第八話β よい を さまそう !※ソーヤ視点
蒼穹。
飛燕。
リィンが振りたいと言ってきた二刀の名前だ。お目が高い、と内心声には出さずに呟く。
昔、店主がまだ資金も潤沢にあった頃、材料に大枚をはたいて造った業物だ。
通りも人は少ない。単にあまり人の来ない寂れた場所だからだろう。
リィンが目を細める。そっと刀を抜く。鞘を離れた場所に丁寧に置く。
そして。
蒼穹を持ち、奮う。
飛燕を持ち、奮う。
人間がいるかのように、その場所に斬りかかり、防御し、また踊る。漆黒の髪が舞い上がり、頭の動きに従う。凜とした雰囲気。辺りが静かになる。
まさに舞。
見ているだけで、心まで奮えるようだ。
「凄いな」
シドが独り言を呟く。
集中しているリィンに聞こえるはずもない。
しかし、言いたくなってしまう。これは現実なのかと疑いたくなる光景に、口に出して確認することで、改めて現実であると確認する。
町の外れで一人リィンは、シドや店主と会話していたこともあいまってか、姫君の舞を踊っているように見える。彼女の周りだけ、静かに桜が咲き誇っていると幻覚を垣間見る。
ソーヤも、頷いた。
「ええ。夢のようですが」
舞を終えたリィンは顔を輝かせ、店主のもとに駆け寄る。
そのとき初めて、ソーヤは店主が懐かしいものを見るかのように目を細めていることに気付いた。
「店主殿! これは幾らするのだ」
「タダだ~。元々売るために造ったんじゃなかったからな~」
あからさま落胆するリィンに、店主は違う違うと手を振る。
「元々は贈り物のつもりで打った刀だ~。渡せなくなったけどな~。
だから~貰ってやってくれ」
「良いのか? こんなに素晴らしい業物を。少しだけでも払わせていただけないだろうか?」
「気持ちで十分~。嫌なんだったら~トーナメントで良い成績残して~ウチの宣伝しといてくれ~」
「分かった!」
商談は成立したらしい。
二刀に値段をつけたらとてつもない値段になるのは分かりきっていたので、ソーヤとしては安堵のひとことだ。
しかし、この後、問題が起きた。
「無い」
店主が打っていた刀が消失していた。
「打たれるのが嫌になって逃げたか~?」
「違うでしょう。間違いなく泥棒ですよ。入る隙間なら困らないほどあるんですから」
明らかに盗難だ。
「だがな~シド坊が気付かないなんて~かなり腕のある泥棒だな~?」
困ったな~と全く困っているようには見えない店主は、独り言のようにぼやいた。
「あの剣~憑いてるから~精神力無かったら乗っ取られんだけどな~」
「憑いている?」
「中古品だとな~前の持ち主の念とかが詰まってたりするんだよな~」
時折打っている怪しい類のものだったらしい。
「ま~いいか~」
「よくないだろ」
素早く短く、シドが突っ込んだ。
「トーナメントに行く時に、警邏に盗難だって話しとく。泥棒に何かあったら自業自得だ」
「同感です。死ぬまで後悔すればいい」
リィンに怯えられている気もするが、まあいい。
礼を言って帰り道を歩いていると、シドがそういえば、て口を開いた。
「昨日、肉屋までの道、つけてきた奴らがいたな」
「そうだったのか?」
「居たんですか?」
「大方、昨日飲み物を酒にすり変えたのもそいつらだろ」
自分でも険しい顔だと分かった。
「妨害工作、ですね。というより何で昨日言わなかったんですか」
「どっかのクランの仕業だ。言おうと思ってたんだけどなー…………酔っ払って忘れた」
まあ仕方ない。どうせ過ぎたことだ。
「それよりそのクラン……どうしてくれましょう。シド、分かりますか?」
「どこのどいつかぁわからないが、見りゃこいつだぐらいは分かる」
「頼みましたよ」
「おう」
ぼんやりとリィンが自分達を眺めていたので、一応釘をさしておく。
「リィン君は自分の戦いに集中してくださいね?」
「無論だ。店主殿のお心遣いに報いなければならぬからな!」
リィンのやる気に火がついたようだ。女性だと思うと、可愛らしく見えてくる。
「張り切ってますねー」
「当然だ」
「俺らも頑張るぜ。二日酔いが二人いるけどな」
「昼頃にはマシになっていますよ」
まあ、さして心配もしていない。
ホテルの部屋に帰ると、二人がベッドに伸びていた。アニーが椅子にもたれている。
「お帰りなさい。良いものは手に入った?」
「…………ただいま。かなり良い物をいただいてしまった」
ライオとアイザックは疲れ果てて寝ているらしい。中のものを全て吐いたのでもう吐くことはないとアニーは失笑混じりに話す。
「試合には出る気。二人とも」
「それなら戦えるな。よーしお前ら、飯食うぞ!」
「早くないか?」
「試合で体を動かす前に食ってみろ。腹が痛くなる」
「む」
「食べれますかね? 二人」
「………………リィンの試合が終わってから食うか」
それでも準備しろー、とシドは二人を起こしにかかった。
「きわちわりぃ……」
「食ったら吐く……」
腹を押さえつつ歩く二人に、シドはあっさり言った。
ちなみにリィンを含めた六人ともが得物を所持しており、いつでも戦えるようになっている。といっても、みんな軽装備だが。
「知ってる。だから昼食ぁリィンの試合終わってから食うぞ」
