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黒鳥の夢  作者: 氷室冬彦
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14 二つ目の異変は全ての解決

 七回目の夢が始まった。


 柳岸柳季の話によれば、これで最後のはずなのだが、正直なところ半信半疑なところはあった。ともあれそろそろ疲労も限界で、今はその情報にすがるしかない。そう信じていないとやっていられないのだ。


 日中、きちんと仕事はしていたし食事も三食摂った。疲れているからといって、なにもしていなかったわけではないが、それでも不要な外出は一切しなかった。気分転換も大切だとは思うが、それでも残りわずかな気力を使い果たしてしまいそうで、とてもではないが動けなかった。


 昼間の行動を思い出しながら、夢の中を歩く。開始地点は二階の溝を越えたところからだった。眠気と疲労が積もりに積もって、全身がずっしり重い現実と比較すると、夢の中の身体は軽くて動きやすいような気がする。いや、そんなことはどうでもいいのだ。どうでもいいのだが、別のことを考えて気を紛らわせないと気を保てそうにない。


 また三階に行くところからだ。なんとも気が重い。気が進まなくても足は進めなくてはならない。これで最後なのだ。あの鳥を見つけさえすれば、それで夢から覚めて解放されるはず。


 深呼吸をひとつ。思い切って階段を一気に駆け上がり、三階に出ると同時に目をつぶって下を向き、早足で廊下を進む。ここまで来たならヤケだ。もはや夢の内容がどうなどというのは関係ない。あの鳥さえ見つかれば夢から覚める。ここに来た目的はあの鳥を探すこと。それでいいのだ。


 薄目を開けて現在位置を確認する。どうやら遺体の前は通りすぎたらしい。ほっとして目を開ける。だが、一番の問題はこの先だ。絶対に見たくはないものだ。見たくないが、もしそこに鳥がいるなら行かなければならない。鳥を見つけるために、その光景も見なくてはいけない。


 すべてを振り切るようにここまで来たが、やはり足取りは重かった。一歩、一歩と進むたび、重く苦しい感覚で胸がいっぱいになる。廊下の突き当たりの扉はここからでも既に見えている。心臓の音がうるさい。暑い。進みたくない気持ちとは裏腹に、進まなければならないという理性が足を前に出させ、扉の前には間もなく辿り着いてしまう。


 ドアノブに手を伸ばし、握ったまま深呼吸を繰り返す。一向に気持ちは落ち着かず、吐く息は震えていた。この先にあるものを知るのが恐ろしい。それでも、鳥の居場所がわからない今、可能性としてはこの場所も含まれている。やはり、行くしかない。


 手首をひねる。キ、と扉が軋む。扉の内側でカチリと冷たい音がした。蝶番の軋む耳障りな音とともに、ゆっくり、ゆっくりと扉が開いていく。力は入れていない。半分は扉のほうが勝手に開いていると言っていいだろう。過去を再現したこの夢の強制力か。


 自分の心臓の音が聞こえる。こめかみのあたりがどくどくと脈打っている。夢の中だというのに頭が痛い。扉の奥の薄暗い空間がどんどん広がっていく。息が苦しい。


 そして、この世で最も残酷で、凄惨な光景が視界に入り込もうとした瞬間。


「おい」


 と、背後から声がした。


 緊張と恐怖心に全身を支配され、目の前のことのみに集中していた郁夜は、騒がしい静寂の中で突如響いたその声に、飛び上がらんばかりにおどろいた。勢いよく振り返り、その声の主を見る。


 ああ。


 ふ、と肩から力が抜けた気がした。


「……大丈夫か?」


 あの日、あのときに聞いたとおりの言葉。でも、声はずっと大人びていて低い。独特な色合いの綺麗な青髪。博愛的な優しさを内包する大きな紫の瞳。童顔だが整った顔立ち。その印象は何年経とうとさして変わらない。


