


「ウオオオッ!!」


叫び声をあげながらあさみに突進していく。


−メグロクン………−


「!!」


頭の中にあさみの思念が流れ込んでくる。

羽竜の勢いが緩み突き出したトランスミグレーションがあさみの鼻先で止まる。


「何をしてる羽竜!!」


レジェンダが羽竜に攻撃続行を叫ぶが既に遅い。


押さえ込まれていた四匹の龍がアドラメレク、シュミハザ、アシュタロト、ナヘマーの四人を振りほどく。


「きゃあっ!!!」


「ぐわっ!!」


啖氷空界で凍り付いた空間にたたき付けられる。


「メグロ………クン……タス……ケ…テ……」


醜く歪んだあさみの瞳から涙が零れる。


「水城………意識があるのか…?」


「危ない!!」


蕾斗が危険を告げ羽竜を助けようと魔法を放つ。


「ぐおっ!?」


しかし間に合うわけもなく四匹の龍の攻撃に身体が宙に舞う。


宙に舞った羽竜の下を蕾斗の放った攻撃魔法が通過していく。

魔法はあさみに一直線に飛んでいくがバリアの復活で徒労となる。


「馬鹿が……。」


ヴァルゼ・アークが羽竜に言い捨て絶対支配を強く握る。

刀身が異様なオーラを放ちあさみに向けられる。


「ま、待ってくれ!」


羽竜がヴァルゼ・アークを制止しようとするが、横目で睨みつける。


「ヴァルゼ・アーク!あさみはまだ意識があるんだ!」


「馬鹿かお前は。言ったはずだ、彼女は死をもってしか救われないと。お前の気持ちを組んで留めは任せるつもりだったが、とんだ無駄骨になった。悪いが彼女は俺が留めを刺す。」


今のヴァルゼ・アークはつい数分前のヴァルゼ・アークとは違いあの独特の、物を言わせぬ雰囲気がある。


「トランスミグレーションもとんだ使い手を選んだもんだ。」


「………………。」


悔しいが何も言えない。

歯を食いしばり俯く。そんな羽竜をレジェンダも蕾斗もただ見ている。


「そういえば前に正義がどうとかほざいてたな。俺はこの世に真の正義なんてものがあるとは思わん。だがもし正義があるとしたら自分の都合で変わってしまうものなのか?目黒羽竜、お前は逃げているだけに過ぎん。そこでおとなしく見ていろ、己の無力さを噛み締めながらな………。」


俯く羽竜を置いて前に出る。


「お待ち下さい!」


身体を引きずりシュミハザがヴァルゼ・アークに歩み寄る。


「総帥、彼女の始末は私にやらせて下さい。」


「シュミハザ………いいだろう。しかしお前でもあのバリアは破壊出来まい。さっきと同じやり方で行く。俺がバリアを破るから合図をしたら一気に殺れ。三度目はない。わかったな。」


