第九話 みんな で さわごう !
試合後リィンが団員達の元に向かうと、真っ先にアイザックに抱き着かれた。人間なら確実に押し潰されている。
「煙のなかでは大丈夫だったのか?」
「ん! むしろあいつらが同士討ちしてた。敵と間違えて」
だからなー、とよく見れば彼は不満そうだ。
「実はほとんど活躍してないんだよなー俺」
「たかだか五人相手に活躍も何もありませんよ」
リィンから見て一番活躍していたアニーが事もなげに言う。
待合室で大まかな作戦を立てていたらしく、それによるとアニーの魔法攻撃メインで戦うとのことだったらしい。確かに作戦通りであった。
次はリィンの番だ。
個人戦の会場に移動する。
「相手ぁどんな奴だ?」
シドに見せると、彼の眉が寄った。
「しまったな。昨日のうちに魔法対策教えときゃよかった」
対戦相手は‘ユース’。リィンはもちろん知らない。
「魔法使いなのか?」
「個人戦に出てるやつはな」
まあまあ強そうだったとシドはひとりごち、店主から譲り受けた二刀を視界に入れてあーとぼやいた。
「この刀なら問題ない…………か?」
「何か付属効果でも?」
「付属効果ついてんのか?」
付属効果。
時折武器についているもので、材料に左右される。炎が効かないだとか、魔法を跳ね返すだとか、様々なものがある。
会話を聞いていたらしいソーヤが入ってきた。
「ありますよ。ただ、かなりトリッキーなものです。魔法使い相手に有利にはならないでしょう。
リィン君、魔法使い相手に戦ったことはありますか?」
人間の魔法使いを相手に戦ったことは無いが、魔族の魔法を相手に戦ったことはある。それでいいだろう。
「力ずくで勝った」
「………………確かに、魔法使いの防具はかなり脆いです。力ずくで戦えると思います。
けれど、もしまずそうだと思ったら、とりあえず相手の魔力が尽きるまで逃げ回ってください」
「わかった」
どうやら人間は、魔法を連続使用すると魔力が尽きるらしい。良いことを聞いたが、こればかりは知っていた振りをしなければまずいだろう。
個人戦の控え入口に到着し、中に入る。
控室でソファーに寝転んでいると、男が入ってきて、リィンを見て顔をしかめた。
「何寝てんだ!」
声と同時に腹を蹴られかけ、慌てて退く。攻撃を受けるとは想像もしていなかった。
つまり、こいつが試合の相手か。
そう思い膝を落とすと、男は鼻で笑う。
「係員様に危害を加えたらどうなるんだろうなあ?」
「係員なのか」
ソーヤが前に言っていた、鼻持ちならない国の者か。
こういうの相手には、さっさと話を済ませて退出して頂くに限る。
「何の用だ」
男はにやにやと顔を歪めたまま、何も言わない。
腕輪を渡しに来たのだろうかと思いながらも、本能が嫌な予感を告げる。まさかとは思いながらも、こっそりある魔法をつかった。
「腕輪はまだ渡さないのか?」
「それがなぁ、俺さぁ、賭けたんだよなぁ。お前の対戦相手に。でさぁ」
悟った。
「棄権してくれねぇかなぁ」
「断る」
「腕輪もわたさないなぁ」
「それがどうした」
「何で棄権してくれねぇのかなぁ」
「二位になると決めているからだ」
司会の「選手入場!」の声が聞こえる。
リィンは魔法を停止して、男を無視して試合会場……表へと出た。
地面のみ。前のリングは収納したらしい。
いや、そんなことはどうでもいい。
リングの中に入ると、向かいから相手方も入ってくる。腕に輪がついている。
彼に罪は無い。私情を優先した先程の男が悪い。
だが、この苛々を誰かにぶつけなければ仕方がない。刀を使うのは駄目だ、憂さ晴らしに使うのはいただけない。
『試合、開始!』
「悪いな」
本来の十分の一だけ、発揮する。
一撃で仕留める。
