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第15話 花 園


 地球を出て何日が経ったのだろう。

 朝なのか夜なのかも分からない、右も左も分からない。そんな宇宙の中で僕は混沌とした時間を過ごしていた。



 母船はあの小さな宇宙船とは違い、移動してるのも感じさせないくらいの安定した走りをみせていた。


 僕が案内されたのは、広い一室。なんら地球にある普通の部屋と変わらない。強いて違いを挙げるなら、窓がないことぐらいだろうか。


 この部屋にはベットと机、そして盗みだしたピアノがあるだけで閑散とした部屋だった。

 辺りは物音一つせず、人影もない。

 そのため集中してピアノを弾けた。

 時間を気にせず好きなだけ弾いた。



 静寂した中でピアノの音色だけが辺りに響いていく。



 だけど限度がある。


 この一室に入れられてから僕はずっと一人。

 することといっても食事を摂ることと睡眠を摂ること、ピアノを弾くことぐらい。



 時間を持て余していた僕はついに部屋を出た。


 ちょっと散歩するぐらいの軽い気持ちで長い廊下を歩く。


 終わりが見えない廊下に僕の靴音だけが響いた。


 右を曲がっても同じ風景が続いているだけ。


 白い廊下に水色の壁。等間隔にオレンジ色の照明が灯っている。

 壁に触れると、あの小型宇宙船同様、カシカシと音を立て、硬化していった。

 やはり造りはあの宇宙船と同じらしい。

 長い時間、宇宙を浮遊するわけだから特別な構造になっているのは当然のことだろう。

 宇宙船やあの魔法の絨毯は浮遊石と呼ばれる鉱物が原料になっているんだとか。



 歩いて歩いて……いつの間にか迷っていた。


 どこまで行ってもまた同じところをグルグル回ってるいるだけのような気がして、狐につままれた気分だ。


 母船は一つの街を飲み込んでしまいそうなくらい巨大な宇宙船なのだ。

 迷ったら部屋には帰れないぞ?


 ――どうしよう……


 どうにかこうにか元の部屋へ戻ろうとしてもっと迷い込んでしまう。周りには道を尋ねる人影もない。

 僕の額にはじわりと汗が滲んでいた。




 僕は壁に手をつきながらよたよたと歩いていると、ある一室の前で足を止めた。やっと壁じゃないものを見つけたのだ。


 両開きの扉。ノブは付いていない。


 僕が扉の前に立つと扉はグィーンと音を立て自動的に開いた。


 ――あ、開いた……



「すいませーん、誰かいますかー?」


 心細い声で尋ねてみるがシーンと静まりかえっていて応答はない。


 中を覗きこむとまた扉があるだけで他には何もない。ただ微かに甘い、良い香りがした。


 とにかく誰かを探さなくてはと奥へと入り、一つしかない扉の前に立つ。するとまた自動的に扉は開いた。


「うわ―っ」


 僕は感嘆の声を漏らした。


 そこは部屋一面お花畑。広さにして30畳ほどだろうか。床は茶色の土が敷き詰められていて足の感触は柔らかい。

 天井からは太陽のような明かりが花たちを照らしていた。

 僕が先程感じた良い香はラベンダーの香りだった。

 他にも薔薇、百合、秋桜、牡丹、菊、向日葵、紫陽花、蘭、チューリップ、ガーベラ、パンジーなどが咲き、種類は様々だ。


 季節なんて関係ない。四季折々の花々たち。


 ――どうしてこんなものが此処にあるんだろう?


 僕が首を傾けていると背後から声がした。


「此処にいましたか……、探しましたぞ?」


 そう言って入り口に立っていたのは総司令官殿だ。

 僕に多くのことを教えてくれた人。彼がいなかったら僕は何も知らないまま白と別れていただろう。

 彼には感謝しなければならない。


「綺麗な場所でしょう?」


 彼は一面の花畑を眺めながら言った。


「はい。鮮やかですね」


 僕も花畑を眺める。


「――他には何も感じない?」


「え?」


「これ全部、地球の花なんだよ?