「はいっ!」


おそらく身体が痛むのだろう。額に汗が滲み出ている。


「シュミハザ……」


「ナヘマーはもう一度あの背中の龍を抑えて下さい。」


「アドラメレク、アシュタロトお前達は動けるか?」


ヴァルゼ・アークが二人に暗黙の指示を出す。


「出来ます。」


「大丈夫です。」


「よし。一匹は………しかたないか。」


「私が二匹抑えます。」


「大丈夫?ナヘマー…。」


アシュタロトが心配そうにナヘマーに聞く。


「やるしかない!私は闇十字軍のナヘマー結衣。みっともない姿は敵に見せられないもの。」


そう言って羽竜を見る。


「新井……」


「ギギャアアアアアッッ!!」


羽竜やヴァルゼ・アーク達のやり取りに業を煮やしたのか、あさみが啖氷空界を震わせるほどの雄叫びをあげ攻めて来た。


「来るわ!」


アドラメレクとアシュタロトとナヘマーがあさみを迎え撃つ。

突進してくるあさみを交わして先程と同じ龍を抑えに入る。

ただ一匹…シュミハザの抑え込んでいた龍を除いて。

三匹の龍はまたも動きを妨げられ悶え苦しんでいる。

自由の利く一匹がアドラメレクの右腕を噛む。


「ぐっ…!」


右腕を覆っているパーツのお陰でかろうじて切断は免れている。多量の血液が流れているが、抑え込んだ龍を解放する気はないらしい。

それでもあさみは勢いを止めない。狙いはヴァルゼ・アークにある。

ヴァルゼ・アークが突進してくるあさみに絶対支配を突き刺す。今度はバリアからの放電もなくあっという間に砕け散る。


「シュミハザ!」


ヴァルゼ・アークの合図に素早い反応を見せる。


「デッドエンド・ネメシス!!」


シュミハザの持つ鎖型のロストソウルが円を描きながら直進していく。

そしてその前方の空間が歪み、その中にロストソウルが姿をくらます。

直進する軌道上で姿を一度消し、その数メートル先で再び姿を現す。

時空間を行き来する能力を秘めているらしく、それを繰り返しながらあさみを的に捕らえる。


「ターゲットにヒットするわ!みんな避けて!」


シュミハザが龍を抑えてる三人に危険を知らせる。それを聞いたアシュタロトとナヘマーが避難する。しかしアドラメレクは龍に噛み付かれたままで避難出来ない。


「アドラメレク様!」


アシュタロトに応えてる暇もない。

噛まれている右腕を軸に振り回され傷口が広がる。


「ああああっ……!」


アドラメレクが耐え切れず叫び声をあげる。

 同時にシュミハザのロストソウルがあさみの心臓を貫く。


「ギワアアアアォォォ!!」


四匹の龍が活動を停止。アドラメレクがヴァルゼ・アークに抱えられてあさみから離れる。


「水城!!」


ロストソウルで貫かれたあさみの肉体は光の粒子となり消滅する。


「水城………ごめん……俺はお前を救えなかった…。俺が助けるなんてかっこのいい事ばかり言って…………。」


愕然と膝をつき消えていくあさみをただじっと見つめる。


「羽竜君………。」


何か言葉をかけようとするが、どう声をかけたらいいのかわからない。

蕾斗もまた何も出来なかった事を後悔していた。


「大丈夫か?那奈。」


「お手間おかけして申し訳ありません、ヴァルゼ・アーク様……。」


右腕が痛々しい傷口をあらわにしている。

ヴァルゼ・アークの腕から抜け、自らの足で立つ。


「やれやれだな…………犠牲の柩なんて使いやがって……。」


「天使の仕業でしょうか?」


「それしか考えられまい。何を考えてるのかは知らんがな。」


アシュタロトの問いに怒りの顔を見せる。アシュタロトに怒りを感じたわけではない。犠牲の柩は不完全な魔法である事は天使も知っていること。不完全というよりは完成することが出来なかった魔法。そんな意味のない魔法を何故使ったのか?

浅はかな行動に怒りを隠せない。



羽竜が呆然としているとシュミハザが目の前まで来ていた。


「…………なんだよ。」


「貴方って何も出来ないのね……トランスミグレーションもお粗末な主人を持って可哀相に………。」


「なんだと!?」


挑発されトランスミグレーションの刃をシュミハザに向ける。


「お前に何がわかる!彼女は……水城は俺の友達だったんだ!それを簡単に倒せる訳ないだろ!?」


わなわなとトランスミグレーションが羽竜のやり場のない怒りを伝えている。


「だったら何の為に戦ってるの?フラグメントは八つ集まって初めてその意味を持つわ。私達には既に三つ、貴方達には一つ、この前見つけた一つは千明様と共に消えた……。おそらくはエルハザードが手に入れたでしょう。いずれにせよ誰かが八つ集めなければオノリウスの魔導書を手に入れる事が出来ないのよ。そんな事で貴方これからどうするの?」


