第十一章 正義の条件
都心から離れた山の中に大きな洋館がある。そこでレリウーリアのメンバーは生活を共にしている。
とは言っても生活するにはいろいろと役割が必要になる。ましてや敷地面積300坪はある屋敷だ、掃除だって一人では足りない。加え食事だって採らないわけにはいかないだろう。
したがってこの屋敷にはレリウーリア十四人の他にメイドが十五人住んでいる。
彼女達は親もなく帰る場所すらないもの達でもちろん悪魔の存在も知っている。その点はきちんと教育されているようだ。
「結衣の件、いかがいたしましょう?」
仲矢由利が背を向けて座っいる男に聞く。
「………お前に任せるよ、由利。」
窓の外に広がる森を眺めながら答える。
「では今回はお咎めは無し……ということでよろしいですね?」
「ああ。」
素っ気ない返事をしてくるが、機嫌が悪いというわけではない。
だいたいいつもこんな感じなのだ。テンションが高い時もあるにはある。ただ今よりちょっとだけ口数が増えるだけなのだが。
「それと、目黒羽竜の事なんですが……。」
由利が切り出す。
「どうかしたのか?」
男がゆっくりと椅子を回転させ正面を向く。
「かなり腕を上げてるようですし、直に会ってみようかと思っているんですがお許し戴けますでしょうか?」
由利から目を反らし考える。
由利としてはトランスミグレーションの要である羽竜の精神、心を知りたいのである。
仲良く………というわけにはいかないのは承知の上。ならば今のうちに敵に探りを入れたい。
「総帥?」
反応がないのであまり期待を持たない。
「わかった。ただし、俺も行こう。」
「総帥も……ですか?」
机に肘を着き手の甲に顎を乗せてじっと由利を見る。
「わかりました。では今日これからでも行きましょう。直ぐに用意を致します。」
礼をして部屋を出る。
「目黒羽竜。どれだけの男か見てやるか。」
平日の美術館は人の気配などそれほど感じられない。
ただ今日は羽竜達の通う学校の行事の一環として見学に来ている。
そもそも十代の若者が百人以上も集まって芸術を語るわけがない。どんなに有名な画家の作品を間直で見るよりも売り出しのお笑い芸人でも見てたほうが話題になるだろう。
予感した通り聞こえてくる言葉は、
「すご〜い!」
「この絵何描いてあるかわかんな〜い!」
この辺はまだいい。一応感想を述べている。酷いのはもう、帰ってからの事だとか今日ここに何しに来たの?
なんて言う輩まで出没している。
そしてそれはここにもいた。
「なんで絵なんてわざわざ見なきゃいけないんだ?」
「『絵』じゃなくて『絵画』だよ!羽竜君!」
教えても無駄なのはわかっているのだが一応親切に教えてやる。
「何が違うんだよ……。」
ブーブーと豚でもいるのかと勘違いするほどぼやいてる。
「何が違うって……まあ呼び方が違うだけだけど……気持ちの問題でしょ!」
「なんで吉澤が怒るんだよ!」
賑やかにしている原因の一つに二人がいる事は言うまでもない。
「相変わらず仲がいいのね。」
「なにを……!」
羽竜とあかねは昨日もあさみに同じ事でからかわれて抜群の反応を見せた。
ただそれがあさみなら二人ともこんなに驚きはしなかっただろう。
「こんにちは。目黒羽竜君、吉澤あかねちゃん。」
「「あ、あ、アドラメレク〜〜〜ッ!!!!!!??」」
美術館の絵画がずり落ちるほどの大声を二人で出す。
「し〜っ!ダメよ大きい声出しちゃ!」
「す、すいません………。」
あかねがあたふたしながら謝る。
「な、なんでこんなところにお前がいるんだよ!」
羽竜は周りを気にしながら少しずつ間合いをとろうとしている。
「なんで?またおかしな質問するのね。千明から面白い子っては聞いてたけど想像以上ね。」
「お、俺の質問に答えろ!」
「そういきり立たないで。いいわ、じゃあ自己紹介しましょう。私はこの美術館の館長をしてます岩瀬那奈です。本日は当美術館においで戴きありがとうございます。」
館長の肩書に恥じないスマートな挨拶に二人が思わずお辞儀をしてしまう。
「館長……って悪魔が?」
「羽竜君驚くところが違うよ。」
あかねが額に手を当てて呆れる。
「岩瀬那奈…さん、まさかこんなところでお会いするとは思ってませんでした。それにその若さで美術館の館長だなんて………。」
