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深窓の令嬢は今日もけだるげ

作者: 夜月はなび

「モンエナ、モンエナ〜」


 時刻は大体夜の八時。徹夜でゲームをするために、カフェインを摂取しようと冷蔵庫を開けて俺は絶望した。


「な、ない、だと……」


 そんなバカな一週間前に買い足したはず。こんなに早く無くなるなんて。さては、姉も飲んでやがったな。


「しょうがない。買ってくるか」


 さて、コンビニに着くまでのこの暇な時間はどうしよう、音楽を聴こうにもイヤホンは置いてきてしまった。


 しょうがない、自己紹介でもしておこうか。

 俺の名前は、夜鷹(よたか) (れん)。高校一年生だ。どこの高校に通っているかとかは個人を特定されないため避けるが、まぁ、ゲーム三昧の日々を送ってきたので学力は察しの通りである。

 家族構成は姉と弟と父と母。いたって普通の一家、これ以上に語ることはない。


 困ったな、自己紹介が終わってしまった。ゲーム好きな高校一年生で俺の個性が語れてしまうとなると少し悲しい気がしてくる。

ゲームが好きなだけで上手いわけでもない。実績もない。おっと、虚しくなってきた、これもモンエナが冷蔵庫になかったせいだ。うん、そういうことにしよう。


 コンビニに入ってエナジードリンクの売られている棚の前に行く。モンエナを取ろうとした手が横から伸びてきた手とぶつかった。


「あ、すみません」


 咄嗟に謝って、手を引っこめる。女の人の手だった、まずい、セクハラで訴えられる。

 流石にそんなことはないだろうが、後からきて割り込んだ感じになってしまった気がするので申し訳ない。反射的に相手の顔を確認すると。相手は、少し驚いた顔で固まっていた。


「あ、小鳥遊さん?」


 小鳥遊(たかなし) 麗華(れいか)さん。同じクラスの女子生徒だ。学年でも一、二を争う美人と言われていて、品行方正。成績は……優秀なのかな、考えてみると俺は全然小鳥遊さんのことを知らない。

 学校とは違ってメガネを掛けているし、髪も纏めているから一瞬誰か分からなかった。それに、服も飾り気のないパーカーとスポーツ系のポリエステルの長ズボンだ。学校でのイメージとは随分違う。

 名前を呼ばれた小鳥遊さんはフードを被って後ろを向いた。


「え、今更誤魔化すのは無理じゃないですか? 嘘でしょ?」


「はぁ、この辺に同級生がいるなんて知らなかった……」


 メガネを外して髪を下ろした小鳥遊さんが何か呟いて振り返る。


「夜鷹くんだったかしら?」


 おぉ、いつもの小鳥遊さんになった。纏めていた髪に癖がついてないか気になるのか、しきりに手で髪

を撫でていた。


「いつも通り、綺麗なストレートヘアですよ、大丈夫です」


 安心させてあげようと善意100%だったのだが、


「なに?」


 小鳥遊さんがさっと俺から距離をとって自分の体を抱きしめる。完全に警戒されてしまった。目が不審者を見るそれだ。


「ごめんなさい、悪気はないんです」


「そう……。油断していたわ。まさかこの時間にコンビニで同級生と会うなんてね」


「そうですね。しかもモンエナで被るなんて、深窓の令嬢でも飲むんですねー。時代だなぁ」


「なんで、ちょっと老人ぶってるのよ。それと、その呼び方はやめて」


「ごめんなさい、悪気はないんです」


 睨まれたので反射で謝る。


「あなた、悪気がないと言えば許されると思ってるでしょ」


 おっと、バレたか。悪気がないのは本当だけど、正直そんなに悪かったとも思ってない。あまり褒められた態度ではなかった点は反省だけど、後悔はしてなかった。小鳥遊さんの好感度調整をしてもしょうが

ない。攻略難易度が高すぎるからな。


「ところであなた。モンスターは緑が好きなの?」


「そうっすね、やっぱ原点にして頂点かなって」


「そう、私もよ。でも、残念ね。売り切れみたい、私が買う分で」


「な、え、」


 前言撤回、全力で好感度を稼ぐ必要が出てきた。


「いやぁ、小鳥遊さんは今日も麗しくて、えぇ、はい。その、なんだろう。すごいっすね」


「ごまを擦るなら褒め言葉ぐらいもっと用意しておきなさいよ」


 ノリで手を擦り合わせながら褒め出したのは良いものの全然言葉が浮かばなかった


「すみません、人を褒めなれてないもので」


「そう、ちゃんと人を褒めることをおすすめするわ。私だって慣れてはいないけれど」


「いやぁ、でも、本当に。小鳥遊さんの自らの美貌に甘んじることなく、努力を重ねて、他人からの期待に応え続ける姿は本当に尊敬してますよ。小鳥遊さんの努力はもっと人から認められるべきだと思うし、褒められて良いと思います。いつも誠実で上司にしたい女性って感じです」


「急にすごく褒めるじゃない。ナンパ慣れしてそうで怖いわね。何が欲しいの?」


「モンエナっすね」


「そう、じゃあこのピンクのをあげるわ」


「いや、緑が良いんですって!」


 勢い良くツッコミをした俺に、クスクスと小鳥遊さんが笑う。そして、


「滑稽」

と急に笑い終わって真顔で言った。


 くっそ、無駄に難しい漢字使いやがって。笑う姿可愛いなとか思ってたのに。


「分かりました。半分こしましょう。半額払うんで」


 名案を思いついたという風にそう提案する。量は半分になってしまうが、この際しょうがない。


「何? 私と間接キスしたいの?」


 小鳥遊さんは量よりも別のところに反応した。


「いや、なんでそうなるんですか。ちゃんと滝飲みしますよ」


「……あと、1キロぐらい歩いたら、コンビニがあるでしょ」


 なんとなく忌避感があるのか、それとも量が半分になるのが嫌なのか小鳥遊さんは遠回しに断ってきた。


言いたいことは分かるけどそれが、嫌だからこんなにゴネてるんだよなぁ。


「見てくださいよ、俺のこの軽装。今日気温十度とかですよ。ほぼ冬です。一キロも歩いたら凍死しちゃ

いますよ」


「そんな格好で出てきた方が悪いでしょ。はぁ、しょうがない。いつまでもこんなことで言い争っているのも馬鹿らしいし、半分あげるわよ」


「おぉ〜、女神」


「大袈裟な言い方やめなさい」


「はい、すみません」


モンエナを(文字通り)握られている以上、下手に出るしかない。レジまで大人しく後をついていく。レジにモンエナを置いてから振り返った小鳥遊さんは少し嫌そうな顔をしていた。

