表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/17

第2話 化け猫は宇宙人


 全長約2メートル。白い毛並みの身体に所々に茶色の斑模様。三角の耳がピンと立ち、少し上がり気味の眼が2つ。黄色く光る大きな瞳がギラリと僕と姉ちゃんを映している。

 驚くことに、その巨大な猫は二足歩行だった。


 例えば、この場が遊園地やデパートの催し場で、手には赤い風船を持っていたならどうだろう。ウサギやパンダの着ぐるみのように親しみを感じれたかもしれない。

 だが現状は、雷雨吹き荒れる夜8時過ぎの暗闇漂う家の庭。

 激しく吹き付ける雨音だけが、その場を支配していた。


「化け猫」


 沈黙を破り、姉ちゃんが消え入る声で言った。

 その声は、恐怖で言葉を失った姉ちゃんが、喉の奥から搾り出した必死の叫びだった。


 その化け猫は暫くピクリとも微動だにせず、ただただ雨風に打たれていた。

 勿論僕と姉ちゃんだってその場から動けず、石化状態。

 西部劇さながらの決闘シーンのような緊迫した空気が漂って、お互い向かい合いスキを伺っている感じだった。


 そして、先に動いたのは化け猫の方。


 人間のように後ろ足だけでゆっくりと歩き、間合いをつめてくる。


 ガラス戸の前にいた僕は迫りくる化け猫に驚倒し2、3歩後退した。


 ――襲われる!!


 僕は恐怖で足が縺れ、へっぴり腰になり、しまいには尻餅をついてしまうへたれ具合い。


 テーブルの下で恟恟としていた姉ちゃんが“翔太!!”と僕の名前を呼んで、傍へと駆け寄ってくる。そして僕の身体を支えるように両肩に手をおいた。その手の震えは先程より酷い。



 ――ドンドン ドンドン


 ただでさえこの不可思議な状態に頭も躰もついていけてないのに、あの化け猫は僕たちの恐怖を煽るように両手(=前足)でガラス戸を叩きだした。


 雷恍が轟く度に化け猫の輪郭が浮き彫りになる。


 ――ドンドン ドンドン…


 化け猫はひたすらにガラス戸を叩き続けていた。


 そして僕が化け猫を警戒深く眺めていると、妙なことに、その姿からは殺意が全く感じられないことに気付いたのだ。


 なに……?


 その不可解な化け猫の行動に、僕は再びガラス戸の前まで歩み寄った。


「翔太!!」


 と姉ちゃんの止める声を振り払い、僕は化け猫とガラス戸を挟んで向かい合う。その距離30センチ。

 大きな黄色い瞳には、僕の姿がくっきりと映りだしている。だがそれも束の間で、それは次第に歪んでいった。


「こいつ、泣いてる……」


 吹き付ける雨のせいか、それとも涙なのか。次々と溢れ出てくる水液は、まさしく涙だった。よく見てみれば、その大きな身体は小刻みに震えていた。


 この日は12月24日。外は止む気配をみせない雷雨。気温4度。全身で雨風を受けた身体は凍えていたのだ。


「内に入れてあげようか?」

「駄目よ! 噛みつかれるわよ!」


 姉ちゃんの鋭い指摘に化け猫はブルンブルンと首をがぶり振る。


 どうやら化け猫は人間の言葉を理解できるらしい。


 僕は捨て猫を拾うような感覚で鍵を外し、戸を横に引き化け猫を招き入れた。


 冷たい雨風と共に、大きな躰の化け猫がのっそりと入ってくる。


 姉ちゃんは一気に距離をとった。

 僕は……なぜだろう?

 不思議と恐怖を感じなかった。

 緊張はしてたけど……。


 化け猫は内に入るなり、ブルブルっと全身を振り、身体に染み込んだ雨水を吹き飛ばした。

 おかげで一気に床は雨水で水浸しになり、傍にいた僕の身体も化け猫が飛ばした水飛沫で見事に濡れた。


「姉ちゃん、タオルタオル! 早く!」


 数メートルの距離を保ちながら化け猫の動作を食い入るように観察している姉ちゃんにタオルを持ってくるよう促すと、姉ちゃんは僕の声にハッとして、コクコクと頷き、洗面所へと猛ダッシュで走っていった。


「ありがとう」



 僕は耳を疑った。


 え?? 今なんて言ったの?


