第四話
自己紹介が終わり、特別行事などない今日の学校はこれで終わり。遠藤先生はこれからの事を大まかに説明したあとすぐにどこかへ行ってしまった。
帰っていいとのことだったため、クラスメイト達は半分ほどはもう帰ってしまっている。俺はというと、自己紹介が水泡に帰してしまった原因である河本を後ろからずっと睨み続けている。
「なんか。さっきから凄い視線を感じるんだが……」
別のクラスから来た友人と話している河本が不安げに声を出す。友人はそれが場を作るための材料だと思い込んだため、相手にしてもらえていなかった。奴には今日だけでも俺の恨みを覚えて貰わんといかん。そうしないと、俺の中のウシジマくんが目覚めてしまうからな。
「なあ。倉島」
「ん?」
トントンと肩を叩く隣のクラスメイト。どうやら俺の名前は倉島で決まってしまったらしい。やだ、これからの学生生活どうしよう。みんなになって説明すればいいの!
いやそれよりも、俺に話しかけたこいつ。確か名前が……
「……須藤君?」
「誰だよそれ。俺の名前は須賀。須賀恭也だよ」
呆れ顔をしながら、THE・童貞らしさ醸し出す須賀が話しかけてきた。
「おうおう。そうだそうだ。んで? どしたん?」
「倉島の自己紹介。水島さんが登校してきたことで途中で終わっちまったけど、俺はちゃんと聞いてたから」
「あ~うん。そりゃどうも」
隣なのに俺の名前聞こえなかったのかよ。島じゃなくて本だよ。大出世だな俺の名字。
「それで気になったんだけど。あの嵌まってるものって何?」
「ん? そのままの意味だけど?」
「社会に出た自分が如何に貢献できるかどうかって、まるで中学時代に考える生きるって何みたいだな」
「それは幼稚園時代に解決したからいいんだよ」
「早! 幼稚園でそんなこと考える園児って怖すぎだろ!? 大人顔負け過ぎだよ!? 先生だって苦い顔してただろ!」
「先生には言ってねぇよ。バスの運転手には言ったけど。そしたらさ。その運転手が『生きると言うことは運命に身を任せることにあらず。自分の信じる道を貫き通す事が生きると言うことなのだ』って言ってくれたんだ」
「かっこい! なにそれかっこい! その人、なんで運転手なんてやってんだよ!?」
む。言われてみればそうだな。なんで運転手なんてやってたんだろ?
「そう言えば顔に大きな傷痕があったな。 鼻を横で切り裂いたみたいな痕が」
「完全に死闘を繰り広げてきた戦士なんじゃねぇの!」
あれは確かに凄かったな~。最初見た時はみんな目をキラキラさせながら運転手を見てたからな。思いだしたら、あの人今何やってんのかなぁ。今度ちょっと遊びに行ってみるか。
「きょうや~~!」
須賀の下の名前を呼ぶ声がクラスに響く。
「あ。冬美」
「こっちのクラス、やっと終わったよぉ。本当に話だけは長い先生なんだから」
「いや、それが普通だよ。こっちが終わるのが早すぎただけだから」
「そうなん? まあそれは別に置いといて」
冬美と呼ばれたツインテールにした茶髪に染めた髪を左右両方でお団子にして作らせている女の子が、ピョコピョコとお団子をはねらせながら須賀の手を取って、
「一緒に帰ろ」
と弾むような笑顔と声でそう言った。
「ウエッフェイ!?」
「うわ!? ビックリした。何今の声?」
い、いかん。あまりの衝撃に普段出る事はない声が漏れてしまった。ここは怪しまれないように落ち着いて弁解しなくては。
「な、何でもねえよ。ただ一度ならず二度までも女の子を手篭めにしてしまったお前のクソハーレム臭がうぜぇから爆ぜろって思っただけさ」
「もろぼろ糞に言ってくれたな?! 今!」
しまった! 俺のお喋りな口が災いしたようだ!
