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第十二章 犠牲の柩(後編)

幸い軽い脳震盪だけで済んだ。あかねの両親も病院に駆け付けあかねに付き添っている。

待合室に置いてあるテレビではあさみが起こした爆発をテロではないかと疑い調べている。


−あの夜と同じだ……。テロなんかじゃない……。−


クラスメートが何かにとりつかれたように暴走している。

やり切れない気持ちで胸が熱くなるのがわかる。


「羽竜君………。」


「帰るぞ蕾斗。」


「え?いいの?吉澤さんに付き添ってなくて……。」


「両親が来てるんだ俺達がいる必要はない。それに水城がいつフラグメントを奪いに来るかわからないんだ、出来ればこれ以上街を戦場にするのは避けたい。」


テレビの画面には無惨にも瓦礫と化した街の一部が映し出されている。

まだ消えない炎が暴れている。

羽竜とあかねが無事だったのは単なる偶然にすぎない。

爆風があさみを中心に外側に向けて威力が強まっていった為あさみの近くにいた二人はたまたま助かった。それだけに何も出来なかった自分を羽竜は責めていた。


「レジェンダ、いるんだろ?」


レジェンダが羽竜の後ろから姿を現す。


「水城の事……なんか知ってるみたいだったけど……知ってるなら教えてくれ。」


「教えてやらん事もない。だが聞けば後悔するかもしれんぞ?まあ、どちらにせよ後悔は避けられぬがな。」


嫌な予感がする。普段は勿体振った言い方をするのに今回はやけにストレートだ。

後悔は避けられぬと言われ戸惑いを見せる。


「彼女はその魂を封じられてしまったのだ。犠牲の柩によってな。」


「犠牲の柩?」


蕾斗が聞き慣れない言葉の意味を聞き返す。


「犠牲の柩とは魂を封じ、欲望だけを肉体に残す魔法の事だ。

欲望だけを残されるとそれを満たす為魔法をかけた者に従わなければならないのだ。」


「なんだって便利な魔法だな。でもそれがどうやったら後悔に繋がるんだ?」


「羽竜………その前にお前に聞いておきたい。お前はこの世界を守りたいと言ってたな。」


「あ、ああ。」


「その為に彼女を……倒せるか?」


「な、なんだよそれ……。」


「犠牲の柩をかけられた者は二度と自我を取り戻す事は出来ない。欲望を満たしても満たさなくても魂は消滅してしまう。そして肉体も灰になるだけだ。」


「ま、待ってくれ!じゃあ何か?暴走を止めるには水城を倒さなくちゃならないし、野放しにしてもそのうち死んでしまうって事か?!冗談じゃない!クラスメートを手にかけろってのかよ!!」


「更に被害を拡大したくないのならそれしかあるまい。フラグメントを狙って来たのだろう?なら戦いは避けられない。」


「魔法をかけた奴を倒したら解けるんじゃないのか?」


「残念だがそんな都合のいい話はない。」


暴走するあさみを止めるには『死』をもって止めるしかないという。

仮に放っておいてもやがて魂自体が消滅し死んでしまう。彼女を待っているものが遅かれ早かれ『死』でしかない……現実が羽竜の胸を串刺しにする。


「くそっ!!なんで……なんで水城なんだよ!!」


ガコンッッ!!


やり場のない怒りを工事中の看板に拳でぶつける。

看板が折れ曲がり飛ばされる。


「羽竜君………。」


「犠牲の柩のタイムリミットは七日。七日目には魂共々肉体も灰になる。」


「七日……水城が学校を休んでから今日で四日だ。残り三日……か。」


「残り三日の間に彼女は仕掛けてくるんだね。」


「どうすれば………俺はどうすればいい……?」


あさみが消滅するのをただ待つのか……それとも被害を抑える為に戦士としてあさみを倒すのか……決められずにいる。


  パッパー!


