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第14話 三日月


 僕を迎えにきた?


 僕の前に突然現われた巨大な黒猫が言った。


「呑気に話をしてる暇はないんです。

後で、きちんと説明しますから、早く身仕度の用意をしてください」


 黒猫は早口でそう言うと早く、早く、と僕を急かした。


 だけど後で説明すると言われても、いくら身仕度を急かされても僕はまだピンとこない。


 呆然と黒猫を見上げベットに座りこくっていると、黒猫が僕の腕を掴んで無理矢理立たそうとする。


「何してるんですか!? 時間がないって言ってるでしょ!?」


「だから、なんで!?」


 隣りの部屋で寝ている姉ちゃんに聞こえないようにと気にしながら小声で話すが、口調は強い。

 ばっと黒猫の腕を振り払う僕。


 すると黒猫のライトブルーの瞳が一瞬曇った。


「王子が倒れました。――もう長くないかもしれません」


 僕は頭が真っ白になって、思考能力は完全にストップした。


 もう長くない……?


 あの白が……?



 白の笑顔が目蓋に映り、その懐かしさに胸がじんわり熱くなる。


 あの優しい笑顔が消えるの?



「王子がうなされながら言うんです。あなたのことを……」


「僕の、こと……?」


「はい。翔太が奏でる音色は何色かと……」


 ドクンと心臓が鳴った。


 白は離れてからもずっと僕のことを気にかけてくれていたんだ……。


 忘れないでいてくれたんだ……。


 その白が僕を呼んでいる。


 ――行かなきゃ!!


 白が僕を呼ぶなら、行かなきゃ!!


 これを逃したらもう二度と白とは逢えない気がする!


 再び回転しだした僕の思考回路は早いスピードで答えを導きだし、動作も機敏になる。


「分かりました、一緒に行きます!

けど姉ちゃんには言ってかなきゃ心配する。少し時間を下さい!」


 僕はすくりとベットから立ち上がり、ドアノブに手をかけた。


「分かったわ、5分だけ待ちます。私は下で待ってるから」


 黒猫はそう言うと窓を開け足をかけて、当たり前のようにそこから外に出ようとした。


「ちょっ、何やってんの!? そこ出入口じゃないよ!」


 黒猫は窓の縁に足をかけたまま振り替えり僕を見ている。


「え……そうなの?」


 黒猫の間の抜けた声。


 まさかまた窓から庭に飛び降りる気かよ!?

 勘弁してくれ〜!!

 この非常事態にそんなボケは入らないっつーの!


 全く面倒な奴が来たもんだと思いつつため息を一つ。


「こっちに階段あるから、ここから下りて! 絶対、そこから出ちゃダメだかんね!」


 黒猫は僕の言葉を受けて肩を窄める。

 何がいけなかったの? とでもいうように。


 あの黒猫は天然だと確信しつつ僕は隣りの部屋に向かった。



「白に……逢いに行くのね?」


 僕と黒猫の会話は筒抜けだったらしく僕が姉ちゃんの部屋のドアを開けると、すでにベットの上で身体を起こした姉ちゃんがいた。


「うん。今から白のとこ行ってくる! もう少しで夏休み入るし、それまで学校には適当なこと言って誤魔化しといて! じゃ、姉ちゃん頼んだよ!」


 僕がいなくなる後のことを姉ちゃんに託し、慌ただしく部屋を出た。


 身仕度と言われても何を用意していいか分からなくてとりあえず3日分の着替えだけを鞄に詰めて、黒猫の待つ庭に走った。




 庭に出るとすでに宇宙船は起動準備を完了していて僕が乗り込むとすぐに宇宙船は浮いた。

 起動している船内のフロントは窓がなかったはずなのに透明に透けて外の様子がはっきりと見える。


 あっという間に家並みを見下ろす高さまで上がった。


 僕が慌てて蓋を閉めようとすると、姉ちゃんが窓から見上げているのが見える。

 僕は顔だけだして、行ってきますと胸の中で別れを告げ宇宙船の蓋を閉めた。




 宇宙船はあっという間に上空1000メートルまで上昇。


「ねぇ、ピアノって何処で手に入る?」


 黒猫は操縦席に座り、よたついてる僕に訊いてくる。


「何処って、楽器屋さんとか……あ、でもこんな時間にやってる店なんてないよ? お金もないし……、簡単に買える代物じゃないよ」


 僕はグラつく船内でなんとかバランスを保とうと、壁に手をつく。

 僕が触れた壁は案の定カシカシと音を立て硬化していった。


「翔太って天然? 誰がお店で買おうなんて言った? お店が開いてないことぐらい承知。お金がないことも承知。その上で訊いてんの!」


 僕が天然?

