第十五話 みんな で かんがえよう !
突くと、壁の一面が崩れ、茜空が視界に広がる。やや入口より低い場所だが、木を伝えば入った場所まで行けないことはない。
「出口か!」
ライオがリィンの隣に並ぶ。
そのとき。
『ウチノ子供ヲドウシタァ!』
魔物の声が聞こえ、ライオは躊躇いなく抜剣すると、空から落下してきた魔物を横に薙ぎ払った。首、胴、足に別れて地面に落下する。
「おー」
シドも隣に並び、転がってもまだ動く首を摘んだ。足は砂塵に変わり、崩れていく。
「生命力凄いな」
「全くだ。それから化け物さんよ」
腹に剣を突き立てたライオは、剣を胴から抜き、首に顔を近づける。胴も、砂塵と化し消えていった。
ライオとシドは見ていない。
「お前らのガキは頂いた」
『ナニッ!?』
「魔族の四天王に知り合いがいて、そいつに預けた。どうなるかは知ったこっちゃねぇな」
ライオが額に剣を突き刺すと、やはり首も砂塵に帰す。
リィンにとっては、始めて見る光景だ。
「砂塵に帰った、だと?」
「不思議だろ? 俺がこの剣で魔物を攻撃したら、絶対砂になるんだぜ」
ライオがからからと笑う。
……リィンも、調停などの為に出向き、魔物を手にかけた経験ならあるが、一度もそのような経験はない。
彼の剣が持つ付属効果なのか。それとも、彼の属性なのか。
「ライオに、魔力は無いのだったな?」
「ああ。魔法の杖握っても何も出なかった」
だからといって魔力が無いと考えるのは、早計ではないか。リィンはその言葉を飲み込み、そうかと笑顔を返した。
もしかしたら。その最悪の想定を否定したいが故にの判断だった。
「おーい!」
木の合間から、アイザックが手を振っている。隣にはソーヤとアニーも一緒だ。
「今そちらに向かう!」
ライオもシドも既に木に足をかけていたのでそう返答し、リィンは脚力に任せて幹を駆け上がる。
結局まともに木を登ったのはライオだけで、シドは音も無く枝から枝に飛び移るという芸をやってのけた。
「忍者のようだ」
「ニンジャ? 何だそりゃ」
「間諜や謀略活動などを行う者を指すのだ。忍びの者だな」
リィンが教えると、シドは何度も頷きながらはははと乾いた笑い声を漏らす。あまり触れて欲しくない部位だったらしい。
「すごいところから出てきたなー!」
相変わらず笑顔の絶えないアイザックはさておき。
アニーとソーヤは何やら浮かない顔をしていた。
「どうした、お前ら」
なかなか話し出さなかったが、ソーヤがとうとう口を開く。
「洞窟の中でアニーさんが、莫大な魔力を感じたそうです」
「あー」「ああ」
思わず口をそろえたのは、シドとリィンだ。
「リィン、お前だよな?」
「うむ」
ライオもあの時かと頷いた。
「何かされたんですか?」
「魔物の子供を発見したので、ステラ殿の通信具を使ってギギに送った」
「その前に、風の谷の魔物数体がこっちに来てるって報告があってな」
「……………………とりあえず、別れてからの話を全てしてください」
*****
話した結果。
アイザックがまず発言した。
「じゃあさ、依頼にあった声って、その魔物の子供達だったんだろーな!」
「でしょうね……興味本位で聞きますが、どういう方法で送ったのですか?」
「どう、と言われるととても困るのだが……概念で考えるなら、通信具は声を伝達しているだろう? その声を子供達に変えて送った」
「ほー」
シドがやや笑っていない目で反応する。思わずリィンは強張った笑みを浮かべた。
アニーはまだ目を丸くしたままだ。
「リィン君…………物凄い量の魔力を持ってるんだね」
「魔力は使えば使うほど蓄積量が増えると聞いたことがある」
「そうなんだ。なら、あたしももっと、魔法使っていこう」
頷いたアニー。アイザックが帰りたいようで、足がそわそわしている。
「な、暗くなってきたし帰ろうぜ!」
「ですね」
ソーヤの声に、アイザックが先頭を歩き始める。ソーヤ、アニーと続き、リィンも三人についていこうとしたとき。
