1話 - 転生から地底深くへ
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「その魔法の暴走で自分は爆散したと」
白銀の空間に、俺の声が虚しく響いた
元塾講師の三十二歳の俺
残業帰りにトラックにはねられた...訳ではなく、突然足元が割れてこの空間へ真っ逆さまに落っこちたのだ
目の前には、銀髪の男神と黒髪の女神
「仕方ねーだろ。俺らも好き好んで起こしたわけじゃない。元はといえば、こいつの世界のクソが歪な魔法を放ちやがったのが原因だ」
そう悪態つくのは、俺の元世界の担当神という男神。人間が心底嫌いらしく、冷たい視線を俺に向けてくる
「まあまあ、彼も巻き添えをくらった被害者なのだから、優しくしてあげないと」
その隣で目を泳がせながらなだめてくる女神(これから俺が転生する世界の神らしい)。こちらは男神と違い申し訳なさそうにしているが、俺の苛立ちはどうにも抑えようがない
神界で2神がすれ違った際に、たまたま別世界の人間が発動した「勇者召喚の魔法」のため、俺は無惨にも木っ端微塵に爆散したらしい
理由を聞いたところ、男神曰く飛び火みたいなものだから気にするな、と。何を言っているか分からないと言っても、その後はだんまりを決め込む始末。これを聞いて笑って許してやれる人間がいたらぜひ連れてきてほしい
その結果、本来の生をまっとうしていない俺の居場所は現世にはないらしく、全く関係のない別世界への強制送還が決まったというわけだ
「一応こちらの不始末だからな、最低限の餞別はくれてやる。ありがたく思え」
男神が、面倒くさそうに頭をかきながら吐き捨てる
「お前の弱み『繊細さん』。気疲れしやすく、周囲のノイズをモロに拾う厄介な気質だな。これを強化して、『五感強化』にしてやる」
「そんな弱みをわざわざ強化する必要はなのでは..アタタタタッ」
気配や音、光がダイレクトに脳に流れ込んでくるような、感覚過敏が全身を襲う
「それと、お前が俺の世界で最後に頭に浮かべたこと…『物理のドリル』か?よくわからんが、それも強化してスキルにしてやる」
「ドリル?いや、それは生徒の弱点対策で用意したもので、スキルとかでは...」
大学入試を控えた生徒のための教材作りが、最後に脳裏にあったのか。俺、働き者だな!ではなくて、スキルと言われても、全くうれしくない。断固拒否する
「悪かったわね、私からも基本スキルの『翻訳』と『鑑定』、それから『健康』も与えるわ。あと...最初の転生時の配置運を強くしておくわね」
別世界の女神(目泳ぎ神)が、気まずそうに付け加える
「いや聞けよ!……ん? 今、なんて?」
「い、いや、なんでもなくてよ!勇者と一緒だから、焼け石に水だけど、ないよりはきっとマシね、とか言っていないわ!」
めちゃくちゃ不穏な呟きに聞こえるが、目泳ぎ神は慌てて話をそらした。
くそ、嫌な予感しかしない
だが、ここですべてを諦めるわけにはいかない
「待て! せめて、もっとこう……便利な能力をくれ!ほら例えば、青い猫型ロボットが使う、素晴らしい機能『どこでもドア』みたいなさ!」
「どこでもドアねぇ、あなたの世界でそれはどういうものなの?」
女神の質問に男神が、ぶっきらぼうに答えた
「どこからでも家に帰れるドアだな」
「なるほど...それくらいなら大丈夫そうね、わかったわ、それを授けましょう」
「違うわーい。どこでも行きたい所にいけるまさにロマン。猛暑の中、満員電車にも乗らないでもあっという間に塾にも家にも移動できる夢のような道具で......て、ちょ、待っ――」
俺の異議を完全に無視し、バカ(神様)たちは両手を大きく広げた。足元の床がまばゆい光を放ち、体がフワリと宙に浮く
「いってらっしゃい!よき転生ライフを!」
「ふっざけんな、説明を聞け――ッ!」
眩い光に飲み込まれ、俺の意識は一瞬にして暗転した
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目覚めたとき、俺の視界は低く、体は奇妙なほど小さくなっていた。そうこれは、まごうことなき赤ん坊だ
意識を集中すると自分のステータス情報が頭に浮かび上がってくる。どうやら脳内に直接伝わるらしい
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・プロファイル:名無し、人間、0歳
・属性:『双子の弟』、『勇者の弟』、『王国の王子』
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「……お、おー」
赤ん坊の未発達な喉から、か細い声がもれる
王国の王子、それも勇者の双子の弟
これ以上ないほどの勝ち組チートスタートではないか!