お金を渡そうとしたが、他人の触ったお金にあまり触りたくないということで、小鳥遊さんが半分払ったあとに、俺も半分払った。まぁ、厳密にやると面倒くさいので大体だが。


「潔癖症なんですか?」


 コンビニから出たところでそう聞く。


「別にそこまでではないと思うわ。でも、ほら、下卑た視線が常日頃だから」


 モンエナ缶を開けて、少し遠くを見ながら小鳥遊さんは答えた。なんというか、不思議だ。学校での小鳥遊さんはもっと、お嬢様なイメージだった。夜のコンビニで、パーキングブロックに寄りかかってモンエナを飲む彼女は、確かに小鳥遊さんなのだが、別人のような感じだった。


「それは心中お察しします」


「適当ばっかり」


 俺の適当な相槌に、小鳥遊さんは怒るでも、悲しそうにするでもなく、なんの感慨もないと言った風にそう呟いた。


 モンエナを飲むことで、むしろ落ち着いたように見える小鳥遊さん。この人はもしかしたら重度のモンエナ中毒なのかもしれない。

 もう少し車が通っていれば、さっきの呟きも見ないふりができたのだが、どうしたもんかな。


 感情の籠っていない呟きがむしろ弱みのように見えて返答に困ってしまった。


「ねぇ、もし私がこのまま全部飲みきっちゃったらどうする?」


「しないでしょ。半分お金は払いましたから。小鳥遊さんは多分、そういう禍根残りそうなことしないタイプです」


「目の前で精神分析されるのは癪ね。飲み干してやろうかしら」


「ごめんなさい、調子乗りました」


「社畜のような謝罪スピードね。冗談よ。はい、口つけないでね」


「うっす」


 有り難くモンエナ様を小鳥遊様より頂戴して、滝飲みする。

 ただ、まぁ、炭酸の滝飲みは危なかった。

 炭酸が喉に直で当たって、刺激する。


「……!!」 


 声にならない声を出して咳き込む。モンエナを吹き出してしまった。俺のモンエナが……。


「ちょっと、何やってのよ。最低! 吹き出してるじゃない」


「いや、そ、そんなこと言われてもせき込んじゃったのはしょうがないじゃないっすか」


「滝飲みなんてバカなことするからでしょ」


 ど正論すぎて炭酸並に効くぜ。


「いや、小鳥遊さんも納得してたじゃないですか」


「成功したなら、何も文句は言わなかったわ」


「結果論じゃないっすか……」


 俺の悲しみの籠った反論に、小鳥遊さんは少しムスっとした。


「はぁ、もう良いわよ。好きなように飲みなさい」


「じゃあ、有り難く」


 一応、裾で口元を拭いてから口をつけて飲む。


「拭かれるのも、なんだか汚れてると思われるみたいで不快ね」


「えぇ〜、最大限の配慮なんですけど」


「分かってるわよ」


 別に、間接キス(もはやそう呼べるかは謎だが)は気にしていないのだが、何故か、小鳥遊さんがモン

エナを飲む俺を見つめてくるので少し気恥しい。別に帰っても良いと思うんだけどな。


「夜鷹くんって意外と面白いのね」


「意外とは余計じゃないですか?」


「だって、学校ではいつもボケッとしてるじゃない」


「まぁ、俺は夜が主戦場ですからね」


「夜更かしは良くないわよ」


「小鳥遊さんだって、こんな時間にモンエナを買いに来て、夜更かしするつもりだったんじゃないです

か?」


「ちゃんと十二時には寝るつもりだったわ」


「えぇ〜、勿体無い。日付が変わってからが本番ですよ?」


「なんの本番なのよ」


「人生の」


「人生はずっと本番よ」


「まじか、リハーサルだと思って油断してたぁ」


「リハーサルはもう油断しちゃダメなのよ」


 クスクスと笑う小鳥遊さん。


「小鳥遊さんも意外と面白いんですね」


「そうよ。意外と面白いの」


 なんでもないことのように、平坦な口調で小鳥遊さんはそう言った。


「おぉ〜、良い自信」


「そうでしょ」


 うん、自信があるのは基本いいことだと思う。


「ところで、この缶は持って帰ります?」


「記念にあげるわよ」


「えぇ〜、捨てても良いやつですか?」


「ダメよ」


「えぇ……」


 エナドリの缶おしゃれだけど、別に飾ろうとかは思わないんだよなぁ。散らかりそうだし。


「それじゃあ、バイバイ夜鷹くん。また明日ね」


 パーキングブロックに腰掛けていた小鳥遊さんはそこから立ち上がるとそう言って、去って行った。


 俺はその背中を見つめながら、家の方向同じなんだけど、これ小鳥遊さんと道が分かれるところまで待

たなきゃ駄目なやつかなぁ、なんて考えていた。






 次の日。昨日の夜更かしが祟って朝から睡魔に襲われていた俺は、机に突っ伏していた。

 眠いけど、なかなか教室では眠りにつけない。


 小鳥遊さんは、清楚なお嬢様という風に、本を読んだり、時々友達と話したりしていた。こっちが俺の

知ってるいつもの小鳥遊さんなんだけど、昨日の少しキツめの小鳥遊さんとは随分と違って、なんだか違

和感を感じた。


 どっちが真の小鳥遊さんの姿なのかなんて興味がないけれど、他の人が知らない小鳥遊さんを知ってい

るというのは少し優越感のようなものがある。


「って、何考えてんだか」

 偶然、一度会っただけ。

 小鳥遊さんから視線を外して、俺はまた机に突っ伏した。


「奇遇っすね」

 小鳥遊さんとコンビニで遭遇した週の土曜日。今日はとあるゲームの新作の発売日だ。何を隠そう、前作を復習プレイしようと俺は徹夜していたのだ。

 