 化け猫の発したその声は、人間と同じ成人男性の声音。優しくて落ち着いた、耳心地の良い声色だった。


 確かに言った。

 化け猫は僕の眼を見て、


「ありがとう」


 と言ってくれたのだ。


 その優しい声色は僕の緊張を解いてくれた。


 ――こいつ、いい奴かも。




 バタバタとスリッパの音を立てて、両腕にたくさんのバスタオルを抱えながら姉ちゃんは居間へと戻ってきた。

 そんなにタオルはいらないよってツッコミを入れたくなる程のタオルの量に、姉ちゃんの動揺が伺える。


「こいつ、今しゃべった」

「は?」

「だから、しゃべったんだって! 『ありがとう』だって。人間の言葉話せるの?」


 僕は化け猫にバスタオルを手渡し、見上げた。


「はい、少しだけ」


 バスタオルで身体を拭きながら化け猫が答える。


 姉ちゃんは驚嘆し、ストンとソファに腰を落とした。

 どうやら腰が抜けたらしい。

 きっと姉ちゃんも化け猫の穏やかな優しい声色に、安堵し緊張が抜けたのかもしれない。

 僕は水浸しになった床と化け猫の躰を拭いてやった。




 姉ちゃんがすっかり落ち着きを取り戻した頃、クリスマス・イヴを襲った雷雨の威力も徐々に弱まりつつあった。


 化け猫はガラス戸の前に茫然と立ち尽くしている。

 雨に濡れ、無残な姿になった宇宙船を悲しそうに見つめていた。

 僕も隣に立ち、歪んだ宇宙船に視線を落とした。


「壊れちゃったね……」

「はい」

「あのさ……訊いていいかな?」




 訊きたいことはたくさんある。

 化け猫は何者なのか。

 何処から来たのか。

 なぜこのような事態になったのか。


 その疑問を訊ねると、化け猫は言葉を選びながら丁寧な口調で語ってくれた。


 化け猫は、遥か遠い宇宙にある銀河系の星から来たのだそうだ。

 その星の名前は、わからない。というか、名前はない。“名もなき星”というやつだ。


 地球には自然環境や人間観察、地球生態の調査に来たとのこと。

 断じて、地球を侵略したり人間を襲撃したりはしないと強めに主張した。


 庭に佇む無残な形になった鉄の塊は小型宇宙船と呼ばれ、それとは比にならない規模の大きな宇宙船を母船と呼び、地球にはその母船で来たとのこと。

 その母船には多くの仲間が乗船しているとのこと。

 彼らには各自役割があって、小型宇宙船は各自1機ずつ与えられていることを話してくれた。



 つい先程も任務を終え、母船に戻る途中だったらしい。

 低く黒い雷雲が永遠に広がる荒れた夜空を、猛スピードで走らせていた時、雷雲から落とされた雷柱が運悪くあの小型宇宙船を射ぬいたのだった。


 一瞬にして小型宇宙船は失速していき、操縦席にはビリビリと静電気が走って、船内の壁には細長く青白い閃光が蛇のように這い回る。

 操縦不能になった小型宇宙船は糸が切れた凧のようにフラフラと落下していき――今に至る……と、そこまで話してくれた。




「それで君は落ちてきたんだ……」

「はい」

「これからどうするの?」

「修理します」

「あんなになっちゃったのに、直せるの?」

「……。とりあえず、修理してみます」

「そっか」


「……あの、それで……お願いがあるのですが……」

「なに?」


「とても厚かましいお願いなのですが……、暫くここにおいてもらえないでしょうか?」


 化け猫は哀願の眼差しを僕に向けてきた。

 僕は快諾したかったけど、姉ちゃんの返答を待つように顔色を窺った。簡単に化け猫を拾ったはいいけど、僕一人で面倒見切れるかといえば、そんな自信はなかったから。


 姉ちゃんは少し考えて、


「そうね……、アレをあのままには出来ないし、あなたも危害を加えるような人(?)には見えないし……うん、いいよ。おいてあげる」


 庭に佇む宇宙船にチラリと視線を動かし、仕方ないわねと微笑した。

 それは化け猫が現れてから初めて見せる姉ちゃんの笑顔だった。


 ――こうして僕たちは、化け猫の姿をした宇宙人と生活を共にすることとなったのだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