第十二話 かぜのたに に いこう ! ※ギギ視点
ギギは苛々(いらいら)していた。
魔族は標準サイズの動物になることも可能であり、ギギは今まさに鷹になって飛んでいる。
風に乗って、山々を上から鳥瞰する。新緑が眩しい。いつもなら清々しい気分になるのだが、今日は気分が沈んだ。
リィンが何かを悩んでいた事に腹が立つ。それをギギに隠していたことも、その何かをクランとやらの中で解消したこともだ。
昔はもっと素直で、大人しくて、ギギだけを頼って、ギギの後ろをついてくる可愛らしい存在だったのに。
彼女にリィンと名付けたのはギギだ。リィンに言語から戦いから何から何まで教えたのもギギだ。
それなのに。
他の奴らは、ギギからその特権を奪っていく。リィンを、彼の中から奪い去ってしまう。
悔しい。
恨めしい。
自分が長になっても、離れたとしても、リィンとの関係は何も変わらないとギギは思っていた。
しかし、リィンが魔王になり、周囲が変わった。
リィンとギギの関係は、魔王と四天王筆頭魔族へと変わってしまった。
魔王と、ただの魔族の差。
口を挟めるような関係ではない。それにギギは一つの魔族を代表しているのだから、彼の発言にリィンが左右されるのはいけない。
それなのに。
リィンとユイフェルミアが軽口を叩き合う姿に嫉妬に胸が軋んだ。
リィンが地祇に勉強を教わる姿に羨望に胸が焼けた。
リィンが雨露に懐く姿に落胆に胸が痛んだ。
今度は誰に、ギギの知っている「リィン」を奪われるのだろう。
そう思い悩むが、それを大人しく誰かに相談しようとも思えない。ギギの誇りに反する。
空は、ギギの心に反して青く澄み渡っている。
「…………チッ」
舌打ちを立て、首を巡らせると下に人間が見えた。
女だ。
何故か手を振っている。
「そこのあんたー! ちょっと降りてきなさいよー!」
辺りを見回しても他に生き物はいない。どうやら気付かれていたらしい。
魔族の魔法に気付くとなると、よほどの魔術師だ。
「そこの鷹ぁ! あんた魔族でしょ!? 他に誰もいないんだし降りてきなさいよー!」
やはりギギだ。
諦めて地面に降り、人間の姿をとる。
「はー。厭味なくらい美形ねぇ。あんた、彼女作ったことないでしょ」
「うっせぇ」
女だ。女なのはわかる。一応、申し訳程度に胸が膨らんでいる。ちなみに髪は栗色、瞳も茶色だ。
が、何故か短いズボンを履き、脚をさらけ出していた。帯剣している。人間の女はあまり肌を出さないと聞いたが、違うのだろうか。まあどうでもいい。
「何の用だ」
「あんたが『ギギ』?」
「あ?」
「私はステラ。シドから連絡が来て、ギギって魔族のサポートに当たってくれと言われたのよ。てことでヨロシク。あとこれ、私がこれまで集めた近隣の情報。でこっちが、リィンて子とライオからの連絡で、ライオのお母さんを食ったっていう魔物の特徴よ。絵は下手くそだから箇条書にしてあるわ」
「後者だけ寄越せ」
しかも、リィンと連名でライオとかいうガキの名前が入っているのが、とても気に食わない。あの赤銅色の髪をした、ギギを一丁前に指摘した男だろう。
前者は必要ないと言外に示すと、ステラの眉が寄り、結局どちらも押し付けてきた。
「場所っぽいことも書いてあるから読みなさい」
命令系で少し腹が立つ。適当に目を通し、地面に放り出し再び鷹になって飛び上がった。リィンの伝言はくわえている。
「コラー!」
下でステラとやらが大声で騒いでいるが、どうでもいい。
ギギはよく見かけると書かれていた洞窟を探しはじめた。
ギギを必死に呼び戻そうとするステラは、彼の姿が視界から消えたと同時に、深い深い溜め息をつく。
「あーいう俺様タイプに、よくあんな可愛いのが懐いたわねぇ…………」
可愛いのとは、無論リィンの事だ。事務的に話している時は冷たい様子に聞こえたが、笑った瞬間、宝石越しに花が綻ぶような温かさ感じた。会話となっても、かなり天然だろうと期待している。
「ああもう早くリィンちゃんに会いたいじゃないのー! シドの奴、帰ったら復讐してやらないとね」
今頃シドがホテルで、言いようの無い寒気に身を震わせたのかは定かではない。
ステラはギギが置いて行った情報の束に目を通し、洞窟に足を向ける。
そのとき。
『ナニモノダ』
『人間カ』
『ウマソウナ匂イダナ』
『ツマミ食イグライ』
全身に悪寒が走る。とっさに剣を掴み、相手を確認した。
囲まれている。
認識すると同時に、舌打ちが漏れた。
「これでさっきのギギとかいう奴が気付いてて放置してたんなら、…………彼の悪口リィンちゃんに吹き込んでやろうじゃないのよ」
ギギはぞくりと寒気を感じ、さりげなく腕を掴んだ。
ステラの情報にあった洞窟は、空であった。しかし動物の骨や毛皮、血など食事のあとが見える。場所は当たりだ。
とすると、奴らは食事に言っているのか。
誰を?