高級車独特のクラクションが鳴り道端に黒いスポーツカーが止まる。


「これはこれは目黒羽竜君と確か蕾斗君と聞いたかな?それにレジェンダじゃないか。」


スポーツカーからスーツ姿の男が降りてくる。


「ヴァルゼ・アーク!」


羽竜が名前を口にした途端蕾斗とレジェンダが驚く。


「こ……この人が……レリウーリアの……?」


「お前がヴァルゼ・アークか!」


「おいおい、そんなに敵意剥き出しにするなよ。別にフラグメント奪いに来たわけじゃないんだ。偶然通り掛かっただけだよ。」


レジェンダの闘気に敵意のない事を伝える。

黒いスーツがやけに似合い、悪魔の総帥であることを疑わせないほど闇に溶け込んでいる。


「どうした?随分と暗い顔をしてるが?俺でよければ相談にのるが?」


フランクに接してくるヴァルゼ・アークに目を丸くしている。

羽竜同様もっと歳老いていて権力者的な態度なのかと想像していた。


「相談だと?ふざけるな!貴様にのってもらう相談など何もない。」


レジェンダが声を荒げる。ヴァルゼ・アークに脅えているのがわかる。その気になれば今この場で羽竜達を倒し、フラグメントを奪う事など他愛もない。


「そうでかい声を出すな。俺は嘘はつかん。無理に聞こうとは思わんよ。」


頭をぽりぽり掻きながら参ったといった仕草をしてみせる。


「なら俺から質問しよう。今日この辺りでテロがあったとニュースでやっていたが………あれは人間の仕業ではないな。邪気が残っていた。お前達何か知らないか?」


「何か知らないか?水城をあんな風にしたのはお前じゃないのかよ!?」


軽く言われたのか気に入らないのかヴァルゼ・アークに突っ掛かる。


「水城?なんだそれは?」


「とぼけるな!!」


「待て羽竜!!」


ヴァルゼ・アークに殴り掛かろうとしてレジェンダに止められるが、羽竜には届かない。

しかしヴァルゼ・アークにあっさりかわされ道に不様に転がる。


「いきなり殴り掛かってくるなんて感心は出来ないな。」


「ちっくしょう!!」


「羽竜君………。」


当たらなかった拳を地面に叩き付ける。何度も………光りを失った世界に閉じ込められたように行き先が見えないでいる。


「………訳ありらしいな………。」


何か悟ったらしく、誰にともなく聞く。


「……羽竜の友人が犠牲の柩に入れられ暴走している。今日の事件もその友人が起こしたものだ。」


「犠牲の柩?そんな下らない魔法を誰が……?」


ヴァルゼ・アークの反応を見る限り嘘をついているようには見えない。レジェンダも蕾斗もそして羽竜もそれは疑わなかった。


「あんたじゃないのならエルハザードの誰かなんだろ……。」


羽竜が肩膝をつきゆっくり立ち上がる。


「まさか…!犠牲の柩って魔法は一見便利な魔法に見えるが、かけられた当人が暴走してしまう為に手なづけるのが難しいんだよ。欲望に支配されてしまうからな。欲望を満たしてやっても更なる欲求できりがない。従者にする為の魔法なのに逆に振り回される事が多いんだ。あんなものをエルハザードが好んで使うとは思えんな………。」


「それならば一体何者が………?」


レジェンダもヴァルゼ・アークの見解には賛成のようだがやはり犯人がわからない。

犠牲の柩の本質を知っているからこそ使うような人物が特定出来ない。


「目黒羽竜……犠牲の柩に入れられた友人がどうなるか……知ってるんだな?」


「…………レジェンダから聞いたよ。」


「そうか……。」


意外にも同情してくれているらしい。何も言葉にせずただ俯くだけのヴァルゼ・アークに感謝さえ覚える。

もし「大丈夫か」とか「元気出せ」なんて安い言葉をかけられたのなら軽蔑したかもしれない。

でも彼は何も言わなかった。


「ヴァルゼ・アーク、あんたなら…………もしレリウーリアの誰かが犠牲の柩に入れられたら………あんたならどうする?」


プライドを捨てるのとは違う。羽竜は純粋に彼なら的確な答えをくれると思いあえて問う。


「殺すな。」


「え?」


「殺すって…………仲間を手にかけるんですか?!」


蕾斗が耳を疑いヴァルゼ・アークに聞き返す。


「そうだ。犠牲の柩に入れられたら生きていられる時間は百六十八時間。つまり七日間だ。だがそれまでに欲望に支配された身体は醜い姿へ変化する。自分の仲間がそんな姿になってしまうのなら迷わず殺す。俺ならばだが………。」