「あ、あの~? どちら様ですか? 恭也の友達?」
未だお団子を動かす冬美さんが俺に問い掛ける。
「そうです。僕は先ほど恭也君と友達になった倉本良介です。以後お見知りおきを」
「あ、ご丁寧にどうも。恭也の幼馴染の滝田冬美です」
ぺこりとお辞儀をする滝田冬美さんは顔を上げると満面の笑みを俺へと向けてくれた。
「滝田さん。恭也君とはいつからの知り合いで?」
「なんで倉島は自然と俺を下の名前で呼んでるの? さっき話しかけたばかりなんだけど」
「恭也とは幼稚園からずっと一緒で、家も隣なんだよ。それから小学、中学とずっと一緒なの」
「そうなんだ。ということは、もしかして二人はいつも一緒だったのかな?」
「そんな。いつも一緒って訳じゃないけど。中学の時はクラブは別々だったから」
「でも、一緒に帰るほどの仲なんでしょ? それってかなり仲良しっていうか、もうラブラブの域までいってるんじゃないの須賀爆ぜろ」
「いやいや! ラブラブなんて、そんなことないよ! そ、それは、小学まで一緒に帰ってたのに、中学から一緒に帰るのが恥ずかしいなんて行っちゃって一人で帰っちゃう事が多かったから、少しさびしいななんて思ったりしたけど……」
「ああ~。やっぱりか! やっぱり恭也君はそういうタイプだったか! 大丈夫だよ滝田さん。彼はツンデレタイプだからみんなの前では素直に自分の気持ちが言えないクソ野郎なだけだから。いつか君の気持が伝わる時は来るよ須賀死ね」
「えええ!? 倉島君何か勘違いしてるって! 私と恭也は、べ、別にそんなんじゃないから~!」
「ねえ! さっきから俺の事おいってってるよね!? て言うか倉本は俺に恨みでもあんのか!」
滝田さんは目の前でトマトみたいに顔を真っ赤にさせながらあたふたしている可愛い。
須賀は隣で何か抗議している死ね。
「まあ、あとは若い物同士でごゆっくりどうぞ。俺はこれから少し寄りたいところがあるから」
「お前も同い年だろうが。……寄りたいところってどこだよ? 今日は部活動はどこもやってない筈だろ?」
「いや、ちょっと職員室に呼び出されてて」
「職員室? 倉島君、何かやっちゃったの?」
「今日遅れて来た時に制服が少しボロボロになっちまって。その事で先生たちが事情聴取がしたいと言われてしまってな」
「ああ~~。……確かに」
二人が俺の姿をじろじろ見始めた。やめて。滝田さんは見ないで。ちょっと興奮するから。
あの猫との戦いによって受けたダメージは、制服にかなり深刻なものを与えてしまったようで、裾はびりびりに破れてしまって、至るところに泥の跡が残っている。流石に隠す事はできず、体育館でいた浜田先生が俺の事を教師陣に言ったそうだ。遠藤先生が呆れた目で俺の事を見ていたのは苦い思い出です。
「入学式早々。やっちまったな倉本。クラスの問題児になるようなことはするなよ」
「……ああ。気を付けるよ」
須賀に諌められたのがちょっと悔しい。だけど自業自得なため何も言い返せない。
「恭介。そんな事言わないで、ちゃんと心配してるよって言ってあげればいいのに。……でも大丈夫だよね? 入っていきなり停学処分なんてことにはならないよね?」
「それは大丈夫だと思う。これも本当は大したことじゃないからね。ありのまま言えば先生たちも納得してくれるよ」
「なら……良いんだけど」
滝田さんは心配そうな顔して俺を見てくれる付き合って。
「んじゃまあ。ちょっと行ってくるわ。また明日な」
これ以上ここにいて滝田さんを不安がらせるわけにはいかないため、俺は鞄を持って教室を後にした。目指すは職員室。……夕方までには帰れるよな?
て言うか、滝田さん、俺の名字間違えてなかったか?