シドが隣に並んだ。
視線をそらしたまま、首元を押さえている。
「…………お前が何者かは、とりあえず詮索しない。じゃあお前は、と聞かれたらあんまり口に出したくないしな。それに話さないってことは、知られたくないってことだろ?」
小声だ。周囲の面子が声に気付いた様子もない。
「ありがたい。しかしシド殿は、真面目な話になると『ぁ』が無くなるのだな」
「ゲッ。気ぃつけてるんだけどなぁ」
元の調子に戻ったシドは、また首元に手をあてている。
「癖なんだよなぁ…………」
「良いのではないか? 俺は悪くないと思うが」
「じゃあいいか」
あっさり歩き出したシドに、思わずリィンは力を抜いた。
「…………だが、俺の身分は明かす必要があるのかも、しれない」
「すると……魔族の関係者?」
「魔の城……魔王、四天王、各族の長が働く場所で、働いていた」
「官僚か?」
「カンリョウ? 何だそれは」
「あー……国家に携わる仕事をする役人?」
「……うむ。たしかに俺はそのカンリョウのようなものだな」
「まじか。そりゃ逃亡もしたくなるだろ」
「う、うむ」
何も言えずに頷くと、シドが目を三日月のように細めた。
「リィンの癖見っけ。言いづらいことに反応するときぁ、よく『うむ』って言うよな」
「む、そうか!?」
大声をあげてしまい、四人がこちらを向いた。
「どうしたんです?」
「ななななんでもないぞ!」
「余計怪しいぞ!」
寄ってきたのはアイザックだ。ライオもこちらを見ている。
対してシドは、何故かニヤニヤと思わせぶりな笑みを浮かべていた。
「別にー? 癖の話してただけだもんなぁ、リィン?」
「う、うむ」
言って、確かに言いづらい時にうむと反応していた事に気付く。
「く、癖は自分では気付かないからな。シド殿に指摘されて驚いていたのだ」
「何だ、リィンのクセって?」
「それぁ、自分で見つけないと公平じゃないよなぁ?」
シドが煽る。
聞いていたライオがああ、と頷いた。
「あれか? 魔族関係の話になったら、途端に口が硬くなる。もしくは話を変えようとする。もしくは早く話を終わらせようとする」
「……………………そうか?」
しれっと答えるライオを見つめた。
「無意識か。だって俺、聞きたかった事消化できてねぇし」
とりあえず歩こうぜ、と先に進むソーヤとアニーに追いつく。話を聞いていなかったソーヤがそうだと、こちらを向いた。
「リィン君って、もしかして魔族なんですか?」
「分からん。親や同類を見たこともなければ、魔族ならばあるはずの本性になったことも、人間の姿を止めたこともない。しかし、四天王の一人が言うには、俺は人間にしては、不思議と体力と腕力が無尽蔵らしい」
「それは……すみません、余計な事を聞きました」
「そこまで気にしていない。ギギに拾ってもらって、とても楽しかったからな」
本当に、鳥類の一族には良くしてもらえた。孤児制度がしっかりしていたと言われればそれまでだが、リィンは法律にはない思いやりを感じていたのだから。
ソーヤが眉を上げる。
「にしても、孤児対策がかなりしっかりしてるんだな。ちゃんと国王……じゃねぇ、魔王が法律とか作ってるみてぇだし」
「俺のような、素性の分からない子供が時たま発生するらしい。たまたまその子供が魔王になったときに、もしもと思って作ったのだと聞いたことがある」
その後人間との戦があり、孤児が続出し、その魔王の作った制度は定着したそうだ。
アニーがじゃあ、と小さく手を挙げる。
「リィン君は、立場上は魔族なの?」
「うむ」
「魔の島では、何をしてたんだ?」
「む。……各地を巡って種族間の争いを調停したり、法案に目を通したり、魔法の研究をしたり……色々やっていたぞ」
「役人だったんですね。しかも……もしかして、高級官僚?」
「うむ。そのようなものだ」
とても、魔王だ、とは言えない。嘘はついていないが、ほーと尊敬の眼差しを向けるアイザックとアニーの視線が痛い。