「お褒めの言葉嬉しいわ。貴女こそ、千明がよく言ってるのよ あかねちゃんはかわいいって。」
「そ、そんな…私なんて……。」
「謙遜しなくていいのよ、私もかわいいと思うわ。」
いつの間にか那奈のペースになっている。
それに気付いて羽竜が反撃?に出る。
「はんっ!悪魔だなんだと威張ってるわりにはずいぶんと呑気なんだな!」
「羽竜君!失礼よ。」
「いいのよ、あかねちゃん。それより、昨日はうちの結衣が迷惑をかけたみたいね。ごめんなさいね。」
どうも調子が狂う。こんなに礼儀正しくされると悪態をつく気も失せてしまう。
「あら私の噂ですか?那奈さん。」
「新井さん……。」
朝からお互いずっと避けていたのだが那奈が羽竜達と話しているのに気付いたらしい。
「言っときますけど私は謝りませんから。」
「新井!」
「羽竜君!」
我を忘れて結衣につかみ掛かりそうになるのをあかねが止める。
結衣が舌を出して羽竜に敵意剥き出しにする。
「べーっ!」
「て、てめぇ!」
「結衣!」
那奈に一喝されて羽竜を構うのをやめる。こんなにふざけたり出来たんだと、あかねが感心する。学校ではちやほやされていて一見それに応えているように見えるが、時折寂しそうな顔を覗かせる。
あかねにはそれが心にひっかかっていた。
「それじゃ那奈さん、私行きますね。お仕事頑張って下さい。」
手を振ってその場を去る。
「悪く思わないでね。あの子、いろいろあって両親と暮らしてなかったのよ。だから素直じゃないっていうか……真面目で憎めない子なんだけど、私達以外は敵だと思ってるから……。」
「敵…なんだろ?俺達。」
那奈の言葉に不信を募らせ、でもどこかでこの雰囲気を変えたくない気持ちもあったのかもしれない。あえて弱腰で確認する。
「………そうね。目指すものが違う以上はそうなるでしょうね。」
返ってくる言葉は予測できたが、実際耳にすると切なくなる。
普通に話してる分には那奈に限らず結衣も千明もどこにでもいる女性だ。敵でなくてはならない理由がない。
「目指すって……何を目指すんですか?」
あかねも羽竜と同じ気持ちらしく何故敵対しなくてはならないのか理解出来ない。
「貴方達に言っても仕方のない事よ。」
「なんでだよ、あんたも千明さんも仕事は社会的に見たら悪くない仕事をしてるじゃないか。給料だってきっと満足するだけもらってるんだろ?なのに悪魔なんて名乗って幸せを捨ててるようにしか見えないぜ?」
不器用に説き伏せようとするもののどうやら羽竜が思っているよりも深い考えがあるらしく、那奈にはなんの意味ももたない。
「幸せ?目黒羽竜君、貴方には私達が幸せに見えるかもしれないけど…………それは貴方の価値観でしょう?貴方の言ってる事はここにある数々の名画を批評する人達と同じ事を言ってるのよ?彼等は、絵画を描いた人達に対して値段もつけられない評価をしたのだからさぞ幸せだろうと言う。でもね、絵画を描いた人達はもうこの世にはいないのよ。生前、お金持ちになりたいとか有名になりたいと願ってた時には認められなかったのに、死んで何十年もしてから認められてはたして幸せだと思ってるかしら?幸せとか不幸だなんて実に曖昧なものだと私は思う。違う?」
「それは……。」
「それに、貴方達は私達が悪魔だというだけで何か悪事でも企んでると思ってるんじゃない?
」
「違うのかよ……フラグメントを集めるってことは行き着く先はインフィニティ・ドライブだろ?だとしたらあんた達はインフィニティ・ドライブで何をしようとしてるんだ?」
「悪いけど、貴方達にそれを説明する気はないわ。」
「那奈さん………。」
こんなにもわかりあえないものだろうか?さっきまでの優しい表情は那奈にはない。
「そろそろ失礼するわ。たまには私達の事は忘れて学園ライフを楽しみなさい。」
最後にニコッて微笑むとどこかへ去っていった。
その途中で先生達に挨拶していく。こうして見てると本当に普通の人なんだとつくづく思う。
「行こう吉澤。」
「羽竜君……。」
集合の合図が出されてる。あちらこちらに散らばっていた生徒達が集まってくる。
「幸せ………か。」
羽竜は自分の事を幸せだと思っている。大好きな仲間に囲まれてそれなりに毎日を楽しく過ごしているつもりだ。
でも、両親は仕事で滅多に家には帰ってこない。寂しさには慣れたが、でも全く寂しくないわけではない。
それって不幸なのだろうか?