そう思い相手の頭を掴み、地面に叩きつけた。
辺りに土煙が舞い上がる。手から頭の感覚が消える。どうやらテレポートしたらしい。
土煙が邪魔なので風を使い吹き飛ばすと、地面は見事に陥没していた。
人間相手に十分の一では、うっかり相手を殺すかもしれないと学習する。
一方観客席からは、まだ事態が把握できていないのか、ひとつも声は上がっていなかった。
『勝者、‘風の谷まで’!』
別の係員が腕輪を回収にやってくる。リィンが無い、と腕を見せると目を丸くした。
控室に戻ると、すでに男は消えている。
代わりに、険しい顔のシドが待っていた。
「勝ったぞ」
「見りゃわかる。それよりお前…………妨害されたか」
「係員にな」
指で印を描き、魔法で録音していた先程の会話を流す。
聞き終わったシドは、難しそうな顔をしていた。
「とりあえず、戻るか」
「うむ」
歩き出す。
シドがあー、と話を切り出した。
「妨害ぁな、この国じゃあ泣き寝入りするしかない。国に訴え出ても聞き入れられない。暴行の後がある場合や隣国からの訴えならまだしもな」
「そのような気がしていた」
「で、リィンが手を出さなかったのも正解だ。もしボコボコにしてたら、確実に捕まってた」
正解だったのか、と言う前に誰かが二人の間に入る。
「ザ・悪役みてぇだな」
「うお!?」
「ライオ!」
よ、と気配を全く感じさせなかったライオは当たり前のように会話を続けた。
「悪役と言えば、確かにこの国は孤児とかにはノータッチだよな」
「のーたっち?」
「一切関わらないんだよ」
「どういうことだ?」
理解できず首を傾げると、つまりはとシドが教えてくれる。
「他の国にゃあ少なからず、身許の無い親子や孤児の面倒を見る施設がある。だがこの国には無い」
「無い………………なら孤児の面倒は誰が見るのだ?」
「だから、通りがかった善人がだよ。シドみてぇなな」
「俺ぁ善人じゃないぞ」
シドを指すライオ。苦笑するシド。
しかし、その話を考えると、孤児に対する政策がなっていないではないか。ライオも魔物のせいで孤児になったのだろうか。そしてシドに拾われたのか。
「ライオは…………孤児なのか?」
「だな。親父に捨てられて、お袋と必死こいて生きてたらお袋を魔物に食われて、次は俺かーってなってたら、通りがかったシド達が助けてくれた」
「普通助けるだろ。
アイザックぁ魔族に助けられたクチだったな」
「その魔族は今、どこにいるのだ?」
「アイザックは全く話してくれねぇし」
話さないのも不自然だが、詮索しないのがこのクランの良いところだ。仕方ない。
魔王として一度本土に戻り魔族と魔物の件について調べたいが、トーナメントで決勝戦にも行きたい。
島を渡っている魔族に伝言を託すか、とも考えるが、この時期に渡海している一族はいなかったはず。
「だが、気になる」
「魔物と魔族か? そういや、魔族と魔物って何が違うんだろーな?」
「魔族は魔物が力をつけて人化できるようになった者を指す。魔物が零進化、魔族が一進化だな」
「なら、魔族ぁ魔物の姿にもなれるのか?」
「なれる。だが魔族に成るほど力の強い者だから本性に戻るとかなり大きい。邪魔にもなるから滅多にはならないそうだ」
「よく知ってんなあ!」
ライオにまた感心したように言われ、はたと口を閉じる。言い過ぎたかもしれない。
「魔族の話より………………この国はそれでいいのか」
魔の島でも孤児対策は昔からある。リィンもそのお陰で生きているようなものだ。
「そもそも、何故孤児に対策をとらないのかが理解できん」
「同感だ」
「金が勿体ないとか思ってんじゃねぇの?」
「それかもな」
「だが…………今までよく反乱が起きなかったな」
「いつか起きるんじゃねぇ?」