 というわけで、俺にしがみついて離さない布団を引き剥がして、第五の力によって俺を止めようとする家からゲーム屋さんへ来た。

そして、そこに小鳥遊さんが居た。


「そうね」

 驚くべきところなのだが、またか、という感想が上回ってしまう。


「クラスのみんなに振舞っていたあの笑顔は俺にはなしですか」


「序列五位以下の人は、有料なの」


「ひでぇ、カースト社会だ」

 俺が苦い顔をすると、小鳥遊さんは小さく笑った。


「あれ、というか。序列って言い方、もしかして小鳥遊さんもアレが目当てですか?」


「そりゃそうでしょ。わざわざ店にまで来たのよ」


「おぉー、今世紀一番の驚きです」


「大袈裟ね」


「いや、でも、ほら。あんまりやってる人、同世代には多くないじゃないですか」


「確かにそうね。神作なのに」

 小鳥遊さんの口から神作って言葉が出るの不思議な感覚がするな。


「やっぱ特典欲しいですよね」


「そうね、流石に欲しいわ」

 今回の来店特典は、前作主人公のその後の姿を描いたポスターだ。これがもうありえないくらいカッコいい。担当絵師さんの一番好きなキャラが前作主人公だったらしく本気を出しすぎていた。


「じゃあ」

 小鳥遊さんが、俺のお目当てと同じゲームを取ってレジに行く。俺も同じものを手に取ってレジに向かった。


「どこが好きなの?」


「うわぁ、びっくりした。居たんですか」

 店から出ると、ドア横に居た小鳥遊さんが声をかけてきた。


「うわぁって何よ、失礼ね」


「いや、明らかに驚かせる気満々でしたよね」


「警戒心が足りないのよ」


「別に、戦場にいるわけじゃないんすけど」


「これから行くんでしょ?」

 そう言って、カバンからさっき購入したゲームを取り出す。隠しているつもりなのかもしれないが瞳の

奥が輝いていた。


 ここで別れるのも変な流れだったので一歩後ろを付き従うようについていく。


「オタク談義でもしたくて待ってたんですか?」


「そうね、それでも構わないけど。どちらかというと、お別れの挨拶をした後に、少し離れたところを歩

かれるのが気まずいからよ」


「あぁ〜、それはそうですね」

 コンビニで小鳥遊さんと遭遇した後、結局少し離れてから帰ったのを思い出す。


「振り返った時の、あの電灯を眺める演技は傑作だったわね」


「いや、バレないかなって」

 なんなら今までバレていないと思っていた。後をつけてると疑われても嫌なので素知らぬフリをしたんだけど。


「もし、ストーカーと疑われたくなかったなら逆効果ね、怪しさしかなかったわ」

 考えていたことを読まれた。


「脳波キャッチしないでもらえます?」


「単調なコードだから解読しやすいのよ」


「暗号解読されてたのか……」

 頭にアルミホイル巻いた方が良いかな。


「面白いですかね。新作」

 会話が途切れたところで、ゲームの話を振る。


「面白いに決まってる、って言いたいところだけど。シリーズものは三作目から駄目になるって話もある

ものね。期待しすぎるのを恐れる気持ちもあるわ」


「ジョジョは第三部面白いと思いますよ」


「あれは実質、第一部でしょ」

 まぁ、確かにスタンドという新要素が話の中心になってるからな。


 ポケットからスマホを取り出して確認した小鳥遊さんが立ち止まる。


「どうかしたんですか」


「いえ、大したことじゃないのだけど。お母さんが、来てるみたい」


「何かまずいんですか?」


 そもそも別居しているのか、という疑問が湧いたがそこは敢えてスルーした。人の家の事情にあまり踏み込みたくない。


「面倒くさいのよ」

 小鳥遊さんのお母さん。結構厳格な人なんだろうか。


「……そうだ。あなたの家でゲームをするというのはどう?」


「どうって……、マジで嫌です。家族いるんですよ」

 俺の人生で女子を家に上げたのは小学生が最後だ。それが急に同級生を連れ込んだら、うん、確実に面倒くさいことになる。


「良いじゃない。襲われなくて安心だわ」

 そんな俺の事情は関係ないのか、小鳥遊さんはそう言った。


「いや、僕にも家族が居るんです。それだけは!」



「別に、戦争に行けとも、人を殺せとも言ってないわよ。人聞きが悪いからやめてくれないかしら」

 呆れた目を向けてくる小鳥遊さん。早くどうするか決めろとでも言いたげだ。


「いや、まぁ、本当に無理ですね。弟はともかく姉と母が絶対に勘違いしてきます」


「そう」


「納得したように行った割に、全然納得してませんよね。足蹴るのやめてくれません? あ、ちょ、すねはホントにダメ。弁慶でも泣きますよ」


「はぁ」

 どうやら、どうしようもない状況の八つ当たりがしたかっただけらしい。ため息を吐くと、小鳥遊さんは俯いて止まった。


「分かりました。一応チャレンジしてみますよ」


 スマホを取り出して、おーいと家族のグループチャットに書き込む。

 既読はつかない。しょうがない。

 取り敢えずお母さんのスマホに電話をかけた。


『もしもし?』


「あ、もしもし。今から急に俺を除いて家族みんなで出かけたりしない? 二時間ぐらい」


『女連れ込むつもり?』

 ダメだ。俺はこの通話そのものをなかったことにするために即座に電話を切った。


「何があったか知らないけど、もうちょっと粘りなさいよ」


「いや、そこまでするモチベーションは、ちょ、だから足蹴るのやめて」


「期待させておいて」


「それはすみません」

 困ったな、俺も家に帰るのが億劫になってきた。


「あぁ〜、そうだ。そういえば、プレステのあるネカフェがあったような」


「え、」


「行ってみますか?」

 スマホで検索を掛ける。二駅ぐらい電車に乗らないとダメだけど、まぁ近いっちゃ近いな。


「いえ、そんな付き合わせちゃ悪いわよ」


「え、俺は行くなんて言ってませんけど。ちょ、足蹴らないで。すみませんって」


「私、ネカフェには行ったことないのよ。来てくれるわよね?」

 笑顔の圧がすごい。


「はい、お供させていただきます……」

 もちろん、今日この後用事はない。ゲームをするために空けておいたのだ。場所が変わるだけですることは変わらないと言える。


「私と出掛けられるのよ。光栄でしょ」


「自信があってよろしいと思います……」


「別に本気で言ったわけじゃないわよ」

 どうやらツッコミが欲しかったらしい。小鳥遊さんは少し居心地が悪そうにしていた。


「それで、どこなの?」


「あ、えっと……」

 スマホの画面を見せながら場所を言う。小鳥遊さんが承諾してくれたので駅に向かって歩いた。


 電車に乗って二駅目で降りる。時々、前作の好きな場面や今作に期待していることなんかを話す。俺もそうだが、小鳥遊さんも本来あまり沢山喋るタイプではないのだろう。会話は時々途切れて黙ることもあったがなんだかんだ楽しかった。このゲームが好きという人と、リアルで会うことは少なかったので少し気分が上がっていたのだろう。