ただ、脳裏にはあの女神の顔がこびりついて離れない
『勇者と一緒だから、焼け石に水かもだけど……』
うーーーん。女神が言っていた「配置運を強くしてやる」というのは、一体――
直後、重々しい鐘の音が鳴り響き、厳かな衣装をまとった神官たちがぞろぞろと入ってきた。赤ん坊である俺と、もう一人の赤ん坊――俺の双子の兄が、神聖な祭壇の上に並べられる
「これより、神託の儀を執り行う!」
高らかな声とともに、兄の体が眩い黄金の光に包まれた。どよめく周囲の人間たち。俺の父であろう王様とその側近たちが、狂喜乱舞と言わんばかりの歓声を上げる
「おお……!こちらのご子息こそ、我らが待ち望んだ『勇者』様であられるぞ!!」
「やったぞ! 召喚魔法が成功したのだ!」
王様は満面の笑みを浮かべ喜んでいる
そして、その余波を受けるように、俺の番が回ってきた。神官が俺の頭上に手をかざす
「……む?」
神官の顔色が一変した。光ったのは黄金ではなく、どす黒い光――泥のように濁った色
キン、と冷たい音が響く
「これは……。スキル『**穿孔』……?」
「穿孔? 一体なんだそれは」
「穴を穿つ……農具か何かのような、おそらく不遇なスキルにございます……」
王の顔から、先ほどまでの歓喜がすっと消え失せた。その後、冷酷なまでの無機質な視線が、祭壇の上の赤ん坊である俺に向けられる
「……我が血筋に、役立たずは不要」
待て待て待て。説明させて、というより説明して
生後数分で、バッドエンド?
「かつて厄災を鎮めるため、子どもを贄に捧げた場所があっただろう、そこへこれを捨てまいれ」
「はっ!」(騎士)
――こ、これが、あのバカ(女神)が言っていた「焼け石に水」の真相か
あのバカども、絶対に許さないからな!
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冷たい雨が容赦なく降り注ぐ中、人の気配のない荒涼とした崖の上。籠に入れられた俺は、騎士の手にて、容赦なく闇の中(谷底)へと放り出された
(……マジか、これで俺の異世界人生は終了か)
赤子の心臓がドクドクと脈打つ。以外にも、俺の頭はクリアで、あのバカ(男神)の言葉が蘇えっていた
「お前が俺の世界で最後に頭に浮かべたこと…『物理のドリル』か?よくわからんが、それも強化してスキルにしてやる」
俺は藁にもすがる思いで、そのスキルを念じた
――『物理穿孔:Lv.1』
ブゥウンッ!! と、耳障りなまでの高周波の駆動音が、俺の小さな右手から響き渡った
次の瞬間、俺の身体の周囲が凄まじい回転エネルギーをまとい、落下する勢いのまま地上の岩盤を抉り始めた
ガガガガガガガガッ!!
物理のドリル...
