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第十一話 おんぎ に むくいろう !


 自分を待っていてくれる人がいるなんて、想像もしていなかった。熱い胸が一杯になって、目頭が熱い。

 この人間の島に来て、彼らと出会って、心のどこかが吹っ切れた気がする。何かを得た気持ちになる。何か、大切なものを教えられたような、胸が安らかになる何かをもらったような。気付かなかった、もしくは見落としていた大切なことが目に入ったような。

 だからこそ、恩義に報いなければならない。

 魔の島にいる皆のためにも、幼なじみのためにも、クランの皆のためにも。

 心の奥に温かな灯が点った。

「リィン?」

「何でもない。明日も頑張るぞ!」

「リィンリィン。明日ぁリィン試合ないぞ」

 拳を突き上げたところをシドに訂正されやや落ち込むが、頑張ることに変わりはない。

 ソーヤがですから、と個人戦と団体戦の紙を見比べながら口を開いた。いつの間にかリィンの懐から回収していたようだ。

「団体戦の試合が明日の朝からなので、試合が終われば丸々一日予定が空きます。ギギ君やステラが現地……風の谷に向かってはいますが、こちらでも調べてみましょう。乗りかかった船です」

「調べる方法があるのか?」

「パブに行けば何かしらの情報が得られます。出されている依頼を見るだけでも収穫があるでしょうし、上手く行けば噂が聞けます」

 噂というものはそんなに良いものなのだろうか。

「眉唾物の尾鰭(おひれ)がつく可能性もありますが、二つ三つ噂を聞けば共通点が判明します。その共通点こそが真実です」

「おお」

 どうやらソーヤは噂の扱い方に慣れているようだ。聞いて今後の魔王生活に役立てたい。

「真偽を見分ける方法はあるのか?」

「ありません。ですから、『そうかもしれないし、そうではないかもしれない』と念頭に置きながら聞く必要があります。その上で、もしそうだった場合に備えての布石を打つ。無駄になるかもしれない。ですが打たなかった時の不利益を考えて行動する。これがミソですね」

