第十話 おさななじみ と はなそう !
「まずな」
「何だ?」
「ウメさんトメさんが悲しんでた」
ぎくり。
「雨露ばーさんが心配してた」
ぎくりぎくり。
「地祇のおっさんが怒り狂ってた」
ぎくりぎくりぎくり。
「ユイフェルミアが捜索隊を作成するだのと吠えてた」
ぎくりぎくりぎくりぎくり。いやぎくりぎくり言っている場合ではない。
「本当に捜索隊が!?」
「殴って止めといた。喜べ馬鹿垂れ」
感謝する。
が、それより。
「何故ここがわかった?」
「魔力の質。お前抑えんの下手くそだからな。一発で方角分かったわ」
確かに苦手だが、そのせいだとは思わなかった。精進することにしようと心に決める。
「まあお前はそのくらいがちょうどいい。で? あの置き書きは何だ」
どの辺りがこころに引っかかったのだろうか。
「何で、探さないで下さいだ」
「一応書いておいたのだ」
拳骨を再び食らいかけ、とっさに避ける。
「その場に居合わせた全員がお前のこと気にかけてたぞ。
何か自分に至らないことでもあったのだろうかーと」
「う」
至らない事などない。むしろ全員が完璧過ぎて身の置き所が無かったのだ。
そうだ。
「業務に滞りは無いな?」
「無いに決まってんだろ。このオレ様を何だと思って、」
「なら、もう一つ厄介事の案件をしょい込んでも大丈夫か?」
ギギの目が、鋭く輝いた。
向かいの椅子で食べていたライオがふと手を止め、こちらを見る。
「じゃあ、こいつが例の魔族ってことか?」
「うむ」
「そういや言ってたな。魔物の話をするって」
当然だ。ギギの来訪はかなり良い時機だったと言ってよい。仲間外れにされたせいか面白くなさそうなギギに、国王の話を教える。アニーやシド、ソーヤも合間に補足を入れてくれる。
話し終えた頃には、ギギは物騒な顔になっていた。
「ほー。はー。ふーん。つまりそのバカ国王は国を完膚なまでに叩き潰してほしいんだな」
「そういう意味ではない。戦など嫌だ。それから魔物の件も全く知らなかったし、」
「報告は上がってた」
「な」
思わず、ピザを落とす。ライオの顔が険しくなっている。
「対策は?」
「魔の島から渡る度にノルマ一体、違法に人間の島に侵入した魔物を倒す。まだ試験中だったな。
しっかし、そうやっても犠牲は出てたってことか。あ、分かってるだろうがお前には黙ってた」
顔を引き寄せられ、リィンがギリギリ聞き取れる音量で囁かれる。
「魔を統べる魔王が違法者とはいえ魔物の排除を黙認してちゃあ駄目だろ」
毒気が抜け、何も言えないリィンはもはや義務感で無理矢理口を開く。
「戦争は回避できるのか?」
「したいんだろ? オレ様に不可能はねえ」
またギギに迷惑をかけてしまう。すまなさに俯くと、彼の手がリィンの頭に乗った。わしわしと撫でられ、柄にもなく顔が熱くなる。
「ずりー! 俺もリィンの頭なでなでするー!」
アイザックに飛びつかれた。ギギが彼にガンを垂れる。
「あ?」
「あ、俺はアイザックな!」
リィンの頭からギギの手を退け、わしゃわしゃとかき混ぜられる。ライオは苦笑しているが、ギギがまた手を伸ばした。
「触んなや。こいつはオレのモンだ」
「リィンはリィンのものだ!」
まったくもってその通りだ。至極真っ当な言葉にリィンは思わず頷く。
グッとギギの眉が寄った。アイザックもギギを睨みつける。
「あァ!?」
一触即発の状態になっている。どうしようとリィンが慌てていると、ライオが溜め息をついた。
「お前らさぁ、こんなとこで喧嘩すんなよ。飲み食いする場所だろここは」
呆れた、と言わんばかりの目で二人を見ている。
「んでもってリィンが困ってんじゃねぇか。リィンの頭の取り合いで喧嘩に発展させんなよ。
それから俺もリィンはリィンのものだと思うけどな、幼なじみなんだろ? 久し振りに会って頭なでたくなるんじゃねぇの? 俺には幼なじみいねぇから分かんねぇけど」