 いつだってそうだ。一番、来てほしいときに来てくれる。いてほしいときにいてくれる。頼りたいときに、頼らせてくれる。


 來坂礼。


 現在の礼がそこにいた。色のないこの世界で、唯一、郁夜とともに色を持って、彼はそこに立っていた。息が軽くなり、頭痛がひいていく。


「れ――」


 礼は言葉を失っている郁夜の手首を掴むと、そのままさっと背中を向けて走り出した。引きずられるように、郁夜も足を前に出す。突然のことに足が絡まりそうになりながらも、その速度に合わせてついていくうち、これが本当に本物の礼であることを再認識した。


「お、おい、礼!」


 やっとそれだけの声をかけた。しかし、続く言葉が見つからず、ただ走った。階段付近にあったはずの二人は消えていた。長い廊下の先、二階へ続く階段を駆け下りる。


 二階の廊下に飛び出したとき、先ほどまでは一切その存在を感じさせなかった者がそこにいた。白く、細く、角張った、骨格標本のような外見。大柄で、手には大きな鉄製の刃が引きずられている。剣と呼べるほど立派なものではない、身の丈ほどの長さのある金属の破片。刃には黒々とした錆びがこびりついている。記憶の中の姿と一致する、あの日に遭遇したカルセットを模した夢の住人。


「あ、やっぱりいるんだ? なつかしいなあ。俺が大きくなったから小さく見えるだけかな、あのときほどの威圧感はないね」


 礼は軽い調子で言いながら郁夜の手を離し、眼鏡を外すと手の中でくるりとまわした。そのまま軽く手を振ったとき、手には銀色の長剣が握られていた。彼が持つエスパー系の能力とは別の、変形系の能力だ。郁夜も同じ系統の能力を持っているが、ふたつの能力を宿す者は非常に希少な存在である。なので変に目立つことがないよう、普段はこちらの能力を隠している。隠さなくても今の礼は戦いに出る機会も減ったため、使い道はほとんどなくなってしまっているのだが。


「十年前のリベンジじゃないけど、今度は速攻で決めさせてもらおうか!」


 この夢はあの日のとおりに進ませようとする記憶の強制力がある。となると礼は指を失うことになるのではないか。夢の中ならいいという話ではない。郁夜はもう彼が傷を負う姿を、痛みに耐える顔を、傷口から流れ出る血を見たくないのだ。


「れ、礼!」


 郁夜が止める間もなく礼は飛び出して行く。廊下を駆け抜け、床の溝をひと息に飛び越え、その先にいる再現体のカルセットの間合いに入った。カルセットが刃を振るう。まともに食らえば致命傷は避けられず、かすっただけも危険だ。勝負の行方がどうなるのか――などという不安を感じる前に、あっさりと戦いは終わった。


 大ぶりな武器は隙が多い。一撃かわして、次の攻撃に移るまでの二秒間。礼が突き出した剣先が、カルセットの首を砕いた。続けてもう一撃、今度は腰を切り崩して両断した。鮮やかな剣筋。


 それだけだった。


 カルセットはかつての消滅を再現するかのように、灰となって消えた。時間にして約五秒。礼は無傷だ。郁夜が彼のもとへ駆け寄ると、口角を上げて悪戯っぽく笑って見せた。それはあのころにはしなかった顔。この十年を経てロアの癖が移ったために、彼が見せるようになった顔だ。


 そしてその笑顔を見せた直後、礼はまた郁夜の腕を掴み、無理矢理に引っ張って走りだす。先にあるのは窓。


「跳べ!」


 言われるがままに地を蹴った。


 耳をつんざくような破壊音。


 飛び散る破片とともに、二人の身体は宙に飛び出した。モノクロの世界でも白く輝く欠片がチカチカと目にまぶしい。スローモーションのように景色の流れが遅く感じられる。


 ああ、たしかあの日もこうやって。


 遠かった地面の雑草がみるみるうちに迫って来る。どん、と鈍い音。足の裏から強い衝撃が全身に伝わる。少し遅れて割れた窓ガラスの破片が周囲の地面に散らばった。怪我はない。痛みもない。降り注ぐガラス片は危ないが、二階から飛び降りた程度では能力者の身体はびくともしないのだ。ゆっくり立ち上がり、礼の姿を探すと、少し離れたところでこちらに背を向けて立っている。彼はすぐこちらに気付いて振り返った。腕に黒いものを乗せている。


 ――それは、赤い目をしたカラスだった。

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