復讐は静かにしましょう
少女ベルがメーベルト男爵の婚外子だと分かると、見た目の美しさから政略結婚に役に立ちそうだと男爵家に引き取られて貴族の仲間入りをし、貴族が通う王立学園へ途中から入学してきた。
セミロングのブロンドピンクの美少女ベル・メーベルト。見た目の美しさから主に男性陣から人気が高かった。
元平民ということもあるのか非常に距離感が近かった。もし、それが男性だけなら眉を顰めるものも多かっただろう。男女問わずに距離感が近かったためか、最初こそ不快感を抱かれていたが、明るい性格と人懐こさで距離を縮めた。
学園の卒業パーティー開催の真最中、この国の唯一の王子である、王太子ロベルトが高々と宣言する。
「僕は、テレジア・アメルングとこの場を以て婚約破棄を宣言する。新たにベル・メーベルトを婚約者とする」
「理由を伺っても?」
「平民だからとベルを虐めたことだ。調べはついている」
「虐めですか? 私は貴族の礼儀作法を教えてあげただけですわ。婚約者がいる殿方に必要以上に近づいてはいけないと。ボディータッチは控えるべきだと」
口裏を合わせたように次々と出てくる証言。半数の令嬢が名をあげた。
「私、見ました! ベルさんを虐めているところを」
「私も、見ましたわ」
「どんなに虐められても辞めないで登校する健気さに感服しましたわ」
「私もです!」
「そうですか。あなた方の婚約者が同じような事をしても、相手が格下の平民なら指を咥え黙って耐えるのですね」
「それとこれは別です」
「いいえ、同じ事です。相手があなた方より下の階級なら圧をかけられているように感じ、恐怖するでしょう。あなた方が仰った虐めです。――こちらの婚約者の殿方、家格の下の階級と平民なら咎めることはないそうです」
「そんな事を言っておりませんわ!」
「いいえ、仰いました。私がベル・メーベルト男爵令嬢に対して行った注意を、あなた方は虐めだと仰った」
「それは、――」
「言い訳は不要ですわ」
私はこうなることを事前に知っていた。家族以外は知らない秘密の能力――他人の心の声が聞こえる。普段はシャットアウトを心掛けて聞こえないようにしているが、時折、危機を知らせる場合は聞こえる時がある。今回がその例に当たる。お陰様で前もって心の準備も出来たし、他にも手を打つ事が出来た。
愚か者王太子ロベルトはあろう事か平民の女ベルと不貞をした。それを棚に上げて私の有責で婚約破棄をしようとしている。
「公爵令嬢であり、王太子の婚約者である者が圧をかけて公衆の面前で恥をかかせた。おかげで彼女は周囲の笑いものだ」
平民女は、王太子により掛かるように腕に絡みつき、背中に隠れるように顔だけを覗かせる。その姿は口元が緩んでいるようにも見える。腹立たしい。
「養育のなっていない平民に王妃が務まるとお思いで?」
「王妃に必要なものは、国民を守ること。他人を惹きつける愛嬌、健康な体躯と家柄だけだ。王家の存続の為の子を産むこと。必要以上に王妃教育は必要ないだよ」
あはは、王妃教育は必要以上に要らないと? 身をもって実体験させてあげます。教養の無い女を王妃に置くとどうなるのかを。
健康な肉体と家柄だけ? 健康な肉体でも、子を産めるかは別だわ。
私達、アメルング公爵家を敵に回した事を後悔させてあげる。濃くはありませんが、アメルング公爵家は隣国の王家の血を受け継いでいるのよ? 今も交流がある。
お母様の高祖母が隣国の皇女様だった。結婚する時に降嫁して、公爵夫人になったが、当時の皇女様のお兄様が彼女を溺愛していた事もあり、皇女様の子供の甥っ子、姪っ子。代々続き有り難いことに今でも交流がある。
私のこの忌まわしいと思っていた能力は、皇女様から受け継いだものだった。皇女様も当時、この能力で心を病んでいた時期もあったそうだ。皇女様を支えたのは、旦那様となった公爵の息子と当時皇太子のお兄様。私も家族と言う理解してくれる身内に恵まれたから今までやって来られた。ひとりだったら疾うに壊れていたと思う。
いいわ。婚約破棄を受け入れてあげるわ。
「婚約破棄を承りますわ。国王陛下もご存知で?」
「ああ。平民の血を入れることは陛下も承知されている」
王家は近親婚を続けた結果、身体が丈夫では無い者が多い。成人まで無事に育ったのが、王太子ひとり。
王家に平民の血を入れる事への不満の声がヒソヒソと聞こえる。
「婚約破棄に至ってのサインをこちらにお願い致しますわ」
王妃教育が無駄な時間だと仰るなら、私に無駄な時間を奪った王家に対して賠償金を請求する書類。これは、慰謝料のつもりで用意したもの。