ギギもアイザックも黙り込む。やがて、アイザックが口を開いた。
「俺も幼なじみいないからわかんないけど、心配だったのかな! それなら我慢する!」
「チッ」
落ち着いたようだ。礼を言おうとライオに目をやると、彼はすでにウドンと呼ばれる麺類をすすっていた。
「ん? どしたリィン」
「いや……ありがとう」
「何が?」
あっさりそう言ったライオがウドンの食事に戻る。
シドとソーヤはのんびり会話をしていた。
「最近ライオがしっかりしてきたよなー」
「ですね。最近僕からアイザック君に怒ることもあまりなくなりましたし」
どこの御隠居の会話だ。
一人席にいないアニーは嬉しそうにペリエを取りに行っている。
さて、リィンも苛々しているギギには話しかけたくないが、仕事の手前、指示は出しておきたい。
「ギギ」
「あ?」
「風の谷にいるという魔物を確認に行ってくれないか」
ギギの目が真剣みを帯びる。畳みかけるように、リィンは話を続けた。
「ライオの御母上を食った輩も気になるが、まずは目障りな者共を潰してほしい。私の職業が何だ。これで本当に人間から討伐軍など出されてみろ、その方が面倒だ」
「……………………」
ライオも口を挟んでくる。
「あと、魔物にガラシャって名前に心当たりは無いか聞いてくれねぇかな。できたらそいつだけ殺さずに俺の前に引きずり出してくれると嬉しい」
「…………そいつがてめえの仇なんだな?」
「おう。母さんの名前がガラシャなんだよ」
「わかった。あとでてめえ……ライオって言ったか? てめえの話を聞かせやがれ。
人間の捕食は大罪だ」
「死刑か?」
「死刑だ」
「だったら、俺が殺ってもいいよな?」
ギギは答えず、ただライオを見る。ライオも彼を見返す。
やがて、ギギが目を伏せた。
「…………大罪を犯した奴は、魔王もしくは四天王の手によって殺されなきゃならねえ」
ライオの目が釣り上がる。殺気だろう、肌を刺す何かが噴き出す。
誰も口を出せないだろう状況に、ギギもそれを感じているだろうに、彼は続けた。
「でもよ。もしオレが、そいつが人食いだと知らねえで、たまたま事情聴取のために捕まえてて、そいつがたまたまお前のそばでオレから逃げ出して、お前が殺しても、仕方ねえよな?」
ライオの殺気が、まるで嘘のように掻き消えた。呆気にとられた顔でギギを見ている。
「……………………へ?」
ギギは素知らぬ顔で窓の外を眺めたまま彼を見ない。
ライオの代わりにリィンが返事をした。
「運が良いならそうなるだろうな」
「そうだな。運良かったらいいのにな」
何食わぬ顔で会話する。白々しいことこの上ないが、まあ仕方ない。ただの三文芝居だ。
理解できた……というより内容を飲み込んだらしいライオの顔が明るく明るく輝く。
ありがとうとライオが言う前に、ギギは首に手をやり立ち上がった。いつの間に食べたのだろうか、彼の皿は空だ。
「ありが、」
「礼なんざいらねえよ。そんじゃ、その風の谷とやらに行って確認してくる」
「ちょい待て」
シドが呼び止めた。
「あ?」
すでに行く気なギギは邪魔するなとシドを睨む。シドがそれを気にとめるわけもなく、ギギを見上げた。
「お前さ、ウチのクランに入らないか?」
「…………………………は?」
ギギが呆気にとられた。彼の丸くなった目は、久し振りに見た気がする。
ではなくて。
「シド殿? 気は確かか?」
「確かだぜ。色々と良いことあるしな」
シドの言葉を聞くギギの目に皮肉な光が宿る。リィンとしてはあまり好きではない、相手を見下した目だ。
「オレのメリットは?」
恐らくギギは、ギギが魔族だからシドは誘ったのでは、と考えているのであろう。たしかに魔族は人間はもちろん、魔物より強い。味方に引き入れて損にはならない。
だが、シドがそこまで考えているとは、リィンにはとても思えない。
シドは、初対面で「お前面白そう」と言ってのけるような人間だ。
リィンが半ば期待していると、シドはそんな彼女に気が付き苦笑を漏らした。
