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第4話 親 父 〈前編〉


 ハクが家に来て1週間が過ぎ、今年も残り1日となった12月31日。今日は大晦日。

 窓の外では小降りの雪がチラチラ舞い落ち、地面へと消えていく。

 街中が新年を迎える準備に追われ大賑わいを見せている頃、僕は家の中で右往左往していた。


 大変だ大変だ大変だ。

 どうしようどうしようどうしよう。


「ちょっと落ち着いたらどうですか? そんなにドアを開け閉めしていたら、せっかく暖かくなった部屋の空気が逃げてしまいますよ」


 落ち着きなく玄関と居間を何度も行き来している僕に、白が諭すように言った。

 つい最近、甘党だと判明した白は好物になったプリンを心踊らせながら口に運んでいる。

 まったく呑気な奴だ。君が原因で僕はこんなに心悩ませているというのに。


 ――それにしても遅い! 遅すぎる!


 買い物に行ったはずの姉ちゃんがなかなか帰ってこない。

 携帯電話を鳴らしてもメールを送っても反応なし。

 まだ昼の3時。心配するような時間ではない。ただ、早く伝えたいことがあったのだ。


 もう1回、連絡してみようかと携帯を開いた時、姉ちゃんが帰ってきた。


「何してたんだよっ」

「この荷物見たら分かるでしょ、買い物よ。あー重かったー」


 姉ちゃんは両手いっぱいに荷物を抱えている。正月用の食材だ。お餅にみかん、おせち料理の材料、その他肉や野菜などがびっちり詰め込まれたスーパーの袋をテーブルに置いた。


「何度も携帯鳴らしたんだけど!」

「あ、ほんと? 全然気付かなかった」

「ったく、なんのための携帯だよっ」

「なにカリカリしてんの? 携帯出なかったくらいで、そんなに責めないでくれる?」

「違うよっ」


 僕はそんなことでカリカリしてるんじゃない。

 そうだ、早く本題に入らなきゃ!


 姉ちゃんは早速買ってきた食材を冷蔵庫に詰め込んでいる。

 僕はその背中に話し掛けた。


「親父、帰ってくるって。さっき電話あった」

「そう。一緒に夕飯食べるって?」

「知らないよっ。っていうか、夕飯のことよりももっと重要なことがあるでしょーよ!」


 僕は、ソファに座りテレビから流れる情報番組を興味津々に見ている白に視線を送った。

 何も言わずとも、それで分かってくれるだろう。


「あ、白のことか。どうしようか……」


 やっと僕の悩みを分かち合える仲間ができた。


「お父さんがいる間は、あんたの部屋にでも匿うしかないかな」

「じゃあ、アレは?」


 僕は庭にある青いビニールシートで覆われた宇宙船を指した。


「……どうしようか……」


 どう考えたって狭い庭を占領している白の宇宙船は隠すことはできない。

 一日中カーテンを締め切っておくなど不自然すぎし、不可能だ。


「正直に話すしかないかも…。ちゃんと説明すれば、お父さんだって分かってくれるはずよ」


 その言葉に説得力はない。“分かってくれるはず”という願いをこめるだけだ。




 あまり家に帰ってこない親父の職業は、医者だ。

 しかも担当する患者は決まって緊急を要する。

 そう、親父は救命救急医なのだ。

 いつどんな状態で運ばれてくるか分からない患者が相手の親父の仕事は、かなりハードなもので、病院で寝泊りすることが日常になっていた。

 あれはいつだったか、多分2年前だったと記憶する。

 テレビに親父が出ているのを観たことがあった。

 内容は救命救急の密着もので、テレビのブラウン管に映る親父はすご腕の救命救急医だった。時には若い医師に厳しく指導したりもして、その場を指揮する重要な役を担っていた。

 そんな親父の存在は、僕にとっては到底適うことのできない偉大な存在だった。


 ――親父が融通のきかない、頭の堅い大人だったらどうしよう。


 警察に通報されて、白は麻酔銃で撃たれて捕獲され、その存在が世界中に知れ渡ることとなり、連日連夜テレビやラジオ、新聞などで報道されて、有ること無いこと言われて……。