「……………………チッ」
先程のステラが一番近いだろう。
面倒だが、ここで見捨ててリィンが悲しむのも嫌だ。
踵を返す。が、その足は直ぐに止まった。血まみれのステラが、洞窟の入口に寄りかかっている。
「ちょっとアンタ、囲まれてたのに気付いてたわけ?」
「………………俺が行ってからだろ。群れで生きる奴らで俺に近付こうとする奴は滅多にいねぇ」
「あっそ」
ステラはふんと鼻を鳴らし、指をちょいちょいと動かし、ついて来るように告げる。
着いた先は、先程いた森の中だ。
血まみれで切り裂かれた魔物が、そこら中に転がっている。生きて呻いている者もいれば、絶息している者もいた。どの魔物も一様に、鋭い傷が見える。
ライオとかいう小僧の仇がいないことを確認して、ステラを振り返る。
「お前、剣士か」
「外れ。ただの魔術師よ。刀傷に見えたのは鎌鼬ね」
だがしかし、帯剣している。
「だったら何で、剣引っ提げてやがる」
「見せかけの防御。こうしてれば、あんたみたいに剣士だと思ってくれる馬鹿が多いのよ」
「魔法剣士かと思ってたがな」
「ああ、そういう選択肢もあったわね。…………でも、魔法剣士は滅多にいないわよ」
「だからってお前が魔法剣士じゃない確証は無いな? どうだ?」
瞳を覗き込む。
リィンはおくびにも出していないようだが、魔族、それも四天王や魔王などの高位になると『目を合わせる』という行為には気をつけなければいけなくなる。
相手が酩酊状態に陥り、高位魔族の言葉に操られてしまうのだ。
案の定、ステラの頬が赤に染まっていく。
「確かに私は魔法剣士とも呼べるわよ…………てかアンタ、私に魔法かけてんでしょ」
内心舌を巻いた。
「高位魔族の体質だ」
「目から漏れてる魔力に酔わされた…………ってワケね」
言うが早く、ぐいと顔を背ける。判断も思い切りがある。
「あー気持ち悪かった」
苦そうな顔で舌を出したステラは、ギギの首元を睨む。
「面倒臭いわね。顔見て話せないじゃない」
「普段はセーブしてんだよ」
今は面倒だから何もしていないが。
「で、魔法剣士だから剣引っ提げてんのか」
「ほとんど魔法だけどね。剣はあくまでオマケ。私が使う魔法の中で、一つだけ剣が必要なものがあるの。だから持ってるだけ」
「妙な奴だな」
「人間の島をうろついてる魔族よりは妙じゃないわ」
そう言い捨てたステラが、やや唸り声を上げる魔物の脇腹を蹴る。
「ホラ起きな。見たところリーダーいないみたいだし、呼びなさいよ」
『リ……リーダーハ、首都ニイルカラ、呼ベナイ』
首都。先程までギギがリィン達と話していたあの町か。
「言え」
再び目を合わせる。
相当に人間を食っていたようだ。濁った赤い目が、ギギから離れない。
「その頭は何の為に首都に向かった。そしてお前らは、何故人間を食う」
『人間ヲ食ベルト、魔物ハソノ人間ノ知能モ、腕力モ、魔力モ、全テガ付加サレル』
「ああそうだ。だから先々代の魔王は、魔物による人間の乱獲が起きないように、その事実が確認されてすぐ、人食いを禁じた」
ステラがギギの肩を叩く。
「ギギに質問。何で魔物だけ? 魔族は?」
「魔族が人間食っても、ほとんどメリット無いんだよ。既にかなりのレベルまで達してるからな」
既に調査はしてある。
問題は、口封じしてあったというそれがどこから漏れたのか、だ。
「で? その頭は、誰から人食いのメリットを聞いた」
『シ、知ラナイ!』
頭本人に聞く必要が出てきた。面倒だ。
「じゃあ、何でその頭は町に出た」
『子供達ヲ、育テルタメニダ』
「ああ」
両手を合わせたステラが魔物を見下げる。
「町の人間をさらっては食わせるつもりだったとか? しかも今なら大会あるから強い奴が集まるものね」
「大会?」
「トーナメントよ。強いクランを競うの」
確かに合理的である。
そろそろと逃げようとしていた魔物たちに指を突き付ける。
「動くな」
石化したように動かなくなった魔物達はさておき。もうひとつ気になっていた事を尋ねる。
「お前ら、いつ頃島を離れた」
『何故、ソノヨウナ事ヲ?』
「いやなー、魔王倒すとかほざいてやがったみたいだから気になってな。
女、離れとけ」
「ステラよ」
文句は言いながらも、きっちりギギと魔物達から離れるのを確認し、右手を広げる。
「冥土の土産に言っといてやるがな。魔王なら二年前に代替わりしてんだよ」
『ナニッ!? アノ、グウェル・ゾディアークハマダ全盛期ダッタデハナイカ!?』
「ああそうだな。でも今の魔王の方が強い」
魔物は何も言わない。右手に集まる黄色の輝きに目を奪われているのだろう。
『ソレハ、』
「一応四天王だからよ? ちゃあんとウチの法律見てりゃあ、人食いは死罪だって知ってるよな?」
手の平に集めた雷を、解放した。
「あばよ」