「二部屋とれば良いですか?」


「……まぁ、そうね」

 確認をしてから、受付に行く。ここまで来ておいて別れるのも変な話だが流石に同じ部屋は小鳥遊さんも怖いだろう。


「すみません、今、一部屋しか空いてなくてですね……」


「あ、あぁ〜」

 小鳥遊さんに視線で確認を取る。


「じゃあ、それでお願いします」


「かしこまりました」

 受付の人がそう言って、用意をしてくれる。


「どうしましょう、一部屋しかないみたいで」

 小鳥遊さんのところまで言って話をする。


「気を遣ったりしなくて良いわよ。あなたも嫌じゃないなら同じ部屋でも構わないわ。早くゲームしたい

でしょ?」


「そうっすね。正直今すぐしたいです」

 俺がそう言ったところでクスクスと小鳥遊さんが笑う。


「私たちこんなこと多いわね」


「そうっすね」

 モンエナの件も含めてなんというか、奇妙な巡り合わせだ。

 渡された札の部屋に行って、プレステを起動する。


「どういう風にやります?」


「夜鷹くんがやって良いわよ。私下手だし、見ていてイライラすると思うわ。それに他の人のプレイも見てみたいから」

 別に俺もネットに上げているような人達のように上手いわけではないのだが、まぁ、ここまで連れ回したことを気にかけてくれているのかもしれない。


「分かりました。それじゃあ、お言葉に甘えて」


「あ、そうだ。変な気起こしたら殺すわよ」


「起こしませんよ」

 ソフトをいれてお目当てのゲームを選択する。キャラクリとかはなくて、とあるキャラを動かすって感じのゲームだ。


 すぐに、オープニングが始まった。

今作の主人公は前作主人公の息子。こういう二代目キャラはなかなか好き嫌いが分かれるのだが、まぁ、言い具合にヤンチャなクソガキだった。


 ある程度、現状の説明のようなものが終わったところでチュートリアルが始まった。前作と操作は殆ど同じなのでサクッとクリアしていく。


「そういえば、お母さんと仲悪いんですか?」

 聞くかどうか迷ったが、ゲームをしながら話半分程度に聞くのは問題ないだろうと思って聞いてみた。黙ってプレイしてるところを見られるのは緊張するというのもある。


「別に、そういうわけじゃないわ。ただ、何考えてるかわからないというか、絡んでくる方法がやっかいというか」


「へぇ〜、そうですか」

 あ、これ新動作だな、楽しい。



「私の一人暮らしも反対していたわ」


「まぁ、夜八時に一人でふらつくような人に一人暮らしさせるのは怖いですね」


「……何よ。あなたはお母さんに味方するの?」

 小鳥遊さんが口を尖らして睨みながら言う。


「いや、別にどっちにも味方しませんよ。ただ、ちょっと気をつけた方が良いかもなって思っただけです」


「そう、まぁ、これからは気をつけるわ」

 母親のこととなると、小鳥遊さんの行動は少し攻撃的になったり、苛立ちか何かで結果的に子供っぽいところ見せたりする。母親との関係は思ったよりずっと、小鳥遊さんの弱点なのかもしれない。


「あ、チュートリアル終わりましたよ。操作分かりますよね。やります?」


「いえ、一番楽しそうなとこで渡してちょうだい」


「最悪のプレイ方法だ……」


「冗談よ、家に帰ったらまたするし良いわ」


「なんか悪いですね。まぁ、やりますけど」

 ちょくちょく雑談をしながらゲームを進めていく。



「操作は結構楽しいですよ。でも、このゲームはストーリーが良さですからね。ストーリーはどうですかね……」



『アレス、行け! 逃げろ!!』

 やばい、泣きそう。隣に小鳥遊さんがいなかったら確実に泣いていた。さっきまで、評価してやろうみたいな態度で調子に乗っていたのが恥ずかしい。このゲームのストーリー展開をよくあるタイプって批判する人もいるけど、そう言う奴らは実際にプレイしてないんだ。圧倒的迫力のムービー、場面をさらに盛り上げたり、キャラの心情に寄り添って悲壮感を漂わせたりするBGM。セリフ回しのかっこよさと、声優さんの演技。展開のテンポも言い具合だし、このゲームに関わっている人の本気度が分かる。

 前作主人公、つまり今作主人公アレスの父親が守って、アレスが育ってきた街並みが破壊されていく時の悲壮感と、無力感。そこで回想シーンが入ってアレスは昔、父親に聞かされた冒険譚を思い出す。ここで、前作をプレイしていた俺の涙腺はほとんど決壊しかけていた。

 父親が来て、安心と思ったらまさか生きていた仇敵に不意打ちされて……。語り出すとキリがないな。

 もうすでに満足しそうだ。崩壊した世界を仲間を集めて取り戻す。激アツ展開すぎる。

チラリと隣を見ると。小鳥遊さんは唇を噛んで声を押し殺しながら泣いていた。

 気持ちはすごい分かるのだが、何かいけないものを見てしまったような気がして俺はゲームに集中して気付かないふりをした。今すぐにでも語りたい気持ちはあるのだが、今話せばきっと泣きそうなのがバレてしまう。落ち着くまでは待とう。

 最高のムービーだったのに、最高すぎて俺たちが言葉を何も発しないままに続きをプレイした。



「良いわね。ストーリー」

 さっきのムービーから五、六分経ったところで小鳥遊さんが口を開いた。


「そうですね。なんだかんだ前作主人公も活躍してくるのかと思ったらまさかこんなに早く退場するとは」


「そうね、正直悲しいわ。あと、アレスが最初クソガキなのかと思っていたけれど、ちゃんと親の偉大さが分かっていて、正義感も守りたいものも持っているのが良かったわ。まぁ、破壊されちゃったわけだけど」


「あぁ〜、そうですね。本当にそう。いや〜てか、絶望感が酷い、一人残されてしまったような。俺だったらもう心折れてますよ。立ち上がったアレス本当に偉い」


「そうね、私も折れていると思うわ。しかも、メニュー画面を開いたときのセリフの端々に覚悟と、プレイしていても見えない努力が見えて泣きそうだわ」


「え、マジですか。見てなかった。どこですか?」


「貸して、ほら、ここよ」


「あぁ〜ホントだ。つれぇ、まだ十五歳ですよ。世界背負いすぎでしょ……」

 口を開き出すと語りが止まらなかった。一緒に見ていたからこそ、共有できる熱量のようなものがあった気がした。

 