きっとこの男なら実行するだろう。それが正しいのかは羽竜にも蕾斗にもわからない。

ただそうしてやる事がヴァルゼ・アークなりの優しさなのだというのはわかった。


「目黒羽竜……以前お前に私は万物が満足する世界など存在しないと言った。それは個人にも言える事。物事は必ずしも都合のいい方には転ばない。どんなに手を尽くしても無駄になる努力もあるって事だ。大切なのはその境遇を嘆き悲しむよりも現実を受け止め前に進む力を失わない事じゃないのか?」


ヴァルゼ・アークが何を言わんとしているのか正直なところ百パーセントは理解出来ていない。無駄な努力なんてない………そう思ってたった十六年だが生きてきた。

それを否定されたのだ。頭の中は混乱し始める。


「羽竜!!」


その時レジェンダが叫んだ。


「このオーラは…………魔物?」


「違う……水城だ……。」


「お前の言ってる犠牲の柩の従者か?」


羽竜は黙って頷く。

夜の空が赤く光っている。恐らくは犠牲の柩の従者……あさみがいよいよ欲望に支配され始め暴走を超えるほどの力で暴れているのだろう。


「こいつは厄介だな。」


おもむろに携帯電話を内ポケットから取り出し電話をかける。

その先はもちろんレリウーリアの誰かだ。


「もしもし……俺だ。今、街で犠牲の柩の従者が暴れている。

……………そうだ。手の空いてる者は全員こっちに来てくれ。」


携帯を切り愛車に乗り込む。


「羽竜……お前が来ないのなら俺達が手を下す。躊躇してる時間はないぞ。」


エンジンを始動させ、ホイールスピンをかけながら勢いよくバックし、向きを変えて空の赤く光っているほうへ向かって走り出した。


「羽竜君!行こう!行かなきゃ何も始まらないよ!」


「蕾斗の言う通りだ。行こう、友人を救いに……。」


「………そうだな、大切な友人だ。どんな形であっても救ってやらなきゃ!」


力強く頷くと蕾斗がテレポートを使いあさみの元へと飛んで行った。












「フラグメント……………フラグメント ハ ドコ……?」


背中から龍が四匹突出している。髪は真っ白になり顔色もそれに近いくらい白くなっている。目は真っ赤に染まり瞳は失くなっている。

あさみは魔物と呼ぶには相応しい姿に変わっていた。


「とんだ化け物ね……。」


岩瀬那奈が街を破壊しているあさみを見て納得している。


「どうします?少々厄介な相手ですね。」


南川景子が指示を求める。


「どうもこうも総帥が来るまでは手を出せないわ。でしょ?那奈ちゃん。」


ローサ・フレイアルが溜め息混じりに待機を要求する。


「そうね、とりあえず他のみんなは千明の捜索で応援には来れないでしょうから総帥の到着を待ちましょう。」


「あさみ………ちゃん……。」


「知ってる子なの?結衣。」


結衣が暴徒と化している犠牲の柩の従者を憐れみの目で見つめる。迷いもなく街を破壊するあさみの最後を予感していた。

ローサは結衣の脇に立ち、呟いた名前が犠牲の柩の従者だと気付いて彼女に聞いた。


「うん。クラスの子。」


単調に答えたが心中は穏やかというわけにはいかない。

特に好きだったわけじゃなかった。あくまでも結衣の任務は羽竜の監視。ただあの日、不良の先輩達に呼び出されたあの日、結衣は悪魔の力を使い先輩達を捩伏せてしまった。それをあさみに見られてしまい一時は消そうとまでしたが、転校初日からいろいろ世話を焼いてくれたのもまたあさみだった。

