ある命の誤配
この世には、不都合が溢れかえっています。同時に、枚挙にいとまがない程の理不尽が蔓延っています。
不都合の一つを、兄弟は抱え、理不尽の一つを、兄は抱えています。ですが、貴方がより憐れむのは、きっと弟の方でしょう。実際はどうか、確かめてみましょう。
夏の某日、弟は身に覚えのない痣を発見した。肘がただ赤くなり、痛みはない。気付かぬうちにぶつけたのだろう、と軽視していた。
だが、痣は治らず、日に日に増えるばかり。ついでに高熱まで出すものだから、母親は彼を病院に連れて行った。診断は、「白血病の疑い」。紹介状を書いてもらって、すぐさま大きな病院へ向かった。スムーズに検査を進める為、入院することになった。血液検査、骨髄検査を経て、白血病であることが確定した。それも、「急性骨髄性白血病」。進行の速い型だ。
一方で、兄は弟とは対の不快な感情を抱えていた。他人の些細な言動に憤りを覚え、気の済むまで責め立てる。それが兄の、先天性の悪い癖だった。その癖に関連する部分を、良くも悪くも変化させるのが、彼にもある善良心だった。例えば、責め立てた後に後悔し、他責が自責に変わるのだ。最近では、その自責が慢性化し、「自殺志願」を生み出していた。
弟の病気は進行し、致死率は八割を超えるそうだ。弟は兄の「無条件に続く命」と「普通の日常」を羨望し、渇望していた。友達に会えない、周りのように自由に遊べない、好きだった物が食べられない。それらの苦痛が、兄に対する艶羨を強めていた。
秋の某日、兄は母親に自殺志願を打ち明けた。母親はやや顔を紅潮させて怒鳴った。
「生きたくても生きられない人間が身近にいるのに、よくそんなこと言えたわね」
その言葉は、彼を深く傷つけた。日常的に感じている憤怒とはまた別の、悲しさと不可解さの入り混じった初めての感情だ。
弟は「生きたい」と願い、兄は「死にたい」と願います。弟の命は、無条件に終わりますが、兄の命は、無条件に続きます。これが「不都合」です。
そして母親は、弟の願いを肯定し、兄の願いを否定します。願いの内容は真反対ですが、何方も自分の運命に対する願いです。何故片方が、一方的に「我儘」と決めつけられなければならないのでしょうか。これが「理不尽」です。
貴方は、兄弟の何方に、より同情しましたか。その答えを基に、この物語の続きを紡いでください。
私ならば、兄の命を弟に譲渡します。それが、不都合を消し去ると同時に、理不尽をも消し去る、最も平和的な解決だからです。それを「不謹慎」とするのが、この世の中なのでしょうか。