 あっという間に時間が過ぎて、最初のボス戦が終わったところでキリがいいから帰ろうということになった。


「予想以上に楽しい時間でした」



「そうね、期待以上に面白かった……」

 小鳥遊さんがソフトの表紙を見ながら感慨に耽る。


「いやぁ、これから続きをやるのが楽しみですね」


「そうね、私の場合はもう一度初めからだけど、全然苦じゃない気がするわ」


「見直してみたら分かることとか、ありそうですね」


「そうね。そういえば、改めて思ったのだけど。人物の描き方が丁寧で良いわよね」


「あぁ〜、そうですね。分かりみが深い」

 ここで解散するのも変なので、駅に向かって並んで歩く。小鳥遊さんの隣を歩くなんて、クラスの男子に見られたら明日には殺害予告が出されていてもおかしくないな。


 最初はそんな心配がよぎったが、ゲームの感想を話し合っているうちに自然と気にならなくなった。



「それじゃあ、バイバイ夜鷹くん。ありがとうね、今日は」


「はい、こちらこそ、楽しかったです」

 そう言って、三叉路を別れて帰る。




「ねぇ、思ったのだけれど。良い加減に敬語……って。もういない……」


Side小鳥遊 麗華


「……」

 夜鷹蓮。一見、いや、二見したってごく普通のゲームが好きなだけの男子だ。でも、その、のらりくらりとした感じや他人に興味のないような素振りが、逆に接しやすい。今まで接してきた男性は下心があるか、あるいは社交場での関係という部分が強かった。同級生の同じ趣味を持った友達というのは男子女子に関わらず初めてだった。


 多分、彼は私に似ている。ぼーっとしているようで良く周りを見ている。自分の世界が脅かされないかちゃんと注意を払っている。私はぼーっとしてはないけれど、警戒心が強いのは自分で分かっている。彼を見ていると変な仲間意識が芽生えてくる。


「でも、勝手に感じているだけなのかもしれないわね」

 せっかく見つけた同じ趣味の人間に、私と同じような人間であって欲しいと思っているのかもしれない。


 母親のメッセージに既読をつけて『ごめん、友達と出かけてた』と送る。


「早くゲームしよ、」


Side夜鷹 蓮


「よっしゃ続きやるぞ〜」

 三叉路で小鳥遊さんと別れてからすぐにダッシュで家に向かう。

 鍵を取り出すのも面倒くさいのでピンポンを連打して開けに来てもらう。自分で開けろバーカ、とスピーカー越しに言われるか、開けてくれるか半々なのだが今日はどうだろう。


「お」

 鍵が開く音がしたと思ったら、扉がバッと開いた。あっぶねぇ。普段なら鍵を開けてそのまま部屋に行くのに変だななんて思っていると。姉とお母さんが満面の笑みで立っていた。


 なにこのホラー、殺される?


「誰と居たの?」


「あ、」

 そういえば、今俺は家に女を連れ込もうとしたと思われているのか。


「黙秘権って行使できます?」

 適当に嘘をつけば良かったと俺は後悔した。



 それからというもの、俺は小鳥遊さんとたまに話をするようになった。ゲームがどこまで進んでるか。このシーンが良かったとかこのボスが倒せないとか、そういうことを話した。


