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黒鳥の夢  作者: 氷室冬彦
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6 団体単体、いつもの風景

 ギルドの案内をひと通り終えたころには、時刻は既に昼前だった。本来ならばこんなに長引くこともないはずなのだが、或斗と礼がことあるごとに騒ぎだすので収拾がつかなくなり、そのせいで時間がかかってしまったのだ。


 休憩と昼食も兼ねて近くの喫茶店に到着したころには、郁夜はすっかり疲れきっていた。もはやこの中でまともなのはロアだけなのだが、その彼女も楽しいこと好きな性格なので、あの二人がどれだけはしゃいでも、その場を収めるまではしないだろう。実際、ここに来るまでも笑って見守っているか、便乗して自分まではしゃぐばかりだった。ただ今までずっと騒ぎとおしていたためか、さすがに二人も消耗しているらしく、店に入るころにはずいぶん落ち着いたようだ。


「ギルドはずいぶんと雰囲気が明るいんだな」


 適当に注文を通したあと、メニュー表をテーブルの隅に置きながら或斗が言う。なんだか羨んでいるような声だった。たしかにギルドは明るいだろう。明るい雰囲気ということは、そこにいるギルド員たちが明るいということ。そうなのだ。明るすぎて毎日、頭が痛い。


「警備隊は違うのか」


 郁夜が問う。或斗は、まあな、と煮え切らない態度で肯定した。少し間を開け、続ける。


「ロワリア部隊は比較的明るいほうだし、セレイア部隊よりよっぽど和やかではあるんだけど。やっぱりそっちと比べちまうとカタいというか、息苦しいというか。まあ、役職上、それは仕方ないんだけどな」


「セレイア部隊での仕事はやっぱり厳しかったかい?」


 これはロアだ。或斗は向こうにいたころを思い出したのか、苦虫を噛んだような顔をする。


「毎日あちこち駆けずりまわって休む間もない。隊員同士での睨み合いは当たり前。俺の班は比較的マシだったけど。上からも横からも下からも、とにかく圧が半端なかった」


「へえ、大変そうだなあ」


 礼は水の入ったグラスを口元に運ぶと、液体に浮く小さな氷を口に含んだ。ぼりぼりと氷を噛み砕く音が、正面に座る郁夜の耳まで届く。


 座って休んだことで、これまでの疲労も少し回復してきた四人が、そのまま談笑していると、やがて先ほど注文した料理が運ばれてきた。空腹だったのは皆同じで、食事中は礼も或斗も言葉少なだ。だが腹が膨れて元気になれば、またやかましく騒ぎだすのだろう。



「じゃ、一度ギルドに戻ろうか」


 食事を済ませて店を出たところで、礼が提案した。或斗も頷く。


「そうだな。他のギルド員たちとも話してみたいんだけど、いいか?」


「いいよ。今日は――そうだな、たしか空來そらたちが暇してるはずだし……」


「いや、空來は出かけたようだぞ」


「あら、またナンパかな」


「だろうな。とはいえ勇來ゆうらたちはいるはずだし、話し相手には困らないだろう」


 空來そらというのはギルド員の一人で、勇來ゆうらはその兄。兄弟は兄弟だが姉――あるいは妹――がもう一人いる三つ子の兄弟だ。空來は町で年の近い女の子を見つけては声をかけて交友を広げることを趣味としているので、時間がある日はよく出かけている。


 郁夜と或斗が前を歩き、礼とロアがそのうしろを歩く。広場の近くを通ったとき、郁夜は前から歩いてきた黒髪の青年と肩がぶつかった。


「おっと、悪い」


「いえ、こちらこそ」


 お互いに顔を見る間もなく、短く言葉を交わして前に向きなおろうとしたとき、礼が青年が去って行ったほうを見ていることに気付いた。


「どうした、礼」


「え? なにが?」


「いや、ぼーっとしてるみたいだったから」


「なんでもないよ。ただ、さっきの子、ところどころに青色が混じった黒髪だったからさ。地毛なのかなーと思って」


「そうだったのか、よく見てなかった。でも、黒に青じゃないが、似たようなやつならギルドにもいるじゃないか」


「そいつはどんな色なんだ?」


 或斗が横から問う。礼が答えた。


「金髪に、こう、メッシュみたいに赤い色が混ざってるんだよ」


「へえ、見てみたいな。今ギルドにいるのか?」


「出かけてなければいるよ」


「あの子は任務に出ないからね。ただ、ちょっと気難しいというか。つんけんしてるというか。会話くらいはできるだろうけど、あまり刺激しないでやってね」


「了解、ロアさん」



 *



 時計の針が午後三時を指す前に、或斗はギルドをあとにした。


 ロワリア部隊の本部はリワンに近いところにあり、建物の大きさはギルドには劣るものの、やはりその他の建築物には勝る。或斗はそこから徒歩で五分ほどのところにある小さな家に一人で住んでいる。母は健在で、今はロワリア国内におらず別々に暮らしているが、連絡は定期的に取っている。


