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第1話 没落令嬢の魔導装置は、スパゲッティコードのゴミ山だった

【カイトの脳内デバッグ・ログ:???】

[状態] 不明(システム再起動中)

[アドレナリン] 残渣 42%

[タスクキュー] ……不明

[報酬期待] 「生きてる……?」希望値:12%


 白い光の中で、輪郭が少しずつ浮かび上がる。

 目を開けると——そこは埃っぽい天蓋付きの寝台だった。ただし、放置したような、寂れた雰囲気。ひび割れた天井、ほつれたカーテン、薄暗い室内。


「あ!ようやく起きた!……死んでるのかと思ったわよ!」


 柔らかくも力強い手が肩を揺さぶる。

「仕事は終わったの?」「し、仕事?」 社畜なので仕事という言葉に反応してしまう。

 顔を上げると、視界いっぱいの顔のドアップ。

 優しく切れ長の瞳、長いまつ毛、小さく整った鼻、形の良い唇。

 この美女は、と俺は銀色の美しい髪とその小さな顔を交互に見つめる。

 ……恋人のミサに、そっくりだった。髪の色以外は。


「ミ、ミサ!?まさか俺のこと心配しすぎて白髪になっちゃった?」


「白髪じゃないわよ!銀よ!失礼ね」


 俺がいきなり跳ね起きたので、彼女は寝台の端まで後ずさった。


「ミサって誰?」


「え?」


 と彼女のしかめっつらを見つめ返す。

 ドレスを着ている。デコルテを思い切り出してふっくらと盛り上がり、コルセットでウエストを締め上げ、スカートは床まであるものだ。

 美しい身体のカーブに一瞬見惚れてしまう。いやいや、現代日本でどこでこんなの買えんの?


「アタシの名前はリアナ・フォン・ローゼンシュタインよ。この屋敷の令嬢よ、さっきも言ったけど」


「り、リアナ?ミサ、じゃない?」


 【カイトの脳内デバッグ・ログ】

[音声] 令嬢の声:40Hzノイズ検知(ミサそっくりで心臓に悪い)

[システム提案] 「異世界転生」フラグ立ってるけど、却下したい。現実逃避レベルMAX

[状況判断] 死んだ。マジで死んだ。


 ミサじゃない。 自分に対してもう一度繰り返した。 ミサならこんな不機嫌な顔を僕に見せない。

 そうか、やはりここは俺が知っている世界じゃないんだ。


「夢でも見てたの?休憩は構わないけど、お昼寝長すぎよ」


「わるい……」


 思わず謝る。ミサにはこんな調子でポンポン詰められたことがないので、なんか新鮮。


「じゃ、カイト、仕事再開ね!」 


 名前を呼ばれてどきっとした。ミサは俺のことカイトくんと呼んでいたが、呼び捨てもいいな。


「まだ寝ぼけているの?結界装置が止まっているの、早く直してくれないと夜が来ちゃう」


 そう言ってぱっと背を向けて部屋の向こう側を指差した。


「旧型すぎて直すの難しいと思うけど。でも」とちょっと下を向いて恥ずかしそうに言った。「お金がなくて買い替えできないのよ。見ての通りの有様だから」


 リアナが指差す先の魔導装置は、 光の流れが乱れてる、魔力の色が濁ってる。


「はあ?なんだこれは」


 あっけに取られるくらい適当な仕事だ。明らかにスパゲッティコード……じゃなくてスパゲッティ魔導回路だった。無駄ループだらけ、魔力リーク祭り。まだ頭は混乱してる。でも指が勝手に動く。前世のデバッグ脳が勝手に「視えて」しまう。


