第11話 未来なき星
白と喧嘩した次の日。
僕はその日、白のすべてを知った。
なぜ地球に来たか。
なぜ桜の前で泣いたのか。
なぜ僕にあんなことを言ったのかを――
昨日、白と喧嘩してから一切口をきいていない。
このままではいけないことは分かっている。
でも、仲直りの仕方をしらない。
今までに誰かと本音をぶつけ合って喧嘩した経験など一度もない。
友達といっても世間話やゲームの貸し借りする友人が2、3人いるくらいで、上辺だけの付き合いだ。
そんな付き合いしかしてこなかった僕が居間で一人、どうやって白と仲直りしようかと思案している時だった。
庭から電子音が聞こえてきたのだ。母船からの交信音だ。
白はその時、姉ちゃんの部屋にいた。
姉ちゃんが部屋にあるテレビの映りが悪いと言ったら、白が直せるかもと言ったのが切っ掛けで今も修理中である。
「おーい、白ー!」
僕は重い腰を上げ、階段の下から白を呼んだ。
――……
全く応答はなく、その上姉ちゃんが掃除機をかけだしてウイーンという吸引音によって僕の声は消されてしまった。
「ったく……」
知らないからな、と僕は居間に戻り、すとんとソファに腰を下ろすも、やっぱり知らない顔などできなくて――。
「なんだよ、もう……」
なんだか白に無視された気分になって寂しくなった。
正面に見える宇宙船は頻りに主を呼んでいる。
主人とは勿論、白のことだ。
だけどその時のコールは僕を誘っているように聞こえ、僕はその誘惑に負けた。
無性に誰かと話したくなっていたせいもある。
話し相手として頭に浮かんだのは、一度だけ話をしたことのある“彼”のことだった。
僕は青いシートを潜り、あの時と同様にして宇宙船に乗り込んだ。
中に潜ると相変わらず薄暗く、頻りに鳴っている電子音はより一層大きく聞こえてきた。
僕の顔を照らすのは操縦席の前にあるモニターの光だけ。
「えっと……どうやるんだっけ?」
操縦席の前に広がる幾つものボタンを前に、やはり白たち宇宙人の知識と技術は凄いものだと思った。
この黒い鉄のような塊が一体どのような仕組みで空を飛べるというのだろう。
そんなことを思いながらあの時の白の仕草と同じように左端のレバーを引き、手前の赤いボタンを押した。
すると何も映されていなかったモニターに影が映った。
映った影の正体は予想どおり、彼だった。
“彼”とは白の上司である総司令官殿だ。
「ぬわっ!?」
彼はあの時と同様にひどく驚いていた。
身体を仰け反り、その勢いで座っていた椅子ごと後ろに倒れ、画面から消えていった。
“あの時”とは僕が初めてこの宇宙船に乗せてもらった日のこと。
そして彼は僕が知る白以外の宇宙人だ。
「ごめんなさい! 驚きましたよね? 大丈夫ですか!?」
かろうじて上半身を起こしたのだろう、僕からはぴくぴく動く耳だけが画面の下ぎりぎりに見えるだけ。
「ご心配なく」
彼は画面の前の定位置につくと、動揺を隠すようにコホンと咳払いをし、何もなかったかのように平然を装った。
「それで王子は?」
「えっと……今ちょっと手が離せない用があってここにはいません。何か急用ですか?」
彼は細長い髭をピン、ピンと手で整えている。以前にもそんな仕草を見た気がした。どうやら彼の癖らしい。
「急用ではないんですが……」
彼は語尾を濁した。
この前も自分の一言で僕と白が揉めそうになったことを気にしているのだろう。
「伝言があるなら僕から伝えるけど?」
僕は彼の警戒心を解くように軽い口調で言った。というか本当に軽い気持ちだった。
白と話しをするキッカケが欲しかったのだ。
だからまさか彼の口からそんな重い言葉が出てくるとは、これっぽっちも考えていなかった。
「そうですか? では――葬儀が無事に終わったと、それだけ伝えて頂けますか」
――え? 葬儀って?
「では私はこれで」
「ちょ、ちょっと待って!」
僕は、交信を切ろうとする彼を引き止めた。
だって、彼の言った伝言は、はい分かりましたって簡単に引き受けられる内容じゃない!
「葬儀って、誰か……亡くなったの?」
僕の問いに彼はかたい表情のまま何も答えてくれない。
僕の頭に浮かんだのは一人しかいなかった。
「白の……お父さん? ――王様が亡くなったの!?」
彼は僅かに視線を下に落とした。
「なんとか言ってよ!」
僕は前のめりになってぐっと顔をモニターに近付ける。
彼は重い沈黙の中、深いため息の後コクンと頷いた。
「いつ!?」
僕は間髪入れずに問いただす。
彼はもう隠せないと観念したのか大きく息を吸い、そして吐き出すと重い口を開いた。
「3日前です。ずっと床に伏せっておいででした。なんとか王子が戻るまではと頑張ってましたのに……全くあの病気の恐ろしさを痛感します……」
彼は絶望感でいっぱいにした顔を手で覆った。
3日前に白のお父さんが死んだ――!?
3日前と言ったら、桜を見に行った前日だ。
桜の下で流した涙は父親を亡くした悲しみの涙だったのだろうか。それとも側にいてあげれなかった悔やし涙――?