見るからに自分よりも若い女に説教され苛立ちが募る。


「俺がお前達も天使達も倒して世界を守るさ。」


「……まあ別にいいけど。私には関係ないから。」


くるりと背を向け立ち去ろうとする。


「待って!」


立ち去ろうとするシュミハザを蕾斗が呼び止める。


「千明さん……何かあったの?ワイドショーで大変な騒ぎになってるけど……今の言い方だとまさか……」


「………悪いけど、何も言うつもりはないわ。忘れないでね、私達は敵同士なのよ。」


「構わん、話してやろう。」


「総帥!」


「ヴァルゼ・アーク………この人が?」


初めて近くで見るヴァルゼ・アークに蕾斗が困惑してる。

乱れたスーツを正す姿はどこにでもいるサラリーマンにしか見えない。

見ようと思えばその若さからホストにも見える。いずれにせよイメージとは掛け離れている。


「トランスミグレーションを使う人間がいるかと思えば魔法を使う人間までこんな身近にいるとはな。」


「魔法だけではない、彼には魔導の力も備わっている。」


レジェンダの発言にヴァルゼ・アークが失句する。


「魔導…だと?信じられん、魔導を使う人間はオノリウスだけかと思っていたが……。」


「まだ未熟ではあるがな……。」


この二人の会話にも蕾斗は好奇心を寄せる。


「そうか……まあいい。育つか萎えるか………面白そうだ。期待を裏切るなよ?して………名前は?」


「あ、蕾斗……藤木蕾斗です。」


「蕾斗か。千明を気にかけてくれてるみたいだな。千明はお前がワイドショーで見た通り行方不明だ。」


「ど、どうして?!」


「フラグメントを取りに行かせたんだが……一人で行かせたのがまずかった。帰りが遅かったから他の者に迎えに行かせたのだがフラグメントも千明もその場にはなかった。血痕があった事から誰かとフラグメントを巡り戦闘をしたのだろうな。もっとも、千明をやれるほどの者は限られてるがな。」


「エルハザード軍って事ですか?」


ヴァルゼ・アークは黙って頷く。


「心配しなくとも千明はまだ生きてる。」


「どうしてわかるんですか?」


「もし千明を殺しているのならわざわざ死体を持っては帰らんだろう。」


「それじゃ……」


「言ったわよね?貴方達には関係ないって。」


シュミハザがヴァルゼ・アークの前に出る。


「気を悪くしないでくれ、景子はまだ十四歳だが大人びているというか冷たいというか。こういう性格なんだよ。」


「総帥、そろそろお戻りになりませんとみんなが心配します。」


「そうだな。シュミハザ、アシュタロト、ナヘマー、お前達はアドラメレクを連れて先に帰れ。俺は車があるから少し遅れる。」


「はっ!」


敬礼をして啖氷空界をアシュタロトが解く。


「目黒君……」


「行くわよ、結衣。」


ナヘマーが何か羽竜に言おうとしたがアドラメレクに促されて全員が夜空へと消えて行った。


「目黒羽竜、今宵お前は罪を犯した。」


「罪?」


「彼女はお前の手で倒される事を望んでいたはずだ。だがお前はそれを躊躇った。結果、彼女とは面識のない我々に倒されてしまった。きっと彼女は後悔しているだろうな。彼女を救ってやれなかった事、それがお前の犯した罪だ。罪に罰は付きもの………今日の自分の甘さ……それは死ぬまで付き纏う罰だ。闘いを望む望まないはお前が決める事ではない。しかし戦士ならば己の信念を貫き通す為に望まない闘いもしなければならない。それがわからぬのならトランスミグレーションを手放す事だ。」


羽竜と蕾斗の間を摺り抜け破壊された街へと姿を消した。


「くっ……!」


拳を思いきり握る羽竜は、自分を責めているのだろう。


「罪と…罰…か……」


レジェンダが遠い過去を思い出しながら呟いた…。


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