第七話 あんない を しよう ! ※ソーヤ視点
リィンが寝静まったのを聞き届け、ソーヤはダイニングに向けて声を放った。
「もう出てきてもいいですよ。アニーさん」
えへへ、と出てきたのはアニーだ。どうやらタイミングが悪かったので出るに出れなかったらしい。いわゆる「空気を読んだ」というやつだ。
アニーはソーセージの乗った皿を持っていた。
「宿屋備え付けの薫製です。まだ残っていますのでどうぞ」
「ありがとうございます」
いただき、こっそり瓶に入れて持ってきたビールをラッパ飲みする。
「うわーらしくない」
「らしくないって何ですかー。僕らしいって何ですかー。アニーさん見た目で人を判断しちゃいけませんよー」
「……酔っ払ってます?」
「全く。絡んではいますが」
「自覚はあるんですね」
アニーがくすくすと笑う。ふざけているので、笑ってもらえると嬉しい。
しかし。
「…………リィン君のお話、聞きました?」
「聞いちゃいけないと思ったんですけど………………」
「まあ仕方がありません」
尾行や気配に鋭いわけではないらしい。もしリィンがシドだったなら、確実にアニーの存在に気付いていただろう。
それよりも、だ。
「訳ありなんでしょうね」
「みたいですね。リィン君も」
真実、クランのなかで一番まともに人生を歩んでいるのは魔族に助けられたアイザックだろう。それでも「一般」からはかなり離れてしまっている。
ライオは魔物に家族を食われ、自らも食われかけたその時にたまたま出くわした自分達が助けた。彼はまだ十にもなっていなかった。それなのに、魔物に復讐を誓い、クラン入りを望んだ。
アニーもかなりねじれた過去を持っている。ソーヤも、ステラも、シドもだ。
だが、リィンはもっと訳有りな過去を持っているのかもしれない。そう、話を聞いていて思った。
「どこかの王様崩れですかね…………」
「けれど、あんなに綺麗な王様なら絶対に有名になっていますよ」
アニーの言う通りだ。
夜のように黒い髪と切れ目の瞳。すらりとした長身に、引き締まった体。さらには無駄のない動き。
初め見た時は一瞬、不覚にも見とれてしまった。
「ですよねー…………。
ま、詮索はしないのがウチの流儀ですから」
「はい」
そう。
話されるまで何も聞かない。
暗黙のルールだ。
誰にだって言いたくない話はある。それを聞かない優しさ。何者であろうと、何も言わず暖かく受け入れてくれる優しさ。
それが、クランリーダー・シドの目指した「家」だ。
アニーが薫製をつまみながら尋ねてきた。
「それにしても、どうしてあんなに饒舌にお話していたんですか?」
「うーん………………単純に仲間だから、でしょうか。
ああでも、初めてシドが勧誘した相手、というのもあるでしょうね」
今でこそ考えられないが、シドは出会った当初、全く何も自分で考えない、まさしくリィンとの会話で例えに使った「人形」のようだった。
ステラが何したいと尋ねても首を傾げるばかり。クランリーダーに据えてもいいかと尋ねれば理由を聞かずにただ頷く。
それが、今では生き生きと笑うようになってくれた。
そしてリィンは、初めてシドが「仲間に入ってほしい」と思った子なのだ。気にかけないわけがない。
そう話すと、アニーは目を丸くした。
「あのリーダーが。想像つかないです……」
「でしょう?」
「…………何故でしょう。今ソーヤさんがリーダーのお兄さんに見えました」
「気分はそうですからね」
アニーにうわあとおかしな顔をされたので、すまし顔で薫製をつまむ。
「ですが、リィン君が来てくれて本当に良かったです。
ライオ君のこともありましたし」
ドラム・カップに優勝すれば魔王を倒しに行ける。もしライオが動揺しきっていたなら、間違いなく一も二もなく飛びついていただろう。クランを捨ててでも。