 ある日。いつも通りゲームをしているとメッセージが来た。


『私の家の前まで来なさい。どうせ暇でしょ』

 小鳥遊さんからだ……。今八時過ぎっすよ。

 しょうがない、お嬢様の命令だ。怖さもあるが、何かあったのなら後味が悪い。


「ちょっと散歩してくる」

 そう言って家から出る。急いで来いとは言われてないけど、どれぐらいの時間で行けば良いんだろう。


 四、五分経って小鳥遊さんの住むマンションの前に来た。


「遅いわよ」


「えぇ、基準が不透明ですよ」


「私が呼んだんだからできるだけ早く来なさい」


「そんなお嬢様キャラでしたっけ」


「……冗談よ」

 小鳥遊さんが恥ずかしがってしまった。これは悪いことをしたな。


「ごめんなさい、マジレスして。それで、何かあったんですか?」


「モンスターが切れたのよ」


「えっと」

 それで呼ばれる理由が分からなくて困惑していると、それを察したのか小鳥遊さんが付け足した。


「一人で出歩いたら危ないって言ってたじゃない。だから呼んだの」


「確かに言いましたね。でも、あれはあらかじめ昼間にってことで……、ちょ、なんで? なんで蹴るの?!」


「良いから、来なさいよ」

 小鳥遊さんが少し、頬を膨らませながら俺の袖を引っ張った。


  流石にドキッとするからやめて欲しい……。


「分かりました。俺も飲みたくなってきたんで、ついて行きます」

 承諾したのだが、小鳥遊さんはまだ恨めしそうに俺を見ていた。


「どうしたんですか」


「ねぇ、良い加減に敬語やめない?」

 あぁ、敬語。敬語かぁ。



「やめた方が良いですかね」


「距離を感じるわ」


「まぁ、それが狙いですからね。ちょ、やめ、蹴らないで」


「そういうこと言ってるから友達がいないのよ」

 うぐ、確かに否定できない。


「普通に、陰キャだから女子との接し方が分からないだけですよ。だから距離を取って凌いでる」


「別に、女だの男だの考えなくても良いじゃない」


「いやぁ、まぁ、それはそうなんですけど。ほら、今の状況だって並の陰キャなら確実に勘違いして、彼氏づらしてますよ」


「あなたはしないの?」


「まぁ、訓練された陰キャなんで」


「そう、随分過酷なところで育ったのね」

 敬語の話は冗談の延長だったのだが少し気まずくなってしまった。確かにさっきの発言はあなたとは仲良くしたくないと言っているようなものだ。これに関しては俺が悪い。


「すみません、普通に失礼でした。俺も、こんなにゲームの趣味が会う人は初めてなんで、今後も仲良くしたい……。です」

 そう言って頭を下げる俺の頭をパコっと小鳥遊さんはハンドバッグで叩いた。まさか、さらに怒らせてしまったかと焦って顔をあげると小鳥遊さんは嬉しそうに笑っていた。


「敬語、抜けてないじゃない。しょうがないわね。ちょっと待ってあげる。執行猶予よ」

 普通に頭を叩かれたのは意味が分からないのだが、これで納得してしまいそうになるのだから、笑顔というのはずるい。


 危うく喧嘩に発展しかけたがなんとか凌いだところで、コンビニに向かう。


「そういえば、この前。告白されたわ」

 小鳥遊さんがなんてことないという風にそう言った。


「あぁ〜、やっぱモテるんすね。どうしたんですか?」

 なんとなく察しはついていたのだが、俺は聞いた。


「振ったわ」


「そうですか」

 小鳥遊麗華は告白を受け入れない。これはまぁ、有名な話だ。


「だって、碌に話したことがない先輩よ? あの小鳥遊麗華を落としたって名声が欲しいだけなのよ。むかつく」

 おぉ、自分で名声とか言っちゃうのか、流石だなぁ。でも、それは事実としてあるだろう。


「嫌なんですか?」


「何が?」


「いや、その名声が欲しいだけの人と付き合うことは」


「嫌よ、当たり前じゃない。もっと、ちゃんと、なんていうか」


「結構乙女なんすね」


「は?」

 小鳥遊さんが立ち止まる。


「どこが乙女なのよ」


「いや、別にそんなに嫌がることじゃなくない? なんだろう。ちゃんと好きな人と付き合いたいんだなって思ってさ」


「なっ! それは」

 あまりこういうからかわれ方は慣れていないのか、顔を赤らめて言葉に詰まる。わなわなと口を震わせていた彼女はなんと言っていいか分からなかったのか、結果的に俺のすねを蹴り始めた。


「ちょ、だから、すねはやめて」

 何気に、足とか手とか出やすいんだよな、この人。


「からかわないで」


「いや、それは、ごめ、あ、危ない」

 恥ずかしそうに怒る小鳥遊さんがなんだか新鮮で面白くて、少し笑いそうになりながら謝ろうとした時。


 後ろから自転車が来た。ぶつかりそうだったので小鳥遊さんの手を咄嗟に引く。いや、引いてしまった。


「あ、」

 抱き寄せるような形になって、バランスをくずしそうになった小鳥遊さんが咄嗟に俺の肩に手を置いた。いつもよりずっと近い距離で目が合う。


 恐れていた事態が起きてしまったと思った。小鳥遊さんも俺も怪我はない。そういう意味じゃない。手がまた触れてしまった。あの日、小鳥遊さんとコンビニで手が当たった時に入ったヒビが完全に割れてしまった。嫌だった、人を好きになるのがだ。好きになれば俺は必ず悩んでしまう。嫌だった、今の自分を守るために必死で殻を作っていたのに。あぁ。


 意識してしまった。


 たまにあると思うんだ。そういえばこの人はこんな顔をしていたなとか、こんな声だったなとか、こんな体温だったなとか。ふと、知っていたことを思い出す瞬間。彼女の手にもう一度触れてそれを思い出してしまった。さぁ、どう隠そう。バレたくない。今の関係に俺は居心地の良さを感じていた。自分から壊すような真似してたまるか。


「すみません。急に手、掴んじゃって。行きましょ」

 そう言って振り向いて、またコンビニに向かった。


 小鳥遊さんは何も言わなかった。もしかしたら何か言ったのかもしれないが聞こえなかった。振り向いて表情を確認する勇気はないし自分がどういう表情をしているか分からなくて見られるのが怖かった。耳を澄ませば足音がする気がするからついてきてはいるんだろう。嫌われてないと、いや、怒ってないと良いな。



Side小鳥遊 麗華


 コンビニで買ってきたモンスターを、私はリビングで少しずつ飲んでいた。


「はぁ」


 頭に浮かぶのはあの瞬間だ。手を握って引き寄せられた。正直、距離感のよそよそしい彼をどこか舐めていたので思ったより強い力で引き寄せられた時は、怖かった。


 でも、それよりも、あの焦燥を含んだすまなそうな顔と、手の感触だ。ずっとポケットに手を突っ込んでいたのに彼の指先は冷えていて、でも、手のひらは少し暖かかった。


 なんであの時、私は、すぐに何か気の利いた返しが出来なかったのだろう。


「はぁ」

 誰かとのやり取りで悩むなんて久しぶりだ。多分、ずっと避けていたんだ。なのに、引き寄せられた。

 今度は段々とむかついてきた。なんで私はこんなことをさっきから考えているんだ。あんな男のこと。

いや、でも、別にあんな男というほど、悪いやつじゃない。むしろ話しやすいし。


「いやいや、何考えてるの私。もう良い、寝よ。あぁ、でもモンスター飲んじゃった。じゃあ、ゲームして……」



 次の日。夜鷹くんの様子が気になって時々、覗いてしまう。

でも、彼は何もなかったかのようにいつも通り寝不足で突っ伏している。なんだか無性に腹が立ってきた。あの時のすまなそうな顔は、焦った顔はどこにやったんだ。

 夜鷹くんが、顔を上げる。


 もっと良く見せて。


 不意にこっちを見た夜鷹くんと目が合う。私は何故か少し胸に変な感覚が走って、誤魔化そうと怒ったふりをして前を向いた。


 休み時間。夜鷹くんが一人になったところ(残念なことに彼は普段から一人だからそんなに大変じゃなかった)に話しかけた。


「ねぇ、夜鷹くん」


「あ、はい。いや、その先日は」


「別に、あれに関しては怒ってないわよ。自転車がぶつかりそうだったから、咄嗟のことでしょ?」


「はい……」

 全然気にしてないのかと思っていたから、夜鷹くんも気にしていたということが分かって少し私にも余裕が出てきた。


「そうだ、もう執行猶予は終わりよ」


「え、もうですか?」


Side夜鷹 蓮


「そうだ、もう執行猶予は終わりよ」


「え、もうですか?」

 敬語の話だよな、なんで急に。というか、敬語をそんなすぐにやめて欲しい理由が良く分からない。俺

が分からないだけなのか? それとも何かあるのか?