「おお」

「ソーヤはウワサを聞くのも流すのもうまいよな!」

 アイザックが元気に叫ぶ。ライオも隣で頷く。

「取捨選択も上手いし、情報操作も得意だ」

「買い被りですよ」

 肩を竦めたソーヤはそれから、と話を本題に戻した。今後の行動についてだ。

「昼を過ぎると一気にパブの客は減ります。一番多いのは夜と朝方。お菓子時の今は続々と帰っている最中でしょう」

「つまり、パブに行く利点が無いと」

「はい。ですから、今のうちにやりたいことをやっておきましょうか」

「やりたいこと、ですか?」

 アニーが不思議そうに尋ねる。ソーヤは軽く頷き、リィンに視線を戻した。

「リィン君を交えて、クランでの戦闘を練習します」

「おー!」

 アイザックが歓声をあげる。リィンとしては戸惑いしか無いが、それよりだ。

「どのように練習するのだ」

「村を襲っている獣で実際にやってみた方が。ぶっつけ本番みたいなものですね。まあ、パブに行けば何かしら討伐依頼が来てるでしょうし」

「無駄に殺すのもあまり良くないしな。それなら殺される予定の奴を殺るほうがイイ」

 物騒なことをさらりと言いながら、シドが大振りの貝を口に放り込む。アイザックは早くも討伐に行く気のようだ。

「どこに行く!? やっぱ風の谷かな!?」

「あそこは連携できねぇなら危ないだろ。行くにも日にちかかるしな。

 たしかリィンは知らない景色が見たいんだったよな? それなら雪とか火山とか坑道とか遺跡とかの方がいいんじゃねぇの?」

「あ。それなら」

 アニーが手の平に拳を乗せる。何の動作か分からないが、思い付いた時に使用するらしい。

「ナザン廃坑なんて良くないかな? 長時間歩く必要も無いし、出てくる獣もあんまり強くないし。それにあそこはここ……首都に近いから、すぐに討伐依頼出るし」

「うええぇ」

 奇怪な声を上げたのはシドだ。ブンブンと首を乱暴に振っている。

「ムリムリムリもうすぐ暗くなるだろ無茶だってあそこ出るって噂あるだろうがああぁ」

「出る? 強い獣か?」

「ユーレイ!」

「ゆーれいとは何だ?」

「死者が成仏できずにこの世に姿を現すものだよ」

「アニーは物知りだな」

「本の虫って呼ばれてたぐらいだからね!」

 ホンノムシとやらが何かは分からないが、語彙の量が凄いことを指すのだろう。

「それで、シドは何故ゆーれいが怖いのだ?」

「怖くないのかよ!?」

「僕は別に」

「あたしも」

「同じく」

「回復魔法かけりゃイチコロだもんな!」

 皆のあっけらかんとした様子に、シドがテーブルに突っ伏した。

「お前ら強いなあ…………」

「ゆーれいというのは怖いモノなのか?」

「人によりますね……見るだけ・いるかもしれないと考えるだけでギャーギャー言う人もいれば、僕みたいに会話できる人もいます」

「悪かったなギャーギャー言って!」

 どうやら会ったことがあるらしい。ついでに悲鳴もあげたらしい。

 じっと彼を眺めていると、シドは手洗いに逃げ出した。シドがここまで怯えているのに連れていくのは、悪い気がする。

「他に良い場所は無いのか? ゆーれいの出没しない場所で」

「ちょい待て!」

「……………………いつ手洗いから出てきたのだ?」

 いつの間にか、またそばにいたシドが慌てた手を突き出している。

「実害があるわけじゃないからな! 単に怖いだけで」

「怖いのではダメではないか」

「大丈夫だ!」

「本当か?」

「本当だ」

「本当の本当にか?」

「本当の本当にだ」

 リィンとシドの会話に、目を半分に伏せたアニーがぼそりと突っ込みを入れた。

「親子の会話に聞こえますよ」

 ぴたりと二人ともが口を閉じる。

 リィンは親がいた記憶など無い。こういった確認はギギがしてくれていたように思う。

「「そうなのか?」」

「あ」

 尋ねると、また何故かシドと言葉が重なった。

 何故かライオに腕を掴まれ引き寄せられる。よたつきながら彼の顔を見れば、口をへの字にし、御立腹のようであった。

「リーダーばっかりっス。むかつく。ずるい」

「何がなのだ?」

「リィンとの会話」

 思い返してみるものの、あまりそこまで意識していたわけでもないので分からない。密度の濃い会話をしたのは間違いなくソーヤとだろう。

「そうか?」

「間違いねぇよ」

「そうそう!」

 となりでアイザックも頷いている。

 そうであろうかと一人首をひねったリィンであった。

 が、考えを巡らせるより先に、シドがリィンに向かって宣言する。

「明日ァナザン廃坑な! はい決定!」

「なんだと!? 理不尽ではないか!」

「俺がルールだ!」

「暴君だな!?」

 言い合いしていると、またライオに引き寄せられる。周りを見回すと、ライオとアイザックのむっとした顔と、ソーヤとアニーの生暖かい目を見た。

「……………………分かった」

 これ以上二人の生暖かい目を見たくなかったので渋々折れたが、何故かソーヤは生暖かい目を変えなかった。

