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第十章 神が恐れる者

天界にはいわゆる雑音がない。あるのは自然な音のみ。川のせせらぎ、天界に生存する小鳥、もちろん昆虫とか爬虫類なんて見た目の悪いものは存在しない。

だが、千年の眠りから覚めてからというものよく聞くようになった『音』があった。


「それでおめおめと尻尾を巻いて帰ってきたというのか!!」


「ぐあああぁぁぁぁっっ!!!!」


ミカエルが怒りを我慢できず雷の魔法をサマエルにぶつける。

何度目だろうか?抵抗をしないサマエルはただひたすら耐えている。


「貴様がいかに天界で名を売る戦士でもそうそう許しを得られると思うな!!」


「もうよさぬかミカエル。」


ミカエルがはっと我に返る。台座の後ろの巨大な像が話かけてくる。


「いかにサマエルと言えど、レリウーリア全員に出て来られては成す術もなかろう。」


剣を杖変わりにして立っている巨大な像はサマエルに同情しているようにも思える。


「し、しかしメタトロン様!」


「ミカエル、お前は全ての天使を総括する者、もっと大きな心を持たねばならぬ。」


「はっ………。」


メタトロンには逆らえないとみえてミカエルはあっさり身を引く。


「フラグメントは八つ。三つはレリウーリアが、一つはレジェンダといる人間が所有している。残り四つを探したほうが早そうだな。」


実に冷静にメタトロンが現状を把握する。


「では早急に次のフラグメントを見つけさせましょう。サマエル、お前はしばらく任務から外れてもらう。」


「ミカエル様!」


「フラグメントを一度は手にしながら敵に奪われてしまうとは本来なら極刑ものだ。それを謹慎で済ますというのだ、メタトロン様の寛大な措置に感謝するのだな。これにこりて悪魔討伐などと余計な事は考えるな。よいな?」


「はっ………。」


サマエルが神殿を出ていく。

まるで疎外されたかのように……。


「いよいよ奴が出て来たか……。神々が恐れる者が……。」


「メタトロン様、恐れる事はありません。悪魔と言えど身体は生身の人間、ウリエルもアラエルもガブリエルもそしてサマエルも、自らの油断が招いた失態にすぎませぬ。本気でかかれば例え奴が出て来たとしても……。」


「ミカエル、油断したなどとは言い訳にはならん。人間にここまでやられたのだ認めねばなるまい。」


「申し訳ありません。」


メタトロンに言われてはミカエルとしては何も言う事はない。


「とにかく、一つでも構わん。フラグメントを手にいれろ。なるべく悪魔達と関わるな。悪魔達が持っているフラグメントは後から策を練ってからでも遅くはない。」


「わかりました。悪魔達との接触は避けましょう。私にいい案があります。」


ミカエルは何かを思い付いたようだ。


「うむ。そちに任せる。だがくれぐれも念には念を入れよ。それと、天使達の間で派閥による争いがあると聞いたが、事実なのか?」


「いえ、初耳でございますが?誰がそのような事を?」


「いや事実でないのならそれにこしたことはない。このような時に身内のくだらん争いで足を引っ張られては敵わんからな。そちらのほうも目を光らせておけ。人間達の格言には火のないところに煙は立たぬという言葉があるくらいだからな。」