「ロベルト=クレッケル・チーグラー殿下、仰いましたよね。王妃に必要なものは健康な肉体と家柄だと。私に王妃教育で必要以上の時間を潰させましたわ。無駄な時間を過ごさせた事に対する賠償金を請求します」
ロベルト殿下に賠償金に対する紙を渡す。怒りで体を震わせているロベルト殿下。此れも、想定内。
「……横暴だぞ。払えるわけがない」
「何故です? 必要以上に無駄な国政の勉強までさせられたのですよ? ロベルト=クレッケル・チーグラー殿下」
絶対に無理難題を押しつけて、本当に欲しいものを後から出す。簡単に欲しいものが手に入る。
「では、仕方ありませんね。こちらにサインをお願いいたしますわ。こちらならできますわよね?」
魔法証。ベル令嬢を唯一無二の存在とする契約書をロベルト殿下にサインをさせる。もちろん、ベル令嬢にも同じようにサインをさせる。
ベル令嬢が子を生せない身体だとしても、これにサインをしたら如何なる理由でも破棄はできない。
✳︎ ✳︎
実に簡単だったと、私の弟フランツは言っていた。私の弟もお兄様も美丈夫な方ですから甘いマスクの笑顔に騙されたでしょうけど、腹の中は真っ黒ですからね。
ロベルト殿下とベル令嬢の不貞を知り、アメルング公爵家は直ぐに動いた。王家と平民との間に子が間違ってでもできてしまったら、私が王家に嫁ぎ子どもができた時に王位争いになる可能性を防ぐためにも子を生せないようにする。その為のお茶を勧めるためにフランツが一肌脱いだ。
お兄様もご立腹で、不妊にする薬草のブレンドを近隣諸国から購入し、年の近い弟のフランツがベル・メーベルトに近づいた。
平民だから子ができても問題ない。その通り。万が一に備えてよ。
ずっと昔、とある国で、それはそれは美しい町娘がおったそうな。国王は、その町娘に惚れ込み宮殿に連れ帰り大変大事に扱っていた。そして、男児を授かった。正妃にも男児は居たが、愛人の町娘にしたら正妃の子は邪魔でしかなかった。正妃の子どもさえ居なくなれば、私の子が次期国王になる事ができると思い正妃の子どもを毒殺した。
まさか、本当に役立つとは思わなかったわ。
不貞だけで終わらせず、あろう事か私と婚約破棄するですって。
フランツは、甘いマスクと美丈夫な顔を活かして近づいて、親しくなるように仕向け、お茶を飲むような仲になり、何度も彼女に薦めた。全ては、姉であるテレジアの為に動いた。
お兄様や弟だけではない。
お父様も、お母様も。隣国の皇太子様も、私の為に動いてくれた事がとっても嬉しかった。
己の不貞を棚に上げて、聞こえのいい理由で私の有責を理由に破棄し陥れようとした王家にも愛想がつき、爵位を返上して隣国へ渡った。その後、私は隣国の皇太子ルッカ=ガブリエラ・サリエリと婚約を結んだ。
✳︎ ✳︎
ロベルトが王位を継ぎ、ベルを王妃として迎えて10年の年月が過ぎたが、ふたりの間にひとりもお子さんが産まれない。産まれないどころか、妊娠の前兆すらも無い。夫婦仲は悪化する一方。
クレッケル王国では離婚は御法度。もしもの時の側妃は認められてはいる。離婚が認められていても魔法証による契約で、離婚をした時点で契約違反に当たり、罰が降るけど。
「子を生せないなら側妃を娶るしかない」
「成りません」
「何故だ!?」
「陛下はお忘れですか?」
「何をだ?」
「12年前――、当時の婚約者テレジア様との約束を」
「!」
――"唯一無二の存在とする"
この契約がある限り、例え相手が儚くなっても継続し続ける。
死ぬような強い契約ではない。皺くちゃなお爺ちゃん、お婆ちゃんになるだけ。簡単に死なれたら面白くないから、毒物や自害も出来なくなる魔法も掛けられている。流石に首と胴体がさよならしたら生き返ることは無いが。それは敢えて教えていないけど、天命まで後ろ指を指されながら生き恥をさらせばいい。
私がこの契約書にサインをさせたのは理由がある。
地盤が悪くなると彼女は絶対に行動に移すと私は知っていた。
なんで!? 子どもができないのよ。子どもさえ出来れば私の地位は安泰なのに。このままじゃ、私は白い目で見られるわ。
あいつが種無しだから悪い。私は悪くないわ。あいつに似た黒髪を探すのは手間が掛かったけど、結果的に良かったわ。美丈夫と一夜を共にする事ができたもの。
彼女を破滅させる為の罠だと知らない。スパイとして送り込んだ侍従から黒髪の男性を探していると聞いて、罠に掛けた。
彼女も馬鹿では無かったらしい。変装はしているけど、彼女をよく知るひとなら解る程度の変装。
彼女が美丈夫だと思っている男性は、黒髪の男性ではあるけど、理想に見える変身魔道具を使った姿を見ているだけの不潔な毛むくじゃらのデブの男。明日、新聞の一面に載るでしょうね。