リィンがいたから、ライオは冷静でいられたのだ。
アニーも顔を曇らせた。
「ライオ君……………………彼の心境はいかばかりなのでしょうか」
「分かりません。ですが、彼は何故かリィン君に心を許しています。焼肉屋で彼が甘えた時は驚きましたよ」
「私もです。初めて見ました、あんな姿」
「ですよねー」
ライオは誰にも全く甘えようとしない。ソーヤもそれを分かっていたので、寝ているうちに担いでしまえと思っていた。起きればふらふらでも立って歩こうとしただろうから。
だが、ライオはずるいという理由だけでリィンに甘えた。
さらには、リィンに担がれたあとで見せた嬉しそうな表情。
「どこか、通ずるものがあったんでしょうねぇ……」
「リィン君いいなぁー。リィン君にも好かれたいけど」
アニーが椅子にもたれる。
「でも、リィン君てどこか不思議な空気をまとっていますよねー」
「ですよねー。不思議と人に好かれる雰囲気と言いますか」
シドもライオもリィンの不思議な空気に感化されたのかもしれない。
それでいい。
二人が良い方向に向かっていけるなら何だっていい。
どうか、とソーヤは願うように呟き、ビールを煽った。
どうか、少しでもこの賑やかな時が続きますように。
翌日。
案の定ライオとアイザックは酷い顔だった。あんなに一気に飲めば二日酔いにもなるだろう。シドはすっかりいつもの顔になっている。体質だ。
「おえええ…………」
「アイザックトイレ代われ…………」
二人はトイレの前から動けない。
リィンが残念なものを見る顔で彼らを見ていたので、ソーヤはとりあえず呼んでみた。
「それじゃリィン君、武器買いに行きますか」
「うむ!」
「俺も行くー」
「ちょ……ソーヤさんもリーダーもずる……おぇっ……」
「なら私は残りますね。ちょっとこの二人を放置するのには抵抗ありますから」
「すまぬ…………」
「気にしないで! 私が気になるだけだから! 私が行っても役に立たないし!」
リィンが謝ると、アニーは顔を真っ赤にして手を振る。好意があるのがばればれだとソーヤは思うが、リィンはどうやら気付いていないらしい。
シドはどうやら気付いているらしく、ニヤニヤしたままライオを見ていた。煽っている。
「よーしリィン行くか」
「うむ」
「ちょ……待っ……」
三人は部屋を出た。
行きつけの武器屋がある。
着くと、リィンはそのボロボロの外観にぽかんと口を開けた。誰でも初めはそうなる。
扉は蝶番が壊れ、半ば開いている。屋根は雨露をしのげるのかと不安になるほど穴が空き、雨戸も破れている。
ちなみにシドが初めて来たときは、これは建物なのかと尋ねてきた。
「ここが…………武器屋?」
「おう。来るのぁ初めてか?」
「うむ。どこの武器屋でもその……こうなのか?」
「ここだけですよ」
外観に気を使わない分、そのお金を武器や材料の購入に回している店なだけだ。
「失礼します。おやっさーん」
「ソーヤか~」
剣を打っていた店主は顔を上げずにカビの生えたソファーを指す。相変わらずやせ細った姿だ。
「とりあえずそこ座っとけ~」
ソーヤとシドは大人しく座ったが、リィンは興味を引かれたらしく、店主の打っている剣を見に行った。
「自作か?」
「譲り物だ~。…………お~? 知らん声だな~?」
「入ったばかりなのだ」
「そうか~。俺はこの店の主だ~」
「クラン‘風の谷まで’に所属する、リィンだ」
「よろしくな~。水入れるからちょっと待ってろよ~」
「水はいい、武器が見たい」
「それなら奥の部屋だ~。ソーヤ~シド坊~案内してやってくれ~」
