第十三話 たんこう に いこう !
遠くでギギの魔力が炸裂したのを感じ、リィンは足を止めた。もう決着がついたようだ。
「どうした?」
「何でもない」
後ろにいたライオに尋ねられ、再び足を進める。
既に町の関門は出て、森の中に入っていた。先頭はシドが歩いている。次にアイザック、アニー、リィン、ライオ、ソーヤの順だ。
いつまで経っても廃坑が見えて来ない。
「廃坑とは、どのような場所なのだ?」
「んーとね。採掘を止めて廃棄された鉱山のことなんだよ。鉄鉱石とかを取り付くして、もう要らなくなっちゃったから、そのまま使わなくなったの」
「つまり、誰も滅多に訪れないのか」
「そうそう。ちなみにこのナザン廃坑は魔石がとれた鉱山だったんだって」
アニーの説明に納得する。それなら確かに、何かが住み着いていてもおかしくない。
ちなみに魔石とは、身につけているだけで魔力が上がる石だ。無論魔の島でも採掘が可能である。
風が吹いているような、僅かな獣の唸り声。ソーヤが矢を放つと、一際大きい音の後、音は消えた。ちなみにこれで五回目になる。
「よく見えるのだな」
「見えてはいませんよ。音で方向を割り出しているだけです」
もっと凄い所業ではないのだろうか、それは。
何とも言えず黙り込む。
「ま、経験もありますからね」
「むしろ、そっちがメインでしょうよ、ソーヤさんは」
ライオがぶっきらぼうに突っ込んでいるが、それにしても彼はとても口数が少ない。リィンも人のことは言えないが。
「あ、リィン」
そのライオが口を開いた。
「一応言っとくけど、廃坑のなかで生き物に出くわしたら、絶対にすぐ殺せよ」
「何故なのだ?」
「魔石のせいで魔力持ってる上に、訳の分からねぇ魔法使ってこられると困るから」
「前に、分断の魔法、かけられましたからねぇ」
ソーヤが溜め息をつく。
厄介な魔法もあるようだ。
「うむ。気をつける」
リィンが頷くとほぼ同時に、前方からアイザックの弾んだ声が聞こえた。
「着いたぞー!」
青ざめるシドの隣に立ち、廃坑の入口を眺める。線路も錆び、入口を支える柱もやや朽ちている。
「これが、廃坑か」
シドの肩が震えた。
「おおおおう!」
「…………本当に良いのか?」
「だだ大丈夫だって言ってんだろ!?」
不安になるほどの吃り様だ。
「……では、シド殿のみ付近の獣退治では駄目なのか?」
「一人にされる方が嫌だからな!?」
「む…………そうか」
アイザックが笑顔で行こうぜと歩を進め、一行は廃坑に足を踏み入れた。
今度はアイザックが先頭になって歩く。
「なーリーダー、次は左に曲がるぜ」
「お、おうっ!」
廃坑に入って今のところ、全く生き物に出くわさない。入ってかれこれ五分は経っている。
「何もいないな。声もしない」
「ですね。音もしませんし」
「気配もしない」
リィン、ソーヤ、ライオが順に呟く。
「それで、もし本当に声の主がゆーれいとやらだった場合、どうするのだ?」
「アニーの回復魔法と、ソーヤさんの破邪矢で殲滅する」
ライオの簡潔な答え。
回復魔法で殲滅可能ということはだ。
「つまり、ゆーれいは闇属性なのか?」
「かもな。回復魔法効かねぇみてえだしよ。…………そーいや、魔物は回復魔法で殲滅可能なのか?」
「いや。闇属性だろうと何だろうと回復するぞ」
「じゃあ殲滅すんなら、やっぱり攻撃あるのみ?」
「だな。ただし光属性の方が良く効くらしいが」
「ほー。でも魔物も族によって属性違うんだろ? 不思議だよな」
「人間に闇属性をぶつけると良く効く、と聞いたことがある。お相子様というやつだ」
「ほうほう。じゃあー……人間に光属性をぶつけてもあまり効かない? 魔物に闇属性をぶつけてもあまり効かない? のか?」
「恐らくはな。見たことは無いが」
「リィン君、良く知っていますねー…………」
「ギギに教わった」
「ああ、彼に? 確かに色々と知ってそうでしたね」
「あれは鳥族の長なのだ。