新聞に載らなくても彼女の不貞は王宮関係のひと、当時の関係者なら直ぐ気づくでしょうけど。
「きゃぁぁぁぁぁああああああ!! 私の顔が、身体が!! どうして! どうして!! お婆ちゃんみたいに醜くなっているのよ!?」
深夜、隠し道からひっそりと帰り何事も無かったかのように朝を迎えた。王宮内で響いた王妃の悲鳴。
王妃の悲鳴を聞き駆けつけた騎士や王宮に住む侍従や侍女達は駆けつけて、その姿に絶句する。一夜にして醜く老婆になっている王妃の姿。それが意味するのは王妃は不貞を働いた。
タイミング悪く現れたのは、今朝の新聞を持ち駆けつけた国王陛下。
「ベル! これは――」
「私は悪くないわ。種無しのあんたが悪いのよ」
「こんな事になるならあの時――、婚約破棄などしなければ良かった。俺はいい笑い者だ」
ロベルトは持っていた今朝の新聞を投げ捨てた。
そこに映し出させる写真は、毛むくじゃらの不潔な太った男とホテルへ入る王妃ベルの姿の記事。
「きゃぁぁああ!! 何よ、コレ!! 間違っているわ! 出鱈目よ! こんなキモい不細工では無かったわ」
「……お前の、その姿が物語っている」
「どう言う事よ!」
「12年前――、俺達がしたサインの事を覚えているか?」
ベルは記憶を辿る。うっすらと何かを書いた記憶を思い返す。
「ええ」
「あれは、不貞を行えば、今のお前のような姿になる契約書だ」
「……ぇ……」
「お前の今の姿が不貞の、証拠なんだ」
王妃の不貞は国民全体に広まった。
元平民王妃の不貞と国民に対する暴言の記事が。
12年前、現国王陛下が投げた言葉"必要以上に王妃教育は要らない。王妃に必要なのは健康な肉体と家柄だけ"の発言も表に出ることになった。誰が漏らしたのか犯人はわからずじまい。
王妃は元平民だが、現国王陛下と婚約をする時に養女としてヘイルズ公爵家に引き取られた。他人を惹きつける愛嬌。家柄も、健康な肉体も持っていた。今まで風邪ひとつひいたことのない健康体の身体。ロベルト陛下が望んだ全てを備えていた。
確かに彼女は、多くの他人を惹きつける愛嬌と腹黒さはあったでしょうね。複数の男性にベタベタすれば女子達の標的にされる。一人に絞れば敵は少なく済む。考えたわね。私に虐められても健気に何も言わずに耐えていますと、実に見事だったわ。
だけどね、他人のものに手を出すような女は股と頭が緩い。いつかは足を掬われることになる。礼儀作法がなっていない者なら尚更だ。
「お前は叛逆罪を犯した」
「そんなつもりは無いわ。此処から出して! ね、出してよ!!」
「出すことはできない。せめての情けの毒杯だ。飲むか飲まないかは君に任せる」
叛逆罪として元王妃ベルは幽閉になる事が決まった。ベルを養女に迎えたヘイルズ公爵家もダメージを受けた。
ヘイルズ公爵家はとばっちり? いいえ。ヘイルズ公爵家も私を陥れたひとり、二男の方だけど。後から知った話だけど私を手に入れる為に、ベルと手を組んでいた。
「私は悪くないのに! なんでよ!! なんでこんな事になったのよ」
老いた身体に、こんな所に一生幽閉されるぐらいなら一時の苦しみで済む毒杯を飲んだ。――だけど、苦しんだだけで死ぬことを許されなかった。
✳︎ ✳︎
「やっぱり、こうなったわね」
婚約者がいる男に手を出す女の末路なんて解りきっている。
クレッケル王国の王妃の不祥事が大々的に載っている新聞を見て口元を緩めて笑うひとつの影。
「嬉しそうだね、テレジア」
「ええ、とっても愉快ですわ」
時間と手間は掛かったが満足のいく結果だった。
婚約者にまとわりつくハエに注意をしただけ。私がベルを虐めているのを見たと発言をした令嬢達、今は夫人となった彼女らは、夫の度重なる浮気で心が病んでいると風の噂で耳にした。過去の発言は呪いとなり蝕んでいる。己がされて初めて知ることができる。過去の発言がいかに愚かな発言か身をもって知ることができたでしょう。
私は、彼女達にも魔法契約書にサインをさせた。半分は脅しみたいな形だけど、お母様の実家の公爵の名の下で潰すと。お母様は隣国の公爵令嬢で、隣国の王家の血を継いでいると。これで、夫が浮気をしてたとしても、浮気相手が家格が下の家であったり平民なら目を瞑ると言う魔法証による契約。彼女達も天命まで苦しむことになる。
ある夫人は、旦那が許されるなら私だって許されるはずと不貞を働いた。新聞に大々的に記事にされる。その後、夫人の姿を見た者は誰もいない。地下に閉じ込められたらしい。
「ママー、嬉しそう」
「母上と呼ばないといけないです」
「兄上も最近まではママと呼んでいた」
今は三児の母。
もうすぐ、新しい家族が増える。
愛する夫と、可愛い子どもたちに囲まれて、私は今とっても幸せ。