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第16話 夜想曲


 広い部屋の中央に天井から垂れ下がった薄い幕。

 その幕に仕切られた中には大きなキングサイズのベット。

 白はそのベットの上で寝ていた。


 茶褐色の壁は重厚な雰囲気を醸し出し、和やかな印象を与える。

 しかし部屋の空気は冷たく、ピンと張り詰めた緊張感を漂わせていた。


 天井近くまで広がった大きな窓は闇を映す鏡だ。どこまでも続く暗闇は彼らの希望をも飲み込んでいく。

 また一人、そしてまた一人とその餌食になっていく家族や仲間たち。

 いつ自分にふりかかるか分からない恐怖。

 大切な人をなくす悲しみ。

 闇の勢いは増すばかり。


 そして白という名の王子もまた、その犠牲者の一人だ。



 その部屋の中では側近たちが少し距離をおいて王子を見守っている。

 その数2、30人はいるだろう。

 勿論、この部屋まで案内してくれた黒猫、それから虎柄の猫、白猫、パンダ柄の猫の顔触れも揃っている。


 廊下は部屋に入れない者たちで溢れ、群れができていた。


 僕はそっと白の手を握った。

 その手は燃えているかのように熱い。



 白に会ったら元気づけてやるつもりだった。

 何やってんだって、らしくないよって言ってやるつもりだった。


 ――だけど、


 白を見た瞬間、ぽろぽろと大粒の涙が零れた。


 自分でもびっくりした。

 泣くつもりはなかった。

 だけどあまりにやつれ、苦しそうに顔を歪めた白を目の前に、涙をとめられなかった。

 元気だしてなんて、とても言えない。


 全身を覆う柔毛に以前のような艶はない。


 花園で彼が言った“最後”の二文字が頭を掠めた。


 僕はその二文字を頭から叩きだすように、必死で涙を拭った。


 震える唇をぐっと噛み締める。

 必死で笑顔を作る。

 うまく笑顔になっているかは自信ない。


「白、僕だよ? 翔太だよ」


 白の瞳は開かない。


「白……」


 僕は神に祈る気持ちで白の名を呼んだ。


「白……?」


 その気持ちが神に届いたのだろうか、握っていた手が微かに動いた。


 僕はその手を力強く握り返し、そっと話し掛ける。


「僕ね、またピアノを始めたんだ。


白の言うとおりだった。

小さなことに拘って、ずっと下を向いて歩いてた。


逃げてたんだ。


時間を無駄にしていた。

そんなことしたって、何も変わらないのにね。


やっぱ、下ばかり向いて歩く人生なんて嫌だよ。


前を向いて生きていきたい。

一生懸命もがいてみるのも結構いいもんだね?


あの時はひどいことを言って、ごめんなさい……」


 ――ごめんなさい。


 やっと言えた。

 やっと謝ることができた。



 君と離れる前に僕がもっと素直になれていたなら、こんなに時間はかからなかっただろう。


「白、聴いてくれる? 君に聴かせたい曲があるんだ」


 ベットから少し離れたところにピアノはスタンバイしてあった。


 僕は鍵盤の前に座る。


 そっと鍵盤の上に手を乗せた。


 周りにはたくさんの側近たちが壁に沿うように立ち並び、白と僕を静かに見守っている。


 誰一人口を開かない。

 誰一人微動だにしない。


 なんとも言えぬ緊張感。


 僕の手は震え、指は動かない。


 一旦、鍵盤から手を放す。


 震えるな、僕の手!

 静まれ、僕の心臓!



 僕は大きく息を吸い込んで緊張を吐き出し、再び鍵盤に手を添えた。



  ポロン……



 その瞬間、僕の指から奏でられた音符が踊りだした。


 優しく響くその音色は僕の手を伝い部屋中を温かく包みこむ。


 静寂しきったこの星の遥か遠くまで響き渡る音符。


 僕は目を閉じ、君を思う。


 今、君に聴かせたいのはこの曲――



  『夜想曲』



 夢想的で幻想的な甘い旋律――



 白、聞こえてる?


 僕の奏でた音色は何色だろう?



 幾重にも重なった装飾音は、あの夜見上げた桜のよう――そう思わない?




 白は僕にいろんなことを教えてくれた。


 当たり前の大切さ、家族の大切さを教えてくれた。


 夢を持つ勇気をくれた。


 たくさんの“ありがとう”をくれた。


 今度は僕がたくさんの“ありがとう”をあげる番だ。


 こんな僕の友達になってくれてありがとう。


 本気で叱ってくれてありがとう。


 本気で心配してくれてありがとう。


 大切な時間をくれたこと、ありがとう。


 白、ありがとう。



 ――ありがとう。




 夢見るような旋律は終わりを迎え、優しい音色は爽やかな春風の余韻を微かに残して消えていった。



 僕は全てを出し切ったせいで放心状態。

 しばらく立ち上がることができず、鍵盤の前に座っていた。


 周りの猫たちがどのような想いでこの音色を聴いていたかは分からない。

 ただ、青や黄色の瞳は濡れていた。


 僕は皆の心に優しく響いてくれていたらいいなと願った。






 時間ときが止まったような静けさはどのくらい続いただろう。



 僕の知らないところで事態は急展開をみせていた。


 バタバタと慌ただしく走る何者かが徐々に部屋へと近づいてくる足音。


 廊下にできた群衆を掻き分け、部屋へと飛び込んできたのは茶色の猫で、ハァハァと肩で息をし、ひどく動揺している様子。


「たい……たいへ……です!」


 息があがってうまく思いを伝えられないようだ。


「何をそんなに慌てている? 此処は王の御前にて……」

「大変なんですよ!!」


 大勢いる中の一人が慌てふためいている茶色の猫を嗜めようとするが、最後まで言い終える前に茶色の猫に遮りられた。


 そして茶色の猫がこう告げる。


「風が吹いているんです! ――虹の風が吹いているんですよ!!」


 ゴクリと唾を飲み込んで叫んだ彼の声に、その場にいた全員の顔色が一斉に変わった。



 次回、最終話です。

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