第六話
昨日は散々な一日だった。
学校行く前に猫と戦い敗れるわ。
遅刻した理由を言えと教師に捕まるわ。
帰り道に幽霊に出くわすわ。
アンデッドと化した妹に肩を噛まれるわ。
もう、ホントに泣いてもいいですか?
「おい大丈夫かよ。顔色悪すぎだろ。保健室行った方がいいって」
今の俺の表情があまりにも優れなかったのか、隣の席に座るリア充爆ぜろ須賀恭也が話しかけて来た。いやね、そんな心配したような顔すんなよ。根が良い奴なのはわかってるからさ。
「大丈夫大丈夫。昨日ちょっと色々あって疲れただけだから」
「疲れたんなら尚更行って来いよ。手貸すぞ」
「マジ大丈夫だから。俺こう見えて頑張る子だから。風の子だから」
「そこで何で風の子が出たか知らんが。……まあ、お前がそういうなら別にいいけどさ。でも無理はするなよ」
「おう」
肩を使って息を吐いた須賀は、そのまま席を立った。どこに行くのかと聞けば、便所らしい。朝行かなかったんかい。なんて思ったが、俺にはそんなツッコミを入れるだけの余力がなかった。本格的に疲れがピークっぽいな。
「あ、あの」
恐る恐るといった感じで誰かが声をかけて来た。机に突っ伏していた顔を上げて見ると、猫のヘアピンが似合う第一候補だと思った茶髪美少女安瀬さんが、声をかけて下さったではないか。何て日だ!
まったく……凄いよ。まさか一学年の中でも一、二を争うんじゃないかって思ってた彼女からこちらにお声をかけて下さるなんて、ホント夢にも思わなかったよ。
何? 俺じゃないよ。須賀にだよ。ちょっと期待しただろ? フフ! 俺もだよ。
「あれ? どうしたの? えーと」
「あ、安瀬です。安瀬岬」
「そうだそうだ。どうかしたの安瀬さん」
おいテメェ須賀ぁ! 何で安瀬さんの名前がすぐに出ねぇんだよ! そんな中背中肉のどこにでもいそうな面構えした奴が、事もあろうに美少女が話しかけてくれてるってのに! 少しも焦った表情見せねぇんだよ!
あれか? 余裕か? 余裕なのか? 滝田さんみたいな幼馴染がいるから、お前にはどれもこれも同じに見えんのかあぁあ!?
「あの……倉島君ってもしかして具合悪いの、かな?」
「え?」
WHAT?
「今日、朝からずっと机に伏せて寝てるから。何かあったのかなって思って」
な、何たることだ……! よもやこの俺が、美少女いや――女の子から心配される日が来ようとは! 明日の天気はもしかして海老か!?
待て、思えばこれはもしかして遠回しに俺の事が気になってますアピールなのではないだろうか。今まで、こんな破天荒な人に出会えなかった。それになんとなく、優しさが含まれているようなあの眼、やせてるのにがっしりとしたあの身体にドキっ! も、もしかしてこれが恋! なぁんて展開が待っているのでは! だとすれば、今すぐ起きなくては! 起きて、彼女の思いを受け止めようではないか!
「ああそうなんだよ。昨日色々あったみたいでちょっと顔色悪くて疲れてるみたいなんだ。休ませてやろうぜ」
なん……だと……!
え? なんてこと言っちゃてるの? 何で今の状態でそれ言うの? 彼女の俺への告白を、どうして止めちゃったの? え、なんかよくわかんない。俺現実?
「あ、そうなんだ。やっぱり体調良くないんだね。保健室行く?」
「それもいいってさ。さっき俺が聞いてみたら、ちょっと休めば落ち着くみたいだから。そっとしておいてくれって」
「そっか……。うん、わかった。須賀君がそういうなら、今はそっとしておこうね」
おい~~! マジかよマジかよ。どうすんだよどうすんだよ! せっかく安瀬さんが心配して見に来てくれたってのに。俺は何で座った姿勢で土下座めいたことしてるんだよ。顔を上げようとしたタイミングで須賀の奴に妨害されるなんて、そんなん考慮し取らんよ。
ああ。今きっと安瀬さんは天使のような微笑みを向けてくれてるんだろうけど、その表情を見れているのが奴だけだなんてふざけてるだろ。何でこんな時に限って俺は具合が悪い設定にしたんだ。
「倉島のこと心配して声掛けてくれたのか? 安瀬さん」
「ん。それもあるんだけど。ちょっと用事があったんだ」
告白か!?
「そっか。なら、俺から言っとくけど」
「ううん。いいの! これは私の方から聞かないといけないことだと思うから。また今度にするよ」
「ああそう。わかった」
「うん。それじゃあね!」
足音の遠ざかっていく音が聞こえる。彼女は行ってしまったのね。俺の春の訪れは、まだ少し先になってしまったようだ……。
「何だったんだろ今の? こいつ何かやらかしたの――うわ! 何だお前その顔!? 顔怖いよ!? こっち見んなよ!」