幸せだとか不幸せかなんて深く考えた事なんてなかった。
社会的に認められるように努力しろと言われて育てられてきた。なのに社会的に認められてる人達が自分を幸せだと思っていない。
初めて羽竜は自分の人生に疑問を抱いた。
「なんだかんだ言っても楽しかったよね?」
学校も終わり近くの公園で缶ジュースを飲みながらくつろいでいる羽竜とあかねがいる。
「そうかぁ?退屈でしょうがなかったよ。」
芸術を鑑賞する感性など皆無の羽竜にとっては机に向かってるかそうでないかの違いでしかない。
「羽竜君は運動してたほうがいいんだもんね。でも驚いたね、あんなところでレリウーリアの人に会うなんて。」
「まあな…。」
「気に……してるの?」
美術館で那奈と会話してからずっと何かを考えている。
何を考えているかは付き合いも長いあかねにはわかっている。わかっているから半端な言葉はかけられない。羽竜は羽竜なりに悩んだり苦しんだりしてきた。中学の時は一時期手の付けられないほど荒れていた。誰も近づかず、孤立していた羽竜に健気にあかねは話かけていた。もちろん蕾斗も。
羽竜が二人に格別の信頼をおく理由がそこにある。
「いや。たまには頭も使っとかないとな。」
残ったジュースを喉に入れて少し離れたゴミかごに空き缶を投げ入れる。
「ナイスシュート!」
空中に綺麗な孤を描き見事ゴミかごにゴールしたのを見てた男が向こうからやってくる。その脇にはツンとした印象を与えてるが大人っぽい雰囲気を感じる女性がいる。
「軽く十メートルはあるかしら?この距離をものともしないなんてさすがね、目黒羽竜君。」
羽竜は知らない女性に名前を口にされ警戒心を募らせる。
こういう状況が最近やたら多い。このパターンでいくと彼女達は、
「レリウーリアね?」
あかねが羽竜の代理で女に問う。
「ふふ。話が早そうね。」
そうだと言わんばかりの言葉を返してくる。
となれば羽竜とあかねに疑問が生まれる。
彼女の連れている男の存在である。いや、連れているのは男のほうで彼女は付き添いであろう。
「まさか……その男の人……。」
「はじめまして、吉澤あかねさんそして目黒羽竜君。」
ジーパンにスニーカー、Tシャツの上からもう一枚シャツを羽織りサングラスをかけている。
丁寧な挨拶とはギャップのある容姿が余計に警戒心を抱かせる。
「我が闇十字軍レリウーリアの総帥、ヴァルゼ・アーク様よ。」
あまりに普通の挨拶に羽竜もあかねも肩を透かされてしまう。二人の中ではゲームや映画なんかのように最後の最後で会えるような人物を想像していた。
それがこんなにあっさり、おまけにどこにでもいるような格好をしている。
確か千明があかねに言っていた。普通の人だと。それでもやっぱり信じられない。
歳は二人共二十代後半くらいだろうか。落ち着き払う雰囲気がかっこよくも思えてくる。
「レリウーリアの総帥がなんでこんなところに?」
羽竜の素朴な疑問ももっともである。
「トランスミグレーションの使い手に興味があってね。君に会いに来たのさ。」
悪魔のイメージなど微塵もない。おとといの夜の偉そうな態度もなければあの時の恐怖感もない。
「俺に?」
「そうだ。トランスミグレーションは特殊な力がなければ扱うのは不可能だ。その特殊な力が何かは俺達にもわからないんだが、なんにせよトランスミグレーションは俺達からすれば脅威だからな。そんな物騒なもんを扱っている人間に会いたくなったのさ。千明や結衣が君を買ってるからね。成長が早いってね。」
いつもの調子が出ない。レリウーリアの人間(悪魔?)は全員こんな感じなのだろうか?