「ソーヤ殿、何だその目は」

「いやね、二人とも、こうして見ていると親子にも兄弟にも見えるなあと思いましてね……」

「「見るな」」

「まただな」

 からかわれていると気付いたのは後々になってからだ。

 さて、パブに着くと、ソーヤの言っていた通り店はがらがらに空いていた。パブのマスターがカウンターでちびちびと飲んでいる。

「マスター、ナザン廃坑の依頼ぁ無いか?」

 シドの問いに彼は一度中に引っ込むと、封筒を二つ手にして戻ってきた。

「一つが近辺(きんぺん)の獣の討伐依頼。もうひとつが、そばの住民からの依頼。何でも廃坑から人の声が聞こえるってよ」

 わずかに顔を青くさせ、シドが体を固くする。後ずさっているのは無意識か。

「やはりシド殿、」

「だだだだ大丈夫だ!」

「たとえ大丈夫でなくとも、いずれは克服するべき事です。マスター、二つとも請けます」

「ソーヤァァァァァ!」

「何か? 大丈夫なんでしょう?」

 シドに向かってにっこりと微笑んだソーヤの後ろに、どす黒い何かが見える。追及するべきでは、ましてやシドのフォローなどできない。

 しかし、リィンとしては気まずいものがある。

 それに気付いたのか、アニーはほっとさせるような笑顔をリィンに向けた。

「リィン君もしかして、申し訳ない、とか思ってる?」

「…………む」

「クランみたいに団体活動するようになったら、リーダーみたいな個人の意見も我慢するべきなんだよ。それで、今回の第一優先事項はリィン君を含めた団員での連携! 今から行ける場所で、よさ気な場所っていったらナザン廃坑だけぐらいだし、だからリーダーの我慢は仕方ない。最悪、リーダー置いてってもいいし」

「置いて行かれるのはもっと嫌だからな!?」

 ソーヤに捩じ伏せられ、カウンターに突っ伏していたシドからも声が飛んでくる。

 つまり、気にするなと言うことか。

 リィンに飛びかかったアイザックが、ニッと笑った。

「気にすんなよ! たかがリーダーだし!」

「たかが!? 俺ってそんなにどうでもいい存在か!?」

 リィンからアイザックを引きはがしたアニーが首を傾げる。

「うーん…………問題にするほど価値のあるものじゃない、とか?」

「アニーぁもっと酷いな!?」

「え、嘘でしょう?」

「自覚ねぇな。ま、リーダーだし」

「ライオお前もか!」

 元気に騒ぐシド、アイザック、アニー、ライオ。それに我関せずのまま紙に書き込み続けるソーヤ。

 何故だろう。

 急に、可笑しい気持ちが沸き上がってきた。しかしこの場を収めなければ話は進まない。

「いい加減、騒ぎを止めないか。収拾がつかなくなる」

 リィンがそう語りかけると、騒いでいた四人は、マジマジと、目を見開いて彼女を眺めた。

「………………何だ?」

「リィン……今」

「「笑った!」」

 声をそろえたのはアイザックとアニーだ。アイザックが再び飛びついてくる。そのままぐりぐりと頬をこすりつけられた。

「やっべー! 今の顔やばい! 殺人級にやばい!」

「人間を殺せるのか?」

「俺死んじゃいそうだった!」

「む」

 それほど恐ろしい顔だったのか。以後はやらないように気をつけよう。

 そう決意を固めたリィンをよそに、紙をマスターに提出したソーヤが、四人の騒ぎを不思議そうに眺めた。

「四人とも、顔が真っ赤ですよ?」

 アイザックとアニーが彼に迫る。

「リィンが笑った!!」

「すっごく……何て言うか……とにかく綺麗だった!」

「ふわってしてた!」

「へにゃんてしてたの!」

「……………………俺は笑っていたのか」

「「笑ってた!」」

「む…………今後は笑わないように気をつける」

「「ええっ!?」」

 二人の顔がリィンを向く。その勢いにややたじろぎながらも、リィンは自分の見解を口にした。

「笑ったら人間を殺してしまうのだろう?」

「比喩だって比喩!」

「そーだぜ! むしろずっと笑っててほしい!」

「何も無ぇのにヘラヘラ笑ってたら、ただのアホの子だろ」

 ライオの制止もなんのその、アイザックはくるくると踊り出す。リィンの手を持つと、ライオが叩き落とす。

 が、アイザックの勢いは止まらない。

「リィンってやっぱ女の子だよなー! さっきリィンのことかっこいいって思ったけどやっぱかわいい!」

「え!?」

 目を見開いてリィンを凝視したのはアニーだ。

「てっきり、リィン君……男だと思ってたよ」

 同性にそう言われるとなんても悲しくなる。シドに女には見えないと言われたときは思い切り言い返せたが、相手がアニー……か弱い女子では怒ることさえ気が引ける。

「む……短髪で、長身だ。仕方ない」

「リィンお前俺の時と反応違ムグ」

 シドがソーヤに口を塞がれている。ソーヤに感謝しつつ、リィンは無い胸を見下ろした。


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