「えっと、その」

 むしろ敬語を使ってもう一度距離を確認したかった俺からしたら困る提案だった。今、俺は確実に冬の空気に当てられている。どこもかしこも、イルミネーションだのなんだの装飾しやがって。俺は心の平穏が欲しい。


「ちゃんと言わないと、どうせすぐ敬語になるじゃない」

 反応に困っている俺に小鳥遊さんが言う。

 それはそう。その方が慣れてるからつい敬語になってしまう。


 いつの間にか少し注目が集まっている。教室に戻って色々聞かれるのも嫌だ。


「分かった。ちょっと注目集めてるから戻るわ。ごめん」


 軽く頭を下げてからそそくさと教室に戻る。



「なぁ、さっき小鳥遊さんと話してなかった?」


「いや、日頃の態度でどうしても目に余るところがあったらしく……」


「おいおい、あの温厚な小鳥遊さんを怒らせるとか何したんだよ」


 そう言って笑うクラスの男子。意外と、怒るぞと言いそうになったが、知ってる風マウントはキモすぎるし、後で面倒くさいから黙っておいた。


「なんだった?」


「全然、怒られてただけだった」


「あ、そう」

 あぁ、この教室は今日も平和だ。危うく、いじめに発展したかもしれない事態を脱した俺は力が抜けて机に突っ伏した。考えることが多い。いや、考えなくても良いはずなのに考えてしまう。小鳥遊さんの態度の意味だとか、俺がどういう態度をとるかとか。はぁ、平穏が。



『今、どこまで進めてるの?』 

 夜の十時ぐらい。明日までの宿題に気づいてやるかやらないか迷っていたところで小鳥遊さんからメッ

セージが来た。


『五章の四話ですね。今回結構長編で楽しいです』


『敬語』

 即座に返信が来た。これはもしかしたら先読みされていたのかもしれない。


『そっちはどこ?』


『三章の五話、あなた進めるの早いわよ』


『いや、これでも若干遅い方。それより、三章の五話ってもしかしてめっちゃ良いとこ?』

 敬語じゃない文面に若干違和感を覚えながらもそう返信する。


『あなたは睡眠時間削りすぎ。そうね、めっちゃ良いところだわ』

 絶妙に語彙力を失っている辺り本当に楽しそうだ。


『良いねぇ、ぜひその調子で楽しんでもらって』


『どこ目線よ』


『いや、ついね』


「何、スマホ見てにやけてんの」

 突然後ろから声をかけられて、スマホを落としそうになる。


「いや、にやけてないけど」


「いや、にやけてたじゃん」

 話しかけてきたのは姉だった。小鳥遊さんとのやり取りは多分見られてないと思う。


「普通にゲーム友達だよ」


「あっそ」

 自分の部屋に戻っていく姉。まじ焦った。


「あれ、なんか送信取り消されてる。誤字かな」

 少しして、おやすみとスタンプが送られてきた。

 あぁ〜、さてはわざわざおやすみを言う必要があるのか迷ってたな。

 俺もおやすみスタンプを返して。連日の疲れもあるので寝ることにした。宿題は明日やります。



Side小鳥遊 麗華


「ちゃんと、敬語なくても喋れそうじゃない」

 少しにやけてしまう。いや別に深い意味はないのだけど。面白くって。


「そうだ」

 声で話しても敬語を使わずに話せるか試してやろうと


『電話繋ぎましょ。ちゃんと敬語は使わないでね』

 送った直後に既読はついた。でも、返信が来ない。

 送ってから妙に恥ずかしくなって取り消す。多分、あの既読は画面を開いたままだったんだろう。そうであって欲しい。


 悩んだ末に、おやすみスタンプを送って有耶無耶にする。

 夜鷹くんもおやすみスタンプを返してきた。


「アレスだ」

 良いな、そのスタンプ。あ、そうだ。明日までの宿題を忘れていた。すぐに終わるだろうしやろう。



 あれから、あのメッセージのことが気になってなかなか宿題も手につかなかった。メッセージを開いては何か送ろうとしてやめるのを繰り返す。そんなことをしているうちにいつの間にか時間が過ぎていた。

 十二時までには寝られたけど。少し眠い。


「あれ、小鳥遊さん。眠そう、珍しいね」

 後ろの席の女子があくびを噛み殺す私を見て声をかけてきた。


「えぇ、ちょっとね」

 苦笑して答える。


「勉強?」


「まぁ」


「すごーい」

 うぅ、本当はゲームをして宿題を後回しにしていただけなのに、少し後ろめたい。辺りさわりのない態度でやり過ごす、大体いつもこんな感じだ。

 夜鷹くんは、今日はそんなに眠くなさそうね。今日までの宿題を真面目に解いている。


 昼休み、今日は教室で居眠りをするのではなく、無意味に外を散歩していた夜鷹くんを捕まえて、話しかけた。


「どうしたんです……あぁ、どうしたの?」


「いえ、その昨日の送信取消ししたメッセージ見た?」


「いや、見てないけど」


「そう、良かったわ」


「え、気になるんだけど」


「気にならないわよ」


「え、なんで否定したの? 気になるんだけど……」

 夜鷹くんの困惑した顔に思わず笑ってしまう。


「なんでもない、それじゃあ」

 そう言って、背を向けると私は足早にそこから離れた。



 十二月も後半に突入して、いよいよ今年も終わるという時。

私はワンチャン狙いの告白ラッシュに辟易しながらも、なんとか終業式を迎えていた。そして、この時期にあるイベントといえばもう一つ、告白ラッシュとも関係がある気がするそのイベントは。そう、クリスマスだ。


 私はゲームのクリスマスイベントの攻略を手伝ってもらおうと夜鷹くんに話しかける機会を探っていた。でも、なかなか話しかける機会が得られないまま時間は過ぎて、彼は帰りの支度を済ませて帰ろうとしていた。話しかけようとして、近づこうとした時。同じクラスの男子がやってきて夜鷹くんに話しかけた。


「なぁ、夜鷹。お前も、クリぼっち会来るよな!」


「え、いや、うーん。一応その日は、予定が……」


「え、女?」


「いや、普通に家族と出かけることになってる」


「あーね、オッケー」

 予定、あるんだ……。

 きっと、一日中の予定じゃない。多分夜なら時間がある。

 そんなのは分かっていた。でも、なんとなく誘いづらくなって。なんというか、胸の奥が冷えるような変な絶望感がして、私は夜鷹くんたちの横を足早に通り過ぎていった。

 これは、そう、違う。ワンチャン狙いで告白してくる軽薄な男たちから逃げるためだ。だから、違う。


「あ、」

 夜鷹くんが何か言おうとしていたようにも聞こえたが、振り向かずにそのまま通り過ぎて行った。


 考えがまとまらない。


『言い訳ばっかり』


 頭の中の私がそう言う。そうだ。本当は、クリスマスイベントを口実に少し遊べるかもしれないと思っていたのだ。


 分かってる。逃げているんだ、さっきからずっと、言い訳ばかり並べて。知らなかった。こういうことなのだろうか、好きになるというのは。明言するのは怖い。この想いはクリスマスの装飾と浮き足立つカップル達に毒されているだけかもしれない、そんな風にも思った。