「で?羽竜君と戦いにでも来たんですか?」
「そんなに突っ掛からないで、今日はお話に来ただけよ。」
「貴女は?」
−知ってる……この声。あの夜ビルの上にいた人…この人が喋り出した時千明さんも新井さんも、那奈さんも顔に緩みがなかった。きっとヴァルゼ・アークって人の次くらいに偉いんだ…−
あかねには彼女が千明達にとってはどういう存在なのかを感じ取った。偉いだけでなく崇拝すべき人物なのかもしれない。
それに千明は妖艶な雰囲気を意図的かどうかはわからないがよく創りだす。この女は有無を言わさぬような冷たく張り詰めた雰囲気を持っている。結衣と那奈もそれぞれ独特の雰囲気を持っている。
いや雰囲気というよりは空気と言ったほうが早い。
「まだ自己紹介してなかったわね。私は仲矢由利。レリウーリアの司令官をしているわ。」
「司令官……ですか?」
ピンとこない響きがする。司令官と言えば軍隊か何かのお偉いさんだ。レリウーリアも一応は軍隊なのだろうからおかしくはないのだろうが、こんなに綺麗な人が司令官てのはしっくりこない。
「そうよ。まあその辺の事は言わなくてもわかるでしょう?」
大人の女性を思わせる微笑みを見せる。
それでも冷たく張り詰めた空気は消えない。
「話ってなんだよ?」
「ハハハ、そんなに恐い顔しないでくれよ。」
潤したばかりの喉がカラカラと鳴る。
「君もトランスミグレーションを手にとりこの戦いに参加している以上はインフィニティ・ドライブを狙っているのかい?」
「え……?」
考えた事もなかった。自分が何の為に戦ってるのかなど。
強いて言えば天使と悪魔にフラグメントを渡さないようにする為……………でもそれは羽竜の戦いの大義名分ではない。気がついたらいつの間にか戦いに身を投じていた……というのが本音だ。
「君もフラグメントを求めるなら必然的にインフィニティ・ドライブに行き着くだろう?無限さえ操れる力、俺達もエルハザード軍の奴等も欲しいのはそれただ一つだ。目黒羽竜……お前は何を求めてる?」
急にヴァルゼ・アークの雰囲気が変わる。あの恐怖感が羽竜の肩を掴む。声も出せなくなるあの恐怖感だ。
それでも今日はまだいいほうだろう。喋ろうとすれば声が出る。
……………………ひょっとしたら質問の返事をさせるだけの猶予を与えられているのか……?
「俺は……俺はただあんた達にこの世界を好き勝手にさせたくないだけだ!」
「ほう。なら聞こう、目黒羽竜お前はこの世界に満足しているのか?」
サングラスを外し羽竜の目を覗き込む。
「満足してる……って言えば嘘かもしれない。でも天使だとかお前等悪魔に地上を乗っとられるくらいなら今の世界でも満足は出来るはずだ!」
恐怖感を振り払いながら声を出す。
「フ……やはりその程度か。」
「何!?」
「お前は自分の立場をわかっていないようだな?まだ力不足とはいえ、それでも実力はついてきてるだろう?トランスミグレーションの使い手としてレジェンダに選ばれたのだ。我々でさえ知らない力がお前には眠っている。それはインフィニティ・ドライブを手にすることも可能な力。ただ残念な事にお前には心の強さがない。」
「心の強さ?ふん!地上を我が物にしようとしているお前達よりはどんな世界であれ生きていこうとしている俺のほうが心は強いと思うけど?」
「目黒羽竜、口を慎みなさい。」
「構わん。目黒羽竜、我々は世界を我が物にしようなどとは思っていない。」
「それじゃあ貴方達は何をしようとしているんですか?」
凍えるような視線を突き付けられ身体が硬直する。
「我々の大義名分など関係あるまい。正直、世界征服などちんけな事に興味はない。天界の奴等は昔から地上を欲していたからどうか知らんがな。」
「よくわかってないみたいだから教えてあげるわ、天使達は地上を人間から奪いたがっていた、でも神からそれを禁止されていた。ところがある日、聞いてるかもしれないけどオノリウスという人物が魔導書を書き上げるの、その魔導書は数々の奇跡を起こしたわ。そして、その魔導書には天界の神話の中にだけ出てくるインフィニティ・ドライブの事が書かれていると噂が流れた。人間には知り得ない力を何故人間であるオノリウスが知っていたのか?先に興味を抱いたのは私達悪魔なのよ。間もなく、人間達は戦争を始めるわ。とても悲惨なね。天界はエルハザード軍を地上に送り粛正を指示した。でもそれは表向き、本当はインフィニティ・ドライブを人間が手にするのを防ぐ為に魔導書を奪いに来たのよ、この地上に。私達もまたエルハザード軍に魔導書を渡すわけにはいかず戦いを挑んだわ。ところが圧倒的な数の差で苦戦をしていた私達は最終的には肉体と引き換えにエルハザード軍を千年の眠りにつかせたの。その時にロストソウルが私達の力と記憶を吸収しこの世に残る結果となったわ。ロストソウルにそんな性能があることも知らなかったから驚いたけど…………」