名前を呼ばれて慌てて立ち上がる。一般人は店主の間延びした口調に痺れを切らすのだが、不思議と二人の会話は続いていた。
隣でシドが膨れる。
「シド坊って呼ぶなよ」
「中身はガキだろうが~」
さらりと言った店主はホレホレとリィンを送り出す。
奥の部屋に続く扉を開けると、中はかなり暗い。シドが慣れた様子でひょいひょいと電源のスイッチにたどり着き明かりをつけると、部屋の全容が明らかになった。
壁に、椅子に、机に、床に。
所狭しと道具が並んでいる。
隣でリィンが絶句している。
「だから案内が必要なんですよ。この部屋」
改築して新しく階を増やせばいいのにとも思うが、財布を逆さまに振っても小銭しか出てこない。店主はまた食事をとっていないようだ。
ちなみにこの部屋だけは、雨露はもちろん湿気さえ防がれている。まさに、この部屋に全財産を注ぎ込んでいると言っても過言ではない。
「凄い。…………奥の扉はどこに繋がっている?」
「鍛冶場に。普段はそこで造っています」
「俺達が来たから、先程の部屋で打っていたのか」
呟いたリィンは、目を輝かせ一歩踏み出した。
盾を退かせたシドがリィンの隣に立つ。
「気になるものぁあるか? とってきてやるぜ」
「自分で触りたい」
心なしか、声も弾んでいるような気がする。
邪魔かと思い、ソーヤはシドに目配せをして、彼とともに部屋から出た。
入口の部屋に戻ると、まだ店主は剣を打っている。
「案内してきましたよ」
「お~。放置してもいいのか~?」
「むしろ邪魔になる気がしたので」
「そうか~。
にしても~可愛らしいお嬢さんだな~?」
店主のいきなりの言葉に、ソーヤの思考が、停止した。
「…………………………お嬢、さん?」
呟きにシドが食いつく。
「だよなぁ普通ぁ分からないよなぁ!? 何で店主ぁ分かったんだ?」
「気配だな~。剣……いや~刀を扱ってるから硬質な雰囲気も纏ってはいるが~柔らかい気配もしたからな~」
「理解できねー…………」
「………………ちょっと待ってください。
リィン君が、女性?」
「おー。本人に女だって言われた」
「あんなに格好良いのに?」
「カッコよくても女性は女性だろ~。…………胸は可愛らしいが」
「それ本人の前で言うなよ。かなりバッシングされる」
「されたのか~。シド坊は配慮が足らんな~」
「シツレーな」
「足らないでしょう」
一応シドに突っ込みは入れておく。
まだリィンショックから立ち直れていない自信はあったが、とりあえずソーヤはソファーに座った。
「傾国の美姫ですね…………」
「ケーコクノビキ?」
「国が傾くぐらい美しい姫と書きます」
「王様が入れ込むぐらい別嬪さんな女性を言うんだぞ~」
「よし、また言葉を覚えた。
確かにリィンぁ美形だよな。自覚はなさそうだが」
「あれで自覚していたら、簡単に国ひとつは手中にしていたでしょうね」
店主が剣から手を離す。額の汗を拭い、立ち上がった。
水を用意してくれる。リィンの分は机に置いておいた。
「奥の部屋に飲み物持ってったら叩ッ切るからな」
「そこだけ語尾無しかよ……」
「当たり前だろ~」
本当にやりかねない。
ソーヤは一気に飲み干し、店主を見上げた。
髭も髪もまた伸びた。目は相変わらず淀んだまま。筋肉は衰えていないようだが。
店主はソーヤの視線に気付く。気付き、軽く笑った。
「だから~クランには入らないって~何度言ったら分かるんだ~?」
「何度言っても分かりません。頭固いんです」
「俺は~今の生活で十分なんだよ~」
「店主殿!」
顔を輝かせたリィンが刀を二振り持って姿を現す。
「少しばかり外で振っても構わないか!?」
「お~。不満な点があったら言えよ~。治すから~」
外に出た二人を追って、ソーヤとシドも外に出た。
潜んでいた男にも気付かず。