第五話
職員室に呼ばれたのは今朝の遅刻のことだった。俺はありのまま包み隠さずに遠藤先生へ告げたら、何故か頬を殴られた。しかも四発。何故?
「はあ~。もう夕方じゃねぇか……」
太陽はオレンジ色に輝いて「じゃ~ねぇ~」と言わんばかりに顔を下ろして行っている。高校初日がこんな酷い終わり方なんて、俺もう泣いちゃうよ。
下校の帰り道には行きとは違って商店街の中を入って帰ることにした。こっちから帰ると家につくのはおそらく日が完全に落ちた頃になるだろうが、憔悴し切った今の俺には少しでも安らぎが必要だ。
商店街の中にある本屋に入り、今週発売になった漫画とライトノベルをあらかた見て回り、その中で気になった本に手を伸ばし、ページをめくる。俺が本を買う基準は面白いというのは二の次。まず始めに見るのは、その中に出てくる女の子たちが可愛いくて、主人公が明らかにおかしくはないかを確認するようにしている。
何の努力もしてないくせに説教ばかりして女の子を口説く奴とか、平凡を求めているくせに自分から厄介事に突っかかっていく奴とか、自称普通を語るくせに本当はそいつが作中で一番変人だったりとか、そんな奴は俺は好かん。
いや、好かんとはいったがそれはジャンルによるな。コメディなら大半の事は許してやれる。だってコメディだもの。読者を面白く出来なきゃ話にならんよな。でも恋愛と青春主体にしたいならそういったものは俺的受け付かんのよ。
なんか真面目に恋しろよ、さっさと告って玉砕しろよ、ハハハ! リア充だろワロス、とか思っちゃうんだよなぁ。そんな風に思ってしまうのは、心が濁っているからなんでしょうか。安西先生……
「おっと。もうこんな時間か……」
左手に付けた時計に目を向けると、もう六時半を指していた。春になって夏に向かっているとはいえ、この時間帯はまだ明るいとは呼べない。共働きしている両親に変わって妹と順番に夕食を作っている我が家では、今日の担当は俺となっている。さっさと帰って飯を作ってやらねば、順番制を律儀に守ろうとする愚妹は、もしかしたら今頃アンデッドと化している可能性もなくはない……そうだよね?
「今日は……カレーでいっか。ちょうど材料はあるし、早く使わないとダメになっちゃうしな」
本屋から出て、商店街のお店を幾つか周ってみた。いつもより卵が安かったが、買え置きまだあった筈だからスルーする。今日は野菜の特売日なのか。お肉もいつも売れ切れなってるのがあったし、ちょっと可愛いなって思ってたバイトの人が働いてたりしてた。何で今日に限ってこんなに……。
俺は顔を(´・ω・`)←こんな風にして商店街を後にする。
もう辺りは真っ暗。太陽はついに顔を隠していた。今から十一時間はお休みタイムだ。ゆっくり寝たまえ。
一定間隔に設置された電柱が俺の道行く先を照らしてくれているために迷いはしないが、やっぱりちょっと頼りない。明るいところと暗いところをハッキリと作ってしまっているのが原因なんだろうが、不気味さが半端ないな。
ここら辺はよく出ると噂されているのを小耳にはさんだことがある。電柱に片隅に座り、「死にたくない。死にたくない」と呟いて、横を通り過ぎていった人をどこまでも追いかけてその首を掴み、ゾッとする声で「変わって?」と囁かれるらしい。
何かが出て来そうな感バリバリの雰囲気を醸し出してるのは間違いないな。
だって右隣公園だし。関係ない? うん関係ないな。
じゃあ、電柱の明りが切れかかっているのは? ただもう電池がないだけだよな。うん絶対そうだ。
なら、二つ前の電柱の傍らに座って背を向けている女の子もきっと何でもないな。
「おんぎえええええええっ!!???」
俺はビックリし過ぎて両手を前につきだしてお尻を突き出さず力を入れるストレッチ態勢に入ってしまった。自分でもこの態勢に何の効果があるのかはわからなかったが、防衛本能が俺にこの構えを取るように指示を出してくれたようだ。
茶色の髪の毛をストレートに下ろした俺と変わらないくらいの女の子。
霊は黒髪ロングに和服姿が似合う超絶美少女とネットで見たことがある。貞子だって死ぬ前は綺麗な女の人だったんだから、この話は有力だと思ってたのに、どうやら違ったようだ。当てにならんなM・A・Z・I・D・E。
女の子が肩を揺らしている。それにつられてさらさらと左右に揺れる髪。も、もしかして泣いてるのか?
霊が泣いて相手の同情を買おうというのは定番。近づいてきた相手を襲い、一緒に黄泉にまで連れて行こうとするのだ。怖すぎっ! これはどうやら正しいようだな。
となると、このままあの横を通り過ぎるのは俺の青春生命――いや人生をダメにしてしまう可能性が大に等しいと言える。
それは困る。俺には高校で複数の女の子たちといちゃいちゃして、大学で運命の人と結婚して一男二女の幸せな家庭を築くという夢があるのだ。こんな所で死んでたまるか!
「よし! 右だな」
許せ妹よ。俺はまだ死にたくない。今しばらくアンデッドと化せ。
少し遠周りとなるが、せいぜい十分程度の遅れだ。問題はないだろう。
「ん? 今何か聞こえたような」
俺の声が届いたのか、茶髪の霊がこちらを振り向く。
「いやああぁぁああぁぁーー!!??」
「きゃああぁぁああぁぁーー!!??」
俺は声を張り上げて叫んだ。すると何故か霊の方も驚いて叫んでいた。
「見つけられたのなら仕方ない。なら強行突破だ!」
いやん! 死にたくない! ならもうやるしかないだろ! 俺は猛ダッシュして霊の横を通り過ぎる。だてに中学の頃、陸上部の奴とため張れるほど速かったわけじゃない。ちなみに俺は文芸部だった。才能なかったけどな。
「え? 倉島君っ?!」
走り去る間際、霊が俺の名に似た名前を発したように聞こえたが、恐怖と空腹と妹のアンデッド化を危惧していた俺は走るのを止めなかった。
そして家についたのは七時ちょうど。どうやら生き残ったようだ。俺は霊の力を物ともしない何かを持っているのかもしれない。もしかして陰陽師になれんじゃね?
「お、お兄ちゃん。お腹すいた……」
そして次に待っている俺の試練は、アンデッド化し俺に襲いかからんばかりにげっそりとした表情を作る妹の飯作りだった。