第六話 そうだん を してみよう !
クランで泊まっていた部屋にて。
リィンが肩に担いだ二人を同じベッドに放り込み、アニーがアイザックを寝かしつけるのを手伝いに向かう。
リィンがリビングルームに戻ると、ソーヤは帳面をめくって苦い顔をしていた。アニーはダイニングに姿を消す。
「何だそれは」
「通帳と言います。お金を管理している金融団体から配られる紙で、現在所持している金額が記されています。
今回、真剣に二位か三位になって賞金をもらわないと、食費がなくなります」
「よし。なる」
「リィン君ならあっさりなりそうですね」
軽快に笑ったソーヤは、それで、と通帳をしまう。
「力持ちなんですね」
「……幼なじみが酔い潰れた時に、よく運んだ」
本当のことである。いきなり酒を持ってリィンの寝室にやってきては、酔っ払って眠り込む。リィンも女の端くれなので、部下を呼んで運ばせるか、自分で抱えて運んだ。
そーですかーと、ソーヤが苦笑する。
「ご愁傷様です。正直、僕はその腕力が羨ましいですけどね。弓使いは腕力が要求されますから」
「そうなのか?」
「ええ。引く力に」
「なるほど」
「そういえば、リィン君は武器を使うんですよね?」
「うむ。剣を双振り」
「明日、どうせ団体戦も個人戦も午後からですし、ライオ君とアイザック君は間違いなく午前中は使い物にならないでしょうし、武器を買いに行きませんか?」
「是非!」
「はい」
会話が、途切れる。
リィンはふと、幼なじみを思い出した。
怒っているだろうか。いや確実に怒っているだろう。四天王達も怒っているに違いない。
だが、業務に滞りはないだろうと断言できた。
何せあの四人をはじめとする部下達はかなり有能だから。リィンがいなくても差し障りは無いだろう。
そう、魔王がいなくても機能する。
「リィン君?」
ソーヤが、声をかけてきた。
「どうしました? 沈んだ顔をしていますよ」
「………………顔に出ていたのか?」
「それはもうばっちり」
茶化したように片目をつぶられ、思わず笑いが漏れた。
ソーヤはおどけたように続ける。
「この機会に思い切って悩みをぶちまけてみてはどうです? 訳有りでここにいるようなものです、もしかしたら答えを返せるかもしれませんよ?」
それも、いいかもしれない。
三人の酒気にあてられたのかもしれない。他人事のようにそう思いながらも、リィンは口を開いた。
「俺には、親がいない」
「はい」
「物心というか、気が付いたときには既に幼なじみがそばにいた」
「先程言っていた、酔い潰れた幼なじみ君ですね」
「そう。そいつだ」
「はい。それで? その幼なじみ君がどうしました?」
「ある日、一族の中で一番強くなったから、城に上がってしまった」
魔の島では、一族の中で最も強い者を長と呼ぶ。長は一族をまとめながら、かつ城で働かなければいけない。
「登城ですか。リィン君は?」
「一族の者でもなく、強いわけでもなく、上がることもできなかった。独りになった。寂しかった。ずっとありがたくしてもらっていたのに何も出来ない自分が悔しくなった。
だから、強くなった」
「それじゃ、城には、上がれたんですね?」
「上がれた。
だが、俺がいても何の役にも立てていない気がするのだ。どれだけ頑張っても、役に立てているとは到底思えない」
役に立ちたくて城に上がったというのに、迷惑しかかけていない気がする。
そもそも、長が城で働いているのは、魔王のもとで魔の生物すべてが一つになっていることを再確認しているに過ぎない。
魔王は執務室で印を押し、時折外に出て皆の様子を見る。様子を見ることは確かに必要なのだろうが、他は自分がいなくてもできることだ。印も四天王が押せばいい。
「俺など必要ないのではないか、と最近思ってしまうのだ」
人間の島に来た理由は「知らない景色を見たい」。
ただ、知らない世界に憧れを抱くようになったのは、恐らく自分が今居る場所には必要ないと自覚した時だ。
不意に、ソーヤの手が、視界を覆い隠した。
「リィン君」
「?」
「僕に乳母……ある人がくださった言葉があります。僕の将来を決めた言葉かもしれません。
『向上心の無い者は馬鹿だ』」
ふわりと、心が優しく包まれた気がした。
ソーヤの言葉は続く。
「もっと良くしていこう、役に立とう、そう思えず現状に満足しその慣習にのまれることはただの人形でもできます。
ですが、改善しよう、役に立とうと、どうすればもっと良くなるか、それを考えることができるのは、脳のある生き物だけです。
その点リィン君は頑張っていると思いますよ。
役に立てないと思っているなら…………そうですね、その幼なじみ君に素直に聞いてあげたらどうでしょうか」
手を離される、ソーヤは優しい目で、元気に微笑んだ。
「酔い潰して本音が駄々漏れになる瞬間を狙って!」
「くっ」
思わず吹き出す。
「それに、城の役に立ちたいのでしたら、敢えて城を降りて民の話を聞くのも手です」
「確かに」
「でしょう?」
微笑むソーヤはそれに、とリィンの頭を撫でる。
「リィン君は前に『国は民あってのもの』だと言いました。
これが為政者に最も必要な、しかしよく忘れ去られてしまう心構えです。それをしっかり覚えているリィン君なら、ちゃんとした者になれます」
「良く知っているな」
「だから『訳有り』だと言ったでしょう?」
意味ありげに唇の端を上げて笑うソーヤ。いつの間にか雰囲気がとても軽くなっていることに気付いた。
「もしリィン君が城に戻るーと言っても構いません。僕達は送り出します。
ですが、僕もシドもステラも、居場所が無くなって、けれど居場所が欲しくてこのクランを作りました。
ここは帰る家です。だから、リィン君がもし、また『知らない景色を見たい』と思った時や、『ちんたらしたい』と思った時、それ以外の時でも帰ってきてください」
帰る家、なのか。
家が、あるのか。
どっと、安堵が込み上げた気がした。
「あ、でも個人戦で二位になるまで帰っちゃ駄目ですよ!?」
「分かった。二位だな?」
「ええ。二位です」
一位でなくともいい。
重荷を引き受けなくたっていい。
そう考えるとひといきに気が楽になった。
「それでは寝る。ソファーで寝ても良いだろうか?」
「今日は一人分ベッドが空きましたから、そこを使っては?」
そういえば、ライオとシドを同じベッドに放り込んだのだった。ありがたく使わせてもらおう。
「そうする。ではな」
「ええ。お休みなさい。また明日」
「………………また、明日」
リィンはベッドに潜り込んだのだった。