隣の部屋には野菜もある。

悪いこととは思いながら、地球から少しずつ盗みだしたものなんだよ」


 彼は自嘲ぎみに笑った。



 いけないことだと知りながら、やらなければいけないこと。

 彼らが生きくためには仕方のないこと。


 僕に彼らを責める理由なんてどこにもない。



「これは私たちのエゴだよ。この花たちにしてみたら、自然にかえしてやるのが一番いいに決まっている。

こんな四角い部屋はこに入れられて、さぞ窮屈な思いをしているだろう。


けど、私たちにとっては唯一の花園なんだよ。


ここは唯一自然と触れ合える場所なんだ。

こんな四角い空間が自然だなんて、君からしたらおかしな話だろう?」


 彼はまた自嘲ぎみに笑う。

 僕は首を大きく横に振った。


 この気持ちはなんだろう。

 すごく淋しい気持ちになった。


 爛漫と咲き誇る花たちもどこか寂しげに見えるのは僕だけだろうか。



「いつか、本当の自然に帰してあげれる日が来ますよ」


 それは今の僕が言える最大の励ましの言葉。


「そんな日が来たらいいね……」


 彼は花たちに優しく微笑みかけるが、どこか哀しげ。

 僕も赤や黄色のチューリップを眺める。



 そこに浮かんだのは白の顔。そして目を閉じると聞こえてくるのは白の声。


 白は言った。


 僕には環境がある。自由も時間もあると――。


 それはつまり、自分たちにはないと言っていたのだ。


 この花たちはその象徴だ。



「あの、地球を出てからどれくらい経ったんでしょうか?」


 目の前の花たちを我が子を見るような優しい眼差しで眺めている彼。

 彼は視線をそのままに答えた。


「6日だよ」


 6日……もうそんなに時間は過ぎたのかと言葉なく驚いていると、彼が続けて言った。


「もうすぐ星に着きますよ。実はそれを君に伝えようと思って部屋を訪ねたんだがね、君の姿が見えなくて随分探したよ。――不安だったかな?」


 彼は穏和な微笑を見せた。


「……はい。正直いうと不安でした」


 僕は頭を掻いて苦笑した。


「――翔太さん」


 彼は真顔で僕を見つめる。

 何か言いたげな様子に、僕はハイとだけ返した。


「白王子のために、よくぞこんな遠くまで来てくれましたね。


あなたの勇気に感謝します」



 ――僕の勇気に感謝?



 思ってもみない言葉だった。彼に何と言葉を返していいか分からなかった。



 ただ僕を見つめる彼の瞳は憂愁の色で溢れて、やはり白の容体は深刻なものなのだと実感せざるをえなかった。


「――あのっ!」


 聞きたくないけど信じたくないけど、聞かなければならない現実。


「白がもう長くないって本当ですか!?」


 僕のその問いに彼は目を閉じた。

 そんな彼の様子は少なからずとも僕の不安を掻き立てて、胸の中に蓄積されていく闇の屑。


「以前に悪疫が流行っていると話しましたよね?」


「はい」


「タチの悪い病気です。熱にうなされ、食欲は低下し、脱水症状をひきおこす。毎夜悪い夢にうなされる。


王子もまた、その悪疫の餌食になってしまったのです」


 肩を落とし俯く彼。


「その悪疫に対処する方法はないんですか? なにか治療法は!? 薬は!? 何かあるでしょう!?」


 僕は襲い掛かってくる死の恐怖に押し潰されそうになるのを必死で堪え、彼にしがみ付き訴える。


 けれど彼は目を閉じ、僕と目を合わせてくれない。


 横に振られた首。


 それは手の施しようがないという残酷な答えだった。




「そんな……っ」


 僕は地面に力なく崩れ落ちた。


「だからあなたをここに連れてきたのです。


せめて安らかな最後を送らせてあげたいと思ったから」



 ――最……後……



 彼のその言葉は僕を奈落の底へと突き落とした。






 それからのことはよく覚えていない。

 どうやって部屋に戻ったのかも、いつ星に着いたのかも――




 僕を正気に戻してくれたのは皮肉にも真っ暗な闇だった。


 僕の目の前に佇むのは巨大なお城。

 それは近代的な建物で映画で観たSFの世界だ。まばゆいばかりの明かりを放出したお城は夜景のように綺麗で一見豪華に見える。けれどカタンカタンと規則正しく動く機械の音は無機質な印象を与えた。

 お城の周辺を小さな小型宇宙船が浮遊している。


 ――なんか……この星、おかしい……



 こんなに立派な未来型のお城があるのに、大地は干上がった田んぼのように枯れている。灰色の地面と闇だけの世界。

 その一方では重装備な漆黒の巨大母船とこの近未来な造りのお城。


 とても不釣り合いな気がした。






 黒猫に案内されながら廊下を歩く僕は恐縮しきりだ。

 なぜなら廊下にはたくさんの猫たちが整列し、頭を下げているのだ。

 重々しい空気の中を歩く僕。

 正直、胸が痛かった。



 だって僕は、ただの地球人だよ?

 全然偉くもないし、親父みたいに人の役に立つようなこともしたことない。


 そうだよ!僕なんかより親父を連れてきた方がよかったんじゃないか!?


 だって医学のプロじゃないか!!

 もしかしたら白を助けられるかもしれない!!


 どうして気付かなかったんだろう……。

 僕なんかよりずっと……



「翔太さん? 白王子はね、あなたに会いたがっているんですよ?」


 僕の後ろを歩いていた虎柄の猫が囁いた。


「ほんと、いつまでも後向きな奴やなー」


 虎柄の猫の隣を歩く白猫が不機嫌そうにぼやき、それに頷くパンダ柄の猫がその後ろを歩く。


 ――え? 今、何て……?


 僕、一言も口には出してないよね?


 胸の中で思っただけなのに、なんで分かったんだろう?


 まさか透視能力!?



 まさか……ね……


 僕は振り返り猫たちの顔を伺う。


 すると虎柄の猫はしまったっと言わんばかりに額に手をやり、白猫は気まずそうに目を上へと泳がせている。

 パンダ柄の猫は何もなかったかのように平然と前を見て歩いていた。



 やっぱりコイツら僕の心を読んでいる!



 僕が警戒心たっぷりの視線を後ろの三人に送ってやった。すると前を歩いていた黒猫の足がぴたりと止まる。


「ここです」


 大きな両開きの扉の前。


 僕は複雑な思いで扉を見上げた。


 この奥に白はいる――



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