 君に言われたくないんですけど……


 僕はちらりと横目で黒猫を睨んだ。


「それってどういう意味? まさか盗むの!?」


「人聞き悪いこと言わないでくれる? ちょいっと借りるだけよ」


 黒猫は振り向き、悪戯な笑みを浮かべた。


 けれどその表情もすぐに堅くなって、真顔になる。。


「王子の願いを叶えてあげたいの」


 その健気な黒猫の横顔に一瞬哀しみの色が混ざるのを見た。

 黒猫は心の底から白を慕っている。そして心配してるんだなと感じた。


「じゃあ学校がいいかも。やっぱりグランドピアノじゃないとね!」


 僕の提案に、黒猫はパァーと花を咲かせたような笑顔をみせた。


「よーし、母船と合流したら速攻で学校に忍び込んでピアノを拝借しよう!」


 黒猫は弾むような声を発し、宇宙船は更に加速した。


 僕は不意をつかれてガクッとバランスを崩し、みごとに尻餅をつくはめになった。




 やっと黒猫の乱暴な操縦に慣れた頃、白が悪疫にかかり寝たきり状態になっていることを黒猫から聞いた。

 そして家族がいない白にとって、今呼ぶ名前は僕しかいないのだとも……。


「悔しいけどね……」


 黒猫は切ない声で呟く。


 側に仕えている黒猫たちより地球人の名を呼ぶ王子――白。


 側にいても何もできない自分が悔しいのか、それとも僕に対して悔しいと言ったのか――それは僕には分からない。


 でも多分、両方だろう。




 僕の乗った宇宙船が更に高度を上げ雲の中からはい上がるとその真上には黒い機械質が剥き出しの巨大な母船がガーという音を発しながら浮いていた。

 なんだか自分の身体が小さくなった気分だ。

 まるでミクロ化した僕が昆虫の下敷にされてるようで、黒光りした母船の底は不気味だった。


 真下から覗いてる僕からはその全貌は分からない。

 ただその大きさは想像を大幅に越えていて、街一つぐらい容易に呑み込んでしまいそうなほど巨大な宇宙船だった。


 ぽかんと口を開けて呆気にとられている僕をよそ目に、黒猫は慌ただしく操縦席前に並ぶコンピューターのキーを叩いている。

 すると一分も経たないうちに母船の底にある昇降口が開き、その中から3隻の宇宙船が降りてきた。

 そしてそれらを確認すると黒猫は僕に視線を移す。


「学校に案内してくれる?」


 僕は頷き、来たみちをまた戻っていった。


 きっと学校ならどこでもよかったんだろうけど、僕は自分の通う学校を目指した。

 その方が迷わずに済むと思ったから。






 学校の上空を4隻の宇宙船が浮いている。


 僕は3階にある音楽室の窓を指差すと、窓際まで近付き宇宙船から放出された眩しいライトが室内を照らした。

 照らされた室内の隅に黒い幕のかけられたグランドピアノが見える。


「――あれか……」


 黒猫が呟くと、交信音が鳴った。

 黒猫が交信を取るとモニターに映ったのは虎縞の茶色の猫。

 黄色の瞳は少し白と似ていると感じた。


「これは無理じゃないかな? 窓の桟が邪魔だよ」


 その声は20代の青年の声。


 するとまた違う猫がモニターに映る。今度は真っ白の身体に赤い瞳の猫だ。


「ぶち抜いちゃう?」


 白猫も青年男性の声。

 けれど声質はさっきの猫に比べると少し低く刺々しい。

 どうやら白猫の気性は荒いようだ。


 今度は黒猫がその言葉を聞いて僕に訊ねた。


「ここからあのピアノを盗み出すのは困難だわ。他にいい手はないかしら?」


 やっぱ盗むんじゃん……と思いつつ他の手を考える。

 そして僕は思い出した。この学校にはもう一つピアノがあることを。


「体育館だ! あそこなら盗み安いと思うよ!」


 僕の提案に黒猫は頷き、すぐさま急旋回して僕の指差す体育館へと方向転換する。


 体育館のステージ裏にはピアノが常置してあるから、それならきっと盗みやすいはずだと少し罪悪感を感じながら体育館へ向かった。


 体育館と校舎は校庭を挟んだ少し離れた場所にあり、4隻の宇宙船は校庭に停船した。

