第二話 クラン に はいろう !(2)
遠慮なく、突っ込ませてもらおう。
「何故動かない」
「いやいやいや、お前が先制するべきだろ」
先程から全く進展が無い。
どちらもじりじりとしか動かず、まだ一度も体を合わせて戦っていない。
視界の端でアイザックが欠伸をする気配がしたが、そちらに目をやるほどリィンも余裕なわけではない。
シドには隙が無いのだ。
よって、打ち込めない。
だが、いつでもリィンに向かって打ち込めるよう、シドの重心は傾いている。
よって、隙を見せればやられる。
よもや人間がこれほどに強いとは思っていなかったので、リィンとしては驚きと感嘆が入り混じる思いだ。
魔の島に攻めてこられたら負けるんじゃないのか。そんな気持ちまでしてきた。
「リィン君」
ソーヤからのんびりとした声が聞こえてくる。
「シドは馬鹿みたいに強いから、負けても仕方ありません。なので思い切って戦っちゃってください」
シドが普通なのではないらしい。少し安心した。
そして、リィンはソーヤの言葉通り、思い切って戦うことにした。
わざと隙を作りながら振りかぶる。シドは隙に飛び付くかと思えたが、あえて剣を防ぎ後退する。どうやら罠だと気付かれていたようだ。
そう考えたのもつかの間、シドの拳が腹にめり込んだ。
「がッ…………」
「戦闘中に考え事すんなよ?」
ひやりとした声と共に体が宙を飛び、木にたたき付けられる。受け身をとったが、それでも痛い。
が、そんなことより。
目の前にシドが迫っていた。
とっさに拳を剣の平で受け止める。脚で相手の腹を蹴り返そうと動かすと、シドはあっさり拳を引いて下がった。
ので、追撃に移る。
シドが左の拳を動かしたのでその左腕を掴み、もう片方の手で剣を振るい、首筋を狙う。
防ぐ右手には、既にナックルが装着されていた。
「お前、やっぱ強いな」
「そちらこそ、無駄口を叩く余裕があるのか」
ははっ、と軽く笑ったシドはナックルの先端、刃物の部分で剣を挟み、脚を繰り出してくる。避けられないので彼の左腕を押さえていた手を離し、拳を避けつつシドの脚を殴る。
するりと体を離したシドは、もう左手にもナックルを装着していた。
そんじゃ、とシドが隙を見せないまま首を回す。
目の前に、肉薄していた。
基本的に、魔の生物は人間より五感が優れている。
なのに、見えなかった。
戦い方もがらりと変わる。片手のナックルで剣を押さえ、もう片手のナックルで首を狙う。剣をナックルの刃から抜くことも叶わず、とっさにしゃがむ。剣の柄から手を離すと、一瞬シドの目が開かれた。
その動揺を逃さない。
腹に、重い一撃。
「………………ッ」
シドが後退する。再び追撃しようと跳ぶと彼は捕らえていた剣を投げつけてきた。ので、ありがたく平を掴んで回収する。
「「掴んだ!?」」
アイザックとライオの声が聞こえる。本格的に戦闘が始まってからは外野の音が全く聞こえていなかったのだが、ようやくリィン自身に余裕が生まれたようだ。
シドも驚いてはいるが、防御を忘れることはない。
剣を振り下ろすと、二つのナックルを交差した場所で受け止められた。
今度は、足蹴も同時だ。
なので。
「悪いな」
剣を宙に放り投げ、懐を突く。防御しつつシドががら空きになった首筋を狙う。
防げる。
が、人間ならば防げない。
だから、防がない。
「俺の、負けだ」
終わっても、シドは疑いの顔を崩さなかった。
「お前なら防げただろ」
「普通(人間なら)無理だ」
そう何度言おうと、彼は詰まらなそうな顔を変えない。
「やっと同格の奴に会えたってのに」
「僕やアニーさんは直ぐに降参でしたからねー」
「俺やライオは入った時武器すら扱えなかったからな」
シドとリィンの間を歩くソーヤが笑いながら言う。彼は後方援護が得意らしい。アニーもある意味で後方援護だ。
またアイザックはリィンにしがみついている。このままデフォルトになるのではと危惧しているのだが、こんなにざっくばらんに接してくれた人間は初めてなので、振り払えずにいる。
それから、ライオがずるいと腕をとっているが、いつの間にこんなに懐かれたのか覚えがない。
と、いきなりシドがピタリと立ち止まった。
「リーダー?」
「忘れてた。政府から通信具貰って来るわ」
「あー」
「すっかり忘れてましたね」
シドが町に歩き出す。ついて行こうと歩き出すと、ソーヤの制止を受けた。
「シドひとりで十分です。僕たちまであんな胸糞悪いところに行く必要はありません」
「胸糞悪いのか?」
「悪いですよー。とりあえずムカつくといいますか」
「ムカつく?」
「見下されるの、イヤだろ?」
ライオに言われて、政府が民を見下すのかと驚いた。普通、国は民あっての物だと思うのだが。
それを言うと、ソーヤがうんうんと頷き、リィンの頭に手を乗せた。
「リィン君なら良い為政者になれますよ」
嬉しかった。
同時に、胸の奥が疼いた。