「なぁなぁ、給料は!?」
「魔の島では、魔石が金貨代わりになる。大きいほど価値が高い」
「リィンは!?」
「む………………俺は少し立場が特殊で、無いのだ」
「えーっ!?」
「何でだよ!?」
むしろ、魔石を部下に配る側だと言っても過言ではない。
「うむ……魔石の代わりに、魔の城で寝泊まりさせてもらっていた。飯もついてくる」
「うー……そんな好条件なら、そっちの方がいいかも……?」
アニーが同意してくれる。アイザックは不満そうだが仕方ない。そのまま強引に話を進めてしまう。
「それからもう一つ。長に支給された魔石は、その種族全体の向上を計るため、一族の住む村に送られる。実質、長には何も残らないのだ」
「それは……長さん達から不満は無いのですか?」
「仕事は長の義務だからな。特に魔の島は弱肉強食だから、強くならねば、別の強者に食われる。強くなるには、自分で鍛練することも良いが、魔石による増強も好ましい」
「え……魔族や魔物同士で共食いとかするんですか?」
「同じ種族では無いが、……例えば、鳥類などの魔の生き物などは、鼠族の魔物だと気付かずに食べてしまうこともままあるのだと聞いた。それを防ぐには、自らが魔物であると……魔法を食らわせて相手に気付かせねばならないのだ」
「ああ、間違って食べるんですね。だから、種族間でいざこざが起きるのか」
「うむ」
ふんふんと頷いたソーヤが、再び食いつく。
「一番は魔王として……二番は四天王、三番は長ですか。四天王が長を兼任することはあると。それから、長は強者がなり、四天王は魔王からの勧誘が必要となる。……合ってますか?」
「うむ」
「きっちり体制が決まってるんですねぇ。反乱も無いんでしょう?」
「反乱したいなら魔王の元に来て喧嘩売れ、などという条文がある」
「豪気ですね、その時代の魔王さん……」
「喧嘩……と言うよりは決闘だがな。反乱の首魁が勝てば魔王は死に首魁が魔王になる。魔王が勝てば首魁が死んで終いだ」
「そもそも、魔王になる条件ぁあるのか?」
「水晶玉に浮かぶ者だ。そして、この世界の中で最も武術と魔術に優れた者でもある」
「と、いうことは……魔族でなくとも魔王になれると?」
「うむ」
頷くと、何故かソーヤは考え込み始めた。
「魔王討伐は、もしかして、魔王に成り代わる事を狙っているのかもしれませんね」
不意を突かれ、思わずリィンは黙り込んだ。魔王討伐とは、ドラム国とラスカノン帝国とガレリア財務局とやらが手を組んでやろうとしている馬鹿げた騒ぎだ。
シドが唸った。
「だとすると……主導権を握ってるのぁ帝国だろうな。勇者一行の中に偶然を装い帝国の者を入れておいて、魔王を倒す最後の最後にそいつが留めを刺して魔王になる。だいたいその辺りだろ、狙いぁ」
「有り得ない話じゃない。……リィン君、ギギさんに話は通してありますか?」
「話? ………………む、魔王は人間を侵略などしないと釘を刺すことか。あれがこちらに戻ってきたら話そう」
「お願いします。…………そういえば、ギギさんは四天王でしたね?」
「うむ。一度長の登城に同行した事があって、その時に見込まれたらしい」
前魔王、グウェル殿の慧眼は素晴らしいと思う。ギギといい地祇といい、彼が勧誘した者は有能な者ばかりだ。
「四天王は魔王からの勧誘が必要なんですね。四天王は、魔王が変わる度に解任ですか?」
「魔王による」
「今の魔王は、グウェル? の代の四天王どうしたんだ?」
「そのまま継承した」
選択は間違っていなかったと、胸を張って言える。
「四人ともとても有能だぞ。俺の仕事が無いのだ」
「それってどうだよ」
バッサリライオに切り捨てられ落ち込むが、くよくよしていられない。
「それにしても…………結局、集団でやる戦闘というものができなかったな」
「あ。そういやそうだな」
「分断されてたしな!」
もう夜になる。
リィン達は大人しく町へ戻った。