「まあクランの体制ぁ変わらないだろうしな」
二人ともどうでも良さそうだ。リィンは王として色々と考えることもあるのだが、ここは今それを言う場所ではない。
本題に戻す。
「妨害行為の証拠は録音してあるが、それでは駄目か?」
「ダメだろうな」
「妨害されてたのかよ!? あれで!?」
「腕輪を貰えなかった」
「立派な妨害じゃねぇか。復讐しようぜ! コッソリ」
「コッソリかよ」
結局、罪で裁くことはできないらしい。なんだかな、とは思うもののできることはない。
廊下を抜けると、アイザック、アニー、ソーヤが待ってくれていた。
「そういえば、何故ライオはこちらに?」
「絡まれて連れて行かれかけた。で、問題起こすのもメンドいから逃げてた」
「ライオに絡むなんざ、相当頭が残念みたいだな…………」
どうやらライオに絡んではいけないらしい。返り討ちにでもするのだろうか。
「ライオ君は大丈夫……みたいですね」
「早く飯食いに行こうぜ!」
「その前に部屋に武器を置いて行こうよ」
「ホントお前ら自由人だよな…………」
シドがしみじみと呟き、しかし武器は手元に持っておこうと告げる。武器屋で盗難に居合わせたのだ、武器は肌身離さず所持するべきである。
さて、遅めの昼食を食べようとまたアニーを先導に歩き出したところ。
「リーイーンー」
リィンは一瞬凍り付いた。
とてもとても知っている声である。加えてシド達クランの団員ではない。
「リィン、」
知り合いか、と尋ねられる前に、リィンは逃げ出した。
が、一般人の振りをするリィンと彼の差は歴然としている。
「リィンの分際で、」
すぐ後ろから、彼の声が聞こえた。
「このオレから逃げてんじゃねえ!」
すぐに衝撃を受け、地面に押さえ付けられる。
逃走を諦めたリィンは、彼を見上げその幼なじみの名を呼んだ。
「ギギ」
「最初ッから大人しくしとけっての」
リィンがギギと呼んだ幼馴染み。聳え立つような長身に、甘いマスク、鳶色の肩まである長髪を適当に流し、黄色の目は鋭くどこか猛禽類を連想させる。
というより、本当にギギは魔鷹……ひいては魔の鳥類の長なのだ。
「何物思いに耽っていやがる」
こっちを見ろや、とぐいと頭を鷲掴みにされ素直に彼の目を見る。
ギギは、それはそれは怒っておられた。
「な・ん・で、家出しやがった。そんでもってあの置き書きは何だ」
「見たのか」
「当たり前だろ……っと」
ギギが首を巡らせ目を白黒させる団員を見やる。
「オイコラ他人の痴話喧嘩を見んじゃねえよ」
痴話喧嘩の可愛らしさはどこにもない。
ではなく。
シドがおーい、とギギに声をかけた。
「リィンたぁ仲間になった。何だかよく分からないが、とりあえず、あんたも飯食うか? 話はそれからにして」
「食う」
ギギがあっさり食べ物に釣られた。
訪れたのは、かふぇてりあと呼ばれる料理店だった。客が好みの料理を選び,自分でテーブルに運んで食べる形式なのだと言う。ちなみに移動中、リィンはずっとギギに襟首を掴まれたままだった。
それぞれが料理をテーブルに持ちより、何だ何だとは言いながらもお腹の減っていたアイザックがよっしゃー! と叫ぶ。
「食うぞー!」
その声を皮切りに、皆が料理に手をつけ始めた。
ソーヤがギギに自己紹介を始めている。
「ソーヤと名乗っています。このクランの副リーダーをやっています。ギギさんはリィン君と幼馴染みなのだそうですね」
「あァ。こいつが一人で突っ立ってたのを発見して連れ帰った。クランて何だ?」
「好きに集まって人の依頼を受ける便利屋ですよ」
「へー。で、リィンが何だって仲間に?」
「入ってみた」
「みた、じゃねえだろうがよ」
げんこつを脳天に浴びる。
絶句していると、ギギは白い目を向けてきた。