「……ここ、ボトルネック。無駄ループ3つ、リーク5つ。しかもセキュリティ穴だらけで、外部から魔力ハックされてるぞ。これ、わざと壊されてんじゃね?」


「え……?」


 リアナが目を丸くして寄ってくる。つやつやした髪の甘い匂いがして、ミサの記憶がフラッシュバックする。罪悪感と、妙な懐かしさが同時に襲ってきた。

 15分後。

 シャーン——という間の抜けた魔導音と共に、屋敷中の照明がぶち上がり、結界が黄金に輝いた。

 リアナが呆然と俺を見る。頰が赤らみ、目が潤んでいる。明々とついた照明の下で見るリアナは美しかった。


「ありがとう……本当に、ありがとう!」


 勢いよく抱きつかれた。


「ち、ちょっと待って。まだおかしいとこあるから……」


 装置のログを漁ったら、妨害工作の痕跡があることも突き止めたのだ。

 しかし、俺の胸に顔を埋めて小さく震える彼女。本気で泣きそうになってる。


【カイトの脳内デバッグ・ログ】

[状態] 混乱及び興奮

[ システム提案] 落ち着け。ミサじゃない。


 俺も顔が熱くなる。心臓がバクバク鳴っている。ミサの体温を思い出して、罪悪感と、別の感情が混じり合う。

 リアナは慌てて離れ、耳まで真っ赤にしながらそっぽを向いた。


「照明すらまともに点かなくなって……お父様は病に倒れているし、金策も失敗続き、召使はみんな逃げてしまったし、直っただけでも嬉しいの。しかもなんだか、前よりパワーアップしたみたい」


 そこで俺は胸を張った。最高効率に最大化しておいたからだ。 リアナの目が喜びで輝いた。

 しかしそれも長く続かなかった。


「あの、お礼なんだけど」としゅんとし始める。「新型みたいに直してくれるとは思ってなくて。その応急処置程度を依頼してたから、ちょっと手持ちじゃ足りないみたい。お父様に頼むから、明日でもいいかしら。届けるわ」 


 打って変わっていじらしい調子で話す彼女をじっと聞いていたが、そこで、はたと思いついた。

 届けるって。俺、どこに住んでるの?


「いや、いいよ。気にしないで」


「気にするわよ!素晴らしい能力だわ。この屋敷の灯りがこんなに眩しく灯るなんて久しぶり。それだけでも元気がでるし、結界の力も強いのが分かるの。ちゃんとお礼がしたい」


「じゃ、じゃあ」


「なあに」


「じゃあ泊めてもらえないかな。妨害工作の謎を突き止めよう。リアナさんにとっても危険だから早急解決を目指したい」 


 リアナにはさすがに聞けなかった。俺どっから来たの?て頭おかしすぎる。

 それに彼女に危害を加える輩がいると知った今、この屋敷を離れることはできなかった。 それに、どう考えても俺に戦闘能力は絶対にないので、この暗い中に結界の外に出て行くのは怖い。上司に殴られたことはあっても、殴ったことなんかないし。


「いいわよ」


 リアナは即断した。快諾と言って良かった。


「あの、逃げた使用人の部屋に泊まらせてもらえれば御の字なんで……」


「あら気にしないで。客室なら余っているから。広い屋敷なのに、今はあたしとお父様だけだから……正直、心細かったの」


 声がわずかに震えた。高慢な態度の裏側に、必死で屋敷を守る孤独が透けて見えた。

 その夜。

 二人で質素な夕食を囲んだ。リアナが作ったスープとパン。

 温かかった。この世界のこと何にも知らないけど、ほっとできた。


「妨害工作の件は、心配しないで。俺が突き止める。結界も強化する」


 俺が言うと、リアナは目を大きく見開いた。


「……アタシ専用のエンジニア、になって? カイト」


 その瞳は真剣で、どこか甘く頼るような色を帯びていた。ミサの面影が重なった。


【カイトの脳内デバッグ・ログ】

[ミッション] 没落令嬢の屋敷を最強結界で守護 → 受諾

[新タスク] リアナ(ミサそっくり)の笑顔と未来を守る

[罪悪感] ミサが心配している

[興奮] 異世界チートデバッグライフ、始動


 屋敷の外では夜風が木々を揺らし、遠くから怪しい魔物の気配が漂っていた。


「え?隣の部屋なの?」


 案内された部屋を見て驚いた。

「なによっ」ときつい口調に聞こえるが、顔が赤くなっている。「変なこと考えないでよね。召使い部屋は遠いからここにしただけ!」 


 俺の部屋に来る前提なのか、と聞きたかったが、バンとドアを勢いよく閉まった。

 俺はなかなか眠れなかった。

 リアナの足音が聞こえるような気がしたし、眠ってしまうと元の世界に戻ってしまいそうな気もした。

 いやいいのか、ミサが待っている世界に戻って。 

 リアナとミサのことを考えながらついに眠りに落ちた。どちらの世界で目が覚めるのか……。

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