「そして現在に至るわけだ。」
以前レジェンダが話してくれたものと同じ話だ。
「ついでに面白い話をしてやろう。天使の持つイグジスト、我々の持つロストソウル、これらは互いの能力と魂を浄化する武器の総称だ。普通に攻撃をしても倒せないわけじゃない。ただ上級天使と上級悪魔には加速再生能力がある。早い話深いダメージを与えても回復する速度が速い為に意味を成さない。ところがイグジストやロストソウルで負わせた傷はその加速再生能力を無機能とする。つまり時間をかけなければ治せない傷になるんだ。更に深い傷を負わせれば、お前達も見ただろう?ガブリエルのように『死』ではなく『浄化』させることが出来る。
そしてお前の使っているトランスミグレーション、あれは上級天使、上級悪魔どちらも浄化が可能な武器なんだよ。トランスミグレーションは使い手の精神力でその威力が増減する。場合によっては神ですら浄化出来るだろうな。」
トランスミグレーションの意外な力に驚く。神さえ倒せる武器だと言う。羽竜は自分の扱っていたものがそこまでの力を持っている事は知らされていなかった。あるいはレジェンダも知らないのかもしれない。
「どうして俺にそんな話をするんだ?」
「さあな。」
「さあね。」
ヴァルゼ・アークと由利が同時に呟く。
「ヴァルゼ・アーク、あんたの思考は人間としてのあんたのものなんだろ?だったらインフィニティ・ドライブでみんなが幸せになれる世界を創ろうとは思わないのか?」
「フッ……何を言い出すかと思えば……。」
微笑を浮かべ羽竜を否定する。
「みんなが幸せに………か………。お前もこの戦いの当事者なら覚えておくといい目黒羽竜、万物が満足する世界など存在するわけがない。そんなものは理想にもならん。」
「理想にもならないだと!?なら何の為の戦いなんだ!」
「言ったはずよ、貴方達に説明する気はないと。」
「例え理想だと笑われても俺は信じる!世界が平和になりこの地上の生きとし生けるものみんなが幸せになれる日が来ると!正義の為に俺は戦う!」
「正義?正義なんてものは使う者によって形を変える魔物でしかない。そんなものにすがっているようでは話にならん。」
ヴァルゼ・アークが羽竜達に背を向ける。
「待て!逃げるのか!」
羽竜はヴァルゼ・アークの話に納得出来ない。彼の言っている事はとどのつまり幸せというのは不幸の上に成り立っていると言っているのだ。
自分が幸せならそね幸せは誰かの不幸があってのものであると。
「目黒羽竜、口を慎みなさいと言ったはず。ヴァルゼ・アーク様は悪魔を統括する魔帝。魔界の神も同然、逃げるなどと二度と口にするな。」
由利が羽竜を戒める。
「でもお前等は所詮人間!力と記憶だけが悪魔なだけでお前達はただの人間にすぎない!」
それでも羽竜は引き下がらない。言われっぱなしでいるわけにはいかない。
「所詮人間?」
ヴァルゼ・アークが身体を半分だけ振り向かせる。
「違うな。我々は選ばれた人間。そして悪魔の力を持った以上は我々は悪魔だ。忘れるな、自分の正義を貫きたいのならその力をもって貫くのだな。それと、お前もまた選ばれた人間だ。その運命から逃れる事は出来ん。次に会う時はもっと森羅万象、仕組みを知っている人間であれ。」
そう言い残すと消えていった。
「また会いましょう。」
ヴァルゼ・アークの後を追い由利も消えていく。
「俺も……選ばれた人間?」
「羽竜君…ダメよ、どうせ羽竜君を惑わす為の嘘よ。」
羽竜の身体が震えている。
「いいんだ吉澤、本当はわかってる………もし、これが運命だというのなら俺は受け入れる。奴等にはフラグメントを渡さない!ヴァルゼ・アークは正義なんて無いって言ってたけど、俺は信じる!絶対に正義はあるってな。」
震える身体を抑えつけるように拳を強く…………強く握りしめる。
望まぬ運命がすぐそこまで来ていた…。