 4人の宇宙人と僕が体育館の重い鉄の扉の前まで来ると、当たり前のことながら、そこには鎖が巻かれ固く施錠がかけられてあり、簡単に入れなくなっている。


 僕がこのままでは入れないと立往生していると、虎縞の猫がいとも簡単に鍵を開けた。

 そして隣りで目を丸くして驚いている僕にニヤリと笑いながら一言。


「悪いことをするのも結構楽しいですね……ふふふ」


 その三日月型に歪んだ瞳は悪戯をやらかして楽しんでるタチの悪い子供のようだ。

 ついさっき、白に少し似てると思ったけど、撤回する。

 やっぱり似てないや。


 僕の後ろには肩に反物を背負った猫がいた。彼は無口なのか、まだ一言も発していない。耳と手足だけが黒くて体は白色というパンダ柄の猫。瞳の色は濃いブルーだ。

 その背中に背負っているモノが気になったが、すぐに扉が開いたので何も訊けずステージ裏まで走った。


 真夜中の学校は想像以上に不気味で、暗く静まりかえった体育館は怪しげな雰囲気を漂わせている。

 その中に猫のような宇宙人がいるこの状況も不気味だった。


「これがピアノかー」


 感嘆の声を洩らしたのは黒猫。


「結構重そうですね」


 ピアノに触れ、重さを計っているのは虎縞の猫。


「なーに、こんくらいなんてことないさ。さっさと運んじまおうぜ!」


 口の悪い白猫がこう言うと、コクンと頷いたパンダ柄の猫は背負っていた反物をステージの上に広げた。

 その広げた反物は縦横約2メートル四方の絨毯のようなものだった。


 一体何をしようとしてるのかと僕が立ち尽くしていると、猫たちがピアノを押し始めた。

 どうやらあの絨毯に乗せようとしているらしい。


 僕は訳が分からなかったが、何もしないわけにもいかなかったので、とりあえずピアノを押すのを手伝った。


 ピアノが完全に絨毯の上に乗り終えるとピアノをそのままに、猫たちはさっさとステージを下りていき、流れを掴めてない僕だけが取り残された。


「は? ピアノ盗むじゃなかったの?」


 彼らの後を追いながら間の抜けた声を出してしまった。


 すると僕の側にいた虎縞の猫は得意げに言う。


「まぁ見ててくださいよ」


 またニヤリと笑い、僕の背中を強引に外へと押す虎柄の猫。

 僕はずいずいと体育館から押し出され、他の猫たちもいそいそと体育館の外に出てくる。


 そして開け放たれた扉の外から体育館を覗いていると、驚くことにステージ中央に佇むピアノが動き始めたのだ。


 ゆっくりと静かに宙に浮いていく。


 僕はまた夢を見ているのかと目を擦り、再びその光景をしっかりと眺めた。


 ピアノは上下左右に揺れながら僕達がいる体育館入り口を目指して飛んでくる。


 魔法か、それとも超能力でも使ったのだろうか、と隣りにいた虎縞の顔を見上てみても彼はまたニヤリと笑うだけだった。


「翔太さん!」


 後方から僕を呼ぶ黒猫の声がして振り替えると、黒猫はすでに宇宙船の中に躰半分埋うずめている。


「翔太さん、早く乗って!」


 ふと気づけば白猫もパンダ柄の猫も既に宇宙船に乗り込んでいて円を描くように上空を飛んでいた。


 僕も急いで黒猫の宇宙船に乗り込み成り行きを見守る。


 一人居残った虎柄の猫はふわりと浮いたピアノが体育館の扉を潜るのを確認すると、扉を閉めて固く施錠をかけた。


 それはものの数秒で、あっという間に3隻の宇宙船に追い付くのだから、彼は今世紀最強の大泥棒決定だ。


 そして、あの不思議な絨毯に乗ったピアノはいうと、宇宙船に引き寄せられるように僕達の後を追ってくるのだから二重の驚き。


 ゆらりゆらりと揺れるピアノはまるで生き物のようだ。




 静寂を守っている夜闇にくっきりと浮かんだ三日月。


 その淡い月明かりを背景に、4隻の宇宙船と絨毯に乗ったピアノは奇妙な黒い影となって消えていくのであった。



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