 そして連れていかれた白は、人気のない山奥にぽつりと建つ研究所に隔離されるんだ。

 窓一つない一室の中に無理矢理に押し込まれて、したくもない実験を強要されるに違いない。

 そして白は独りぼっちで一生をそこで送らなければならなくなり、仲間と会うことも二度と叶わない――そんな悪いことばかりが頭を過る。




 その日の夕飯は喉を通らなかった。

 姉ちゃんも言葉少なく、白もその場の空気を察してか気まずそうにしていた。


「お父さん、遅いね」


 姉ちゃんがぽつりと呟いた時、玄関付近で車の停まる音がする。

 その音に敏感に反応した僕はオロオロになりながら、玄関に入ってくる親父を待ち構えた。

 心臓が早鐘を打って、あまりの緊張に気を失いそうになる。


 タクシーから下車し、洗濯物の入った紙袋を持って玄関の戸を引いた白髪混じりの中年男は、正しくこの家の家長である親父だ。


「おお、おかえり」


 親父を出迎えた僕の声は裏返り、顔は引きつり、体中にじわりと嫌な汗が滲み出ている。


 そんな不自然すぎる僕の言動に、親父は怪訝そうに僕の顔を眺めた。


「……まさかお前が出迎えてくるとはな」


 僕だって“まさか”だよと思っている。

 僕が親父を出迎えたことなど一度だってない。この日が初めてだった。

 そんな僕の行動に意表をつかれた親父は、少し警戒した様子で僕を見つめていたが、靴を脱ぐと、疲れた足取りで家の中へと入ってきた。


「ちょっ、ちょっと!」


 僕は両手を横に広げ、親父の前に立ち塞がった。

 そうあっさりと通すわけにいかない。でなきゃ、何のために玄関まで出迎えにいったのか分かりゃしない。


「なんだ、さっきから。少しおかしいぞ」


 親父の眉間に皺が盛り上がり、苛立ちが浮かび上がる。


「話なら後で聞く。とりあえず風呂に入らせてくれ」


 親父は僕の手を払おうとする。でも僕も引き下がる訳にはいかないのだ。


「いや! 今話さないと駄目なんだよ!」


 僕は大きく声をはった。内気な性格の僕にしてはとても珍しいことだ。親父もさぞかし驚いたのだろう。仰天して僕をまじまじと眺めてくる。


「今、家に僕の友達が来てるんだ。すごくいい奴なんだよ。それで親父に紹介したいんだけど」


 僕はしっかりと親父の眼を見ながら言った。


 例えば年頃の娘がこんな台詞を父親に言ったなら、それは間違いなく結婚相手の紹介なのだろう。

 しかし、今のこの状況は違う。健全な高校生男子が父親に“友達を紹介したい”とはどういう意味なのか。

 きっと親父は理解し難いことだったろう。


「あぁ、構わんが……」


 親父は僕の勢いに押し切られた形となり、僕に誘導されて居間へと入ってきた――というか入ってこようとしていたが、その足を居間に入る直前でピタリと止めた。


 それは予想だにしない出迎えを受けたからである。


 そう、居間で親父を出迎えたのは、姉ちゃんと巨漢の猫――じゃなくて白という名の宇宙人。

 2人は食卓テーブルとソファの間に横並びに立って親父を迎えていた。


 始めは、親父が驚いていないように見えた。

 だがそれは反応できない程驚いているのだと分かり、よくよく親父の顔を覗いてみれば、顔面蒼白だった。

 持っていた紙袋をバタンと床に落とし、洗濯物が顔を出す。


 親父はすぐに白は作り物ではなく異生物だと判断した。

 白の柔らかく質のいい毛並みも、黄色く光を反射する瞳も、ふうふうと息をするたびに盛り上がってくる胸の振動も、生物であると認識できてしまう。

 医師である親父には容易にそれを判断できたのかもしれない。


「おかえりさい」


 姉ちゃんはつとめて笑顔で出迎えた。少しでも親父の緊張を解きたいと思ってのことだ。


「かわいいでしょ? こうやって抱きつくと、すっごくふわふわで暖かいの!」


 姉ちゃんは、やや緊張ぎみに立ち尽くしている白の左腹に、抱きついて見せた。


「紹介するよ。僕の友達の白。見た目どおり、おとなしくって優しい奴だよ」


 僕も白の隣に立った。白は危険ではないと伝えたかったから。


「お父さん、いつまでそこに立っている気? 早く入った入った」


 姉ちゃんは、居間の入り口で驚愕したまま固まっている親父の手を引いてソファに座らせた。


「綾香、水だ。水をくれないか……」


 姉ちゃんが差し出したコップの水をゴクゴクと喉を鳴らして一気に飲み干した親父は、少しだけ正気を取り戻していて、ようやく僕たちの話を聞いてくれた。



 僕は白がなぜここにいるのか始めから順をおって話した。

 そして、僕たちの願いも――。


 けれど親父は“このまま白をここにおいてほしい”という僕たちの願いを聞き入れてはくれなかった。


「暫らく考えさせてくれ」


 これが親父の答えだった。



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