第八話α ぶき を かおう !
シドとソーヤが部屋から出たのち。
リィンはただただ部屋の装備を見て感動していた。
「なんという素晴らしさ…………!!」
武器ひとつひとつが、まるで生きているかのように存在感を持っている。どれも使い手が握りやすいよう、扱いやすいよう設計されており、切れ味も申し分ない。
装備も然り。軽さと堅さ。動きやすさ。どこまでも利用者を配慮した造りになっている。魔の島でも見たことがない水準の高さだ。
選べない。
むしろ、いっそここの装備を全て魔王名義で買い取りたい衝動にかられた。
しかし、我慢だ今はただのリィンだと目をつむり己に念じること数刻。
ふと目を開けると、何故か二本の刀に目が吸い寄せられた。
手にとる。柄がしっとりと手に馴染むようだ。己がこの刀を使って戦っている様子が浮かぶ。
ふと刀の置かれていた机を見ると、名前が書かれていた。
蒼穹。
飛燕。
青空にツバメが飛ぶ様子が目に浮かぶようだ。
恐る恐る持ち、先程の部屋に戻った。
「店主殿! 少しばかり外で振っても構わないか!?」
「お~。不満な点があったら言えよ~。治すから~」
刀打ちを中断していたらしい店主は共に外に出る。
通りも人は少ない。単にあまり人の来ない寂れた場所だからだろう。
蒼穹を持ち、奮う。
飛燕を持ち、奮う。
心まで奮えるようだ。
「凄い」
不満な点などあるはずがない。二刀は、自分という使い手を入れて完成するようになっているのだから。
鞘に入れ店主に駆け寄ると、彼は目を細めてリィンを見ていた。
「店主殿! これは幾らするのだ」
「タダだ~。元々売るために造ったんじゃなかったからな~」
では、二刀は買えないということか。
リィンの落胆に、店主は違う違うと手を振った。
「元々は贈り物のつもりで打った刀だ~。渡せなくなったけどな~。
だから~貰ってやってくれ」
「良いのか? こんなに素晴らしい業物を。少しだけでも払わせていただけないだろうか?」
「気持ちで十分~。嫌なんだったら~トーナメントで良い成績残して~ウチの宣伝しといてくれ~」
「分かった!」
絶対に二位になってやる、と心に決めたリィンである。
しかし、この後、問題が起きた。
「無い」
店主が打っていた刀が消失していたのだ。
「打たれるのが嫌になって逃げたか~?」
「違うでしょう。間違いなく泥棒ですよ。入る隙間なら困らないほどあるんですから」
「だがな~シド坊が気付かないなんて~かなり腕のある泥棒だな~?」
困ったな~と全く困っているようには見えない店主は、独り言のようにぼやいた。
「あの剣~憑いてるから~精神力無かったら乗っ取られんだけどな~」
「憑いている?」
「買い取った中古品だとな~前の持ち主の念とかが詰まってたりするんだよな~」
かなり問題のある刀を打って…………否、打ち直していたらしい。
「ま~いいか~」
「よくないだろ」
素早く短く、シドが突っ込んだ。
「トーナメントに行く時に、警邏に盗難だって話しとく。泥棒に何かあったら自業自得だ」
「同感です。死ぬまで後悔すればいい」
二人が怖い。
礼を言って帰り道を歩いていると、シドがそういえば、て口を開いた。
「昨日、肉屋までの道、つけてきた奴らがいたな」
「そうだったのか?」
「居たんですか?」
「大方、昨日飲み物を酒にすり変えたのもそいつらだろ」
ソーヤが眉間にシワを寄せる。かなり険しい顔だ。
「妨害工作、ですね。というより何で昨日言わなかったんですか」
「どっかのクランの仕業だ。言おうと思ってたんだけどなー…………酔っ払って忘れた」
「まあいいです。それよりそのクラン……どうしてくれましょう。シド、分かりますか?」
「どこのどいつかぁわからないが、見りゃこいつだぐらいは分かる」
「頼みましたよ」
「おう」
手慣れた空気が流れている。
仲が良いと二人を眺めていると、ソーヤが首を傾げた。
「リィン君は自分の戦いに集中してくださいね?」
「無論だ。店主殿のお心遣いに報いなければならぬからな!」
「張り切ってますねー」
「当然だ」
「俺らも頑張るぜ。二日酔いが二人いるけどな」
「昼頃にはマシになっていますよ」
さして心配もしていない。
ホテルの部屋に帰ると、二人がベッドに伸びていた。アニーが椅子にもたれている。
「お帰りなさい。良いものは手に入った?」
「…………ただいま。かなり良い物をいただいてしまった」
ライオとアイザックは疲れ果てて寝ているらしい。中のものを全て吐いたのでもう吐くことはないとアニーは失笑混じりに話す。
「試合には出る気。二人とも」
「それなら戦えるな。よーしお前ら、飯食うぞ!」
「早くないか?」
「試合で体を動かす前に食ってみろ。腹が痛くなる」
「む」
「食べれますかね? 二人」
「………………リィンの試合が終わってから食うか」
それでも準備しろー、とシドは二人を起こしにかかった。