俺を拾った時はまだ長ではなかったが、しばらくして前の長に取っ組み合いで勝って、長になった」
「長ですか。それなら物知りなはずだ。それで城に行くことになったんですね」
「違う」
「あれ、違います?」
「うむ。元々グウェル・ゾディアーク殿から四天王入りを内示されていたらしい。
それで、長でもないのに四天王入りなど恰好がつかないと言いはって、前の長に決闘を申し込んだのだ」
興味をそそられたのか、アニーも後ろを振り返りこちらを見る。
「四天王ってのは何だ?」
「グウェル・ゾディアーク殿って?」
「グウェル・ゾディアーク殿は前魔王だ。そして四天王というのは、魔王の側近四人を指す」
「そういやトーナメントで、魔王ゾディアークをーって言ってたな」
「それだ。『ゾディアーク』は代々魔王のみが継承する名前だから、嘘はついていない」
「あれ? その言い方……もしかして、魔王は世襲制ではないのですか?」
「違うぞ。
ギギが言うには、どこかの部屋に水晶玉が置かれていて、それに映っている者が、この世界で最も強い魔族……つまり、魔王なのだそうだ」
「じゃあ、もしその水晶玉に今の魔王じゃねぇ奴が映ったら、どうなるんだ?」
「魔王が交代する。その映った者にな」
ライオが鼻を鳴らす。
「水晶玉とか、毎日監視すんのかよ。面倒臭くねぇか?」
「水晶玉に映る者が変わるその直前に、魔王、四天王、登城している一族の長全員が頭痛に襲われたのだと、ギギから聞いた。そして水晶玉を見に行ったそうだ」
アニーが首を傾げる。
「襲われた? 見に行った? ……そういえば、リィン君さっき、グウェル・ゾディアークさんは前の魔王だって言ってたね?」
「うむ。…………つい二年前に、魔王は代替わりした」
俺に、とはとても言えない。
ありがたい事に、ソーヤが質問を重ねてくれた。
「では、そのグウェル殿はご存命なんですよね? どうされているんですか?」
「隠居されている。元が土龍族だからな。俺が会いに行った時は、土に潜ってのんびり眠っておられた」
「「「会いに行った?」」」
ライオ、ソーヤ、アニーの声が重なり、ついに我慢できなくなったシドがしかめっ面でこちらを振り返り、目を見開いた。
「ソーヤ!」
視線の先を辿り、体長一メートルを超える爬虫類を発見する。ソーヤが弓に矢をつがえたその瞬間、その爬虫類は口を開けた。
廃坑が、揺れる。
「固まって全員で手ェ握れ!」
「リーダー、無茶だ!」
そう怒鳴るライオの手をはっしと握り、近くに来ていたシドの腕を掴む。
シドがソーヤに、ライオがアニーに手を伸ばした。
しかし、届く前に、視界が闇に覆われた。
尻餅をつく。
「いってぇー…………」
腰を打ったライオが地に伸びる。シドはすぐ、赤い通信具に呼びかけた。
「全員、無事か!」
『こちらソーヤ。アイザック君とアニーさんも一緒です。ライオ君とリィン君……さんは、そちらにいますか?』
「手を握ったからな」
見事に、二つに分断されてしまったらしい。さらに風景も、先程いた場所ではない。
「飛ばされた…………のか?」
『さっきのトカゲは防衛本能に優れていて、敵を違う場所に飛ばそうとするの』
アニーの説明に納得する。それで、手を握っていたから一緒に飛ばされたのか。
『すみません、周囲に気を配るのを忘れていました…………』
「しょげるなよ。俺もいきなり大声を出して、奴をビビらせたしな。
で、そっちぁどの辺りか分かるか?」
『皆目見当がつきません』
アイザックが明るい声で提案する。
『アニーが小さな魔法で壁に攻撃したら音鳴るから、リーダー達に場所が分かるぜ!』
「止めろよ!?」
「そのような事をすれば、死ぬぞ!?」
「アイザックお前馬鹿か!?」
『もし崩れたらどうするんですか!?』
すぐさま全員に却下されて、黙り込んだ。
「冗談ぁさておきだ…………こうしてても仕方ない、進むぞ」
『そうですね。突き当たりか出口に着いたら連絡します』
