嵐の前触れ
―昔々、あなたが考えているよりももっと昔。とあるところに‘ルージュ’という国があった。桜一族が代々この国を治めていた。そしていつからかは知らないがその使用人は扇一族がつとめていた。扇一族には“シェイル”という特別な能力があった。この物語は桜一族の第一王女紅姫に仕える扇一族の団扇の物語。それは姫様が十六歳になったばかりのある朝のこと―
コンコン。
「姫様、おはようございます。朝食のお時間です。」
「―お入りなさい。」
ギィー。・・・あぁ。いつものことながら、姫はとても美しい。
バタン。不機嫌な音とともにドアが閉まると同時に姫様も不機嫌な顔になる。―また、いつものわがままが始まる。
「さあ団扇。今日こそは私の名前を呼びなさい。」
「無理です。俺はただの使用人。あなたはこの国の第一王女の紅姫様なんですから。」
「団扇、あなたただの使用人ではないでしょう。あなたは数少ない王室付きの特別使用人なのですから。」
「それでも姫様を名前で呼ぶなんてそんなことは・・・。」
「これはお願いではありません。命令です。早く名前を呼びなさい!」
「その命令だけはいくら姫様の命令だとしても、きくことはできません。それより、早く朝食を・・・」
ガチャ。俺の言葉を遮るように窓が開き賊が入ってきた。そして目にもとまらぬ早さで姫を攫っていった。
「銀の髪・・・。」
ハッ。見とれている場合ではない。早く追いかけなければ・・・!
「侵入者だ!姫様が攫われた!誰か止めろーっ!!」
俺はすぐに賊が出て行った窓から叫んだ。
『しかし、ここは5階、ここから降りられるのは俺達扇一族だけのはず・・・。』
「冬扇、火扇、賊を捕らえよ!!」
この声は第二王女の桃姫様!目の端で何かが飛び降りるのが見えた。
「おや、お姉様専属のおまえがいたのに賊が入ったというのですか。嘆かわしい。ぼーっとしてないでおまえも賊を追ったらどうです?」
桃姫様の嫌味を最後まできかず、俺も冬扇たちの後を追って飛び降りた。
俺が地面に着地すると同時に俺の目の前を大きな扇を担いだふたり組が走っていった。赤い扇が冬扇、青い扇が火扇だ。おいていかれないように必死で後を追った。
―半時間ほど走ったが、俺は冬扇たちまで見失ってしまった。
「ハァ、ハァ・・。ど、どこまでいったんだよっ・・・。」
~♪♪~・・・何か聞こえる。俺はその方へ向かって走った。
「・・・希望の光は闇を照らし、未来への道とならん。」
姫様の歌だ。姫様は歌うのが好きだ。この歌は俺と姫様が初めて会ったときに歌っていた歌だから忘れるわけがない。
「姫様!姫様!!どこですかっ!!!姫様―っ!!!」