 部屋数は風呂とトイレ、リビングを除いてふたつ。二階に自室と物置と化した部屋があるだけだ。元々あまり広いとは言えない部屋に家具を詰めているので、自室はかなり狭い。それでも一人で暮らす分に不自由はなく、客人を招いたことも招く予定もないので、多少散らかっていても気にならない。


 一階のリビングにはテーブルとソファなど、くつろげる程度にそろえているのだが、或斗は基本的に自室にこもりがちだ。家にいる間の平均八割はそこですごしているだろう。狭い部屋の半分弱がベッドに占拠され、本棚に収まりきらずにあふれ、床に積まれた本の山。クローゼットには数少ないコート類や制服がしまってあるが、よく着る私服はベッドの上に畳んで放置されている。この時点で既に足の踏み場がほとんどない。ベッドの隣にある小さなデスクには仕事用のパソコンと、書類を挟んだファイル類。その脇にはほんの少しの娯楽物とラジオ。まるで秘密基地だ。もし仮に客人を招くことがあったとして、この部屋は見せられないだろう。


 とにかく、ゴミは片付いても本が片付かないのだ。読書が趣味というつもりはないが、本を読むことは好きだ。読書欲もある。暇つぶしに読んでいるうちに、そして気になった本を手当たり次第に買っていくうちに、だんだんと生活区域を占拠されてしまった。収納場所を作ろうにも、既にこの部屋にそんなスペースはない。物置部屋としている空き部屋に運ぶにも、なんだか面倒で先延ばしにしてしまう。ひとまずはこのままでもかまわないが、そのうちきちんと整理整頓をおこなう必要があるだろう。


 リビングにて。夕飯にしようと思って帰り際に買ってきた弁当をテーブルに置いた。ソファに寝そべり、ため息をつく。弁当の隣に置いてあった缶コーヒーを手に取り、指先でもてあそぶ。


 雷坂さん――雷坂伊鶴らいさかいづる


 彼の死の詳細を知るために警備隊に入った。彼の実の息子である郁夜に出会い、彼はすべてを話してくれた。なぜ、雷坂伊鶴は死んだのか。ただそれだけを知りたくてこの仕事に就いたと言ってもいい。


 彼はとてもいい人だった。生まれたときには既に父親がおらず、或斗は自分の父の顔も名前も知らない。どのような人だったのかということも、母には聞けなかった。聞いてはいけないことなのかもしれないと思ったのだ。母は女手ひとつで或斗を育て、とりたてて貧しいと感じたことはなかったが、決して裕福でもなく。その生活に対する不満はなかった。


 それでも父親がいないという劣等感のようなものは少なからずあった。さびしかったのかと問われると、そうだったかもしれない。自分以外の子どもたちは、父親とキャッチボールをしたり、肩車をしてもらったり、父と母の間に入って二人と手を繋いだり。それがときどき羨ましくてたまらなくなることがあった。


 雷坂伊鶴はそれらを叶えてくれた人だった。あくまで他人だということはわかっていたし、ただの同情で付き合ってくれていただけかもしれないが。仮にそうだったとしても、その厚意は単純にうれしかった。一時的なものであったとしても、自分にも父親ができたかのような気持ちにさせてくれた。母とも仲がよく、聞くと二人は昔からの知り合いだったらしい。


 或斗は手に取った缶コーヒーを飲む気になれず、元の場所に戻した。


 そのまま目を閉じ、深呼吸する。部隊からの連絡がないということは、今日はなにも問題が起きていないということだろう。ここ数日はそれほど忙しくないので、こうして休んでいられるが、明日からはどうだろうか。わからないが、とりあえずギルドの彼らとはいい時期に出会えたと思う。


 家に帰ってひと息ついたからか、だんだん眠くなってくる。こんな時間に寝てしまっては、あとで夜に眠れなくなりそうだが、仮眠程度の居眠りならば問題なかろう。今さら起き上がって別のことをするのも億劫おっくうだ。静かな部屋に時計の秒針が時を刻む音だけが響く。それは右から聞こえるようであり、左から、あるいは上から聞こえてくるようでもあった。


 どこか遠くのほうで、鳥の羽ばたく音が聞こえたような気がした。

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