「期待されても困る。
お前の利点…………リィンや俺達と遠隔で連絡とれるぜ?」
「理屈は?」
「詳しくぁリィンに聞け。解析してたよな」
「うむ。……確かに、これはクランに加入しなければ使えない特典だ」
自分で作ろうと思えば作れるかもしれないが、面倒なことはわかりきっている。
黙り込んだギギに、シドは楽しそうにかつ愉快なのか笑顔を見せながら畳みかけた。
「あとは、長期間サボリたくなったらウチ来い。いい気晴らしになるぜ」
「そいつは魅力的だな…………サボりに最適か」
ギギもその点で悩むべきではないと思う。
「でもオレ、魔族だぜ?」
「今さらノーマル人間じゃないからってガタガタ言う玉かよ」
「自分に都合の悪い話は黙るぜ?」
「それぁお互い様だ。
ここぁ俺やソーヤを始めとして、大っぴらに太陽の下を歩けない奴らばっかりだからな」
「そうそう」
ソーヤも楽しそうに歌うかのように、高らかに口を挟む。
「言いたくないなら黙って結構! それがこのクランの方針ですからね」
「何だそりゃ」
「相手の素性を知らずとも、会話は誰とでもできます。素性なんて関係なく、相手を支え合うことだってできます」
「ブシは食わねどタカヨージって奴だな!」
「アイザックそれは全く意味が違うよ」
アイザックとアニーの軽快な会話が入る。
リィンもソーヤに素性を話さないまま、人生相談を受けてもらった。あのときは、思っていたことを話せただけでも嬉しかった。
「俺も…………色々と世話になった」
ギギは本当か、と言いたげな瞳をリィンに向ける。あのときリィンの気持ちが軽くなったのは事実だ。
シドがそれになぁと片眉を上げて笑う。
「そこまで警戒されてもな。軽~く決めてもいいんじゃないのか? 俺なんかこのクラン作る時にソーヤとステラに丸投げしたからな」
「いいのかよ!? 人生変えるような選択だろ!?」
「そうか? 俺にとってぁ別に良かったな。手続きも全く分からなかった。
それに、何が大事で何がが大事じゃないのか、それさえ見据えりゃ答えも自ずと決まるものだろ」
ギギは目を見張った。リィンも意外な気持ちだ。シドがそこまで考えていたとは思いもよらなかった。
「リィン、お前今失礼なこと考えただろ」
「む、分かったのか!?」
「否定しないところも好きだぜ…………」
「前もありませんでした? こんな会話」
へこむシドを茶化すソーヤ。彼はギギに笑いかける。
「で。どうします?」
小さく騒いでいる間に、ギギの心は定まっていたらしい。
彼はまっすぐ、シドの目を見据えた。
「悪いな。オレはこのクランに入らねえ。
オレの主君はただ一人。今の魔王だけだ。建前だったとしても、それ以外のヤツの下につく気はねえ」
いつの間にか、彼の視線はリィンに移っていた。彼が近い。彼の稲穂のように黄色い瞳に、リィンが映っている。
映ったリィンは、動揺しきった顔でうろたえていた。
そこまで考えられているとは思っていなかった。
「…………ギギ」
「ま、そういう訳だ。悪いな」
「おー。また来いよ」
話は終わったとばかりにギギは今度こそ店を出て、シドはその後ろ姿に手を振る。テーブルの上に自分が食べた代金を置くのも忘れない。
「……………………行ってしまった」
「ま、仕方ないだろ。拒否ってる奴に勧誘かけたって無理は無理だしな」
「それはそうだが」
てっきり入ってくれるのではと期待していただけに、落胆は大きい。
いや、それより。
ギギに最後に言われた内容の方が、気になる。
あのような事を言われては嬉しいではないか。
「リィン? どうした?」
「む………………何でもない」
リィンは食事に手をつける。カサリ、と紙の音が聞こえ手元を見ると、皿の下に紙が挟んであった。
広げると、ギギの見かけによらず達筆な字が踊っている。
『早く、やりたいことを終わらせたら戻ってこい。皆待っている』
胸が、熱くなった。