「俺の試合前に食べるのは無理なのか?」
「リィンが腹痛くなるだろ」
「俺だけ試合後に食べても、」
「なんでだ」
「いやだ」
シドとライオから短い却下をもらい、彼女は目を白黒させている。
「………………その方が良いではないか。別に俺を待つ必要も無し」
ガッとライオがリィンの腕を掴む。しがみつく。
「俺が一緒に食べてぇの!」
「だが…………」
困り果てているリィンはさておき、ただをこねるライオが珍し過ぎて微笑ましい。
「昨日もどんちゃんやったけどさ、一試合勝つごとに金が振り込まれ……うっぷ」
「吐くな! 吐くなよ!」
「吐いちゃだめですよ!」
真っ青な顔で吐かれそうになっては、そんな気持ちも吹き飛ぶが。
慌ててライオの背中をさすっているリィンが、ふとソーヤに尋ねた。
「金が振り込まれるのか?」
「ええ。一試合勝つごとにね。さらに一位と二位三位は追加で賞金がもらえます」
「だから狙いは二位なのか」
「はい。ですが……………………ライオ君戦えますか?」
「戦う………………リィンに俺の勇姿を見てもらう!」
「俺も!」
アイザックが手を挙げる。
感動しているのか、リィンの目が少し丸い。頬も赤い。よく見ていると、確かに女性だなと気付かされる。
「リィン君もてもてですねー」
「懐かれているだけなのではないのか?」
……つまりリィンには、二人が動物に見えているのか。
「せめて好かれていると言いましょうね……」
「好かれているだけなのではないのか」
「大好きー!」
アイザックが元気に大声をあげる。あげてからまた腹を押さえて屈む。無茶をしなければいいものを。
試合会場に着き、リィンは手を振って観客席の方に向かった。アイザックとライオが名残惜しそうにその後ろ姿を眺めている。残念なことに、性格はリィンの方が男らしい。
「よーし俺らも行くぞ」
シドが足を踏み出した。
第一回戦の相手は‘ユートピア’。空想上の理想的な社会を指す言葉だが、彼らの多くは荒事を好むと聞く。
あまり関わらないようにしてきた相手だ。
待合室にて、シドは五人で輪になった状態でそう話した。
「奴らは接近戦をメインとしている。アニー、お前は回復四割、魔法六割で行ってくれ。ライオとアイザックの二人は奴らをアニーに近付けるな。俺もな。ソーヤもだ。
それに、正直お前らの実力なら自力で倒せる」
会場に出るよう促される。
出ると、審判に腕輪……戦闘不能を判断するそれを配られ、その場で装着する。
相手方のクランも装着を終えたようだ。
アニーが下がる。ソーヤも弓を構え、アニーを援護するために下がる。前衛三人がそれぞれの得物を構える。
それでは、と審判が安全な場所に避難し、手を挙げた。
「開始!」
開口一番、アニーの魔法が火を噴いた。
心臓を狙う気はないが、遠慮する気もない。広範囲、相手のど真ん中に向かって飛ばす。
煙が立ち込めるなかへ、シドが真っ先に飛び込んだ。ライオ、アイザックも続く。
こうなれば煙が晴れるまで、ソーヤとアニーにできることはない。
「どうして炎を?」
「一回戦ですから、派手に火花を上げようと」
過激だ。
そう思っていると、煙から相手の団員が飛び出してくる。否、吹っ飛ばされたようだ。
彼の腕、利き腕を、狙う。
矢は一寸違わず団員の腕を貫いた。
「ぎぃあああああッ!」
「悪いな」
シドが跳び、団員の頭を掴んで地面にたたき付けた。団員はすぐさま消える。戦闘不能と判断されたのだ。
また、煙から誰かが飛び出してくる。ライオと団員だ。剣を合わせたまま。アイザックはまだ煙から出てこない。
ライオは激しく切り結んでおり、援護は無理だ。むしろ邪魔になるだろう。
相手の大剣を彼の細い剣で受け流すライオの技術には何度も驚かされる。
素早く頭上から振り下ろされた大剣を見ることもなく体を傾けて避け、そしてライオは獰猛に笑い、
「まだ遅い!」
隙だった左脇から右肩に向かって、鋭く切り上げた。
また相手が一人消えていく。あと三人だが、煙のなかから出てこない。アイザックもだ。
シド、ライオが再び煙のなかに入る様子はない。待ち構えられていたらことだ。ソーヤも二人と同じく迎撃体制に移る。
一番に我慢が切れたのは、アニーだった。
「アイザック、避けてね!」
「はあっ!?」
煙の中から彼の声が帰ってくるので、まだ戦闘不能になっていないようだ。しかし可哀相すぎる。
アニーは右手を高く上げる。彼女の頭上で氷柱状の氷が形成されていく。シドがあー、と呟いた。
「アイザック、避けなかったら死ぬぞ」
「まじで!?」
慌ててアイザックが煙から出てくる。追うように敵方の三人も出てきた。
それを見てアニーはにやりと笑い。
「フリーズ!」
氷柱が三人を追う。彼らは突っ込んできた氷を避けたかに見えたが、氷柱は方向転換し三人を再び追跡した。
「あと、」
さらには。
「ブレイク!」
氷柱は三人のそばで破裂した。氷のかけらが彼らに突き刺さり、あっという間に三人とも消える。
『そこまで! 勝者‘風の谷まで’』
勝ったのは嬉しいことだ。
しかし。
ソーヤは呟いた。
「ほとんど戦闘に参加してませんよね、僕」