「せめて逝く前にもう一度会わせてあげたかったです。あと少しだったのに……無念でありません。
王を独りで逝かせてしまったと王子が自分を責めてなければいいのですが……」
彼の瞳に滲む悲しみと悔しさ。
「独り……?」
僕は彼の言葉が気になった。
“独り”とはどう意味だろう。
他に家族は? 確か白には2人の兄がいたはずだ――
「ほんとに王子は何も話してないんですね」
まったく彼の言うとおりだ。
白は何も話してくれない。
僕は何も聞いてない。
僕は何も知らない。
「教えてください。もうそこまで話したんだから、どっちみち同じでしょ? あなたから聞いたとは絶対に言いませんから!」
彼はまた深いため息を一つつき、分かりましたと言って話してくれた。
「王子が地球に来た目的は聞きました?」
「はい。地球の生態を調べにきたんですよね」
「ではなぜそのようなことをしてるかは知ってますか?」
僕は首を横に振った。
調査の理由なんて、全く気にしてなかった。
「私たちのいる星を第二の地球にしようとしているからです」
「第二の地球?」
唐突の告白に僕は頭が真っ白になる。
「もっと分かりやすく言えば、この星を地球のような住みよい星にしたいんです」
「あの、分からないんですけど……。だってあなたたちは地球よりも豊富な資源を持ってるじゃないですか。この宇宙船を見れば一目瞭然ですよ。技術だって人間には到底真似のできない技量です。どう考えても立場が逆だと思うんですけど」
確か白にも似たようなことを言ったなと思い出した。
(白たちは凄いよね。何万光年と離れた地球に来れる技術を持ってるんだから)
その時、白は何て言ったんだっけ?
「確かに私たちの開発技術はどの星よりも進歩してるでしょう。
けれどそれだけなんです」
そうだ、思い出した。
白も同じことを言ったんだ。
(それだけですけどね)
彼の言葉と白の言葉が同調する。
「此処には地球のような青い海も緑の大地も、赤や黄色の花々も幾多の生物もいないんです。――というか、なくなってしまったんですよ。全て、ね。そんな何もない中で科学だけが盛んな星なんて未来があると思いますか?」
彼は自問自答するかのように、ブンブンと首を横に振った。
「未来なんてないですよ。その先に待っているのは
“死”だけです」
――死、だけ。
思ってもみなかった世界だ。
つまり彼らの星はもう長くない。滅亡しようとしていると言っているのだ。
そして白は死を覚悟で星に帰らなければならない。
星と共に、仲間と共に死ねるなら本望ってこと?
足がガクガクと震え、立っていられなかった。
ストンと後ろにあった操縦席に座った。いや、座ったというか落ちたと言った方が正しい。
「その上、悪疫が流行だし家族や友人が次々死んでいくんだ。
目に見えない恐怖がすぐ隣りに潜んでいる日々、先に待っているのは破滅しかない未来。そんな生活を私たちは過ごしているんです」
「何か……手はないんですか?」
やっと絞りだした声は震えていた。
「勿論、全総力を持ってやれることはしましたとも。――けれど何も手が見つからない。
今私たちが出来ることは地球を調査し、この星に何が足りないのか、地球にあって此処にないものはなんなのか、悪の根源がなんなのか、それを調べること。
そして最終目標は此処に第二の地球を造ること。
けれどそれも――もうほとんどの者が希望を失ってしまい、夢物語だと本気にするものは少ないがね」
彼はまた一つため息をついた。
もう希望さえも抱けないほど、彼らは絶望の淵にいるのだと感じた。
「強い意志を持って、期待を捨てないでいたのは王子だけでした。
王子だけは何に対しても一生懸命だ。
悪病で2人の兄を亡くしても、王妃が亡くなった時も気丈に振る舞い、私たちを励ましてくれました。
一番辛い想いをしているのは他の誰でもない、王子自身のはずなのに……。
私たちはそんな王子の姿に勇気づけられました。
そして王子のサポートをしようと立ち上がったのです。
たとえ無駄だったとしても――最後まで」
彼は涙混じりに語ってくれた。
そして僕の目にも溢れる涙。
――ああ、だからか……。だから王族の身でありながら調査員なんてやってるんだ……。
ふと桜を目の前に、白が言ったあの言葉を思い出した。
(散り際まで燈を灯し続けることができるでしょうか)
つまり、最後まで希望を捨てることなくいられるか、誰よりも強くいられるか、そのために何ができるのかと自分自身に説いていたに違いない。
「話してくれてありがとうございました。
もっと早く話し聞きたかったけどね……。――実は昨日、喧嘩しちゃって……全部僕が悪いんですけどね。
来週帰るっていうのに……」
僕は自嘲気味に笑った。
本当に自分が嫌いになりそうだ。
「え? 来週? それは何かの……」
「あ、愚痴っぽくなってすいません! 白にバレるといけないし、そろそろ切りますね。じゃあ」
僕は一度にたくさんのことを聞いて半分パニック状態だった。
しばらく独りで整理したい気分だった。
彼はまだ何か言い掛けていたのに、僕は最後まで聞かずに交信を切ってしまったのだ。
それはとても大事なことだったのに――。