「御意。」


白い巨像からメタトロンの気配が消える。

ミカエルの肩から力が抜け台座に腰を下ろす。


「レリウーリア………か……。ルシフェル、お前もいるのだろうな我が弟よ。その記憶を人間なんかに託して一体何をしようとしているのだ……?」


すうっと瞼を閉じ息を吐く。


「今一度……今一度地獄へ送り返してやる。覚悟しておけレリウーリアよ。」











街は昨夜の事件で大騒ぎである。テロが起きたのだと今朝の情報番組でやっていた。

現場には自衛隊がいてとても近づける雰囲気ではなかった。


「今日も暑いなあ……。」


結衣は屋上で一人食事をとっていた。彼女の任務は羽竜達を監視すること。とは言っても常に目の届く範囲にいなければならないわけではない。

何かあれば気配でそれを察知できる。

戦いが怒れば近くにいなくても闘気オーラでわかる。


「結衣、ここにいたんだ。」


「あさみちゃん……。」


水城あさみが結衣を見つけて隣に来る。


「私に何か用?」


特に結衣は探されるような事は何もしていない。一方的にあさみのほうから来ただけなのだ。

正直に言えば、昼休みくらいはほっといてほしい。

男子は学年問わず毎日告白してくるし、女子からも人気があるから中々一人にはなれない。

贅沢な悩みとはまさにこの事である。

しかし本人が迷惑であると感じている以上はそれ以外の何物でもない。


「うん。ちょっと話があってさ。」


水城あさみは転校初日以来なんだかんだと良くしてくれる。

仕切り屋ではあるが、退くところを弁えていてとても付き合いやすい。男子は疎ましく思ってるみたいだが、女子には頼りにされている。そのあさみが話があるというのだからそんなに安っぽい話ではないだろう。


「話?何?」


愛想よく話を聞こうとするがなにやら様子がおかしい。


「……この前、三年の先輩達に呼び出されてたでしょ?」


「え?ああ、うん。ちょっとね。」


また面倒なとこを見られたなと思った。


「たまたま……ホントにたまたまなんだけど……私、偶然見てたんだ………。」


「……………………。」


結衣の顔からいつもの表情が失せる。


「どこから……?どこから見てたの?」


右手を後ろに回してロストソウルを具現化する。


「うん……屋上に来たところから……かな。」


「………………………で?」


−この女……あの状況を見て見ぬふりしてたのね……−


助けて欲しかった…などとは思っていない。あれだけの人数がいたのだ普通は出てこれるわけがない。

結衣の不安は別のところにある。いや、その不安は的中しているだろう。


「見ちゃったんだ………先輩達があっという間にやられちゃうとこ……。」


消したほうがいいんだろうか?

噂にでもなったら厄介だ。

でも普通の人間は………マズすぎる……。


「何の事かな?あさみちゃんが何を言ってるのかわからないんだけど?」


駄目元でとぼけてみせる。

ここで退いてくれたならどれだけありがたいか。お互いに嫌な思いはしなくて済むだろうに……。

そんな結衣の願いも虚しく終わる。


「とぼけないで!私見たんだから!先輩達が結衣をいじめようとしたら、貴女………いきなり顔付きが変わって………そしたら……!!」


「そのくらいにして。」


あさみの血液が一気に退いていく。

あの時の結衣だ!そう思った瞬間、結衣があさみの喉元にロストソウルを押し付ける。


「ゆ……結衣……?」


「見てしまったものは仕方ないわ。でもそれをわざわざ言いにくるなんて……律儀な人ね。」


「結衣……違うの……私……」


「悪いけど、貴女の言い訳聞く気はないから。このダガーね、これで切られたら跡形もなく光の粒となって消えちゃうのよ。貴女は失踪って事になるでしょうね…………。」


本気だ……あさみは悔いた。まさかこんな事態になるなんて。


「それ以上は黙っておくわけにはいかんぞ。」


不意に声がした。貯水タンクの陰からレジェンダが出て来た。


「レジェンダ!」


「ロストソウルをしまえ。ここで騒ぎを起こすのは奴も本意ではあるまい。」


「奴?総帥の事を言ってるの?」


確かに、こんなことは総帥は望んでない。


「新井さん!」


屋上の錆て重い扉が開く。そこにあかねがいた。


「新井さん!止めて!水城さんは天使でもなんでもないのよ!?」


「吉澤さん、貴女には関係ないわ。」


あかねが結衣を刺激しないように近づいてくる。


「止まりなさい!!」


いきなり怒鳴られたのでびっくりして足を停めてしまう。


「あ……あか……ね……。」


あさみが怯えて助けを請う。


キィィィン!!!