 何も決まってないから、今は分からないから。夜鷹くんに追いつかれないように少し早足で家に帰った。



 家に着いてからメッセージを送る。


『聞いたわよ。クリスマスは家族で出かけるんでしょ?』

 少ししてから返信が来る。


『あぁ〜、まぁ』


『夜は時間あるんでしょ? クリスマスイベント手伝って欲しいのだけど』

 ちょっと間があってから既読が付く。


『そういや、クリスマスの日にイベントミッション追加されるんだっけ。良いよ』

 そう来るだろうなとは思っていたけれど内心少し安心した。


「これでいいわよね」



Side夜鷹 蓮


「はぁ、聞かれてたのか」

 届いたメッセージを見てため息を吐く。もしかしたら小鳥遊さんに、ゲームに誘われるかもしれないなんて思って嘘をついていたのだが間が悪いことに、小鳥遊さんに聞かれていた。

 ていうか、そもそもなんで俺は変な期待をしたんだ。


「やっぱあれ嘘だったっていうか?」

 結局決まりきらずに、曖昧な返事をした。


『夜は時間あるんでしょ? クリスマスイベント手伝って欲しいのだけど』

 そうだな、別に夜なら予定があっても関係ない。イベントの手伝いをするだけだ。いつも通りそう、いつも通りだ。これで良い。


『そういや、クリスマスの日にイベントミッション追加されるんだっけ。良いよ』

 そう返事を送ってスマホを閉じる。

 クリスマスという特別な日だから意味がある。でも、


「クリスマスなんかじゃなければ、普通に誘えたろうにな」

 いや、もしかしたらそれも、難しかったかもしれない。



Side小鳥遊 麗華


 クリスマスなことに意味があるのは分かっている。でも、クリスマスじゃなければ、いつも通り彼は暇で遊びにも誘えただろう。私だけが、知っているイベントなら良かったのに。

 お母さんはまだ仕事だ。学生は冬休みに入っているが、別にクリスマスは祝日じゃない。

 気を紛らわせたくて、冬休みの宿題をすることにした。


 午後、六時頃。冷蔵庫にあるのは知っているのに私は上着を着て手袋とマフラーも取り、モンスターでも買いにコンビニに向かった。

 街は雪が降っていなくても、どこか少し白いような冬らしさがあった。コンビニまでの距離は大体五分強。三叉路で一瞬、彼の家がある方の道を覗き込む。通る人は誰もいなかった。

 バカなことをしているなと自分で思う。こんなことをしなくたって連絡を取ろうと思えば取れるのに、ありえないはずの、もしもに期待している。



「あ、」

 コンビニの前で見慣れた顔を見つけた。

 そういえば、今日はクリスマス。奇跡の日なんだったなぁ、なんて一周回って落ち着いた頭で考える。


「奇遇ね」


「そっすね」

 ぎこちない態度が面白くて少し笑ってしまう。


「何しに来てたの?」


「いやぁ、モンエナを買おうかと」


「珍しくちょっと厚着して?」


「あぁ〜、そうね。寒いし」

 おかしくて笑ってしまう。こんな偶然があるのか。

 つられて彼も笑い出した。


「小鳥遊さんも、フル装備じゃん」


「そうね。そういえば、家族とのお出かけは済んだの?」


「あぁ〜、あれ。あの場で適当についた嘘なんだよね」

 あ、そうだったんだ。確かに、あんまり人が集まる会好きじゃなさそう。なんだ、そうだったのか。


「あの、なんていうか。良かったらだけど。イルミネーションでも、この後見に行かない?」

 意を決した風にと言うには自然で、いつも通りと言うにはどこか挙動不審な様子で夜鷹君はそう言った。私は内心とてもびっくりしたのだけれど、どことなくさっきからそうなるのだろうなという気もしていて、出来るだけ自然に


「そうね、せっかく厚着してきたんだし。コンビニじゃ少し距離が近いわね」

 なんて、返した。


「オッケー、じゃあ行こう。あ、先にモンスター買う?」


「いえ、良いわ。そういえばこの前買ったの。忘れていたわ」


「そっか」

 そう言って、彼は駅に向かって歩き出した。どうやらあてがあるらしい。


「ちょっと、移動時間かかるけど。どうせなら少し遠くまで行こ」


「そうね、イルミネーションは好き?」

 お互い、妙に冷静で。初めに、ネットカフェに行った時より少しだけ近くなった、適度な距離感を保っていた。


「まぁ、多分。あんまり見に行ったことないけど」


「そう、きっと好きよ。だから心配ないわ」


「おぉ、どういう根拠?」


「私は好きだもの」


「何それ」

 そう言って夜鷹くんが笑う。


 私たちはどこか似ている。人と深く関わることを避けて壁を張っていたこととか。私は優等生という壁で、彼は怠け者という違いはあるけれど、結局は同じだ。鋭くて、それでいて繊細なのも。強いふりをしているのも。確かめたわけじゃないけど、多分同じなのだ、そんな気がした。


 三十分ほど電車に揺られて、お目当ての駅に着いたので降りる。


「なんか買ってく?」 

 駅のコンビニを指差して夜鷹くんが言った。


「そうね、少し喉が渇いたしカフェラテでも買おうかしら」


「良いね、それ。俺も買お」

 コンビニに寄ってカフェラテを二つ買い。イルミネーションのあるところまで歩く。

 時間は良い頃合いだった。


「うわぁ、プレステファイブの画質並みに綺麗」


「どういう例えよ」

 思わず笑ってしまう。


「最大級の感動を伝えたつもりなんだけど」


「おかしいでしょ」

 すっとぼけている彼の足を軽く蹴って笑う。

 夜鷹くんも笑っていた。


『言ってしまえ』


       『やめといた方がいい』


『早く』


    『焦らないで』

 頭の中で相反する声が響く。


「ねぇ、夜鷹くん」


「何?」


 一歩。彼の方に歩み寄ってささやくように言った。



「        」


クリスマスに書いたものです。

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