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第13話 真夜中の訪問者


 僕はその日、白が大好物だったプリンを姉ちゃんと二人で食べた。

 プリンは甘い食物のはずなのに、涙混じりに食べたその日のプリンは塩っぱかった。


 もし白が僕の前に現われなかったら、こんな塩っぱいプリンを味わうことはなかっただろう。


「白、私たちに見送られたくなかったんだね。

別れが辛くなるから……」


 姉ちゃんが独り言のように言う。

 僕は黙っていた。


 僕はスプーンを口にくわえながら、昨日の宇宙船でのことを思い出していた。



 確か、僕が交信を切った時、彼はまだ何か言おうとしていたよな、と。


(来週? それは何かの……)


 その続きはきっと――


(来週? それは何かの間違いでは? 迎えにいくのは今夜ですよ――)


 きっと彼はこんな感じのことを言おうとしてたんだろう。


 ――なのに僕は……。


 ほんとに僕は何をやってもダメだなーと深い自己嫌悪に陥る。




 僕は姉ちゃんに話を聞いてもらうことにした。


「白、あっちの星の王子様なんだって。しかも滅亡の危機にある星のね……」


 なんの前触れもなく僕が話し出すもんだから、姉ちゃんは目を丸くした。

 なぜ僕がこんな話をするのかと不思議に思っただろう。


 僕は姉ちゃんにも伝えなければいけないと思ったのだ。

 白の想いや、その真意を。


 姉ちゃんはそんな僕の想いを汲み取ってくれたのか、何も言わず静かに聞いてくれた。


「白が帰っても家族はいないだ。皆、死んだんだって。自分の周りで次々と生命が落ちていくのを白はずっと見てきたんだ。

だから姉ちゃんのお腹の中に新しい生命が宿ったと知った時、白は嬉しかったんだと思う。

だから自分のことのように喜んだ。必死で応援してくれた。迷ってる姉ちゃんの背中を押してくれた。


その子は白にとっても希望の光だったんじゃないかな?

明るい未来を見たんじゃないかな?