「…ッ!!」


ロストソウルが宙に舞う。


「目黒君!!」


結衣とあさみの間にトランスミグレーションが刺さっている。


「新井!関係ない奴まで巻き込むな!」


いつの間にか羽竜がいる。

この状況ではおとなしく引き下がるしかない。


「ふっ……。命拾いしたわね、目黒君と吉澤さんに感謝するのね。後あそこの幽霊さんにも………。」


それだけ言うとロストソウルを消し、あかねと羽竜の脇を抜けて校舎へ戻っていった。


「大丈夫?水城さん?」


駆け寄ってあさみの肩を抱く。


「おい!大丈夫か!」


羽竜も心配になって駆け寄る。

レジェンダがトランスミグレーションをしまう。


「あ…あ……」


レジェンダを見て驚いてるらしい。

それに気がついてレジェンダがどこかへ去っていった。


「目黒君……あかね………私……。」


「大丈夫だよ、何も心配しないで!」


なんとか落ち着かせようとするが結衣の『本気』を見てしまった。あれは間違いなく殺すつもりだった。

水城あさみが二人にしがみつき大声で泣き出した。










「そう……あの先輩達あんまりいい噂聞かないけど、まさか新井さんにちょっかい出そうとしてたなんて。」


「まあ気弱な女に見えるからな。もぐもぐ…。」


ファーストフードで羽竜、あかね、水城あさみの三人が話している。

なんとか落ち着きを取り戻し、事の成り行きを羽竜とあかねに説明していた。


「私はただ、強いんだねって言おうと思っただけなの……。私もいじめられてたから……。」


「え?水城さんが?」


「どういう事だよ!」


「私、先輩達が万引きしてるところ見ちゃって、向こうも私に気付いて後からいろいろ言われてさ……関わりたくないから無視してたんだけど余計怒らせちゃって……それからたまに………。」