あの日馬鹿な先輩達さえいなければきっと仲良くやれただろう。それだけにあさみの今の姿が残念でならない。


「結衣………貴女は帰りなさい。」


「え?」


那奈が結衣の肩に手をのせ静かに口を開く。


「彼女は死をもってしか救えません。でも貴女に彼女を倒す事はできないでしょう?総帥には私から説明しておきます。だから帰りなさい。」


「いえ。私は帰りません!クラスメートだろうとなんだろうと任務である以上は立派に遂行してみせます!」


きっぱりと言いのける。


「結衣さん、心を殺してまで任務を遂行する事を総帥はお望みにはなりませんよ。今ここで帰ったとしても誰も責めはしません。私達に任せて下さい。」


景子の言葉に胸が詰まる。

込み上げるものを抑えるのに労を要する。


「ありがとう景子。でもそんなに気にしないで。私はレリウーリアの一人、ナヘマー結衣。私情は挟まないわ。」


軽くウインクをしてナヘマーの鎧に身を包む。


「わかりました。もう何も言いません。貴女の意志を尊重します。立派に任務遂行しなさい。」


「はい!」


那奈、景子、ローサの三人もそれぞれ悪魔へと変身する。


「来たわ、総帥よ。」


真っ黒いスポーツカーがあさみが破壊した街に止まり中からヴァルゼ・アークが降りる。

それを見てビルの屋上にいた四人が彼の元へ降り立つ。


「ヴァルゼ・アーク様……。」


「ご苦労。概要はさっき話した通りだ。犠牲の柩に入れられた憐れな人間を一人消す。だが………状況は思ったより悪いみたいだな……。感じる邪気が想像を遥かに超えている。腹をくくれよ?」


「はい。それと、一つお耳に入れておきたい事があります。」


「なんだ?」


「犠牲の柩の従者はナヘマーの……結衣のクラスメートだそうです。今回は任務から外れるように言ったのですが、本人の強い希望により参加を許可しましたが……。」


アドラメレクがヴァルゼ・アークが来るまでのやり取りを手短に説明する。


「ふむ。そうか。無理強いはしないが本人が望むのならそちらを尊重すればいい。いいんだな?結衣。目黒羽竜達にも今ほど伝えてきたが彼女を救う道はただひとつ。死を与えてやる事。堪えられるか?」


ネクタイを外しながら最後の確認をする。


「はい。私はヴァルゼ・アーク様にこの心を捧げた身、何も迷うところはありません。」


「わかった。なら改めて任務を説明する。犠牲の柩の従者となり街を破壊している女性を抹殺する。放っておいてもいずれ消滅するだろうがこれ以上の被害は好ましくないからな。手段は選ばない、とにかく彼女を救ってやろう。結衣のクラスメートを…。」


ヴァルゼ・アークの説明を聞き、アドラメレク那奈、ナヘマー結衣、シュミハザ景子、アシュタロトローサが頷きロストソウルを具現化する。


「今回は俺も参加する。」


そう言うとワイシャツのボタンを外し、ロストソウルを具現化する。鎧は纏わないようだ。


「ヴァルゼ・アーク!!」


飛び立とうとして呼び止められ全員が振り向く。


「目黒君!」


「新井!お前も来てたのか。」


「目黒羽竜、今日はお前とじゃれてる暇はない。私にクラスメートを倒されたくなければお前が先に倒すしかないぞ。」


ヴァルゼ・アークとはそんなに面識はない。一度目はサマエルとガブリエルとの戦闘の時に声だけ、二度目は冷たい雰囲気をもった由利と名乗った女性といた時、そして三度目は今夜。それもついさっき。

だからどういう人物かはよくは知らない。でも彼の真剣な表情からあさみを倒すのが容易でないのが伺える。

そしてヴァルゼ・アーク自ら剣を握る意味を理解した。


「あんた達と競争する気はないけど、大切なクラスメートを救う役目は新井、お前にも渡すわけにはいかない。」


「上等じゃない。」


いつになくクールな結衣がいる。彼女達は鎧を身につけている間は互いを悪魔の名前で呼び合う。今の結衣は羽竜の知っている新井結衣ではなく、レリウーリアのナヘマーなのだ。


「レジェンダ、トランスミグレーションを!蕾斗、水城のとこまでテレポート頼む!」


「わかったよ羽竜君!」


レジェンダからトランスミグレーションを受け取り蕾斗がテレポートを唱える。


−聞こえる……水城の叫びが。…………待ってろ水城!今楽にしてやるからな!−


ヴァルゼ・アーク達もあさみのところへ飛んでいく。

魔物になってしまった少女を救う為の戦いが始まった。


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