僕はそう思うよ」


 僕が話し終えるのと同時に、姉ちゃんの頬に一筋の涙が伝う。


 この時の僕はまだ知らないことだが姉ちゃんと白の間には一つの秘密があった。


 それは白の能力のこと。


 相手の心を覗くことのできる力。

 それは白が決して使うまいと決めていた秘密の力だった。


 だけど一度だけ使った時があったという。


 それは姉ちゃんが妊娠し、独りで悩み苦しんでいた時だった。


 白は人の心の中に入った。

 してはいけないことだと分かっていたのに、それでも自分を止められなかったのだ。


 白が堅い決意を捨ててまで救いたかったもの――


 それは新しい生命だ。


 白によって姉ちゃんも小さな生命も救われたんだ。



 姉ちゃんは涙で濡れた顔を自分の膨らんだお腹に向け、守るように両手を添える。

 姉ちゃんは何も言わなかったけど――白、ありがとうと言っている姉ちゃんの心の声が聞こえてきそうだった。


  『ありがとう』


 そういえば、白が初めて僕にかけてくれた言葉も“ありがとう”だったっけ。


 このありきたりな言葉がこんなにも温かいものだったなんて、知らなかったよ。


 僕はくしゃくしゃになった便箋をそっと伸ばした。


 白から貰ったたくさんのことは僕も忘れないよ。

 決して忘れない――






 それから3ヵ月後――


 僕は空を見上げるのが癖になっていた。


 今も地球の何処かの空を飛んでいるに違いないと思うと、つい探してしまうのだ。


 けれど見上げた空は青々とした夏空で黒い異物などあるはずなかった。


「やばっ、練習時間なくなるっ」


 学校の校門にいた僕は玄関正面にある時計を見上げ走りだす。


 僕が向かう先は音楽教室。


 僕はまたピアノを始めた。


 そのことは姉ちゃんも親父も、そして教室の先生も喜んでくれた。


 ようやく僕は真実と向き合う決意をしたのだ。


「正直に教えてください。あの時、選考会の審査員には親父に助けられた人がいたって本当ですか? だから僕は選ばれたんですか?」


 ずっと聞きたくて聞きたくなかったこと。


「やっぱりそのことを気にして辞めてしまったのね」


 防音設備の整ったピアノ教室の一室で、静かにため息をついたのは、当時僕を指導してくれてたピアノの先生。

 50歳は過ぎたであろうその顔は当時に比べ、皺が幾分増えただけで、温和な雰囲気は全く変わっていなかった。

 パーマのかかった黒髪を一つ纏めにし、少したれた目は笑うとより一層たれ目になったことをよく覚えている。


「誰から聞いたかは知らないけど、それは本当よ。交通事故で救急車で運ばれてきた彼女を処置したのがあなたのお父さんだと聞いたことがあるわ。

けれど彼女がそのことを知ったのは選考会の後よ。

自分の恩人の子供があの場にいたことなど彼女は知らなかったわ。

それに、もし知っていたとしても、そんな不公平な採点を彼女がするはずないわ!」


 先生は僕をじっと見つめ、視線を外すことなく強い口調で否定した。


 僕はその言葉を受け、やっと解放された気がした。


 僕はこの言葉が聞きたかったんだ。

 誰かに違うと強く否定して欲しかったんだと実感した。


 もっと早くにこうしていればよかったと思うけど、もし肯定されたら、もう僕の逃げる場所がなくなってしまうと思った。

 だから聞くに聞けなかった。聞く勇気が持てなかったのだ。


 白の言うとおり、下ばかり見て歩くのは辛すぎる。


 もう、逃げたりしない。


 僕は5年ぶりにピアノに触れた。


 感覚を思い出すのに多少の時間はかかったけれど、久しぶりに触れた鍵盤はとても軽くて動きだした指は止まらなくなった。


 その時間は僕の大切な時間になった。


 白だって頑張るって言ってた。だから僕も頑張ってみるよ。必死でもがくのも結構気持ちいいもんだね。


 きっと白のことだ、君はもっと頑張ってるんだろうな。






 その夜は、綺麗な三日月がくっきりと浮かんだ夏の夜だった。


 カチッ…… カチッ……


 僕の部屋に小石の当たる音がして目が覚めた。

 時計に目をやると深夜の午前2時。

 辺りは静かで風の音さえしない。

 僕は気のせいかと、また目を閉じる。


 すると今度は僕の名前を連呼する声がかすかに聞こえる。


「翔太さーん、翔太さーん」


 声を潜めて何度も僕の名を叫んでいる女性の声は、窓の外すぐ近くで聞こえていた。


 ここは2階にある僕の部屋だ。

 しかもこんな夜更けに一体何が起きているのかと恐る恐るカーテンを開けた。


 ――――!!!?


 突然僕の目に飛び込んできたのは、宙に浮いた小型宇宙船。そして宇宙船から身体半分出した黒猫―――じゃなくて黒猫のような宇宙人!!


 夜闇に漆黒の身体は不気味だった。その中でライトブルーの大きな瞳だけがギラリと光って、僕を捕らえている。


「はぁ〜やっと気付いてくれた〜」


 黒猫はやれやれといった様子でため息混じりに言った。

 そしてぷかぷか宙に浮いている宇宙船から身体を全部出すや否や、こともあろうにジャンプして家の屋根に飛び移ってきたのだ。


 その屋根とは僕が開けた窓のすぐ下。つまりその黒猫は僕に向かって飛んできたのである。


 僕は驚愕して後ろに後退。


 黒猫は前足を窓の桟にかけ、後ろ足を屋根につけ豪快に着地し、その衝撃でドーン、ガタガタと激しい音が上がった。

 その騒音に誰かが窓の外を見たら最後、猫型宇宙人の存在が世間に知れ渡ってしまう。

 そんな最悪な事態だけは避けなければと一瞬にして判断した僕は、必死で黒猫を窓の外から内に引っ張りこみ、宇宙船を庭に停船させるよう指示した。




 数分後、僕は一旦閉めたカーテンを数センチ開け、片目で辺りを見回すと、何軒か明かりがついている。


 窓を開け、外の様子を気にしている人の姿も見えた。

 ただ幸いなことに、あの黒猫も宇宙船も見られてはいないようで、窓の外を覗いているその人は交通事故があったのではと勘違いしているようだった。頻りに車道を気にしていた。


 はぁ……、どうやら最悪の事態は免れたようだ。


 僕はベットに腰掛け、安堵のため息をつく。

 黒猫は部屋の中央でイタタタッと腰の辺りを擦っていてなんとも間抜けな姿だ。


 僕はそんな黒猫を見て、全く無茶苦茶するなーと心の中で嘆いていた。


「もぅ、なぜ私がこんな目に……」


 それはこっちの台詞だ。


 一体、黒猫は何しに此処へ――?


 僕が警戒心たっぷりに黒猫を眺めていると、やっと僕の視線に気づいた黒猫が口を開いた。


「あ……かなり怪しんでます?」


 こくりと僕は頷く。


 黒猫の声は見た目とは想像もつかないほどの可愛い少女の声。


 黒猫は姿勢を正すと、神妙な面持ちになり、僕にこう告げる。


「私は白王子の側に仕える者です。


翔太さん、あなたを迎えに来ました」




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