一度は収まった涙が本人の意思とは無関係に流れ出す。


「あいつら………!前からいけ好かないとは思ってたけどとことん腐ってやがるな!」


「今も何かされてるの?」


あかねが心配そうに聞く。


「ううん。結衣の一件以来なんだかおとなしくなったみたい。私も同じクラスだからあまり関わりたくないのかも………。」


「勝手な奴等だぜ!わかった!俺が懲らしめてやる!」


「だめよ!羽竜君男の子でしょ!女の人に暴力は……!」


「勘違いすんな!一応ボクシングやってんだから相手が誰であれ暴力はふるわねーよ。まあ天使達は別だけど………。」


「天使……?」


あさみが変なところで反応するので慌てて否定する。


「ち、違うの!天使のような人にはって事!ハハハ……。」


力無く愛想笑いをする。

羽竜も一緒に愛想笑いをするが顔が引き攣ってしまう。


「なんだか変なの……。」


あさみの顔に少し笑顔が見えた。羽竜もあかねも安心したようだ。


「まあ何にもないならいいけど、何かあったら遠慮なく俺に言えよ!クラスメートがいじめられてるの聞いて黙ってるわけにはいかないからな!」


あさみは、羽竜はもっと取っ付きにくい性格をしてると思ってた。だけどいつでも力になってくれると言ってくれてる。ちょっと意外だった。


「うん。ありがとう。」


あさみの感謝の言葉を聞いてか聞かずかフライドポテトを頬張りながら喉に詰まらせてあかねに怒られている。そのやり取りがとてもほほえましい。


「仲いいのね……。」


「え?」


じゃれあってた二人が手を止め一旦顔を見合わせてから…


「な、ななななななななな何言ってんの〜!!?ふ、ふふ、普通だよ!!」


「そうだ!水城、お、お前変な事言うなよ!」


しどろもどろになって否定する様が進展していない二人の仲をあらわにしている。


「私はただ仲がいいねって言っただけだけど?」


羽竜とあかねが真っ赤になって俯く。あさみは笑いが堪えられなくなりお腹を抱えて笑ってしまう。


「よかった。水城さん元気になってくれて。」


あかねが安堵する。


「そうだな。あ、それとさ、今日の事はその………なんだ、秘密にしといてくれないか?今は言えないけど後で必ず説明するから。」


両手を合わせ頭を下げる。


「…………うん、わかった。今は何も言わないでおく。」


羽竜とあかねが同時に胸を撫で下ろす。


「ホント仲いいよね。」


なんのことだと言わんばかりに目をパチクリさせる二人がかわいく思える。


「でも一つだけ聞きたいんだけど………いいかな?」


「な、なあに?」


あかねが何を聞かれるのかとあさみをじっと見ている。


「あのマントの人、空飛んでたけど…………なんなの?結衣は幽霊とか言ってたけど……。」


「……………まあ何と言うか………。」


羽竜とあかねが返答に困り果てているのを見兼ねて


「わかった!もう聞かない!ちゃんと後から教えてくれるんでしょ?」


「う、うん。」


「お、おう。」


「約束だからね!じゃあ指切りげんまん!」


店内でやけに明るい声で約束を交わす三人を他の客は………………イタイ目で見ていた………。









「ごめんなさい!私の不注意です!」


結衣が深く頭を下げ謝っている。


「もういいわ。頭を上げなさい。」


そう言われてゆっくり頭を上げる。


「でも、どんな理由があったにせよ一般人に私達の事がバレたのはいただけないわね……。」


「すいません………司令官……。」


仲矢由利はクールな性格をしている。普段はそのクールさが頼りになり同じ女性としては憧れるところでもある。

しかし任務とか道徳的な事になると司令官としての責任からなのか、それとも性格なのかすごく厳しくなる。


「とにかく結衣、貴女の任務は目黒羽竜の持つフラグメントの監視です。それを忘れないように。万が一この間のように天使が彼等を狙って来た時はナヘマーの力の使用を認めますが、それ以外では認めれわけにはいきません。」


「はい。心得ています。」


怒るならいっその事怒鳴られたほうがまだマシかもしれない。

淡々と正論を言われ、おまけにクールときた。

その冷たさが結衣の身体にじわりじわりと浸透してくる。


「なんにしても、総帥がお戻りになられるまでこの件は保留にします。」


「はい。」


「結衣…」


「はい。」


由利のクールさが今日はまた一段と堪える。


「貴女の事は総帥も信頼なさってます。ですから貴女も総帥の信頼を失わないように考えて行動すること。いいわね?」


「はい。」


そんなに小言を言ったわけではないのだが結衣があまりに肩を落とすので可哀相になってくる。


「そんな顔しないの!かわいい顔が台なしよ!」


優しい言葉が冷え切った結衣の身体を一気に暖め涙を誘う。


「司令……。」


「ここにいる時は由利でいいって言ってるでしょ。ほら涙を拭いて。」


ハンカチで結衣の涙を拭ってやる。


「由利さん………。」


レリウーリアの女性達の中で一番の年長者でもある彼女は司令官という立場でなくともお姉さん的立場に必然となってしまう。


「さあ、もう部屋に戻りなさい。明日は何か行事があるんでしょ?」


「はい。美術館と博物館の見学が……。」


「そう…楽しめるうちになんでも楽しんでおきなさい。戦いはいつ起きるかわからないんだから…。」


結衣はコクリと頷く。


「じゃあおやすみなさい。」


「はい。おやすみなさい。」


結衣が軽く由利の頬にキスをして自室へと戻っていった。


「まったく……憎めない娘ねぇ……。」


 ワインを取り出しワイングラスに注ぐ。テラスに出て置いてある椅子に座り一口口に含んで星空を見る。


「トランスミグレーションの使い手…………か……」


テラスから眺める景色は一面木々で覆われている。虫の声が由利に安らぎを与えてくれる。


 −目黒羽竜……−


結衣と千明が羽竜の成長を絶賛していた。

昨夜もあれだけの天使に臆する事なく挑んでいった。

サマエル相手にも善戦していた。いずれ戦わなくてはならない相手………なら……


「一度接触してみたほうが良さそうね………。」


古びた大きい洋館が闇夜に妙に映える。

街から離れたこの場所で今夜も悪魔達が眠りにつく……。


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