通信が切れる。
ライオがよっこいせと立ち上がり、砂を払っている。
隣でひょいと立ち上がったシドが、いまだ座るリィンに手を差し延べた。
「行くか」
「う、うむ」
角ばった手を握ると、勢いよく引っ張り上げられる。
「お前軽いなー。ちゃんと……食ってるな、俺一緒に飯食ってたよな」
「食べても太らん体質なのだ」
ギギ曰く、体内の魔力維持に殆どが消費されてしまうから、らしい。
ライオがしししと笑う。
「アニーに言ったら、確実に拗ねられるぜ」
「む……女の敵、という奴か」
「それだそれ。…………でさ、さっきの話の続き聞きたいんだけどいいか?」
「俺も聞きたいな。かなり面白い話してただろ」
シドも気になっていたらしい。が、別段どこが気になられたのか分からない。
「良いが?」
ライオが、身を乗り出した。
「じゃあ質問。今の魔王は、どんな奴だ?」
思わず詰まる。
言えるはずがない。
黙り込んだリィンに何を考えたのか、ライオが困ったように笑った。
「言いづらいんなら…………そうだな、人間と戦争したがる奴か?」
「違う! するわけがないだろう!」
思わず言い返すと、シドが合間に入ってくれる。
「落ち着けって。えらく憤慨したなお前…………しかし、さっき会いに行ったと言ってたよな? 前魔王に」
「ギギの力になるために強くなりたくて、強い者を求めて魔の島を動き回っていたのだ」
「すげぇ……武者修業!?」
「で、勝てたのか?」
ライオに食いつかれたので、どう反応して良いのか分からず、とりあえずシドの質問に頷くと、二人ともがおおおと声を上げる。
「リィン、今度ぁ本気でやり合おうな」
「俺も手合わせしてくれ!」
「う、うむ」
歩く。リィンの魔法なら位置の把握ぐらい簡単にできるが、二人に魔法の属性を知られるととても厄介なことになりそうなので、できない。
ただ、廃坑に漂う魔力の質が明らかに濃くなっていることから、奥に進んでいることだけは分かった。
「奥に進んでいるようだ」
「そうなのか?」
「ま、下に潜って行っているからな」
出口でも奥でも良いらしい。ただ、とライオが頭に手をやった。
「奥に行けば行くほど、廃坑内に魔力も充満してるだろ? つうことは、出てくる動物の魔力も強くなってるって事なんだよな」
「む、確かにそうだな。
…………ゆーれいも、魔法を使うのか?」
「せせせ生前に魔法使うことができたらな!」
ゆーれいの話になるや否や、シドがすぐさま吃り出した。どこまでも苦手のようだ。
シドはいいとして、問題はこの面子でゆーれいに出くわしたら、だ。
「ゆーれいに物理攻撃は効くのか?」
「すり抜ける」
「む」
「魔法なら普通に嫌がるから、ダメージは与えてると思うぜ?
ただし、俺は魔法使えねぇし、リーダーはアレだし、……お前しかまともに魔法使えそうにねぇからな?」
「アレって言うなアレって!」
「アレだろう。だが困ったな」
この際落ち込むシドは無視する。リィンが魔法を使ったりすれば。
「済まん、無理だ。俺が魔法を使ったら、確実に廃坑が崩れてしまう」
「激しいんだな」
「激しいと言うのか……元々、魔力の含有量が多いらしい。それを何の調節も考えずにぶつけるから、破壊力もすさまじいものになるのだと説教された」
「説教された? 誰に?」
「ギギと、四天王の一人に」
四天王の一角を担うユイフェルミアと雑談をしていると、何故かリィンの魔力の話になって、試しに魔法を発動させたら城が半壊した。同じく四天王である地祇に修理してもらっているなか、懇々と四天王の一人、雨露とギギに説教されたのを覚えている。
「昔、お世話になっていたころある家屋を半壊させたことがあってな。それ以来、力をセーブしようとはしているものの、いっこうに出来た試しがない」
「それは…………ここじゃ使いづらいな」
「だろう?」
納得してもらえたようで、何よりだ。
結局、遭遇したら逃げる算段に落ち着いた。