元塾講師が「生徒に物理の勉強を叩き込む」ために想起した概念は、神の魔力が変に混ざり合い、そのスキルは「あらゆる物質を粉砕して穴を穿つスキル」へと変貌していた
スキルのおかげなのか、致命傷を免れた俺は、そのまま地底のさらに奥深くへと滑り落ちていく(穴を穿っていく)
そして――
◆
暗闇に閉ざされた地底深くに、穿った穴からか細い光が差し込む
本来であれば、生後間もない赤ん坊が谷底に放り出されたら、生存確率はほぼゼロであろう。落下の衝撃によって一瞬で命を落としていたはずだ
だが、とっさに発動させた『物理穿孔』が、俺の身体の周囲の岩盤を凄まじい勢いで削り取り、落下の衝撃を殺して、即死というバッドエンドを回避することができた。
というか、物理穿孔ってなんだよ。スキルってすごいな......あまりの急展開と衝撃に俺が現実逃避を始める間にも、右腕の回転エネルギーは地底の奥深くへと穴を穿ち続けていた
そうして勢いよく滑り落ちた先で、俺は深い闇に包まれた巨大な空洞へと辿りついていた
そこは、人間が踏み入ることのない地底に住むモール族の集落だった
「――おい、あっちから妙な音がしなかったか?」
こもったような重々しい声が響く。
視界が暗い中、ぼんやりと見えてきたのは、特徴的な形状をした鼻(感覚器官)を持つ、人型のモール族の男たちであった
その中心にいたのは、この集落を束ねる族長のモグド。巨体の戦士たちとともに、警戒しながらゆっくりと近づいてきた
彼らが目にしたのは、泥だらけのボロボロでありながら、なぜかケロッとしている一人の赤ん坊――すなわち、俺!
「……人間の赤子?」
「おいおい、なんでこんな赤子が地底の奥深くにいるんだ? それとこの穴は一体...」
俺が掘った穴を見上げ、ざわめく男たち。
「とりあえず、集落に持ち帰るぞ」と、モグドの指示のもと集落へと俺を連れ帰ることになった
後で聞いた話であるが、モール族は、エルフ族のように自ら人間族に近づくことはなく、一定の距離を置いてひっそりと暮らしている種族だそうだ
当然、人間の赤子を歓迎する者などいるはずもなく、
「不吉だ」
「人間のガキなんて関わるだけ面倒だ、すぐに追い払え、いや、いっそ――」
と、年寄りたちからはネガティブな意見があがる
一触即発の緊迫した空気が流れる。俺も一難去ってまた一難かと思ったときに、集落の奥から一人の女性がフラフラと歩いてきた
彼女は族長の娘であるエルナ
不運にも数週間前に生まれたばかりの我が子を亡くしていた。悲壮のあまり、今にも後を追って死んでしまいそうなほど、心身ともに衰弱しきっていた
周囲の男たちがハッと言葉を飲み込み、その場が静まり返る
「…………」
地面に無造作に転がっていた俺の姿に気づくと、エルナはフラフラとした足取りで近づき、そっとその腕に抱き上げた
その瞳から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちる。そして、俺の小さな手を自分の頬に寄せ、消え入りそうな、しかし切実な声で呟いた
「……あの子だわ。きっとこの子は、私の元に……還ってきたんだわ……」
我が子を失った母親の狂おしいまでの執着と、胸を引き裂かれるような絶望を前に、誰もそれ以上否定の声を上げることができなかった
命の灯火が消えかけた娘を救いたいという思いと、目の前の赤子をそのまま無下にはできないという相反した思いが場を支配する
族長のモグドは複雑な表情で、荒々しく髭を掻きむしると、周囲を鋭く睨みつけながらこう宣言した
「ふぅ......今日からこの子は、我が家の子供として迎え入れる。だが、異議を唱える者もいるだろう。だからこそ現実的な話をする」
モグドは一呼吸置き、静かに語り続ける
「人間が地底で過ごせば、日光を浴びずに数年で衰弱して死ぬ……これは歴史が証明している。皆聞け、こいつは我が娘の心が落ち着くまでの『人形』代わりだ。どうせ、長くは生きられまい」
年寄りたちはモグドの話を聞き、不承不承ながらも人間を集落に入れることに同意した
こうして、俺はモール族の集落の一員。
――正確には「数年後に死ぬであろう人形役」として、第二の人生をスタートすることになったのだった




